第25話 クリスマスの夜に

クリスマスに、街中は賑わっているだろうか。

周りを見れば浮かれたカップルや、楽しそうにする家族、はたまたメリークルシミマスと言わんばかりに働いている人、様々な様相が見えるに違いない。

しかしまあ、事あるごとに浮かれてる気はしないでもない。ハロウィンだって、東京の方じゃ仮装パーティで賑わってるというじゃないか。クリスマスの東京は、一体どうなっていることやら。まあ、俺には関係のない話。

では、そんな俺の焼鳥屋はというと……


「誰も来ねえ」


そう、この一言に尽きる。

誰も来ない。マジで来ない。ガチで誰も来ない。もはや、バイトの兵馬すらこない。まさに、閑古鳥が鳴いていると言っていい。

「いやさ……来ねえな。ほんっと来ねえな」

「むしろさ、今日だからこそ来ないんじゃないの? クリスマスって華やかな場所で、みんな楽しんだりするんだから、こんなむさっ苦しい店に来ないって」

「自分の店をむさ苦しいとか言ってやるなよ……」

だが、むさ苦しいのは事実と言っていいだろう。先代の店長が始めて、もう数十年変わらずここに建ち続けてる。変わらない、ということは時代に取り残されているということ。故に、今の時代にとっては古臭くむさ苦しい。

そもそも、店が店なので、カップルや家族がそうそう来るべくもない。ここが焼鳥屋、ひいては居酒屋の悲しいところかね。

しかし、仕込みをした肉が勿体無いので、とりあえず焼いてみせて、焼き鳥の心地いい香りの含んだ煙を吹きかけて、客を呼び込もうとする。まあ、所詮は徒労にすぎないだろうけれど。

まあ、実はこれも毎年のことだったりするのだが。去年も、一昨年も、俺が店を継ぐ前も、クリスマスという日は誰も来やしない。先代のおやっさんなんか、

「ん、わしらの店は、クリスマスという日にゃ似合わないもんさ」

などと嘯いていたが、実際今になって考えてみると頷くしかあるまい。

それでも、誰か来てくれると思って店を開けてはいるが、その期待が裏切られることもまた、毎年恒例だったりもする。

「学習、しねえなぁ俺たち……」

と、ぼやく俺。忙しいのも辛いが、こう暇を持て余すのも結構辛いのである。


「……いっそ、誰も来なかったら、その焼き鳥でクリパでもする? まあ、あたしら2人だけ……だけどさ」

「……あー……いや、もういっそ、そうした方がいいかもな。今年ももう誰も来ねえだろうし……よし、閉めるか!」

「え、本当に閉めるの?! てか、今?!」

「早いに越したことはねえさ。今日はもう閉店だ閉店!」


などと、決めて仕舞えば、事は早い。

早速、開店中の札は閉店中へと早変わり。戸惑っていた嫁さんもなんだかんだと流されるように、寒い冬には堪らない熱いお茶を注ぎ、俺はこれまた七面鳥ではなく、先程まで焼いていた焼き鳥をさらに並べる。

これで、俺たち焼鳥屋風、即興クリスマスパーティのご馳走の出来上がりだ。


「いや、ご馳走ってわけじゃないよね、これは。むしろ晩酌レベルよこれ」

「そう思っても、それは言ってはいけない」


とまあ、そんな会話をしつつ、お茶で乾杯。酒でないのは、俺が酷い下戸故に。男なら、くぅっと酒を飲みたいところだが、飲めないものを無理に飲んでもお陀仏になるだけさ。

それに、お茶はお茶で美味いものだ。口に広がる程よい苦みが、なかなかいい味を出している。それに、程よく暖かいので、こんな寒い日にはうってつけだろうて。

そして、そのお茶の肴に焼き鳥を頬張る、と。


「……クリパ、って言ったけど本当にやってる事はいつもと変わらないわね」

「……否定はできんな、こいつぁ……。でもほんと、それは言ってやるなって」

「でもねえ……まあ、仕方ないか」

「そう、仕方ねえのさ」


顔を見合わせ、互いに苦笑する。

まあ、俺たち焼鳥屋の即興クリパなんて、やはりこんなものだろう。そもそも、三十路の男女がクリスマスパーティーなんて、今更だがなんとなく恥ずかしい事この上ない。こういうのは、もっと若い奴らがやるもんだろう。

と、ここまで考えて、ふと自分らが若い時は、こんな風にクリスマスを満喫していたっけか、なんて思考が浮かぶ。イルミネーション光る街に出かけたり、あるいはこうして、いやこれよりも豪勢な料理やケーキでパーティーをしてたりしたか。


……そんな記憶は、全然ない。


いや、むしろもしかしてクリスマスを意識してパーティーをするなんて、今日が初めてなのではなかろうか。去年なんて、先述の通り客が来ねえなーで終わっちまった記憶があるし、その前、先代がまだ現役だった時も、客が来ねえなーで……。それ以前となると、諸々な理由でクリスマスどころではなかったから……。


「どう足掻いても、クリスマスの記憶にまともなものがねえ!」

「い、いきなり何なのよ、あんた。あまりの侘しさにぶっ壊れた?」


あまりの事実に驚きの声は隠せず、そして嫁さんのツッコミは相変わらず鋭い。

だがまあ、ここまでクリスマスと縁遠かったとは、そうそう無いんじゃないか? ある意味ではレアなんじゃないか。そうか、俺もとうとうレアものか……!

「いや、そんなことでレアものになっても、正直何の意味も価値もないわよ」

「ふぁい」

地の文すら読み取って突っ込む嫁さん、流石です。

「とは言え、自分でもここまでクリスマスと縁遠いとか思わなかったなぁ……」

「じゃあ、サンタさんが来て、プレゼントを貰ったりとかは?」

「それも全然記憶にねえ。焼鳥屋に引き取られる前……まあ、親父が生きてた頃、だけどその親父もなかなか忙しかったからなー。それに、俺は喧嘩ばっかりの悪い子だから、来なくて当然……って思ってたしなぁ」

「ありゃりゃ……」

そんな会話の合間合間に焼き鳥をつまんでいたせいか、皿の上にの残る焼き鳥はもはや数本までに減っていた。夜も更けてゆき、若干寒さも強まったか、残った焼き鳥は冷え冷えと冷めていた。

「どうする、焼き鳥もう少し焼くか?」

「うーん……いや、いいや。それに、店終わったら食べよっかなーって用意してたものあるしさ。それに、なんか丁度いいかな、って思ったし。今からそれを取ってくるよ」

と、言うや否や、嫁さんは台所に走っていく。そう言えば、昼頃に一回出かけてくるとか言っていたような気もする。その時は仕込み中だったから、よくは知らないが。

一体なんだろうな、という思考にゆきがかったったとき、案外早く嫁さんは現れた。その手に、少し長細い白い箱を引っさげて。

明らかに怪訝そうな顔をしていたのか、


「んな、怪しいものじゃないわよ。ほら、クリスマスといえば、ケーキでしょ! ってね。ほら、まあ今年くらいケーキ食べたいなあ、って思ってさ」


と、ひらいて見せると、そこにはふた切れのケーキが。どちらもチョコらしく、真っ黒に染めあがっている。

「ほら、あんたあまり甘いもの食べれないけど、チョコなら食えるでしょ?」

と、にんまり顔。対して俺は、苦笑顔。

よくわかってんなぁ、この女は。

箱から取り出され、並べられたケーキは、思ったよりも美味そうな雰囲気を出している。一体、どこでこんなものを仕入れたのか。

ケーキのお礼と言うわけではないが、今度は俺がお茶を淹れ、クリスマスパーティは第2局目を迎える。先ほどの焼き鳥に比べれば、幾分かは華やかだ。

しかも、このケーキが妙に美味い。甘さは程々で、それがこのお茶によく合っている。正直ケーキにお茶でいいものかと思ったが、このケーキだったら何にでも合うような気がしてならない。

まあ、そうして美味そうに食べる俺の顔を、まじまじと得心顔で嫁さんが見つめるもんだから、若干負けたような気分になったのは内緒だ。


「ま、なんだかんだ、このケーキがあたしからあんたへのクリスマスプレゼントになっちゃったかな。あんた初のクリスマスプレゼント、喜んでよ? ってね」

「む……いやまあ、美味かったし、喜んでやるかね」

「喜んでやるとは何よ、喜んでやるって」


ムウとふくれ顔しつつも、その顔はどこか嬉しそうだった。

しかし、嫁さんの用意してくれたこのケーキが、クリスマスの暖かさを教えてくれたのは、確かだった。自分でも驚くほど縁遠かったそれは、今まさに目の前にある。

いつかのクリスマスの侘しさなど、これ一つで、たちまち塗り替えられてしまったような気分になる。

いや、事実塗り替えられてんのか、この目の前の女に。

そんな嫁さんが愛おしくも、侮れず感じてしまう俺がいる。


ほんとさすがだよ、お前はさ。


なんて、俺の胸うちなどさも知らず、嫁さんはまた嬉しそうに語るのさ。


「今回はこんなけだけど、また来年はおっきいケーキ買ってきてさ、今度は兵馬や、他の友達とかも呼んでクリスマスパーティしようよ。あたし、腕によりをかけて、ご馳走作るからさ」

「……そいつぁ、いいな。俺だってそうだな、いつも以上に焼き鳥を焼いて、お前のご馳走に負けないようにしてえかな」

「うっわ、言ったなぁ、こいつ! よーし、いいよ。だったらあたしの料理とあんたの焼き鳥、どっちがご馳走か勝負よ、勝負!」

「おーう、受けて立ってやろうじゃねえか。俺の焼き鳥をなめんじゃねえぜ」

「あったりまえよ! なんだったら、今から勝負してあげるわ!」

「おうおう、いい度胸だな! だったら俺も容赦はねえぜ!」


しんしんと、外では雪が降り始めるのも知らず、夫婦は来年の話で盛り上がる。気の早いと言うか、なんというか。それで盛り上がって、変な料理対決にまで発展しそうな勢い。

クリスマスの焼鳥屋は、妙に喧騒騒がしい。


だがまあ、こういうのも悪くないだろうて。

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