第09話 異邦の少女達 後編

 眠りから覚めて、両開きの窓を開ける。しかし眩しい日差しは差し込んでこない。眠りが浅かったせいだろうか。こういう気候なのだろうか。

 簡素だが質の良い部屋を見回す。部屋も真っ黒かと思いきや、心を落ち着かせるような柔らかい色調の家具が置かれている。

 カーペットは深い緑色で、上体を起こして足で触れると、歩きにくくない程度にふわふわしていた。

「やっぱり、夢じゃないんだ……」

 落胆するように呟くヒナコが、自分の体を見下ろす。何も着ずに寝ていたことに気付き、慌てて周囲を見た。部屋に自分一人なのを確認して、ほっと溜め息を吐く。

 絹のような白い肌を隠すように、その場にあった白い毛布を体にくるんだ。クローゼットの中身を確認すると、何着か衣装を見つけた。

「うへぇ…………あっ」

 殆どが過激な衣装で嫌な声を出したたが、唯一まともそうなゴシックな雰囲気のドレスは逆に着てみたくなるほど見事な出来であった。

 思わず夢中で袖を通しそうになるが、控えめなノックの音を聞いてはっと正気に戻る。クローゼットの中身を綺麗に戻し、毛布もベッドに乗せた。

 慌てて扉を開けようとしたところで気付く。流石に全裸で魔族を迎え入れるのは色んな意味で不味いだろう。小声で魔装を展開し、暗黒騎士ベルディアの姿でドアを開ける。

「お目覚めですねベルディア様。朝食を頂かれるのでしたら、一階の食堂へどうぞ」

「……ありがとう、ございます」

 目の前にいたのは、燕尾服を見事に着こなした老人だった。兜の下の表情を悟られたくないので、なるべく平坦な声で礼を返すベルディア。

「申し遅れました。私はこの『黒龍の塔』専属の執事、バスティアンと申します」

 白髪と白髭は清潔そうに整えられ、服にはシワ一つなく背筋もピンと伸びている。見た目以上に若々しい印象を与える彼も、魔族なのだろうか。

 バスティアンと名乗った老人は、笑みを絶やさずにベルディアに礼をしながら他の部屋へ向かっていった。

 ノックされているベルの部屋を横目に、徐ろに魔法陣のもとまで歩くベルディア。しかしそこで、自分では魔法陣を使えないことを思い出す。

 だが今纏っている魔装には魔力も備わっていると聞いた。試すようなつもりで目を瞑り、一階の様子を想像する。

 すると昨日と同じように体が紫の光に包まれ、気付けばベルディアは一階に立っていた。

 魔法陣から素早く出て、彼女は食堂を探し回る。幸いそれは魔法陣からそう遠くないドアの上に“食堂”と書かれた表札があった為、迷うことなく中に入ることができた。

 中は至って普通の大きな食堂で、木の椅子とテーブルが所狭しと並んでいる。まだ誰も居ないので壁際の適当なテーブルに座ると、メイド服を着た魔族が一人近付いてくる。

「お食事の用意ができています騎士サマ。お出しします」

「はい。いただきます……」

 言った途端、はっと後悔したベルディア。魔族用の食事など人間の口に合うかわからない。だが人間用の食事を要求するわけにもいかず、彼女はただ配膳を待つしかなかった。

 昨日自分を襲った魔物の肉が生で出てきたら、一生忘れられなそうだ。戦々恐々とする彼女の耳に、どたどたと足音が聞こえてくる。

 すぐ横を見ると、黒い鎧で武装した亜人が三人いた。出で立ちからして、恐らく魔王軍の兵士だろう。ベルディアは多くの視線に囲まれた。

 その内の一人である浅黒い肌の長身の男が、薄灰色の長髪を気障ったらしくかき上げ、値踏みするようにベルディアの体を上から下まで舐めるように見た。

「ほぅ……ベル様が選んだだけのことはありますねぇ。これは中々の……」

 他の亜人も同様に、遠慮ない視線を自分の体に注いでいる。好き好んでこんな格好をしてるわけではないのだが、痴女だと思われてしまっているだろうか。

 自分が腕で体を隠す仕草をしたことから何かを察したのか、金髪の男はコホンと一つ咳をして、軽く頭を下げた。

「おっと、失礼致しました。私、貴方の美貌に少々見惚れておりました。兜の上からでもわかりますよ?」

「主がベル様の側近になったベルディア殿か。 ……何を見込まれたかは、何となく想像できるがのぅ。グッハッハ!」

「そりゃあ乳とかヘソは丸見えだから、当たり前ゲラ」

 後ろのオーガらしき巨漢と緑肌の小柄がそう言うと、亜人達が輪を作って何かをひそひそ話し始めた。

「ちょっ待ちなさい君達! レディにそのような無礼は許しませんよ!」

「あー? 言ってやりゃいいんじゃハッキリ。おぬしはベル様の遊び相手になっただけの着せ替え人形だとな」

「しっかし、特段思い上がってるようには見えんゲラ。アイツとは仲良くやってけそうだし、乳も尻も悪くないゲラよ。ほぼ丸見えだからわかるゲラ」

 多種多様な男達の密談は、声の大きさのせいでベルディアの耳には筒抜けであった。立ち上がって、彼らと顔を合わせる。

 確かに弄ばれてる感は否めなかったが、ベルは人間味のある相手でもあった。彼女は命の恩人でもあるので、気持ちとしてはあまり疑いたくはない。

「あ、あの……皆さん、全部聞こえてます……あと普段通りでいいですから……」

 ベルディアは恐らく、ベルの側近として目上に見られているのだろう。しかし立場も力も与えられたものである自分に、その態度で接してもらうのはあまりにも不釣り合いだ。

 ルーダイと名乗ったダークエルフはその言葉を飲み込むように頷くと、再び一つ咳をして右掌を差し出した。

「そうですか。では遠慮無く……私は東部魔王軍の第三亜人混合部隊隊長の、ルーダイです。以後お見知り置きを」

「ワシはオーガのログダ。酒と人間には強いぞい。荒事なら任せてもらおうか嬢ちゃん!」

「アッシ、ゴブリン族で、名前はダジってんラ。覚えてもらえると嬉しいゲラ」

 先程の三人が順番に自己紹介し、後ろで退屈そうに手を組んでいた四人目がヒラヒラと手を振って自己紹介する。

「アンタと同じィ……魔族のファダリッス。よろしくッス騎士サマ~。夜は空いてるッスか?」

「えっ……あの……」

「ファダリィ! ベルディアサマが困っているゲラ! アッシも我慢してたのに、抜け駆けは見逃せないゲラよ!」

「お誘いは、有り難いですが……その……私は、ベル……様の、騎士、ですから……」

 辿々しい言葉を聞いて亜人一同はむっと顔を見合わせて、溜め息を吐く。男所帯の部隊にとって貴重な華も、サキュバスの上司専属では手を出せない。

 だがただ一人、ファダリと名乗った魔族だけが飄々とした態度を崩さない。

「いやいやちげぇッスよ騎士サマ。その契約はもう解除される予定なんスよ。自分、伝言預かってきましたッス」

 軽装の腰に着けたポーチの中から、一枚の羊皮紙を取り出すファダリ。彼は淡々とした口調でその書面を読み上げる。

「えー……『我は汝がベルの騎士となるのを認めたが、その黒龍の鎧を着たのであれば話は別だ。これから汝には第三亜人混合部隊の一人として共に戦線に立つことを命ずる。詳しいことは副隊長のファダリに尋ねよ……東部魔王軍首領ナハト・ジャバウォックより』……ッス」

 その言葉に周囲がざわめき、ルーダイを始めとする亜人達が顔を見合わせる。報告を受けた本人であるベルディアは戸惑いに目をパチクリさせるばかりだった。

 だがルーダイ達の視線に、彼女は事の重大さに気付いた。この世界の右も左も知らない女が勝手に着た鎧のせいで無理やり入隊してくるのだから、彼らはいい思いはするまい。

「私が断らずに、こんな鎧着ちゃったから……私みたいなお荷物が入隊するなんて、嫌ですよね……ごめんなさい。鎧はナハトさんにお返しします! ですから……」

「そんなことしなくていいッスよ!」

 顔も見せてないことを申し訳なく思いながらも、謝罪のため頭を下げたベルディア。だが相手の反応は予想と大きく違っていた。

 ファダリがルーダイ達を押しのけて彼女の前までやってきて、その両肩をガシリと強く掴む。刺々しい鎧の肩が、ガクリと震える。

「この鎧は、ナハト様が後生大事に保存してきた古代竜の亡骸で、もう二度と手に入らないッス! それを返すなんて、きっと勿体ないことッスよ!」

「亡骸っ!? でで、でも私……実戦経験なんて……」

「大丈夫ッスよ! たとえアンタがスプーンより重いものを持ったことねェオジョウサマでも、ちゃんとオレがリードしてやるッスよ!」

 亜人だらけの部隊をもう一度見回し、迷いを見せるベルディアが兜の中で目を泳がせる。ファダリも同じように自分の所属する隊の面々に何かを促すような視線を送った。

 それを察したルーダイ、ログダ、ダジの三人が、それぞれベルディアに歩み寄って、笑顔を向ける。ただし威圧しないように最低限の距離で。

「確かに、我々は今一人でも兵力が欲しい状態です。ああ、困りましたね……将来有望な騎士が一人いればいいのですが……」

「そうじゃそうじゃ! それにベル様の専属なんぞやめたほうがいいぞい! イジられるの確実な上、お前さんを街中に飼い殺しにしてしまうからな!」

「ゲ、ゲラッ! こ、この部隊は……毎日楽しいゲラよ! あと、オレ達は強いゲラ! いざという時は、一人一人がネーチャンを守れるゲラ!」

 今亜人混合部隊の四人は、一つの目的の為に心を一つにしていた。その様はあからさまだが当事者のベルディアには察知できず、また理に適った言い分でもある。

 特別製の魔装を身に着けた有力な戦力を確保――というのは表向きの理由。実際の所、本音は――

(このむさ苦しい男所帯で唯一の美形であるこのルーダイに訪れた千載一遇のチャンス……見過ごすものか!)

(ワシらの部隊、ぶっちゃけ華が無かったしのぅ……)

(女ゲラ! 乳と尻は男の至宝ゲラ!)

(ヤりてぇ……)

 彼らの心は、一つの目的の為に結束していた。しかし今まで見たことがない亜人達に押し迫られ、ベルディアは参っていた。

 何もわからない状態では、何も正解がわからない。誰を信じればいいかもわからない。せめてここに見知った友人の一人でもいれば違ったのかもしれないが、望むべくもない。

「朝食ですよ騎士サマ。どけや男共」

 頭を抱えてる彼女のもとに、先程のメイドがトレーに定食を乗せてやってきた。亜人達がその言葉に従って道を譲り、それは無事ベルディアのテーブルの上まで届く。

「熱い内にどうぞ。それといい加減にしな下衆共」

「あァン!? テメー教育がなっちゃいないナ! ゴブリンだからってナメてんのか! オォウ!?」

 嘲笑うようなメイドの言葉に怒ったダジが食って掛かると、メイドは不快感を露わにした表情になってその黄色く濁った目を睨み返す。

「ッ! いかん! 待てダジ!」

「ンだゲラ! その態度は気に入らんゲラァァ――!」

 何かに気付いたルーダイの静止の言葉も耳に入らず、殴りかかろうとするダジ。だがメイドがそれに動揺した様子はない。むしろ笑っている。

 握り拳を作った緑色の腕は、一瞬の間に何かに絡め取られていた。よく見ればそれは、赤く燃え盛る炎を帯状にしたものだった。

「アヂヂヂヂヂヂ! ゲラァ!? ま、まさか……この術式は……」

「そう、そのまさかよ!」

 得意げに叫びながらメイド服を一瞬で脱ぎ捨てると、中からベルトを幾重にも巻いたビスチェ姿と左右二房にまとめられた赤髪が現れた。

 幼い少女のような姿の奥底から放たれる気迫には、その場にいる誰もが屈した。

赤炎蛇フラムバイトシュナ様……や、やはりあなただったゲラ……も、申し訳ありませんゲラ!」

「いいよ。アンタが相手を見た目だけで判断する脳筋だってことは十分わかったから。それとアンタ!」

 石床に頭を擦りつけて謝るゴブリンを尻目に、シュナと呼ばれた赤髪の少女がベルディアを指差して叫ぶ。

「はひっ!?」

「第三亜人混合部隊には、このアタシがアンタのお目付け役として加わることになった! よろしく頼むわよ!」

 慌てて背筋を伸ばして返事した彼女に言い渡されたのは、誰にとっても予想外の命令だった。

「えぇ~…………」

「あぁ!?」

「~♪」

 不満気な声を漏らすファダリが赤蛇に睨まれ、目を逸らして口笛を吹く。

 ルーダイがベルディアに「シュナ様はバルバスで最も恐れられて、地位もベル様の次に高いのだ」と耳打ちする。

「わ、わかりました! では一緒に……」

「ちょーっと待ったァァ――――!!」

 シュナの加入を受け容れようとしたベルディアの声を、より大きな声が掻き消す。その場の視線を一身に集める声を発したのは、小柄なサキュバスだった。

 肩を上下させて息を荒らげているが、決して興奮しているわけではない。全速力で走ったせいで息を切らしているのだ。

「おかしいじゃないですかー! 何でわたし専用のオモ……騎士が!」

「ベル様、今オモチャと言いかけたゲラか?」

「そんなことはどうでもいいです! 実は……」

 ゴブリンの純粋な指摘も気にかけず、ベルは今までの出来事を説明し始める。



「うぬか。何事だ」

「何事か~じゃありませんですよ! ナハトさん、あなたなぜ勝手にわたしの騎士を亜人さんの部隊に混入させたんですか!?」

「勝手に……だと? それは我の台詞だベル! 貴様こそ、勝手に我が友の遺骨を持ち出しおってからに! あれを使う者を、ここで遊ばせておけるか! 使うなら、少しでも主の益にならなければならぬ!」

「じゃあ、わたしの騎士は……」

「自分の所有物は自分で用意せよ。稚児」

「こ、子供扱いしないでくださいよ! わたしだって、アリアさんの力で、結構頭よくなったんですから!」

「己の知識すら人任せか……やはり稚児だな」

「うぅ~っ! ナハトさんのバカー!」



 そうして玉座の間から走り出して、魔王軍幹部サキュバス・ベルはこの食堂に辿り着いた。ここまでベルディアの気配を追ってきたようだ。

「うぅ……すみませんベルディア……このままではあなたを危険な目に合わせてしまうかもしれません。別の魔装を用意しますから、その魔装は返還しましょう……」

「そ、それもそうですね。では私は……」

「いえ、残念ながらそれは不可能です。ベル様」

 項垂れるベルの横でベルディアが胸元に嵌められた手の平大の赤い宝石――正確には魔石と呼ぶらしい――を外そうとした。しかしどうやっても外れず困惑の声を上げるベルディアの肩に、ルーダイが憂いを帯びた顔で手を乗せる。

「魔装はただの鎧とは違い、そこに宿った魂と契約して得る力なのです。それは一心同体の運命共同体……最早、武具とは言えません」

 突然告げられた事の重大さに、ベルの顔が真っ青になる。つまりこの魔装を纏った者は、二度とそれを外すことが出来ないというのだ。

「そ、そんなぁ……ごめんなさい! ごめんなさいベルディアさん! わたしのせいで……こんな……」

「…………」

 魔装を使うのなら、亜人部隊に加わるなどして魔王に貢献しなければナハトが納得できない。そして魔装は外せない。それらの命令を無視して一人で逃げたところで、この世界を知らないヒナコは生きていけないだろう。それ以前にここバルバスの魔族全てを率いるナハトから逃げるのは不可能に近い。

「いいえ、私……大丈夫です」

「えっ!? でも……!」

 このバルバスで彼女がただの人間だと知っているのは、ベルとナハトだけだ。だからこそベルは、彼女に安全なバルバスから出ることを承服できないでいるのだが、ベルディアが頷いてしまった。

「いいんですかベルディア! このままでは……」

 不安げに目を伏せるベルの手を、竜骨に包まれたベルディアの手が握る。その様子だけを切り取ると、元々なるはずだった主従の関係が、以前からのものだったようにも見えた。

「私、戦ったこともありませんし、不安です。でも、ここに留まってるだけじゃ、故郷に帰れません……だから、行きます。きっとこれは、その為の力なんです」

「ベルディアさん……」

 気丈に訴えるベルディアに心を揺さぶられるベル。礼を言う為に歩み寄ってベルが騎士の手を握ると、震えているのがすぐに解った。きっと、自分の為に精一杯気を張って不安感を抑えているのだろう。

「ありがとうございます。ですがそれでは、わたしの気が収まらないです。ナハトさんにはもう話してありますけど、私もあなたについて行きます!」

 彼女をそんな状況に追い込んでしまった自分にできることは何か、この僅かな時間の間に考えてみたが、やはりそれ以外思い浮かばなかった。

 アリアから直に力を貰った唯一の元人間である自分だからこそ、ヒナコの為にやれることがあるかも知れない。そう考えたが故の決断であった。

「えぇ!? ほ、本当ですか!?」

「ま、女の子が増える分には構わないわよ。アタシは」

 喜色混じりに驚きの声を上げるベルディアの横で、シュナが気さくな笑みをベルに向けた。

 そんな二人の顔を交互に見て、頃合いを図っていたルーダイがオホンと咳払いをして、全員の視線を引き寄せる。

「では、よろしいでしょうか皆様。まず最初の任務ですが、これが少々特殊でして……王都アルナ・マグスに行くことなのです」

「敵地潜入か……面白いじゃないの。それで、何が特殊なのかしら?」

「それがその、ナハト様が言うには……」

 ルーダイは食堂に他の隊の姿がないのを確認すると、なるべく平坦な声を保ちながらナハトを通じて下された魔王の命令を全員に伝える。

 その内容を聞いた一同の顔が困惑に歪む。ベルディアは兜の奥で表情を強張らせ、ベルは口元だけでそれを悟っていた。

「まさか、人間の子供達を攫ってくる任務だなんて……一度だけ顔を見たことがあるけど、あの女、随分と悪趣味ね」

 吐き捨てるようなシュナの言葉に、ベルが奥歯を強く噛むが、何も言い返すことができないでいた。自分もアリアのことを完全に理解しているわけではないからだ。

「い、意図はわかりませぬが、きっと魔王様には深いお考えがあるのでしょう。でしょうなベル様?」

「どうだか?」

「シュナさんッ!」

 ルーダイのフォローに対して肩を竦めるシュナが、ベルに睨まれる。それ以上シュナが何かを言うことはなかったが、周りの隊員もこの任務を承服しかねていた。

「やります。そして私も、みんなの役に立ちます……だから、その……一緒にいかせてください……!」

 ベルディアの声は平静を保ったものだったが、それは困惑で理解が及ばないが故のものだ。異世界の生き方も価値観もわからないので、とりあえず与えられた命令に従っていこうという、後ろ向きな考えからくる行動力だ。

 しかしそんな彼女に続くように、他の亜人隊の面々は顔を見合わせて、一歩前へ出る。彼らも誇りある部隊の一員である故、人攫いの任務など気が進まないが、それが魔王の望みなら。魔族の繁栄に繋がるのならば従おう――それがルーダイ達亜人隊の考えであった。

「んじゃ行くッスか!?」

「と、その前にじゃが……」

「腹ごしらえゲラ!」

 亜人達の言葉を聞いた途端突然ベルディアのお腹からクゥ、と気の抜ける音が鳴る。その瞬間、ヒナコは久々に自分が空腹であることを自覚し、顔を紅潮させてしまった。

 ベルが愛おしそうに彼女の体を抱き、兜越しに頬をこすり合わせる。鎧のせいか少々やりにくそうだったが、そこはサキュバス故の触れ方でなんとかしている。

「あはは! ベルディアもなんだかんだで、女の子ですねーっ!」

 食事が終わり、全員が黒龍の塔を出てバルバスの広場に繰り出す。多くの民に歓迎されながら、一行は街を出た。



 王都から遙か西方に位置する工業都市アルベリ。その最奥に位置する高層建築物の頂上に、社長室はある。

 蛇尾社こと、サーペントテール・カンパニーの社長エクスタシアは、金髪の縦ロールをかき上げながら「つまらないわね」と呟いて読んでいた新聞を投げ捨てた。

「なーにか面白いことないかしら。結局魔王の魔力の調査も進展ないし…………奴隷会がしくじってなければ…………」

 ふと窓を見ると、何かが放物線を描いて地面に落ちてきている。それを見た瞬間、彼女の頭の中に電流が走る。「これは面白くなりそうだ」という直感だ。

「あれはまさか、白昼流星というやつかしら?」

 ぎらりと目を輝かせて、彼女は一目散に社長室を出た。他の社員の声など今の彼女の耳には届かないようで、屈強なスーツ姿の男達が慌てふためきながら彼女の背中を追った。

 特別製の昇降機でエントランスまで降りると、鉄と油の臭いのする倉庫の扉を開けて、中にある鉄製の機械に跨る。これも同じく特別製の自分だけの為の乗り物だ。鉄でできた馬のようなそれは、大きな音を鳴らして前後二つの車輪を回転させながら目にも留まらぬ速さで前進する。

 鉄の馬に跨った彼女が向かった先は、白昼流星が描く線の直下。幸いそれは街からそう遠くない位置だった。これ幸いにと、エクスタシアは握ったグリップを前後に動かして乗機の速度を上げる。

「やはり噂通り……人間が落ちている・・・・・・・・わ!」

 白昼流星の落ちた先。草木のない砂地の中で倒れているのは、間違いなく人間だった。駆け寄り、それが若い少女であることを確認した途端、彼女の顔が喜色に染まる。

 水兵服のような服に黒縁眼鏡をかけた三つ編みの、有り体に言えば地味な印象の少女だったが、すぐに眼鏡を取って輪郭を確かめるように頬を触り、舐め、意識がないことを確認した。

「眼鏡が邪魔だけど、結構上玉ね…………クスッ。少しは面白くなりそうじゃない」

 サーペントテール・カンパニーの新しい事業に向けた計画が、ゆっくりと動き始めた瞬間だった。

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