第12話 染みるもの
秋というと、食欲の秋なわけで食い意地が張ってくるやつも多くなる。その中で俺が苦労する恐ろしい食い意地を持つやつはと言うと、あいつら。
「なぁ、今日も疲れたよなぁ」
「そうだよなぁ。やっぱり資材運ぶのはキツイぜ」
「だからこうして焼き鳥おごってんだろうがよ!」
男の臭いを撒き散らし、焼き鳥を豪快に漢食いしていく。彼らは大工だ。朝から晩まで資材を運んでは組み上げの繰り返しをし、毎週休日前には大人数で押し寄せてくる。これは実際いい事なんだ。何より儲かるし。
でもやはりデメリットがある。それは恐ろしい量を食っていくから仕事がとても忙しくなるという事だ。本来、喜ばれる事なんだろうが、実際問題忙しすぎると仕事の能率も悪くなる。だが、いかんせん注文嵐は止まらない。
何故なら彼らが、もとい彼らの中の一人が恐ろしいほどの食い意地を張り、なおかつ大変な量の焼き鳥を頬張るから。その彼の名は英地。ここらでは有名な大食いだった。
蕎麦屋は言った。彼が来てからというもの、彼に根こそぎ食われていって他の客に蕎麦が出せないと。
焼肉屋は言った。食べ放題で根こそぎ食っていくから、大赤字になったと。
洋食屋は言った。彼は際限を知らないから、私達は終わる事なく彼に飯を提供し続けていくだろうと。
いつしか英地は、イーターエイジという渾名まで付く始末。それほどまでに、俺たち商店街の飲食店は彼を恐れていた。
そんな彼と腹のスカした大工の漢たち。これはもう死ぬ気で焼き鳥を焼いていかなければいけないだろう。
終わりなく焼き続ければ、焼き鳥の脂が滴るように汗が落ちていく。一度の網に二十本置いて、かわるがわるひっくり返す。焼き加減を見誤らないように、見誤らないように……。
なんてことをしていれば頭が追っつかなくなるのは当然のことで、ぐらりと体がよろめきそうになる。だが、この二本の足で俺は立っていなければならない。どんな相手だろうと、俺は美味い、熱い、そして懐かしの焼き鳥を焼かなければならない!
気合、根性、もはやこの二つしか俺に残っているものはない。次第に遠のいていく喧騒、真っ白になる頭。感覚は他ごとを感じることはない。体の芯から全体まで焼き鳥を焼く意識に包まれる。これこそまさに、焼鳥屋の境地というべきものだった。
重い瞼を開いてみれば、真白い天井があるのが見えた。消毒臭い臭い、俺にかけられた白い布団。明らかにそこは俺の店の中では、いや家の中でもない。まごうことない病院。
未だ混乱している中でどうも恐ろしげな雰囲気を感じたので、おそるおそる頭上を見上げれば般若の様相をした嫁さんが……。
「お……おっす?」
「おっすじゃねぇー!」
振り上げられた手刀は風を切って俺の頭に振り落とされた。
「いってえー! なにすんだよ!」
「それはこっちのセリフよ! 本当に心配したんだから……」
嫁さんは急に涙ぐむ。その意味が分からなかった。
「俺……なんかしたか?」
「……あんたぶっ倒れたんだから」
「……へ?」
嫁さんの話によれば、あのイーターエイジ含む大工集団の焼き鳥を何十本も焼いた後、ようやく勘定というところでふらっと倒れたらしい。その時に、あのイーターエイジが俺を担いで病院にひとっ走りして連れて行ったらしい。確かに、嫁さんの隣に座って居眠りをしている英地がそこにいた。そして診断してもらったところ、過労であったという。まさか働きすぎで倒れるなんて、俺自身信じることが出来なかった。
「す……済まなかったな……」
「済まないと思ってるならもう少し寝ていて。あと、当分はお店お休みね」
「お……おう」
嫁さんは俺に布団をかける。少しだけ震えている手が、妙に印象に残った。
「おい」
「気にしないで」
そう強く言うもんだから、言葉を紡ぐしかなかった。そんな嫁さんの顔を、俺は見ることができなかった。
心配かけたんだな……。
情けないことながら、ここで俺は初めてそう実感した。次に来るのは嫁さんへの負い目。今まで散々心配してくれたのに、労いのひとつもかけていない。
ふと、暖かい感触が頭に感じる。みればあの手だ。さっき震えていたあの手が、優しく俺を撫でている。
「変なこと考えてないで、ゆっくり寝なよ」
そう優しく言うもんだから、余計に辛い。もう少し怒ってくれた方が俺は良かった。
「……ごめん」
「いいよ、もう」
どこからか聞こえる虫の声、嫌になるぐらい冷たかった。
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