第87話 土地なんて買えないもの

会社設立に必要なもの。


あとは事務所と工房を設立するための土地だ。


靴製造の秘密を守れる広い土地を、新規に街中に確保できるか。

これは、なかなかの難問だ。俺のような冒険者風情だとかなり困難だと言ってもいい。


俺はサラに、歩きながら説明していた。


「街中の土地って買えるものなの?考えたこともなかった」


サラが疑問に思うように、土地が余っている農村と、街中の土地の売買はルールが全く異なる。


この世界の農村での生活は厳しい。不作による飢え、病気、怪物の襲撃などで人口はなかなか増えない。

若者は、そんな生活を嫌って街へ出て行ってしまう。


だから、農村で土地を手に入れようと思ったら、村長に言って受け入れられれば、いくばくかの金銭で、今は誰も使用していない土地を手に入れることができる。

サラが「田舎に帰って家畜と畑を買って」と言ったのは、この方法である。


街中の土地を買うことは、はるかに難しい。


「ええと、じゃあどこに言ったら土地が買えるの?お貴族様に会いにいけばいいの?」


むろん、そんな行政サービスを貴族が提供しているわけがない。

では、民間が提供しているのか、といえばそうでもない。


まず、この世界に一般市民が利用できる、不動産屋という商売(ビジネス)はない。

だから、自由になる土地を手に入れるためには、金銭だけでなく、ややこしい手続きを踏む必要がある。


土地の権利は、基本的に街を所有する貴族にあり、市民は中国のように、その土地を借りている、という建前になっている。つまり、所有権はないが利用権はある状態だ。


では、その土地を借りているという利用券の権利証のようなものはあるのか。

これが、正式な文書はないのだ。


文書化された権利証はないが、各街区は幾つの地区や通りに分かれており、そこで生まれたことを教会の生誕名簿が保証している。

現代の住民票と戸籍謄本を合わせたような役割を教会の生誕名簿が果たしているわけだ。


その名簿を読めるのは、生誕名簿がそこにあることを知っており、字が読めるだけの教養があり、高額な閲覧料を払うことのできる限られた特権階級層に限られている。


「ええ?じゃあ字が読めないと何もできないじゃん!ずるい!!」


「世の中はズルい奴が得をするようにできてるんだよ」


俺は答える。


土地の売買ならぬ利用権の移転は、その生誕名簿が必須である。

というのも、土地の利用権の移転は、その名簿上で法務官が住所を転記することにより行われるためだ。


例えば、市民ケンジ君の生まれは会津藩から米沢藩になりました、と書き換えられる。

これで、市民ケンジ君の住む土地利用権は会津藩から米沢藩に移るわけだ。

これを人数分書き換えるのだから、大変な労力だ。

それを、きちんと正義が行われるように管理、監査するのが教会ということになっている。


生誕名簿の閲覧料と、土地利用権の仲介は、教会の重要な収入となる。

だから、手続きは煩雑で費用が嵩(かさ)むほど都合が良い。


文字の読めない一般市民は、昔から住んでいるから、この先もずっと住めるものと思っているのだが、ある日、自分の土地が売られていることを知るのだ。


とは言え、市民が財産である以上、土地の利用権を購入する者は土地に関わる利権が目当てなので、住民を追い出すようなことは滅多にない。徴税人も継続して雇用されるので、土地の収用や税率の引き上げなどがない限り、特に関心を抱くこともない。


つまり、冒険者風情が、普通の方法で土地を手に入れるのは無理ということだな。


「・・・どうすんの?」


「まあ、見てろ。あてはある」


どの世界にも、裏道はある。

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