第12話 賑やかな朝食と、王宮散策!

 銀色の暖かな毛並みに包まれて眠った異世界一日目の夜……。

 夢の中に沈んだ意識の中、私は夢を見た。

 たった一人……、真っ暗闇の中を泣きながら歩き続ける幼い私……。

 大人としての思考は存在せず、ただただ、『誰かっ』と泣きながら手を伸ばしている。

 誰もいない、孤独と闇に閉ざされた空間に……一人ぼっち。

 だけど、そんな幼い私の頭に、ふいに大きな安心できる手の感触が生まれた。

 『大丈夫だ』と低く優しい声が聞こえて、何度も優しく頭を撫でられる……。

 その温もりに、どんどん不安と闇が掻き消えていく。

 気が付くと、閉ざされていた空間は光溢れる森の景色へと変わっていた。

 安心できる温もりをくれた人の姿は、どこにもなかったけれど、撫でてくれた手のひらの優しい感触は、確かに残っていた……。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 翌日、瞼の向こうに感じた太陽の眩しさで、私は目を覚ました。

 ゆっくりとベッドから身を起こし、横を見下ろす。

 ……昨日一緒に添い寝をしてくれた狼さんの姿が、どこにもない。

 昨夜、確かに一緒にこのベッドで眠ったはずなのに……。


「帰っちゃったのかな?」


 それとも、狼さんが訪ねて来てくれたことさえ夢だったのか……。

 そう思いかけた時、シーツの上に残された獣の毛を見つけた。

 銀色の……、やっぱり夢じゃなかったんだ。

 安堵の息を吐きだした私は、朝日の差し込む外窓に目を向けると、少しだけ空いた窓の隙間から流れ込む風によって、そよそよと心地よさそうに揺れる白いカーテンに表情を和ませた。


「あ、そういえば……、今何時なんだろう。朝食、終わってないといいんだけど……」


まだ身体に残る眠気に誘われるように小さな欠伸が零れ落ちた時。


『幸希、起きてる?』


部屋の扉をノックする音に振り返ると、お母さんの声が聞こえた。

私はすぐに返事をしてベッドから下りて出迎えに行く。


「おはよう、幸希。昨夜は、ちゃんと眠れたかしら?」


「うん、なんとか」


 嫌な夢と、そこから救われるような優しい夢を見た気がするけれど、睡眠自体はちゃんととれたと思う。寝起きはすっきりしているし、問題はない。

 それを聞いて、お母さんが少し安心したように笑みを深めた。


「そろそろ朝食の時間だから、支度が出来たら、広間の方に来てね」


「うん、呼びに来てくれてありがとう、お母さん」


「それと、着替えの事なのだけど、さすがに向こうの服を、これからもずっと着続けるのは無理があると思うの。だから、そこのクローゼットに用意されたものを着てちょうだい」


 お母さんが、部屋の左奥にあったクローゼットを指差した。

 一体何着入るんだろうかというぐらいに、しっかりとした作りの大きなクローゼットだ。


「じゃあ、またあとでね」


 用件を伝えおわったお母さんが、部屋を後にした。

 さて、急いで身支度を整えて広間に向かわないと。

 私は、薄桃色のクローゼットに付いている二つの取っ手を手に取ると、手前に向かって開いた。

 中から現れたのは、私には勿体ないほどの数の素敵な洋服の数々。

 私の好みを熟知したかのような、女性らしい清楚な雰囲気の系統が揃えられている。

 その中から、フリル袖になっている白の服と、青いロングスカートを取り出した。


「本当に恵まれてるなぁ」


 にしても、この服達は、誰が用意してくれたんだろう?

 やっぱり、レイフィード叔父さん?

 部屋の内装の件も考えると、その線が妥当だろう。

 姪御ために、こんなにも尽くしてくれるなんて……。

 本当に有難すぎて、レイフィード叔父さんには足を向けて眠れないと感謝の気持ちが溢れ出した。

 ありがとう、レイフィード叔父さん……。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 身支度を済ませた私は、足早に部屋を出て広間へと走った。

 えーと、確かこっちの道右に曲がって……、真っ直ぐ!

 ロングスカートの裾が走る度に風に靡かせながら、私は王宮の人達とすれ違う度に朝の挨拶を交わし進んでいく。

 皆さん本当に、親しげに挨拶を向けてくれる。


「おはようございます、ユキ姫様!」


「あ、リィーナさん、おはようございます!」


「さ、中へどうぞ」


 今日も元気に明るくメイドの仕事をしているリィーナさんが、笑顔と共に私を出迎えて、広間の扉を開けてくれた。


「遅くなってすみません!」


「おはよう、ユキちゃん! まだ皆揃っていないから、そんなに慌てなくても大丈夫だよ」


 食卓テーブルの一番前に座っていたレイフィード叔父さんが、朝の挨拶と共に爽やかに出迎えてくれた。

 広間のテーブルには、昨日と同じ席にお父さんとお母さんが座っていて、皆が来るまで三人で談笑をしていたらしい。

 叔父さんの言うとおり、息子さん達の姿はまだ席にはない。

 もう少ししたら、あの可愛くてむぎゅっとしたくなる三つ子ちゃん達と、幼い王子様三人のお兄さんであるレイル君が顔を出すのだろう。


「昨夜はちゃんと眠れたかな、ユキちゃん?」


「はい。素敵なベッドを用意して頂けたので、寝心地も良く、ぐっすりと眠れました」


「それは良かった! でも、見知らぬ世界に来て、まだ、たったの一日だ。どうか無理だけはしないでおくれ? 寂しかったり不安になったら、僕や君のお父さん、お母さんもいるし、遠慮なく相談するんだよ」


 テーブルの上に両肘を着いて、組み合わせた手の甲に顔を乗せたレイフィード叔父さんが、お茶目そうな笑みを浮かべて、ウインクをひとつ寄越してそう言ってくれた。

 本当に、気遣いと愛情に溢れた良い叔父さんだな。

 あと、なぜかその気遣い溢れる視線の中に、ある種の心臓に良くないフェロモンを感じるのだけど、私の精神衛生上、大人の男性の魅力は刺激的すぎるのでどうか抑えてください!


「あ、そろそろ来たみたいだね?」


 レイフィード叔父さんが私から視線を外し、扉の方へと視線を移動させた。

 ドタバタと、昨夜と同じように聞こえてくる賑やかな足音。

 きゃっきゃっと子供の笑い声がフェードインしてきたかと思うと、予想どおり、広間に三つ子ちゃん達が楽しそうに駆け込んできた。

 そして、そのすぐ後ろには、昨日と同じく疲弊したレイル君の姿が……。

 もしかして、三つ子ちゃん達を追いかけて広間に来るのは、日常茶飯事なのかな?


「「「と~さま~、おはようございま~す!!」」」


「はい、おはよう。今日も元気そうで父様は嬉しいよ。さ、ユキちゃん達にも、きちんと朝のご挨拶出来るかな?」


「「「ゆきちゃん、ゆ~ちゃん、な~ちゃん、おはようございま~す!!」」」


 食卓テーブルの前できちんと三人横に並んだ状態で、溢れんばかりの笑顔を共に向けられた可愛すぎる朝の挨拶。

 『ゆ~ちゃん、な~ちゃん』というのは、もしかしなくても、お父さんとお母さんの事なのだろう。

 そんな呼び方もまた愛らしい。

 朝からなんて眼福で耳福な光景を目にしたんだろうと幸せを噛み締めた私は、三つ子ちゃん達に満面の笑顔で挨拶を返した。


「はぁ……はぁ……疲れた……っ。お前達、どうして俺の話を最後まで聞かない……! 走ったら駄目だと言っただろう!! どうしてわからないんだっ!! 行儀が悪いと何度も言っているのに!!」


 レイル君が呼吸を整え、少し怒った様子で三つ子ちゃん達に向かっていく。

 そして、三つ子ちゃんの一人を抱き上げると、めっ! と強く叱ってしまった。

 あぁ……、怒られている子の目にうるうると涙が浮かびあがって……。


「うえぇ~~~ん!! れいたんがおこったぁ~!!」


「れいくん! あしぇるをおこっちゃだめ、なのぉ~!!」


「れいちゃん、おとなげないのぉ~!!」


 兄弟を助けようと、二人の子供がレイル君の足にぽかぽかとダメージにならない攻撃を始める。

 あぁ、小さな手足が自分達よりも大きなレイル君相手に、ぽかぽかと……。


(か、可愛すぎるよ、三つ子ちゃん達!!)


 きゅんとときめく胸の高鳴りを感じながら、私は口元を押さえた。

 この光景は、耐えるにはあまりに破壊力が高すぎる可愛らしさに満ち溢れている。


「はぁ……。レイル君、この子達のこれはいつもの事なんだから、大目に見てあげなさい。もう少し大きくなったら、僕からもちゃんと言い聞かせるから。ほら、席に座りなさい」


「そんな事言われても、毎朝支度をさせる俺の苦労も考えてくださいよ。はぁ……」


 三つ子ちゃんをそれぞれ席に座らせてあげたレイル君が、ふと、私の方を見て動きを止めてしまった。


「……」


「レイル君?」


 どうして頬を桃色に染めているんだろう……。

 私が声をかけると、ビクッと現実に戻って来たようにレイル君が口を開いた。


「あ、す、すまない。えっと、……おはよう、ユキ」


「うん、おはよう、レイル君」


「あの……、それで……その」


 私をじっと見つめたまま、レイル君はなんだかもじもじとしている。

 「どうしたの?」と声をかけると、意を決したように私の傍までやってきた。


「その……ユキが着ている服。よく、似合っている……綺麗だ」


「――! ……、あ、ありがとう」


 急に何を言い出すのかと思えば、一国の王子様に服の事を褒められてしまった。

 しかも、綺麗とまで言ってくれるなんて……。

 私もレイル君につられるように頬を染め、恥ずかしそうにお礼を言った。

 昨夜の夕食の席では、挨拶と少しだけの会話しかなかったけれど、レイル君から歩み寄って来てくれるなんて、なんだか嬉しいな。

 お互いの間から徐々に壁が消えていくのを感じながら、私達は朝の食事の時間を、談笑と共に楽しみ始めた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 朝食を終えた私は、昨日と同じように憩いの庭園へと訪れていた。

 緑の絨毯のように見える芝生を歩きながら、昨日の続きを楽しむように、花々をじっくりと鑑賞する。

 薄桃色の花に指先を添えると、リィーン……と小さく鈴のような音がした。

 もしかして、この庭園に響いているのは、この花達が奏でている音色なのだろうか。

 心地よく涼やかな音……、なんて綺麗で優しい響きなんだろう。


「本当に綺麗な花……。庭師の人が愛情をこめて手入れをしているんだろうな」


 顔を近付けてみると、甘い香りに惹かれるように目を閉じた。

 私の世界の花とそれほど形に違いはない。

 だけど、向こうのものよりもなんというか……少し不思議な心地にさせられる感覚がある。

 花々の音色に耳を澄ませ目を閉じていた私の耳に、別の音が生じた。

 左側の茂みの中から……、何かゴソゴソと聞こえてくる。

 何かいるの? 気になってそちらを見てみると、大きな銀色の動物の頭がのっそりと茂みから這い出てきた。

 ちらりと、私を横目に見上げてくるのは、あの綺麗な蒼い瞳だ。


「狼……さん?」


「……」


 昨夜私の添い寝をしてくれた銀色の毛並みをもつ大きな体躯の狼さん。

 朝にはもういなくなっていたけれど、まさかここにいるとは……。

 もしかしたら、狼さんの住んでいるお家は、この王宮なのかな?

 でなければ、こんなに何度も会うわけもない。


「おはよう、狼さん。昨日は添い寝してくれてありがとう。お蔭でぐっすり眠れたよ」


「……」


 狼さんに昨夜のお礼を言って微笑みかけると、のっそりと茂みから全身を抜け出させた狼さんが、私の前におすわりをして、尻尾をパタパタと振り始めた。

 朝の陽差しを受けて輝く狼さんの銀色の毛並みは、今日も綺麗。


「どうしたの? あ、焼き菓子は部屋において来ちゃったんだけど……」


「……」


 言葉が通じているかはわからないけれど、焼き菓子がない事を身振り手振りも交えて説明すると、狼さんは気にした様子もなくそこに座り続けていた。


「狼さん、……触ってもいい、のかな?」


「……」


 警戒した様子はない。

 私をじっと見つめ、そこから逃げる気配を見せず尻尾をパタパタと振っている。

 これは……、触ってもいいという事なのだろうか?

 昨夜一緒に添い寝をしてくれたぐらいだから、多分大丈夫とは思っていたけれど……。

 拒絶されていないという再確認が出来て、ほっと安堵した。

 右手をそろりと狼さんの頭の上において、優しく確かめるように撫でる。

 気持ち良さそうに瞼を閉じた狼さんが、もっと撫でてというように私にすり寄ってきた。


「お日様の光を浴びてるからかな? 狼さんの身体、とっても暖かいね。でも……、このもふもふのお礼をしたいのに、さっきも言ったけれど、今手元に焼き菓子がないの。……本当にごめんね?」


 狼さんは焼き菓子がないとわかっているのに、それでも私に黙って撫でられてくれている。

 言葉を交わす事も出来ない関係だけれど、なぜだろう。狼さんと一緒にいると、すごく安心できる心地になる。

 あったかくて、優しくて……、一緒にいるだけで心が安らぐ。

 私の身体に擦り寄る狼さんを、ぎゅっと優しく包み込んで抱き締める。


「優しいね、貴方は……」


「……」


 耳をピクピクと揺らした狼さんは、抱き締める私の声音に何かを感じたかのように、「クゥーン……」と寂しそうに鳴いて、その瞼を閉じた。

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