第84話 蝶の羽ばたき

歩きながらキリクの人となりを知るために、紹介された劇団員の宿泊場所へ雑談しながら向かう。

お互いにチームになろうというのだ。俺から歩み寄る必要があるだろう。


「それで、剣牙の兵団では何をしていたんだ?」


話しやすいように水を向けると


「自分は戦術二列で斧槍兵として斧槍(ハルバード)を使っております」


と答えが返ってきた。


スイベリーから別の機会に聞いていたのだが、剣牙の兵団を構成する剣盾兵、斧槍兵、弩兵には、、それぞれ兵種ごとの癖があるそうだ。

剣盾兵は体格が大きく重く、忍耐強い。弩兵は、体格は普通で体は軽く、眼は良く恐怖にある種の鈍さがある。

そして、斧槍兵は、手足が長く力が強く、気が短いという。


その種の偏見でもってキリクを見てみると、背は高く手足が長く、生家で商品を着服していた連中を撫でた前科があるという。

まさに典型的な斧槍兵だと言うしかない。

せめて、俺の目の届くところでは大人しくしていて欲しいものだ。


劇団というから劇場の方に行くのかと思ったら、キリクは2等街区から3等街区への門をくぐった。

そして、3等街区でもさらに端っこの、あまり治安の良くない場所へと向かう。


少しイヤな予感はしたが、キリクは構わず歩き続ける。

そうして、3等街区の外れにあるボロイ宿屋と空き地に貼られたテントにたどり着いた。


「ここなのか?」


俺は少し驚いてキリクに尋ねた。一流クランの剣牙の兵団から紹介を受ける劇団員という経歴からして、もう少し上等な場所に投宿していると思ったのだが。


「なんか、ボロっちいとこにいるのね」


サラの表現は、より直接的だったが、俺も否定はできなかった。


立ち止まる俺達には構わず、キリクは人気のない宿屋へ入ると、無人のカウンターをガンガンと拳で叩いて大声でがなる。

馬鹿力で叩いたせいでカウンターからは木くずが飛び、埃が立つ。


「おい!剣牙の兵団だ!アンヌはいるか!」


すると上から、娼婦のような胸元の開いたゴテゴテと飾りのついた服を来た女が降りて来た。

年の頃は20半ば。白粉(おしろい)を首まで塗っている。髪はくすんだ金髪。何かの布で結い上げている。


「なんだい、剣牙の兵団が何のようなの?」


声は意外に若いが、少しかすれている。酒やけか。あるいは普段から大声を出す機会が多いのかもしれない。

女の目が、キリクを通過して、後ろにいる俺達に注がれる。


「いつから、剣牙の兵団にカワイイお嬢ちゃんが入るようになったの?」


とサラを見て訝(いぶか)しんだ後で、俺を見て続ける。


「それに、剣牙の兵団にしちゃ、後ろの男も弱そうだね」


両耳のやけにデカイ金の輪飾りを揺らして貶(けな)す。香水のムッとした香りが鼻に押し寄せる。


弱そうで悪かったな。こいつは、わざと喧嘩を売って反応を見ようとしているんだろうか。


だが、剣牙の兵団の連中と並んで弱そうに見えない男など、この街にほとんどいないので、俺は気にしないことにした。

笑顔で女に向かって右手を差し出す。


「俺はケンジ。後ろはサラ。俺達は剣牙の兵団と組んで売り出そうとしてる品物がある。あんたの腕を見込んで雇いに来たんだ」


「はぁ?あんた貧乏そうに見えるけど、どっかの貴族様なの?」


だれが貧乏そうだ。だが、口の悪い奴だが、悪気は感じられない。


これは、サラと同じ系統(タイプ)だな。思ったことがそのまま口にでる女だ。

最近は、油断のならない連中と丁々発止とやり過ぎたせいで、考え過ぎたのかもしれない。


剣牙の兵団のプロデュースを担当した劇団「蝶の羽ばたき」の主演女優兼演出を手掛ける、アンヌと俺達は、こうして出会った。


第一印象がいいとは言えなかったが。

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