第40話 抜剣(フューリー) その8



「魔物の発生に、魔徨石が関係してるってことか?」

「左様」

 エルフィオーネは、切り出された魔徨石を、コンコンと手の甲で叩いた。

「魔徨石を使用しての『魔力』絡みの研究は、皆が言うように禁忌とされている。が、それ以外の研究結果として、ひとつ興味深い特性が明らかになっている。まだ一般には開示されていない情報ではあるが」

「―――なぜ、そのような情報を、貴女が知っているのですか? 一介の魔術師のはずの貴女が」

「まあ、暇人だからな」

 最近は、すっかりこの台詞が煙に巻く時の定型句と化している。

「話を元に戻そう。その魔徨石だが―――なんと、魔物を構成する物質と、特性が酷似するということが、明らかになったのだ。それに続く形で、魔物が頻繁に発生する区域の発掘調査を行ったところ、かなりの確率で、魔徨石が埋蔵されていたという結果報告も出ている」

「ということは……」

 アルフレッドが呟くと、「そう、お察しの通り」とエルフィオーネが続く。

「この魔徨石の大群こそが、魔物を生み出す温床そのものである、ということだ。研究結果のことは知らずとも、シラマのギルドの連中は、それに気づいていた。―――おそらく、この場所から魔物が湧く場面を、実際に目撃しているはずだ。知っておきながら、何十年も秘匿し続けたのだ。『狩場』の存続のためにな」

 ちょっと待ってよ。アリシアが焦りながら口をはさむ。領内での不祥事を目の当たりにし、声が色めきだっている。

「それじゃあどうして今の今まで、誰も気づかなかったの? 少なくとも、いちばん最初に魔物が湧いた時に―――」

「その時は『たまたま』発見することが出来なかったのだろう。魔徨石は、こんな具合に『活性』していない平時の状態では、普通の石と見分けがつかぬからな」

 ふう、とエルフィオーネは息をつく。

「聞けばこの地の行政は、鉱山の管理を厳格にするべく、人出の大半をそこにとられてしまっているとか。魔物の出現など、言ってしまえば事故のようなもので、掃討してしまえばそれで終了というくらいの感覚だったのだろう。魔徨石が関わろうとなかろうと、魔物というのは自然発生するものだしな。人出を割くのが億劫で、ろくに調査も行わず―――掃討して早々に、事後処理をギルドに丸投げしたのだろう。だが、このギルド連中がとんだ食わせ者だった。魔物が発生する光景を目の当たりにした時、彼らは考えた。『これを金蔓にできないものか』とな」

 白日の下にさらされた事実に、背を向け横たわるハンター達の死体がまるで、引き出された罪人のように、居た堪れないとでも言いたいかのように見える。

「アークライト領下の行政区域の発言は、領主たるジェスティ侯爵の人望所以の信用もあるが故、対策費の申請も甘めの審査で通り、結局は国庫からの支出を宛がわれる様になってしまったのだ。何だかんだで金の運用方法は正当なもので、傍目から見れば不正はないからな」

 父の名前を出され、アリシアはまるで自身に対する譴責のように、顔を伏せた。

「犠牲になったハンター達には気の毒だとは思うが、これも身から出た錆というもの。だが、問題なのはここからだ」




「例の『罠』の話か?」

 顎に親指と人差し指を宛がいながらアルフレッドがいう。

「そうだ」

 魔徨石の光を背に、エルフィオーネが腕組みをしながら頷く。

「ほぼ一本道だったにも関わらず、出てくるのは凡百のハンターで十分片の付く雑魚ばかり。隠し玉が出てくるとしたら、終点であるここしかあるまい。何か、途轍もない大物が、この場所に潜んでいる」

「潜んでいるって言われても―――」

 アルフレッドが周囲を見渡す。

 崖と崖の谷間のこの場所は、細く横長に広がる平坦な地形。その一番奥も目視できる。上空から見れば、山岳の中に細長い穴というか、亀裂が走っているようにも見えることだろう。

 いま、この場に居る五名の他に、気配らしきものは感じない。そもそも、そんな「大物」が身を隠せそうな場所も存在しない。

 だとするなら―――。

「やはり、魔徨石の中ということですか?」

 サーノスが代答する。

 途方もない話に、アルフレッドは半ば笑いながら言う。

「驚いたな。この岩をブチ破って出てくるってことか。どうやって中に埋め込んだのやら」

「……いや、どれだけ掘っても、出きはしまい。『破って出てくる』のではなく、おそらく『召喚』に近い形で出現するものと思われる」

「召喚……ですと? 人為的に魔物を発生させるなど、そのようなことが可能なのですか?」

「―――例の、魔物を操ることができるって奴の仕業か。手前で作ったモノを、自分で操ってるってことだ。魔物使(モンスターテイマー)なんてのが、本当に存在するとはな」

「うむ。いったい、どのような目的で、どのような原理の術を用いているかまでは分からぬがな。その術者は、恐らく魔徨石を任意に『活性』させ―――その強度に比例した魔物を生成し、用が済めば元の魔徨石の成分に分解し戻すことができるのだろう。魔徨石の成分と魔物の構成物質が等価だとするならば、材料が揃っているわけだから、在り得ない話というわけでもあるまい。―――む、光が一層強くなってきたぞ」

 正解だ、だがもう遅い。

 そう嘲笑うかのように、魔徨石の光量が一気に増す。最早「灯る」というよりは「煌めく」といったほうがよい強さだ。

「来る……皆、構えられよ」

 エルフィオーネの檄で、全員が術具を手に身構え、臨戦態勢下に入る。アリシアは雷光をその身に纏わせ、サーノスも額に大粒の汗を浮かべながら、刀身から威嚇するように冷気を放つ。

「恐ろしく、絶妙なタイミングだな。まさに『罠』ってわけだ」

 魔徨石の岩肌が、波紋が広がるように揺らいだ。

 その部位が盛り上がったかと思うと、次の瞬間には青色の粒子を放ちながらせり出し、そこに異形の者の形相が出現。徐々に、禍々しき巨躯が構築されていく。そしてついには、水滴が落ちるかのように、異形の巨躯が魔徨石から切り離され、地響きを立てながら地面に落下した。続けざまに、すぐ隣にももう一体、同じ個体が落下する。

 その背丈はゆうに3ミター以上。巨岩のごとく重厚かつ強固な双腕、向けている敵意の表れと言わんばかりに剥き出しになった歯牙、憤怒の表情をそのまま面(マスク)にしたかのような形相。そして型の象徴たる二本の角―――。

「……お、オーガ!!」

 悲鳴のようにサーノスが叫ぶ。

「へえ……よりによってコイツとはな……!」

 アルフレッドは右奥歯を噛み締めた。

 サーノスに視線を遣ってみる。

 案の定―――怖気づいている。距離こそ離れているとはいえ、不気味なほどにゆっくりと近寄ってくるその圧倒的存在に完全に気圧され、剣を握る手がカタカタと震えている。

 隣のアリシアを見てみる。

 こちらは怖気づいた様子こそないが、平素のような、表情の余裕は無さそうだ。こんな顔をする彼女を見るのは、恐らく初めてだ。

「私なら大丈夫だよ、アルフレッド。早くやっつけて、早く帰ろう。この件を、いち早く領主代理おかあさまに報告するためにもね」

 視線を気取られたようだ。正面に戻す。

「―――同感だ。せいぜいお前の足手纏いにはならないよう、頑張るさ。お前も、絶対に油断するなよ」

 顔は向けずに、互いの拳同士をこん、と軽く叩きあう。

「信徒サーノス……いえ、サーノス王子殿下。貴方は私達の背後へ。決して無茶は為さらぬよう」

 巨大な鉄球モーニングスターを引きずり、鎖をギャリギャリ鳴らしながら、ディエゴ神父が、凍りついたように微動だにしないサーノスの前に出た。

「神父の言うとおりだ。口惜しいかもしれぬが、今はそこで大人しくしていろ。見るのも修練のひとつだと思ってな」

「……は、はい!」

 サーノスは呪縛から解かれたかのごとく引き下がる。

 さあ、これが本日の最終戦ラストバトルになるだろう。

 アルフレッドは、不自然なほどに昂ぶる気力と闘志とをぶつける相手が出現したことに、幾ばくの歓喜さえおぼえていた。

 まるで演舞場に進むかのごとく、オーガ達とアルフレッド達は、ゆっくりと互いの距離を詰めていく。

 こちらの陣営に、油断や慢心はない。戦力も、アルフレッドの知りうる、国中でも上位の戦闘力の保持者三人を擁している。

 そのはずなのに―――。

 アルフレッドの脳裏には、どうしても嚥下できずに、引っかかっている事柄が、ひとつだけあった。

 ハンター達のことだ。

 確かにオーガは、上級魔といわれる強敵だ。並のハンターでは、手も足も出ないだろう。

 しかし、シラマのハンター達は、この「狩場」の秘匿のために何十年にもわたり場を仕切ってきた精鋭揃い。しかも人員の面ではアルフレッド達を大幅に上回る。なすすべもなく全滅する、というのは、どうにも納得がいかないのだ。




 まだ何か―――。




 実は、まだ何か、残っているのではないのか。

 その、トラップとやらが。

「皆、行くぞ」

 そんなアルフレッドの思案をよそに、エルフィオーネの掛け声が飛ぶ。

 それを戦闘開始の合図とするかのように、二匹のオーガが跳躍した。

「さあ、来るぞ!! 皆、術式を展開―――」

 



 一瞬。

 ほんの一瞬。

 ぞっとするほどの沈黙が、周囲を支配した。

 そして、それを破ったのは、

 悲鳴にも似たアリシアの絶望の声だった。

 



「―――え、嘘、なにこれ。どうして!? どうしてよ!?」

 いったい何が起こったのか分からず、手元の術具をひたすら交互に見やりながら狼狽えるアリシア。

「そ、そんな馬鹿な!? か、主神かみよ!」

 その絶望は、確実に周囲に伝播していく。

 ついには、あのエルフィオーネまでもが、目を見開きながら、己の手を見遣り―――

「『あの時』と同じだ」

 ぽつり、とまるで事切れる寸前のような小さな声で、呟いた。





                 「魔術が……発動、しない」





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