第59話 二人の間柄




 クレアリーゼとの激闘ののち―――人知れず草陰でゲロを吐ききったあと、アルフレッドは仰向けで芝生のベッドに伏し、エルフィオーネの柔膝を枕に、介抱されていた。

「どうだ? 少しは落ち着いたか?」

 まるで、収穫祭のウシオマルの再現のようだ。情けない。あの時は散々悪態をついたが、これでは、人のことをとやかく言える筋合いではない。

「―――悪い。汚ぇ思いさせちまって」

「何を言う。自分の主のことを汚いと思うメイドが何処にいる」

「言うね。つーか、すっかりメイドが様になってる。見よう見真似じゃなくて、職業としての経験とかあるの?」

「何度かな。一応、職歴キャリアとして履歴書には書けるぞ」

「へー……。でも、魔術師が、なんでわざわざメイドなんかをする理由が……」

「魔術師がメイドをしてはならないという決まりなどないだろう? 私はいわゆる技能スキルおたくなのさ。暇人ゆえの暇つぶし。それ以上の理由はない。―――それでもあえて理由をつけるとするなら、作家であるあなたの身の回りの世話を、こうやって行うため、かな」

 ひどい後付けを見た。と同時に、にっこりと笑む。

「……へい。帰ったら続き、書かさせていただきます」

 よろしい、とエルフィオーネは目を細める。催促なら、もっとストレートに言ってくれよなと、アルフレッドはぶつぶつ呟いた。

 秋晴れの晴天。木漏れ日のなか、吹き抜ける秋風が、額や頬を撫でる柔らかな手と共に、悪寒を優しく拭い去っていく。

 こんな日は、ネーオの町の厩舎きゅうしゃで馬や騎竜でも借り、城壁の外に出て、陽の光と風を浴びながら、野を思いっきり駆けたくなる。

「なあ」

「何だ?」

 半ば胸の膨らみで隠れた、エルフィオーネの顔を見上げる。

「―――どっちが勝つと思った?」

「答えるまでもあるまい」

 彼女は瞳を閉じながら、澄ました顔で答える。

「いかに手強い相手とはいえ、よもやあなたが、従騎士せいとに負けることなど、在り得るわけがない。信じていたよ」

 少し照れくさく、視線を逸らす。

「……いや、でも実際、かなりヤバかった。260期生の中にあっても上位を狙えるような……。アリシアといい、あの子といい、266期生も、相当にスゴイのが集っているみたいだな」

「それも、揃いに揃って御令嬢じょしばかりだ」

 はは、とアルフレッドが若干苦そうに笑う。

「まったく。男どもはもっとシッカリしろっての。まあ、魔術の世界に、男女の別は無いって証左でもあるんだけどな。強い想いと信念持つ者こそが……ってね」

 地位が保証されていて若干お気楽気味なお世継ぎ達と違って、女子陣は政略の道具として終わりたくないという想いや、自立心も強く、意識も高いのかもしれない。それが、魔術を扱う精神の強さに直結していると考えると、なるほど納得がいく。

 アリシアやクレアリーゼなどを見ていると、特にそう思う。

「それにしても、あなたは相変わらずだな。本当に、魔術なしでよくもまあ……。あれだな、忌まわしき呪われた力を、鋼の精神で御し、飼いならす男―――その名は『白鬼スノウ・オーガ』―――といったところか?」

 受け売りも交えて、まるで講談のような口ぶりで茶化す。

 アルフレッドはちらとエルフィオーネに視線を合わせると、苦々しく「―――その名前……あんまり好きじゃねーんですけど」と拗ねる。エルフィオーネは承知の上だと言わんばかりに、ふふっと笑った。



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