第60話 因縁の赤




 ヒュー、ヒューとはやし立てる声が近づいてくる。

 騎士学校の敷地内にあるまじき低俗な所業。チッと舌打ちをしながら、どの糞餓鬼バカかとアルフレッドは顔を上げる。

「……お前らかよ」

 歩くたびにふわりと揺れる白のリボンと二つに結った金髪。―――アリシアだった。見慣れた数人の男女を連れている。

 確認したあと、アルフレッドは再び、人目も気にせず膝枕に頭を落とす。

「こんな所でメイドさんとネンゴロですか。いい御身分ですね、教官せーんせ

 しゃがんだ姿勢からニヤニヤと、少し棘のある笑顔でアルフレッドの顔を覗き込み、言う。どうでもいいが、(黒ショース越しに)下着パンツ見えてるぞ、と言いかけて、やめる。

「これはこれは、ミス・アークライト。ご機嫌麗しゅうごぜぇます」

 アルフレッドは白々しく返し、そして貰えるものももらったと視線を逸らし、再会の挨拶とした。

 立ち直りが早いのは正直助かる。もし、シラマでのあの余韻を引きずっていたら、今頃はこんな冗談めかした挨拶はできずに、もっと余所余所しく、ぎこちない空気での再会になっただろう。これも、十年来の仲が成せる業だ。

「―――久しぶりだね、アルフレッド。元気してた? 体とか、あれから大丈夫?」

「んー? ああ、ぼちぼちな。お前のほうこそ、元気そうで何よりだ」

 今は正直、元気とは言い難いが。

「でも、驚きました。まさか、先生の方から魔術騎士学校に来られるなんて」

 アリシアの隣に、長耳で薄碧髪の小柄ながらも豊満な胸の少女が立ち、少し興奮した口調で言う。エルフの少女、シャーロットだ。アルフレッドにとっては貴重な、作品の読者でもある。

「拙作を好きでいてくれる、他ならぬあなたの為に来たんですよ。ミス・エンテール」

「ふふっ。駄目ですよ、仮にも教官(せんせい)が、生徒を口説いたりなんかしちゃ」

「女に膝枕をされながら言う台詞でもないしな」

 頭上から御最もな駄目出しまで入り、くすくす、はははと笑いが起こる。アルフレッドはよいしょ、と名残惜しくも柔膝から頭を上げ、芝生の上に胡坐あぐらをかいた。

 シャーロットとの談笑、ウシオマルが聞けば、さぞ羨ましがるだろう。どこまで本気なのかは知らなないが、奴は彼女に惚れ込んでいて、酩酊しながらその名前をたまに口にする。奴も相当の実力者ゆえ、今度グレイズ教官に招致を打診してみてもいいかもしれない。もっともその暁には、酒の類は一切合切取り上げるが。

「ほら、サーノス王子も。会いたかったんでしょ? 二人に」

 アリシアとシャーロットの後ろに隠れていた銀髪の少年―――隣国ルテアニアからの留学生にして、王国の第六王子・サーノス王子が、少し躊躇いながら前に出る。

「やあ、王子。あなたもお元気そうで。ああそうそう、臨時ではありますが、教官としてこれから1ヶ月間、ここに通うことになりました。以後お見知りおきを」

 アルフレッドは胡坐をかきながらではあるが、その場でぺこりと頭を下げる。サーノスは若干慌てた様子で返した。

「あ……うん。いや、はい。先程の試合、拝見させてもらいました」

「演習場に来てるんだったら、一緒に観戦すればよかったのにねー。この、恥ずかしがり屋さん」

 う、うるさいなとアリシアから顔を逸らし頬を染めた後、サーノスはひとつ咳払いをし、アルフレッドに向き直る。

「正直……圧倒されました。魔術なしでここまでできるなんて、未だに、信じられない……。あなたの、いえ、教官の戦闘は今までに何度か―――」

 見てきたつもりですが、と言いかけてサーノスは口を噤んだ。

 これ以上は、件のシラマでの話題に発展すると気付いたのだろう。何せ、この場に居るのは、当事者だけではないのだから。

「―――ふん。たかだか一回勝っただけですわ。くれぐれも調子に乗って、あることないことを周囲に吹聴しないで頂きたいものです」

 その一人であり、先程死闘を繰り広げたばかりの、半魔の外見をもつ少女、クレアリーゼ。木の幹に背を凭れ腕組みをし、ツンとそっぽを向きながらアルフレッドを睥睨している。

 アルフレッドはまるで、満腹の状態で特盛の料理が乗った皿を出されたかのように返した。

「ミス・フザンツ……。まだ何か、話す事でも? それとも、再戦とか? さすがに今日は、もう……」

 ばしっ。クレアリーゼの尻尾が芝生の地面を叩く。

「教官、わたくしを見くびらないで下さいませ。どう見ても、もうマトモに動けそうもない相手をノしたところで、何の意味もありませんし、わたくしの流儀に反します。全力のあなたと、全力で戦って勝利し、このブーツの下に跪かせるまでですわ」

 語気もそうだが、尻尾の動きからも、はらわたの動向が容易に伺える。

「今のあなたからは、先程までの『魔』の臭いが無い。嘘のように綺麗さっぱり消えてしまっている」

「それはよかった。体臭には気を使っているんですよ」

「その代わりに、少し胃液の臭いがしますわね」

 うっ、とアルフレッドは息を詰まらせる。

「……すいません。どうにも我慢できなくて。ていうか、鼻がよく利くんですね……」

「この嗅覚と怪力は、一族の特性でしてよ」

 クレアリーゼはハンカチを手に、鼻を隠す。そうですか、と項垂れるアルフレッド。

「それはさておき。わたくしはこの子の付き添いで来ただけですわ。あなた方に、興味があるそうですわよ」

 最後に紹介されたのは、初めて見る生徒だった。少なくとも、教練の授業中には居なかった。

 眼鏡の奥の、大きく眠たげな半開きの瞳。他の貴族の令嬢たちに違わぬ、麗しい顔立ちをしてはいるが、その目つきのせいで、気難しげな性格の持ち主だという印象を抱く。視線を向けられるだけで、ジトッと睨まれているかのようだ。

 羽織るマントの内側には、夥しい量の魔術式が刻印され、脇に持つ使い込まれた魔術書とともに、彼女が「純正型」の魔術師であることを示している。

 そして、もえる秋の山のように赤い髪―――。



(赤髪―――)



 アルフレッドは騎士学校時代の、一人の人物の事を思い出していた。アルフレッドの剣に、魔術不能者たる烙印である「火」の術式を刻印した張本人であり―――思い出すのも憚られる、思い出すだけで胃が軋む。それくらい、苦手だった人物の事を。「彼」も同じく、こんな赤い髪の持ち主だった。



(まさか、な)



 アルフレッドの詮索するような視線をかわしながら、赤髪の少女は歩み寄ってくる。

そして、アルフレッドではなく、エルフィオーネの前に立ち止まった。

「ええと、ミス。一体、いかなる」

「あなたに興味はない」

 天晴れなほどの即斬っぷり。アルフレッドが思考回路を修復する前に、赤髪の少女は続ける。アルフレッドのことなど、一顧だにしない。

「魔術が使えない人間。珍しい体質。でも、それだけ。あなたに興味はない」

「えっと……」

「私が興味があるのは、彼女の方」

 見下すような視線を眼下のエルフィオーネに向けながら、少女はかすかに笑む。

 姿勢正しく正座したまま、エルフィオーネは顔を上げ、「ほう」と、呟いた。




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