第68話 発注しよう

紹介された革細工職人の工房は2等街区にあった。

これは異例なことである。


革細工工房は、膠やニスなどの匂いの強い素材を扱うために、普通は3等街区にあるものだからである。


「クワン工房・・・?なんか聞いたことあるな」


「えーっ!!なにいってんのケンジ!あの合成弓(コンポジットボウ)で有名なクワンじゃない!」


ああ、と思い出した。前にサラが言ってた弓の有名ブランドの工房だ。

王城や軍隊に納入しているという噂もある100年以上の歴史があるところだ。


剣牙の兵団と取引しているとは知らなかった。

確かに、クロスボウの弓部分には強力な膠や怪物素材を使ってるだろうしな。


工房の担当者は、若手で職人というよりは商家か貴族の出身を思わせる飴色の髪をした上品な風貌の男だった。服装も上質で職人っぽさがない。

このぐらいの有名工房ともなると、上客向けの営業担当がいるのだろう。


「アノールといいます。剣牙の兵団からの紹介ということで。設計ができる人を探してらっしゃるとか」


「ええ。試作品を作ったので、量産のための設計と、先行量産分を製作できる人を探しています」


そう言って、箱に入れたサンプルの0号冒険者靴を見せる。

アノールは、それを一瞥(いちべつ)して


「失礼ですが、これは破壊しても構いませんか?なるべく戻るように努力はしますが」


「内部設計のためには当然ですね。図面もありますが、わかりました」


そう言うと、アノールの目が少し、おや、と見直す目になった。


図面をキチンと引く、という技術は限られた大手工房だけのものだからである。

普通の工房では、弟子は親方の真似をして技術を磨く。親方は長年の勘でモノを製作する。


一方、大手工房では貴族等との取引があるため詳細な打ち合わせのために図面が必要になる。

注文の誤りは、物理的に首が飛びかねない。保身と保険のためにも、打ち合わせの証拠がいるのだ。

商家や貴族出身者が就職先に求められる所以(ゆえん)である。


「すると、図面を引くのが仕事ではないのですね?」


「ええ。図面はあります。ただ、皮や素材の性質を含めて、大量生産する際に1枚の革から多く取る方法や、強度が必要な場所を二枚張りにしたり、縮みそうな素材をどれだけ余分に切り出すか、といった、量産のための設計をお願いしたいのです。」


「なるほど。すると、その生産用の設計図と先行量産分の靴を納品することになるのですね?」


「ええ。それと設計図は回収します。それに靴に必要な部品は我々が調達して納品します」


そう言うと、アノールはあからさまにイヤな顔をした。

量産用の設計はしろ、それで出来た部品は持ち込むから、組み立てろ、というのだから当然ではある。

現代世界で、技術はある中小企業が大企業に下請けでイジメられているのと同じ構図である。

製造を任せよう、と言っている分だけ良心的だとは思うが。


「あまり、そういう注文(オーダー)を受けたことがないので対応できるかどうかは・・・」


「じゃ、設計だけしてもらおうよ!組み立ては、あっちのおっちゃん達でもできるよ!」


とサラが口を挟んだ。あっちのおっちゃんとは、革通りのオッサン達である。

オッサン達の知り合いには、おそらく靴の組み立てぐらいできる知り合いも多いだろう。

国内でコストが合わなきゃ、安い海外に任せましょ!ということである。


アノールは慌てて言う。


「いえ、できないわけではないのです。ただ、理由を教えていただければと・・・」


「部品の素材に秘密が多いんでね。あんまり明かしたくないんです」


「そうですか・・・」


実のところ、俺はサラの意見に傾きかけていた。

量産設計が難しいだけで、組み立てそのものは並の技術があればできる。

100足ぐらいなら、革通りのオッサン達に少額の銅貨で依頼できるだろう。


最初の100足の納品は、剣牙の兵団の取引のある工房からの方が秘密を守れるだろう、との判断で来たのだが、別に量産設計部分の秘密さえ守れれば、製造組み立て先を、A工房では踵だけ取り付ける、B工房ではつま先だけ、という具合に細かく分散して発注すれば良いだけである。


かかるのは手間だけである。

それに、今は予算(かね)がないのだから、手間をかけるぐらいなんてことない。


俺達の席を立とうという気配が伝わったのか、アノールは途端に態度を翻した。


「いえ!剣牙の兵団の紹介ですから、やらせていただきます!」


いい態度だ。営業担当者は、空気が読めないとな。

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