第83話 忙しない日々
サラを伴って、剣牙の兵団へと向かう。我ながら忙(せわ)しない。
そろそろ、剣牙の兵団でも実務者を立ててもらわないといけない。
剣牙の兵団で脳みそが筋肉で出来ていないのは団長(ジルボア)だけかもしれないが、彼らも規模を拡大しようと思えば、頭が使える奴も必要だろう。一緒に仕事を回して、俺が育成してもいい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それで、誰かいないか?」
「難しいな。スイベリーは俺の護衛も兼ねているし、長期間は貸し出せない。団の帳簿は、基本的に俺が見ているしな。」
俺とジルボアは剣牙の兵団の団長室で会談を行っていたが、人選は難航していた。
そして、書類や金銭に関わる実務の殆どは、直接ジルボアが見ているという。
やはりか。ジルボアは、こんなところにいるには優秀すぎるのだ。
剣の腕が誰よりも立ち、指揮能力が高く、戦闘方針(ドクトリン)を考案する力を持ち、数字にも明るい。
それを慕って団員が集まっているわけだが、ジルボアを頭で支えられる人間がいない。
「とりあえず数字に拒否感がなければいいんだ。あるいは腰が軽くて、連絡役になれるだけの頭があればいい。
その条件なら、誰かいないか?」
ジルボアは自分の基準で人を見ている。部下の腕を見るときは、それでも構わないが頭をジルボア基準で見てしまうと人は育たない。何でもできる部下はいない。一つでも取り柄があり、それで期待される役割をこなせればいいのだ。
「数字に拒否感がない奴なら、商家出身の奴がいるな。連絡役ってのは、最優秀な人間がなるもんだ。そいつは出せないな」
軍隊でも、偵察や連絡は優秀な将校の任務だ。そんな人材は主業に充てたいだろう。
ジルボアが合図すると、商家出身だという団員が来た。背は高く、胸板は厚く、黒の短髪で目が鋭い。
どこから見ても、歴戦の傭兵か一流の冒険者だ。
「キリクだ。元々は小麦を扱う商家の出身だ。3男で商売を継ぐ芽がなかったのと、乱暴者だったんで持て余されてうちに来たんだ」
「団長、自分は乱暴などしていません。商品をくすねていた奴がいたんで、ちょっと撫でてやっただけです」
ああ、やっぱり脳筋だ。それは仕方ないが数字がわからないのは困る。
「俺はケンジだ。団員に納める靴を開発している。数字に強いと聞いたが、経験はあるのか?」
キリクという商家出身の男は団長を見た後、腕を後ろで組み背筋を伸ばして答えた。
「商家では5つの頃から帳簿の教育を受けておりました!」
どこの海兵隊かと思ったが、規律のとれたクランとはこういうものなのか。
まあ、いいか。どうしても使えなかったら、交代してもらえばいい。
「もう一つ、剣牙の兵団の凱旋式を演出した劇団員の知り合いを紹介してもらいたい」
とジルボアに要請する。
何のためかと要請されたので、靴を売り出すための広告宣伝活動とキャンペーンを打つことについて説明する。
広告宣伝活動とは何か、と聞かれたので、今、剣牙の兵団が行っている凱旋式のように市民や顧客の間で評判になるよう図る総合的な活動だと説明する。ジルボアは、凱旋式を行うことで剣牙の兵団を取り巻く環境や市民の反応が劇的に好転した事実を身を以って知っていたので、内容はあっさりと理解できたようだ。
「それにしても・・・ただ靴を売るだけというのに、随分と策を巡らすものだな。お前ならうちで副官がつとまるぞ」
今度はジルボアに勧誘された。確かに剣牙の兵団という組織の現状を見ると頭を使えるナンバーツーがいないように見える。ついでなので、以前から温めていたアイディアをジルボアに提案する。
「もしよかったら、駆け出し冒険者の中から、頭の出来が良さそうな奴を推薦しようか?」
駆け出し冒険者のツアーは、彼らの素質を行動の中で見極める集団面接のようなものだ。
剣の腕は判断できないが、頭の出来については、俺やサラは相当数の人数の駆け出しを見ているし、こちらの話をキチンと聞いて理解できるか、それを実践できるかなどを評価したデータを持っている。
簡単に説明すると、ジルボアは興味を示したようだった。
頭の出来がいいのを選別して送り込むので、その体力診断や剣の腕、集団行動への適性や勇気など、肉体的要件については剣牙の兵団が判断すればいい。
駆け出し冒険者には、出世の道が増える。剣牙の兵団は良い人材を採れる。俺は儲かる。
損をする人間はいない。
「疑うわけではないが、3人ほど推薦してみてくれ。正式にどうするかは、それを見て決める」
お試しというわけだ。それは理解できる。俺はジルボアの提案を了承する。
これが上手く回れば、靴の製造に続く採用支援事業というわけだ。
同種の問題に困っているのは剣牙の兵団だけではあるまい。
続いて劇団員の居場所について紹介を受けると、俺はサラとキリクを伴って向かうことにした。
本当に忙(せわ)しない。
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