第05話 神子と黒龍
「おはようございます、神子様!」
快活な青年の声を聞き、彼女は目を覚ました。まどろみも冷めやらぬ中、口惜しそうに装飾過多なベッドから身を起こす。
少女の名は『ティアマト・レヴィアタン』。周囲からは専ら“神子様”と呼ばれている。理由は言うまでもなく、彼女が神子と言うべき存在だからだ。
毎年この時期になると、この集落では神子として生まれた者を中心とした儀式が行われるのである。
慌ててキリッとした顔を作って自室から出ると、見慣れぬ顔が彼女を待っていた。黒い短髪と褐色の肌に動きやすそうな民族衣装の青年。
「あなたは、どなたですか?」
「失礼しました! 自分は、本日から新しく神子の護衛に任命されましたウィバーであります!」
「そうですか。よろしくお願いしますねウィバーさん……あまり堅苦しい態度は取らなくていいのですよ」
「はっ!」
綺麗な体勢の敬礼だったが、あちこちの震えから緊張が伝わってくる。初々しい青年の姿に、少女の顔から笑みが零れた。
腕や頬に緑の鱗があるのを見るに、彼は緑龍系らしい。緑龍系はこの集落の中では少ない部類にあり、稀有な能力を持っている。
彼が神子の護衛に選ばれたのもそれが理由だろう。この時はそう思っていたが、今思えばこれは何かの巡り合わせだったのかもしれない。
そこから少女の退屈な日々は一変した。ウィバーという新しい刺激が、彼女を神子という定められた型から外してくれたからだ。
人里から離れ、人間の世界と隔絶されたこの集落。娯楽に乏しい所ではあったが、彼の存在がそれを何倍にも楽しくしてくれた。
ウィバーが護衛役になってから数ヶ月後。ティアマトにとって、徐々に彼の存在は当たり前のものになっていく。
川辺で花を眺めたり、魔物から守ってもらったり、二人で同じ風景を描き比べたり、色々なことをした。
楽しい日々はあっという間に過ぎ去り、儀式当日が訪れた。この日で護衛は解任となり、別の護衛になるのだから、ティアマトは甚く悲しんだという。
「大丈夫ですよ。新しい護衛は自分の友人ですし、この狭い集落の中なら私達はいつでもまた会えます」
「ですが、私は言っているのはそうではなくてですね……その…………」
「ささ、神子様! 主役が遅れてはいけませんよ!」
「ちょっ……ウィバー! 押さないでくださいまし!」
長い付き合いの中で、彼は少々強引さを身に付けたらしい。ティアマトからすれば、厄介なことだが嬉しくもあった。
綺羅びやかに透き通った衣装はまるで天女の衣のようで、彼女の女性らしい身体と流れるような青髪によく似合っている。
生真面目なウィバーが目を逸らしてしまうのだから、その魅力は説明するまでもない。神子特有の透き通るような鱗との親和性も高かった。
「では、ティアマト・レヴィアタン……参ります!」
この時点では考えもしなかった。秘匿されていたはずの集落の場所が、人間に知られていたなんて。
ティアマトが祭壇に上がった瞬間、それは起きた。祭壇の周囲のあちこちで爆発が巻き起こり、民の悲鳴と共に野太い怒号が響き渡る。
「神子をよこせっ!」
年に一度の祭りに沸き立っていた集落は、一瞬にして地獄へと変わった。人間の魔術による爆発の範囲は大きく、あっという間に廃墟を増やしていく。
被害は広がる一方で、その中心にいたティアマトはおろおろと周囲を見渡すしかなかった。そんな彼女の手をウィバーが引いてくれた。
二人で集落を離れ、逃げるつもりだった。だが相手の攻めは予想以上に苛烈で、一番の目標である神子の自分に対しては特に手を緩めなかった。
「こちらです、神子様」
「……もう、やめませんか?」
「神子様……?」
「相手の目的は私です。私さえ手に入れば奴らは他のことなどどうでもいいはずです。ですから……」
「いけません! 神子様がいなくなっては、ここまで色々なものを捨ててきた意味がありません! それに……もう、遅いでしょう」
切なげに語る彼の表情が、痛々しかった。何か言葉をかけてあげたかったティアマトだが、その前に耳に怒声が聞こえてきた。
慌てて彼女の手を取って走るウィバー。まだ彼の体力は大丈夫なのかと心配になるティアマト。
二人は心身共に参っていたのだろう。だから、直前になるまで気が付けなかった。 ――忍び寄る魔の手に。
「危ないっ!」
彼の言葉を聞いた瞬間、ティアマトの視界が真っ暗になる。視界を取り戻した時には、ウィバーの放った魔術で遠くにいた人間が倒れていた。
自分達はまだ追われていたのだ。それに気付くと同時に、地面に滴る赤い雫が目に入る。
ウィバーの背中に一本の矢が突き刺さっていた。自分を庇いなどしなければ簡単に避けられたであろう矢で、致命傷を負っている。
「……ウィバー!?」
「どうやら、あなたに当てるつもりだった、ようですね…………麻痺毒が、塗られて、おりました……」
「そんなことはどうでもいいです! 早く……あなたも逃げるのですよ、一緒に!」
「いえ、私はもう……ダメなようです。神子であるあなただけは、どうか……ご無事で…………」
「まだ諦めてはいけません! さあ、早く……」
口ではそう言っているが、理性ではわかってしまう。毒を伴ったこの傷では、治癒系の魔術を使ってもすぐに息絶えてしまう。
そして魔術を使おうが彼を運ぼうが、消耗した自分が生き残れる可能性は高くない。要は迫られているのだ。自分一人で逃げろと。
滲む脂汗と共に、痛々しく微笑むウィバー。その微笑みが、唐突な吐血によって苦しげなものに変わる。
「神子様、どうか…………どうか遠い所で、良き伴侶を見つけて下さい……そして、幸せな家庭を…………築いて下さいませ……」
「何を言っているんですか!? 私は……私は、あなたがいなければ……」
「さあ、早く……!」
もう時間がなかった。死体を見つけた男達の怒声が、すぐそこまで迫ってきているからだ。
ティアマトは悔しさを飲み込みながら、森の中を必死に駆け出していく。振り返ると、ウィバーはもう目を閉じていた。
▼
――昔の記憶を、彼女は鮮明に夢見ていた。
ティアが目を覚ますと、そこは薄暗い牢獄。光が差さないので、地下牢かもしれないがどうでもいいことだ。
自分のローブはボロボロで、腕にも足にも枷がかかっている。そうか、私は捕まったんだと他人事のように納得した。
「よぉ、目が覚めたか?」
そう言ってヒラヒラと手を振るのは、下卑た笑みを浮かべた痩身に黄色いスーツを着た男。男はナイフを片手に、自分のことを値踏みするような目で見ている。
ついに“奴隷会”に捕まってしまった。だというのに、悲しみだとか悔しさだとかそういう感情はあまり湧いてこなかった。諦観しているからだろうか。
彼女の青い瞳は虚ろで、遠くを見ているようだった。夢で見た楽しかった過去に思いを馳せているのかもしれない。
それをつまらなく思ったのか、男は粘着質な声で下衆な発言を繰り返しティアを苛立たせる。過去を思い描くのに邪魔なので、早く何処かへ行って欲しい。
「ティアと名乗ってはいたが……お前の名は『ティアマト・レヴィアタン』。龍人族の里一番の美人で、神子なんぞをやっていたらしいな」
「……それが、どうかしたの?」
「祀られるだけはある! この綺麗な顔にエロい体、最高じゃねぇか!」
「くっ……!」
そう言って彼は、卑猥な手つきでティアの豊かな双丘を弄り始めた。思わず苦悶の声を漏らすティアの反応に喜び、男の責めは更に激しくなる。
不快だ。とにかく不快極まりない。相手が下衆な人間であることは勿論だが、ローブが破けているため直接肌が触れる部分があるのがここ一番に不快だ。
いっそ殺して欲しい。一生こんな責め苦を受け続けるのならば、ウィバーのもとへ行ったほうがまだ何倍もマシというもの。
そんな彼女の思いを嘲笑うかのように、男は腰にしまったはずのナイフを取り出した。ティアの顔が一瞬、怯えを見せた。
「大丈夫大丈夫。俺に任せて…………おけっ!」
「……い、嫌ぁぁぁぁ!」
ナイフは彼女を傷つけた。だがその肌には一筋の傷痕も残っていない。ナイフは彼女の心に深々と刺さり、誇りや自尊心を汚していく。
ボロボロになった麻のローブは、刃こぼれした古いナイフを相手にしても無力。布地は紙切れのように容易く切り裂かれ、内側にある果実を揺らしながら外気に晒す。
「綺麗だな~オイ……鱗が目立つが、それも宝石みてぇで高く売れそうだな。こいつは好事家が欲しがるのも納得だぜ」
「やめっ……やめなさい!」
「へへっ! そうそう、その感じ! お次はここだな」
次に落とされたのは袖。その次はローブの下半身を一番下から腰骨の辺りまで切り裂く。この時点で、彼女の上半身が完全に裸になってしまっていた。
「ケケッ、もうここしか隠れてねぇなぁ……そんじゃ、とっといたお楽しみをいただくとしようかね……!」
「やめて……やめてっ!」
男はじわじわと嬲るような速度でナイフを通していく。涙目で懇願するまで感情を顕にしたティアを見て、悦びが一層引き立つ。
最早ミニスカートのようになってしまった服を、少しずつ、プレゼントの包みを破るような気持ちでズリズリと裂いていく。
そして、ついに彼女は一糸纏わぬ姿に剥かれてしまった。男が高笑いし、ティアは枷を鳴らしながら涙を流し始めた。
「う、ううぅぅ…………いやっ、誰か……助けて……!」
「残念だが、ここは俺とお前の二人きりだ。誰も助けに来ない、止めにも来ぉぉなぁぁぁぁいぃぃぃぃぃ!」
「あぁぁぁ!?」
「上も下も、大事な部分が鱗で隠れてて心配だったが……ちゃんと内側にあるみてぇだなぁ!」
男は彼女の乳房の先端を包んでいた鱗を、無理矢理引き剥がした。粘り気のある青い鱗と、それに隠されていたものを交互に見て、男は下衆な笑みを漏らす。
もうティアは、限界だった。何千年も生きる龍人族だが、彼女には性的な刺激を受ける機会がまずなかったからだ。
どうしたらいいかわからない。彼女の頭は現実逃避してかつての楽しい日々を思い出していた。ウィバーの顔が浮かぶと、物悲しくなる。
「次は下も……取らせてもらおうかなぁ!」
彼が死んだ原因も、この黄色い服を着た悪しき人間達だった。自分の尻尾が見られた時も、人間は勝手に恐れて自分を否定する。
なんて身勝手で傲慢な生き物なのだろう。こんな者共の為に、彼は本当に死ななくてはならなかったのだろうか。
ドクンッ――何かが自分の中で脈打っている。
「……めて」
「あぁん? 鳴くならもっといい声で泣きな!」
心の奥底から、どす黒い何かが沸々と溢れてくる。憎い。憎くて堪らない。この人間を八つ裂きにできたら、どれほど良いだろうか。
力が欲しい。圧倒的な力さえあれば、この枷を外して矮小な人間一人潰すことなど造作もないことなのに。
ドクンッ――自分の欲するものに、体の底から何かが応えようとしている。この力を、自分が使えれば……
「やめて……!」
「ったく、たまんねぇなぁ! んじゃこっちの鱗も、いただいちゃいま……」
「――――やめろォォォォォォッ!!」
その瞬間、男は不可視の拳に吹き飛ばされたかのように、鉄格子に背中を強かに打ってしまう。
魔術か何かわからなかったが、いい気分のところを邪魔された怒りで、下卑た笑みが激昂へと豹変する。
だがその顔は、すぐに別の表情へと移り変わった。驚愕や戸惑い、或いは恐怖といった類の、目を見開いた表情だ。
ドクンッ――彼女の内側から、栓を開いた川のように急激な力の流れが生まれる。苦悶の声を上げながら、彼女の身体に異変が起こった。
「う、ぐ……あ、あぁぁぁぁぁぁ!!」
メキリ。最初に響いたのは、軋むような音だった。全身にかかる痛みに絶叫しながらも、ティアはその変化を拒みはしなかった。
骨格のあちこちから突き出してきた黒い突起からは、得体の知れないものを感じ、男は思わず後退ってしまう。
「憎い……う、あ、ギィィィィ……!」
全身の青い鱗が、水に絵の具を落とすようにじわじわと、黒く変色する。突き出た突起の太さに合わせて、鱗の下にある四肢の関節から先の部分が肥大化していく。
白魚のように細かった腕と脚が、メキメキと音を立てながら筋肉を膨らませていき、枷を内側から砕いた。青かった鱗が完全な漆黒に染まり、金属質な光沢を放つ。
爪一つ一つが一本の短剣のように太く鋭く伸びていく。出来上がったのは、重戦士の身に着ける籠手のように太く強靭な、生身の龍の手足であった。
「ぐあっ、うっ……ひぐ、あぅあぁアァァァァァ!!」
元々生えていた翼も尻尾も、黒く染まりながら成長する。元々飾り程度だったものが、まるで内側に龍を丸々一匹宿しているかのような大きさになった。
翼は大柄な男性が三人並んでも届きそうにない幅に広がり、尻尾は大蛇の如く質量を増し、うねるだけで牢獄の石床を砕いていた。
角がトサカと一体化して後ろ側へ伸びる。急激な変化に彼女は息を荒らげ、強靭な太い腕が思わず地を突いてしまう。
「ち、力が……溢れて……あ、ぐぅア!!」
腰まであった青髪は足元まで伸び、溶岩のように煌めく紅蓮に染まる。前髪が逆立った赤髪は、まるで彼女の怒りを表す三本目のトサカだ。
剥がれたはずの鱗も再生し、やがてその全てが金属質な黒に変わった。今の彼女は何も纏っていないが、黒い鎧を纏っているかのように禍々しい容貌である。
爪や角、翼に付いた鉤爪は全て血のように赤い。黒と赤が禍々しく調和し、まるで彼女が内に宿すどす黒い憎しみを表すかのように鈍く光る。
「ハァ……ハァ……」
「ひっ!? な、なんだ……何なんだ一体!?」
「ハァッ…………殺、ス……」
青い龍人族が黒い何かに変貌していく一部始終を見た男は、恐怖に声を上げて後退る。同時に、変化による疲労から息を整えたティアが立ち上がった。
その手には気休め程度のナイフ。黒いオーラを纏いながらゆらりと近づくティアだったもの相手に、男がそれを彼女に突き刺そうと突進する。
だがそれは、黒曜石のように硬質な鱗に阻まれポキリ、と根本から折れてしまった。抗う術を失った男は、恐怖のあまり腰を抜かす。
「がふぁ!?」
がら空きになった男の腹に、脚の爪を食い込ませる。これだけでは割に合わないので、次はなけなしの髪をまとめて引き千切った。
「痛ぁぁぁぁ! い、いて、いてぇ……血が……」
「まだだ……貴様には、まだ責め苦を与えねばならん」
ティアがその台詞を放つと共に、奴隷会の男主催のストリップショーが龍人族の元神子主催の公開処刑へと一転する。公開と言っても、ここには二人しかいないが。
粗方の拷問らしい行為を終えたティアは、つまらなそうに動かなくなった男を投げ捨てる。彼女の力は腕力、脚力、魔力、全てにおいて桁違いなまでに強化されていた。
不審に思ったのか、廊下の奥から話し声と足音が聞こえてくるる。恐らく他の“奴隷会”の連中だろう。
まずはここから出よう。そう思った彼女が鉄格子に指をかけると、それは粘土細工のようにあっさりねじ曲がってしまい、彼女の脱出を許した。
一人一人相手をするのも面倒なので、彼女は全身に力を練り上げる。練り終わった力を手の平に集中させると、そこに黒い光が生まれた。
光は熱を持ちながら、極太の光線となって廊下を一直線に走り抜けていく。全ての鉄格子を溶かし、廊下にいた敵全てを焼き払っていく。
「素晴らしい……フフッ、ハ、ハハハハハハハハハッ! 我はもう、誰にも縛られぬ力を……自由を手に入れたのだ!!」
全身に漲る圧倒的な力。何者も寄せぬ“支配する側”の力に、彼女は酔いしれ、狂喜した。その口からは、生えたばかりの鋭い牙が覗く。
声色や口調からはかつての精錬さが失われ、芯のある尊大なものに変わっている。絶対的な力を手に入れ、その力に自分が絶対的な自信を持っているのだ。
両手を広げ高笑い。ひとしきり笑い、満足げに自らの身体のあちこちを観察するティア。その髪と同じく紅蓮に染まった瞳が天井を見据える。
「出口なら、我自ら作ってやろう……」
そう言って、今度は光線を斜め上に放つ。土煙を上げながら、真円の穴がぽっかりと口を開けていた。
この大きな翼が通るにはやや窮屈だが、出るだけなら十分な大きさである。彼女は暴風のような音を立てながら、黒い翼をはためかせる。
「卑しい人間共め……我がこの手で、全て葬ってくれる……!」
▼
ブリュールの空に浮かぶ三つの黒い影.。傍目から見れば影しか見えないが、一度誰かが気付けば周りも空を見上げる。
だが今はそんなことを気にしている場合ではない。目の前の黒き龍人は、既に目を光らせて臨戦態勢に入っている。
こちらが剣を抜いたせいか、向こうは殺気まで漂わせている。だがそうしなければ、完全に相手に呑まれていた。
「貴様も我の邪魔をするのか……」
「さっき会ったばかりの相手の顔を、もう忘れたのか」
忌々しげな表情のティアを見て、アリアは彼女が発露した感情を概ね理解できた。ベルよりもずっとわかりやすい、ネガティブな感情だ。
恐らく度重なる“奴隷会”からの逃亡生活による疲労やストレス、受けた仕打ちなどから発した憎悪や怒り等によるものだろう。
アリアの言葉を聞いたティアが、首を傾げながら彼女の顔を凝視して、やがてつまらなそうにそっぽを向く。
「あの時の魔族の女か……人間以外に用はない。早々に我の前から去れ」
「ダメだティア。お前には、私から話したいことがある」
剣を突きつけ自分の持つ力を誇示し、相手に優位を与えない。だが自分の力に酔いしれている彼女に、その行為は無意味だった。
黒き龍人は四肢を大きく広げ、より戦闘に特化した進化を遂げた己の身体を見せつける。まるで肉食動物の威嚇にも似た暴君のような振る舞い。
「我はティアでもティアマト・レヴィアタンでもない。我は黒龍ナハト。 ――『ナハト・ジャバウォック』」
御伽話で悪を演じる黒龍に自分を例える辺りから、重症と言ってもいい力への自信を感じる。
ただの人間、それも何の力もない子供からサキュバスになったベルと違い、相手は元から特殊な力を持つであろう龍人族。地力も格も違う。
ここまでの性格の変化があるということは、普段から余程何かに抑圧されて生きてきたのだろう。ベルの後にすぐ違うケースを見れるとは予想外だった。
「そうか……ではナハト。我々と共に来る気はないか? 人間を滅ぼすための旅路だ」
「断る。我は誰にも従わぬ。相手が誰であろうが、名馬は才能のない騎手を乗せたりはせぬものだ」
今、彼女は禍々しい闇を纏っている。自分の与り知らぬ所で“魔王の魔力”の反応が芽生えた時点で覚悟していたが、やはり暴走したのだろうか。
暴走すれば手が付けられなくなる、とオルバが言っていたのだが、自我も意識も保っている今の彼女は、果たして暴走していると言えるのか。
アリアは試すような気持ちで手にした剣をしまい、ナハトの目の前まで飛んで右手を差し出す。
「ならばお前の目的に、私を協力させてくれないか? お互い、することは同じようだしな」
「戦いを拒む弱者に興味はない。我が怒らん内に失せろ」
取り付く島もない反応に呆れてきたところで、一羽の鳥がこちらまで飛んでくるのが見えた。
オルバが気配を察知してこんなところまで飛んできたのだろう。だが今一つ状況が掴めないでいる。
おやおやと周囲を見回し、“魔王の魔力”の発生源であるナハトの存在に気付く。怯えた声を上げながら、彼はベルの谷間に隠れた。
「ひゃわっ!?」
「ベ、ベベベ、ベル殿~! どうかワタクシをこの場所で! この場所で! この場所でお守りくださいますぞぉ~!」
「何で三回言ったんですかぁ!?」
鋭く睨みを効かせて向かい合う二人を他所に、淫魔とオウムの呑気なやり取りが始まる。
こんな状況でも下郎は下郎か、と呆れるアリア。溜め息を吐く彼女を見ながら、ナハトは嘲るような笑みを浮かべた。
「ククッ……貴様の取り巻きはどうやらおめでたい者ばかりのようだな。やはり黒龍となった我こそが至高の存在よ……もう用はない。退け」
「ダメだ。お前にはなくとも、私にはあるのだからな……お前の中にある力に用がある」
「我から力を奪うつもりか? 無駄だ、無駄。ほんの少し感じたが……お前から感じる力は、我に遠く及ばん」
「ならば力ずくだ。私が勝ったら何でも言うことを聞いてもらうぞ。それなら文句はないだろう?」
その言葉を聞くと同時に、ナハトの嘲笑がニヤリと歪み、心底楽しそうな笑みに変じた。口元から覗く牙も、心無しか光沢を持っているように見える。
まるで戦えと言われるのを待っていたかのように。今の彼女は自分の力を試したくて仕方がない、好戦的な性格になっているようだ。それが幸いだった。
言った傍からナハトは爪を立て、翼をより大きく広げ、尻尾をうねらせた。臨戦態勢が完全な“戦い”へと移行していく。
「フハハハハハハ!! いいだろう! 行くぞッ!!」
「――――ッ!?」
一瞬にしてナハトがアリアに肉薄し、鬼神の如き速度で豪腕が振るわれる。心の何処かで相手は脳筋だと高をくくっていた彼女は、容易く吹き飛ばされてしまう。
押し寄せる風圧に体勢を立て直せないまま、奥へ奥へと飛んで行く。やがて視界が街壁を捉えたかと思うと、首都側の通り道である人気のない森が目に入った。
木を何本も背中で折ったところで、ようやく勢いが殺せた。そこで適当な枝に掴まって着地し、体の土を払いながら空の先を見据えた。
しばらくすると、高速でこちらに向かう影が一つ。それに続くよたよたした動きの影が二つ。見ただけでそれが誰なのかわかるのが悲しいところだ。
「さぁ、続きをやろうか……!」
「ま、待って下さい~!」
すたっ、と華麗に降り立つナハトの姿は女性としての美しさを備えながら、並の龍以上に雄々しくもあった。
そこに対面するアリアの後ろにへたり込むように着地するベルとオルバ。二人は来ない方が身の為だったのでは、と思う程に頼りない。
二人がじりじりと歩み寄り、間の距離が歩幅一歩分まで迫る。背はナハトの方がやや高く、近付けばアリアが見上げる側になった。
睨み合うアリアとナハトの表情は微笑と喜悦。共に邪悪さを孕んだものだ。まさに一触即発の事態。研ぎ澄まされた意識が互いの隙を伺っている。
「死に場所にするには……些か殺風景だったかな?」
「いくら龍と言えど、レンガに墜落するのは痛かろう? お前にはこれで丁度いい」
話は終わりだ、とアリアが再び剣を抜く。虚空に現れた黒い球体を鞘にして、己の背丈程の黒い刃が姿を見せた。
抜身の剣を開戦の合図と受け取ったのか、笑みを崩さぬナハトが今度こそと爪を立てながら構える。
ここは森の中だが、先程アリアが吹き飛んだ時に何本もの木々が倒れていた。今、ここには決闘に相応しい開けた空間が形成されていた。
「フハハハハ! 我が最強の矛を喰らうがよい!」
「その血気盛んな勢い、黒龍になったというのに性格はまるで猪だな」
「減らず口、今すぐ黙らせて…………ッ!?」
ナハトが激昂した瞬間、彼女が前に突き出した右腕に紐状の何かが絡みついた。
それは先程の球体と同じく紫の混じった黒色をしており、一目で魔力で練られたものだとわかる。
両足にも同様に紐状の魔力が絡みつき、彼女の四肢全てを封じる。あっさり引っかかったのを好機と見て、アリアが斬りかかる。
「手足が封じられようとッ!」
そう言うと、ナハトの口に魔力が収束していく気配がする。危険を察知したアリアが後ろに跳躍し、木の枝の上へと逃れる。
次の瞬間、アリアが着地した枝のすぐ下で、黒い光が一直線に迸っていた。地面を抉りながら周囲の木々を焼く熱の塊に、アリアは戦慄した。
あの時と同じ、超高濃度の“龍の息吹”だ。あまりにも強力だが、当たらなければ意味が無い。遠くにいたベルとオルバも無事のようだ。
先程のような大規模な攻撃は、一度放てば反動、周囲の魔力の枯渇など諸々の理由で連発できないものが多い。
そしてこの森の魔力濃度は人間の使う道であることもあり、あまり濃くない。つまり今の手足を拘束されたナハトは、あまりにも隙だらけな状態。
好機、狙うは今! アリアの剣がナハトの喉元を捉え、真っ直ぐ突き進む。しかしその一撃は、黒い鞭に絡め取られてしまう。
「――ッ!」
「かかったな!」
否。黒い蛇腹状を描くそれは、鞭と言うにはあまりにも太く、強靭な光沢を放っている。鞭に見えたそれは、他ならぬナハトの尻尾であった。
尻尾はアリアの魔剣の勢いを硬い鱗で殺しながら、逃がさないと言わんばかりに剣を持つ腕までがっしりと絡み付いている。
鱗一枚一枚が剣のように鋭く、盾のように硬く、鎖のように解けない。ナハトがそこに込める力を強めただけで、右腕を包む鎧にヒビが入っていく。
「ぐぁっ……!」
「この程度なのか貴様は……はあっ!」
苦悶の声を漏らすアリアを見るナハトの口調は、言葉とは裏腹に弾むような気持ちが乗っていた。気合の声とともに四肢に力を込め、全ての拘束を破壊する。
魔術的な手段を用いずに、純粋な腕力だけで破られた拘束。自分の扱う高度な魔術があっさり破られたことで、アリアの中で何かが燃え上がった。
手足が自由になったナハトが、彼女の右腕を締め上げている。あっという間に立場が逆転してしまったというのに、黒騎士の口元にあるのは小さな笑み。
相対する黒龍はそれを訝しむように眉をひそめるが、それも一瞬のこと。力が全ての基準にあるナハトは、何が起こっても力でねじ伏せればいいと考えていた。
ナハトは強靭な腕でアリアの左腕までも封じ、牙を剥き出しにして口を開ける。周囲でドミノのように倒れる木々を見ながら、アリアはなおも笑う。
「これだけの威力……何度も連発できるものではあるまい……」
「ほざけ……今の貴様にこいつを避けられはせんっ!」
「お姉様っ!?」
「アリア様っ!」
その言葉を最後に、ナハトが凝縮させた魔力を放出させた。それは一筋の光線となって、森の木々のドミノを二列に増やす。
ナハトを起点にして、森の中にV字が刻まれた瞬間であった。後にここは観光名所となって多くの冒険家達の想像を膨らませたという。
だがそこでただやすやすと攻撃されるだけのアリアではない。彼女は咄嗟に眼前で魔力による壁を作っていた。壁は多くのヒビを入れられながらも、確実に彼女を守る。
光線を防ぎ切るまで壁を保てた理由は、彼女が魔王の素質と魔術の才能を併せ持つ“魔力の申し子”のような存在であることに他ならない。
風圧による砂埃が止み、不安げな顔のベルとオルバが目に入った。“龍の息吹”を耐えたことを誇示するように、アリアが敵と味方に笑みを見せた。
「莫迦な…………」
「次はこちらの番だな」
呆然とした顔のナハトに向かって、アリアが剣を振るう。光線を出す直前、ナハトは尻尾と右腕による拘束を解いていた。
いくら黒龍の鱗と言えど、自らの出す“龍の息吹”に巻き込むことはできなかったからだ。そこまで見抜いた上で、アリアはここまで強引に攻めに転じている。
だがそこで、彼女が異変に気付いた。ナハトの驚愕に見開かれた瞳が突然、白目ごと真っ赤に塗り潰された。
「く……ウォアアアァァァァァァァ!!」
「なんだと……っ!?」
今までのように口だけではない。両手の平にも魔力が収束していくのが気配でわかった。
“龍の息吹”放出後に再びこれだけの魔力を、自分が斬りかかるまでの瞬時に収束させるなんて、一体どうして――
疑問は晴れないまま、永遠にも思える一瞬が過ぎ、アリアは光に包まれた。
▼
首都『アルナ・マグス』。
ここは数多くの優秀な人物を輩出した城下町だ。位置役割共にこのデクナ大陸の中心にある為、王都と呼ばれることもある。
今この街の更に中心にある王城では、十七歳程の一人の少女がアンニュイな表情で窓から外を眺めていた。
ベッドの上、白いネグリジェに身を包んだ少女の髪と瞳は淡い桃色。人形のように整った顔立ちは、美人とも言えるし愛らしいとも言える不思議な魅力がある。
彼女の名はリエンデ。この国の王女であり、かつて自分を守る騎士と共に勇者と共に戦ったこともある英雄の一人だと言われていたらしい。
そんな彼女の溜め息は、今にも雲になって空にぷかぷかと浮きそうな程の深さを持っていた。それを知ってか知らずか、いつものようにドアがノックされる。
『姫様、そろそろ部屋から出てきて下さい』
女性の声が部屋のドアから響くが、リエンデは意に介さない。自分の世界に閉じ籠もることを止めず、ただただ何かに浸っているようにも見える。
しばらくの間の後、彼女がちらりとドアを見てはまた空を見る、ということが繰り返された。もはや何かの病気とも言っていい程に機械的な動きで。
ドアの奥にいる女性はそんなリエンデのことを痛ましく思いながらも、これから話す言葉の反応を楽しみにしていた。
『ゼズ殿が、彼を連れて戻ってきたそうですよ』
「それは本当ですかっ!?」
がばっ!
リエンデがすぐさま起き上がり、ベッドから駈け出し寝間着姿のままドアを開ける。白く重厚な甲冑に身を包んだ女騎士がそこにいた。
きょろきょろとその後ろを見回すが、目的の人物は見当たらないのできょとん、と子供っぽい仕草で首を傾げる。
「あらあら? 彼は一体どこにいますの? せっかく歓迎して差し上げようと思いましたのに」
「魔王との戦いで随分と疲弊しておりましたので、医務室で寝ているらしいです」
「そ、それはそうですよね……おほほ」
「くれぐれも、はしゃぎすぎませんよう……」
凛とした声でリエンデを宥めながら、女騎士は彼女を医務室まで案内する。急ぎ足になる姫を止めながらも、騎士自身も内心走り出したかった。
なので姫が隙を見て走ると、女騎士もそれを追って走り出した。周りに頭を下げながら「姫様を追っているから仕方ない」と自分に言い聞かせている。
早く彼に会いたい。二人のそんな気持ちが、普段あまり意識しない城の広さを改めて感じた。医務室のドアを叩くように開けて、二人はほぼ同時に叫ぶ。
「――――レスクッ!」
魔王を倒して以来行方不明とされていた勇者の名を。
▼
ナハトが放った三度目の光線は、今までのものより明らかに威力が高かった。砂煙が舞い、森の景色までも変えてしまう暴力的な一撃。
いくら魔王の力を持っているとは言え、無事で済むとは思えない。最早勝負は決した。その事を理解した瞬間、ナハトは笑う。
耐えられなくなったベルが飛び出そうとするのを、オルバが制した。アリアが負けた相手に彼女達が勝てる道理はない。
「フ、フフッ……ハハハハ、ハッ! ハァァ――――ッハッハッハッハッハ! 実に! 清々しいほどに、他愛無いものだ……な……っ!?」
その時、勝ち誇ったナハトの顔が苦痛に歪む。狂気に見開いた瞳が捉えたのは、砂煙の奥で立つ一つの影であった。アリアが立っていた。
彼女は六枚の翼を背中に、瞬きする間にこちらまで近づいてくる。その手に剣はない。見れば彼女が持っていたはずの剣が、自分の左腕の鱗を貫いている。
「ぐああぁぁぁぁぁぁあ!!? な、何ダ……なぜ、私の鱗ガ……!?」
「長い剣だが、投げれば案外刺さるものだな」
いつの間にかアリアは、ナハトの背後に移動していた。どうやら投擲した剣が突き刺さって、彼女が動揺した隙を突いたようだ。
翼の枚数が前見た時より増えていることに驚くベルとオルバ。二人の反応を意に介さず、アリアが悔しげな顔のナハトと向かい合う。
ナハトがずぶっ、と水気のある音を立てながら左腕に刺さった剣を抜く。それを握る右手は、強靭な爪ですぐに剣を握り潰す。
「ギッ……! この程度で、我は……!」
「ナハト、お前は今少しだけ“魔王の魔力”を直接使ったな?」
「それがどうした! 貴様があれを受け切るのに魔力の質など…………ッ!」
憎々しげに言い返すナハトが、言葉の途中で息を呑む。どうやら彼女も、アリアの行ったことに気が付いたようだ。
傷口を押さえる手からも力が抜け、ナハトはぺたん、とその場にへたり込む。今、彼女は敗北感を味わっているのである。
なぜか魔力が増大した無傷のアリアに比べ、ナハトの体は傷付きボロボロで、魔力もほぼ底を尽きかけている。勝敗は誰の目にも明らかだった。
「大砲を使わず、火薬庫を相手に直接投げつけるようなものだ……あの場でそんな奥の手を使うとは思わなかったぞ。そのお陰で、私は勝てたのだがな」
「やはり貴様……その翼、力を吸収して……!?」
「その通りだ。お前にはその一撃が切り札だったようだが、私にとっては体の一部のようなものだ」
“魔王の魔力”。それは元は一人の魔族だけが持っていた圧倒的な力。持ち主が違えど、同じ場所に隣り合えば粘土細工のように容易く一つの塊になる。
この力を吸収し魔族としての格が上がったアリアは、残りカス同然になった魔力の光線を無傷で受け切れたのである。
翼も一対増え、計六枚。これから先も増えていくのだろうか。枚数を増やすより、ナハトのように一対が大きくなった方がいい、というのはアリアの考えだ。
「さて、では約束通り力を頂く……ここに、盟約を」
「くっ……!」
誰にも負けない力を手に入れたはずの自分は、初めての戦いで破れてしまった。そんな自分にこれから一体何が起こるのだろう。
また無力で弱気なティアに戻ってしまうのか。はたまた死んだも同然の抜け殻と化してこの森を延々と彷徨うのか。力強くなったはず腕は今、頭を抱えて震えていた。
その腕を払い除けたアリアが、彼女の顎を指でくいっ、と上げて自分と向き合わせる。二人の真紅の瞳が向かい合い、奇妙な間が生まれる。
戸惑いを見せる彼女に、アリアは躊躇う様子も見せずに接吻した。
「んぅっ……む、ふっ…………!?」
一秒――唇に当たった柔らかい感触に戸惑い、咄嗟に離れようとする。二秒――後頭部を手で押さえつけられ逃げられなくなる。
三秒――息のかかる距離にある瞑目する美女の顔に、なぜか胸が高鳴った。四秒――自分も目を瞑り、全てを受け容れた。
「…………ぷはっ」
「ん、あぁ……」
二人は十秒ほどそうした後、アリアの方から唇を離した。それに倣い、ナハトも口惜しそうに後退する。
魔力交換を終えたというのに、二人の容姿にはまるで変化がない。唯一の変化は、ナハトの右目がティアであった時のような青色になったことぐらいだ。
所謂オッドアイというものなのだが、これは力に酔った暴君であるナハトにティアの理性が加わったという証拠だ。正気半分狂気半分、といったところか。
彼女はへたり込んだまま、目の前で腕を組むアリアを見上げる。ただの有象無象だと思っていた相手が、今ではとても大きな存在に思えた。
「先程、汝は我に『協力しろ』と言ったな……その話、もう一度聞かせてくれ」
今までとは打って変わって、落ち着いた声音を絞り出すナハト。真摯な表情からは、もう狂気は感じ取れない。
もう大丈夫か、と安心したアリアが事情を説明する。“魔王の魔力”を集めて、最終的には人間を滅ぼすことが目的であることを。
話を全て聞き終えると、黒龍の体の傷は殆ど回復していた。アリアが魔力交換の時に少し細工していたらしい。
それまで黙って頷くばかりだった彼女が立ち上がり、仁王立ちしてアリアを見下ろす。
「ああは言ったが、できることなら我も協力させて欲しい……どうだろうか」
「私は良いが、あいつらは何と言うかな?」
答えるアリアが、駆け寄ってくるベルとオルバを見やる。二人とも依存は無いようで、すぐさま頷いてくれた。
ただ、どちらも視線がナハトの胸を注視していたのが気になる。今まで意識していなかったが、ほぼ剥き出しの乳房はベルより一回り大きかった。
局部こそ鱗によって隠れているものの、男が目のやり場に困りそうな出で立ちはなんとかならないものか。溜め息を吐きながらアリアが訊く。
「無理だな。我ら龍人族は本来、人間のように衣服を着る習慣がなかったのだからな。今あれを着てもゴワゴワして着れたものではない」
というか今の彼女は龍としての特徴があまりにも大きくなり過ぎている。腕はまだしも尻尾や翼がこれだけ大きくては普通の服など着れないのではないか。
だがこのまま同行させるのには、如何せんナハトは目立ちすぎるのではないか。そう言った所、獣人族と大して変わらないだろと一笑に付された。
自己紹介を終えると、豪快に笑うナハトがベルを抱き上げた。わたわたともがき逃れようとするベルだが、黒龍の腕力には勝てない。
「フハハハハ! ではよろしく頼むぞベル、オルバ!」
「お、下ろしてください~! く、苦しいです! 羨ましい胸が顔に……もがっ!」
「お、おほっ! こ、これは眼福ですぞ! 何かこう、胸に来るものが痛ァ――!?」
抱き合う二人を眺めながら、オルバがニヤニヤと笑いアリアに殴られる。この光景も、最早日常となりつつあった。
黒騎士、淫魔、龍人、オウム。一行はそれぞれが特殊な種族でありながら、皆揃って魔族である。
まだまだ“魔王の魔力”はあちこちに散らばっているが、これから先も仲間は増えていくのだろうか。
期待と若干の不安を胸に抱えながら、アリアは遠くそびえる首都を眺めていた。
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