第86話 広告宣伝はセンス
とりあえず、アンヌの能力を試すことにした。
リスクはあるかもしれないが、それ以上にリターンが大きければいい。
まず、俺が考える事業計画について説明した。
冒険者でも街間商人でもない靴の性能については判断ができないようだったので、剣牙の兵団のキリクに大げさに説明してもらったところ、ある程度は納得できたようだった。
「それで、俺はこの靴を大きく売り出したいんだ。どうすればいいと思う?」
と問いかけた。
「なーに、試験てわけ?その靴、誰が買うの?それにあんたも何か考えがあるんでしょ?それをまず教えて」
最初に、アンヌは顧客情報の焦点(ターゲット)と情報の共有を要求してきた。
なるほど、頭の出来は悪くない。いい議論にするためには情報が必要だ。
採用試験ではあるが、良い議論をしたいのも事実なのだ。
俺は冒険者向けの籤(くじ)を企画していることをアンヌに告げた。
すると彼女は、大声で罵倒した。
「はーあ?馬鹿じゃないの?せっかく高値で売れるモノを持ってるのに、安値で配ってどうすんのよ!商売ってのはね、高く買ってくれる金持ちに、高く売りつけるものよ!」
言葉は乱暴だが、ブランドを守れ、ということを言っているのだろう。
高価格・高付加価値路線か。まあ、それは俺も考えた。だから剣牙の兵団に最初に提供する。
そこにアンヌが気がついたことは認めてもいい。
しかし、どのようにそれを実現するのか。ディテールのアイディアが必要なのだ。
「じゃあ、お前ならどう売る?」
アンヌは、即座に答えた。
「あたしなら、旅の歌、冒険の歌を作って奉納するわね。
剣牙の兵団で凱旋式をしてるでしょ?そこに、あたしみたいな美女が靴を捧げ持って表れるのよ。当然、楽団も一緒よ。音楽は必要だもの。宵夜がいいかも知れないわね。篝火を焚いて、神秘的な雰囲気を演出するの。
その靴を団長は押戴(おしいただ)いて、我らは歩みを止めぬ!勇者たちよ、地平の先まで人の世界を切り開くのだ!、って演説するの。そして、戦士たちも一斉に唱和するの。我らは歩みをとめぬ!地平の先まで!って。そして、戦いの一番の勲(いさおし)をあげた戦士に。美女が靴を履かせてあげるのよ」
CM(コマーシャル)の発想だな、と俺は思う。今や、剣牙の兵団の凱旋式は、多くの市民の娯楽だ。
前の世界でいう夕方の大人気番組のようなものだ。
そこにコンテンツとして、コマーシャルを挟むのだ。しかも、美女を使って神々しく、音楽つきで勇ましく演出された勇者のための靴を捧げる儀式を行うという。非常に演劇的な発想だ。
たしかに受けそうだ。俺の貧乏くさい籤の発想よりも、数倍いい。
街中の噂になるだろう。
何より、派手だ。ああ見えて剣牙の兵団の連中やジルボアも派手好きだから、このアイディアは必ず受けるだろう。
「その先はどうする?」
と議論を続けようとすると
「こっから先は有料よ」
と、ツンと顎を反らせて拒否された。
話してみてわかったが、たしかに、アンヌには演劇的な演出のセンスと広告宣伝の才能がある。
剣牙の兵団の演出を担当したのは、確かにこの女だと確信できた。
身内に抱え込むにはリスクはあるが、一時的にチームで雇い、表に出ないようにすればリスクは最小化できる。
アンヌを、雇うことにしよう。
「よし。あんたを雇おう。まずは、あんたがハゲを暴いたデブ貴族の情報をくれ。
こちらで対処できるようなら対処する」
雇うことには決めたが、最大限のリスク回避はしたい。
蝶のはばたきの看板女優は、俺の返答を聞いて微かにほほ笑んだ。
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