第50話 戦乙女、立ち直る




 ―――時間は、約10分前に遡る。



「何だか、嬉しそうですね。アリシア」

 隣に座る緑髪のエルフの少女・シャーロットが、アリシアの顔を覗き込んでくる。

「んー? そう見えるー?」

「ええ、それはもう」

 そういえば、これに似たやり取りを、過去に彼女と行ったような気もする。

「でも、少し安心しました」

 幼い顔つきからは想像もつかないような、さながら慈母のような表情で、にっこりと笑む。

「例の『課外』でシラマの町から帰ってからというもの、元気がない状態が続いてましたからね」

「……ああ、やっぱりよく見てるね。さすがだわ」

「当然ですよ。親友なのですから」

 と言った後、シャーロットは正面を―――壮絶な乱取りを展開する、アルフレッドの姿を見遣る。

「シラマの町での一件の詳細は……私達『従騎士』には伏せられています。多分、そこで何かあったのだろうとは思いますが」

「まあ……ちょっとね」

 アリシアは微苦笑しながら頬を掻く。その表情には、今まで見せたこともない、薄っすらとした陰りが見えている。まるで、快晴の空にぽつりとうかぶ黒雲のように。

「ねえ、アリシア」

 反対隣に座る生徒が、割り込むように会話に参加してくる。気品を漂わせる、栗毛色の髪を綺麗に束ねた貴族の少女だが、興味津々気に、年頃の少女らしい目で見てくる。

 彼女、アリシアとの会話はこんな風に、自然に、飾らない気安い雰囲気を容易く作り出す。本人の天衣無縫な性格に加えて、三回生の中では最年少だから、というのが主たる要因だ。

 だが、それを快く思わず、もっと貴族の姫らしい優雅さや厳かさ、気品のある素振りや口上を学べと諭してくるお節介さんも、一部には存在する。

「一体、あそこで何があったの? 聞いた話だと、あの臨時教官さん、あの人も一緒だったって話じゃない」

 アリシアは寝耳に水、とばかりに、表情を変える。

 誰が同行したかも、秘匿されているはずだ。サーノスが一緒だったことは、一部の生徒達は知っているだろうが。

 もしかしたら、出立するところを見られていたのかもしれない。

 うっかり口を滑らせないよう、アリシアは心で深呼吸した。

「ギルドの組員と『課外』の生徒だけで片が付く―――たかだかその程度の魔物討伐のはずが、一転。アークライト家騎士団が動く、大騒動になったって、噂になってるよ」

「ミス・アークライト。一体、どんなスゴイのが居たっていうんだい?」

 下の列から話しかけてくる男子生徒達。

 彼の言う「スゴイ」のは、確かにそこに居た。並のハンターでは太刀打ちできないような、上級魔といわれる強敵だった。

 だが―――これだけなら、何の問題もなかった。仮にこれだけだったら、その場に居合わせた五人で奮闘し、殲滅。戦闘の汗を温泉で流して帰路につき、報告書を総務課に提出して任務完了。実家の騎士団が、動くこともなかった。

「あの、皆さん……」

 控え目な口調で、シャーロットが皆にくぎを刺しに行く。実に良いタイミングでの助け舟だった。

「『課外』の詳細が伏せられているということは、実質のかん口令がしかれているということ……。これ以上質問されても、彼女が困ってしまうだけですよ」

 すると、皆舌打ちでもしたそうな表情と態度で口を噤む。そんな中、まるで気にも留めないという風にアリシアに微笑むシャーロット。

 エルフという種族への偏見のせいで、周囲の彼女への対応はこんな風に、露骨なほどに冷たい。だが彼女曰く、これでも、以前に所属していた騎士学校よりは、だいぶマシだというのだから驚かされる。その生徒達は、エルフに一族を根絶やしにされたとでもいうのだろうか。

 何にせよ、と、アリシアはこの話題に決着をつけるべく、口を開いた。

「今回の件で、私に言えることがあるとすれば、ただ一つ―――」

 ちょっと、とシャーロットが制止をかけるも、アリシアは止めない。

「ただただ、自分の未熟さを思い知らされたわ。―――私なんか、まだまだだなぁって、子供だなぁって、無力だなぁって……そう、痛感するくらいに。おまけにいっこ、すごい難題の課題まで出されちゃったし……」

 しぃんと静まり返る。アリシアの実力をもってして「未熟」と言わせる―――一体どんな化け物がそこに潜んでいたというのか。

 周囲の面々には、一同、戦慄の表情が張り付いていた。シャーロットですら、その例外に違わない。

「もっともっと、精進しなきゃ、ってね。―――以上! この話題はこれでお終い」

 苦笑しながら、「それ」を痛感させてくれた、アルフレッドを見遣る。グレイズ教官、メイド服姿のエルフィオーネの中間に立ち、何やらミーティングらしきものを行っているようだ。

 不意に、彼と目が合った。 

 シラマでの彼の抱擁が思い起こされるようで、一言では言い表せぬ、万感の想いが、込み上げてきた。

 そして気づけば、右手を挙げ、思い切りそれを振っていた。周囲の視線など、気にはならなかった。

 視線がアリシアからアルフレッドに向くと、アリシアは最後に

「でも、ちょっとだけ良いことも、あったけどね……」

 と頬をわずかに赤らめて微笑み、こっそりと、呟くように言った。




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