第70話 蠢動
あっという間に3日が経ち、約束の日に俺とサラはクワン工房へ材料と部品を持って訪れていた。
早速、異相の職人ガラハドと打ち合わせを始める。
設計図は、素晴らしい出来だった。
靴設計の素人の俺や革通りのオッサン達が、膠(にかわ)で誤魔化していた素材の隙間や
靴底の滑り止めスパイクの形状や設置などが、実によく考えて簡略化されていた。
あとは、実際に設計図通りに作ると、どうなるかだ。
そうして、試作品製作の段になって俺が取り出した道具を見て、ガラハドは尋ねた。
「なんでえ、それ」
「水時計と、羊皮紙だよ」
俺は素材の他に、水時計と羊皮紙を持ち込んでいた。
まあ、いいか、とガラハドは呟くと素材を手に取り設計図を元に靴を作り始めた。
俺は、その手順を目に焼き付けながら、各手順と、それにかかった時間を記していく。
各作業の時間を正確に測るために、水時計が必要だったのだ。
水時計は、サラに小さな声で水滴を数えてもらう。
製作の手順は、23段階あった。普通の靴が、せいぜ7程度の手順で作られることを考えると怖ろしく手間がかかっていると言えるだろう。
「どうだ?設計図通りにできただろう?」
ガラハドは熟練の腕で、実にスムーズに冒険者用の靴を完成させた。
部品や素材が用意してあったとは言え、1時間もかかっていない。実に無駄のない動きだった。
俺は、製作工程図と工程の正確な作業時間を記した羊皮紙を元に、計算する。
水時計は実に役に立った。それに、ガラハドは、いい設計をしてくれた。
サラが小声で聞いてきた。
「ねえ、なんで水滴を数えさせたの?」
「そうだなあ。ガラハドの動きを見てどう思った?」
「すっごい、綺麗な動きだった!こう、不思議な感じ」
「じゃあ、サラにガラハドと同じ動きはできるか?」
「えー、無理」
「じゃあ、靴紐通すところなら?」
「それだけなら、ゆっくりならできるかも」
「10回ぐらいやったら?」
「そりゃあ、できるんじゃない?」
つまりそういうことだ。
23の工程を1人でできる熟練職人を雇うのではなく、23人の素人を単純作業の熟練者に育てるのだ。
そして、ガラハドと同じスピードで作業できるように厳しく鍛える。
見たところ多くの工程は、職人見習いでも十分に務まる。
それにより、製造スピードを保ちつつ原価を下げられる。
この世界で、時間当たり単価、だの、原価率を計算してる奴なんておらんよな、と
羊皮紙に計算結果を書き込みながら思う。
まして、靴の製作工房で、1日に何足できるか数えてる奴はいるかもしれないが、つま先の革取り付けの縫い付けに何分かかるか、水時計で水滴の数を数えている奴は絶対にいないと言い切れる。
とにかく、一度製造工程を動かしたい。実際に動かせば、さらに抜けや改善が見えるだろう。
俺の頭の中では、工場に並んだ新人職人達が一斉に靴を作る光景が、ハッキリと見えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その朝も、いつものように宿の1階で茶を飲んでいると、ふと影が差した。
顔を上げると、赤い上衣を着た、明らかに3等街区に不釣り合いに上質な格好をした男がいた。
後ろには大柄で顔に傷のある男を連れている。
誰だ。
「おはようございます、ケンジさん」
赤い衣の男は、初対面で俺の名前を呼んだ。
その刹那、俺は悟った。
靴の話が洩れている。
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