第69話 手の長い職人

とりあえず、設計図を書く職人と話す前に、機密保持の契約書を結ぶことになった。


剣牙の兵団のバックの紹介でもあるし、滅多なことはないと思うが念のためである。

アノールは貴族相手に契約を結ぶのは普通のことだが、ケンジ達のような冒険者が契約を持ち出すのは珍しい、と言っていた。


工房の作業場に案内されるとムッとする熱気と、刺すような膠(にかわ)やニスの匂いと、革を切断するドスンという低音が響いてきた。

自然と、アノールが職人を呼び寄せる声も大きくなる。


「ガラハドさん!!ガラハドさん!!」


アノールの呼びかけに応えたのは、背の丈は普通だが、目がギョロリとした異相で、手が異常に長い男だった。

その男がノッソリと近づいてくる様子は、まるで野性動物が近づいてくるような迫力があり、後ろのサラが一歩下がる気配を感じた。


「ガラハドさん!こちらがお客さんのケンジさんです!剣牙の兵団の紹介で、靴の量産設計をして欲しいそうです!」


「聞こえとるよ。おめえは、ピーチク騒がんと気がすまねえのか」


ガラハドという男は、低音でゆっくりとだが、不思議と通る声で答え、向きなおった。


「モノはあんのかい」


挨拶もなく聞かれたが、俺はこういう職人は嫌いじゃなかった。

何より、話が早いのがいい。


「ああ。これが試作の靴だ。こっちが設計図。分解しても構わない。綺麗な設計図を書いてくれ」


ガラハドは受け取ると、奇妙な靴だな・・・、と言いながら黙って弄りまわしだした。

そのままこちらのことを放っておく気配を示したので、慌ててアノールが大声で呼びかけた。


「ガラハドさん!!それで、どのくらいでできそうですか!!」


ああ、と眠りから覚めたような声で「3日だな」と呟くのが聞こえた。


3日か。早いな。さすが一流の工房で職人をやってるだけある。


材料と部品調達を急ぐ必要がある。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「それで、これからどうするの?」


とサラが聞く。


「革通りのオッサン達のところに行く。靴の素材を準備して3日後に搬入できるようにするんだ。その後は剣牙の兵団に戻って相談する」


「おっちゃん達のところに、靴100足分の素材なんて置いてないよ!」


「当たり前だ。100足同時に作る間抜けがいるか。まずサンプルで1足作る。それから最初の50足は、5足ずつ作る。後の50足は10足ずつ作る。そうやって手順を慣らしながら作るんだ。


 材料の調達も同じだ。最初は5足分だけ調達する。

 そうやって少しずつ調達しないと、予算(かね)が続かない。相手だって材料が揃わないだろう

 それに、少しずつ調達しないと周囲に目立ちすぎる。

 ただ、予約はしておかないと素材が足りなくて作業が止まる可能性がある。その事前交渉に行くんだ」


「なんかけちくさいど、それくらいならできるかな」


「剣牙の兵団への納品も一緒だ。最初の一足ができたら、連中の事務所へ持って行って、革の色や意匠の場所を打ち合わせるんだ。全部の靴を作り始めるのは、その後だ」


「・・・なんていうか、めんどくさいね」


「モノを作るってのは、面倒くさいもんだ。まして大銅貨3枚の高級品だからな」


「そう!それ!」


と、サラは赤い髪をピン、と跳ねさせて言った。


「どうして大銅貨3枚なの?それじゃ冒険者(かけだし)には買えないじゃない!あんた、それでいいの?」


そういえば、サラには今後の展望を何も言ってなかったな。


「サラ。俺は、今回のことで、自分が無力だって思い知ってるんだ」


え?とサラが立ち止まる。


「なんで??あんた、すごくうまくやってるじゃない!

 剣牙の兵団とだって対等に話してるし!冒険者ギルドだってあんたのこと怖がってるし!

 駆け出し連中だって、あんたがいなきゃ買い物もできないじゃない!」


「だけど、無力だ。冒険者向けの靴一つ、自由に作って売れない」


そう言うと、サラは黙った。


「ジルボアに言われたよ。あの靴は大きな利権になるって。剣牙の兵団、商人達、名も知れない貴族も、靴の秘密と利権を巡って争い、駆け引きをするだろうってな。

 俺は、奴らが取引できるようルールを作るつもりだ。せめて、血を見ずに金と話し合いですむ仕組みだ。

 

 俺に力があれば、奴らを黙らせられるだろう。そうすれば靴の価格は下がる。だけど、今は無理だ。腕も金も権力(ちから)も何もかも足りない。今は、争いから遠ざかれるようにするのが精一杯だ。

 俺は、この状況を変えたいんだ」


「・・・そんな、雲の上の話なんてわかんない。あんたがそこまで危ない橋を渡る理由なんてないじゃない」


サラは、ポツリ、と寂しそうに言った。


「理由はある。お前のような冒険者が、大銅貨1枚で、あの靴を履けるようになるためだ」


「・・・そっか。まあ、いいか」


サラは納得した風でもなかったが、何かの折り合いをつけたようだった。


わかってんのかね、こいつ。


街は、夕方を迎えて足早に家路を急ぐ人で混雑し、鮮やかな橙色に染まろうとしていた。

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