第8話 夜に



飲み会とかは私には合わない。あまり酒を飲むこともできないし、他人から真面目と思われてるみたいであまり会話にも入れてはもらえない。人の話を聞いて相槌するのは得意なんだけれども。だからと言って、コンパやサークルの飲み会に出ない訳にはいかないので渋々でてるというところだ。

そんな飲み会も今日は十時過ぎに終わって私は帰路につく。私の家は大学の最寄の駅から二駅電車に乗って、そこからまた歩いて20分のところにある。酔いで頭がくらっとしているので20分歩けるかは、不安だ。

電車に乗り込むと人はあまりいなかった。これ幸いと私はドア近くの席に座る。

外を見れば街がイルミネーションのような光景を魅せる。都会というのは、本当に夜景がいい。

人が少ないので、聞こえるのは電車の走る音だけ。この音が、妙に安らぎを私に与えてくれる。 でも、目的地に着くのは意外と早い。光陰矢の如し、とはいうけれど案外こういうことなのかもしれない。

プシューとドアが開くと私はそそくさと出る。急がなくてもいいのに、私はいつも電車を降りる時はなぜか急いでしまう。一種の強迫観念なのかもしれない。

駅から出ると、街灯がぽつぽつと灯をあげている。少し暗い程度だけれども、不安にはならない。私は怖がりではない。

駅から真っ直ぐ歩けば商店街に出る。大抵この時間はもう殆どの店が閉まっているが、営業している店も幾つか。

その一つが、私の馴染みの焼き鳥屋。ここは地元民からは意外と好評で繁盛している。でも、今日はあまりお客の姿は見られない。きっと、客の来るピークが過ぎたんだと思う。

その時、ガラガラと扉が開き一人の人影がそこに現れた。目を凝らせば、少し体格のいい箒を持っている男の人が見えた。間違いない、あいつだ。

「せーいまっ」

と、私が呼びかけると人影はこちらを向いた。それを確認して私は正真に駆け寄っていく。次第に見えてきた彼は、物珍しげな表情をしている。

「お仕事お疲れ」

「おめえ、柄にも似合わず酒飲んだのか?」

「柄にも似合わずは酷くない?」

労いの言葉をかけてあげたというのに、彼は速攻無視だ。よくあることだから一々怒ったって仕方ないけれど。

「それにしても、今日は遅かったんだな」

「飲み会だったのよ」

「俺の店は毎日が飲み会だぜ、おい」

「焼き鳥屋だもんねー」

正真はこの焼き鳥屋の店主の養子、必然的に彼は仕事を手伝わなければならなかった。ただ真面目にやりだしたのは二三年前で、私と知り合った当初は喧嘩ばかりしていた不良だった。

「しかし、本当に真面目になったわよね、正真」

「別に真面目にやってるわけじゃないさ」

否定的にそう言うけどこうして店の前の掃除しているのを見たり、たまに焼き鳥を焼いている姿を見ていたりすると、やっぱりこの言葉は照れ隠しにしかなっていないと思った。

「そうだ、店に寄っていくか?」

「んー……ごめん、今日はやめとくは」

折角の誘いを断っても、そうかと言うだけでそれ以上は無理に言わない。それどころか、

「んじゃあ、送っていくよ。どうせ店もおやっさん一人でできるから」

と言う始末。お人好しな人だ。

「ありがと」

そう言うと、正真は笑顔を見せた。

一緒に歩いてる時の話題はたわいもないこと。例えば、私は大学であったことや、友達のことを話している。正真は中卒なので学生生活には憧れているみたい。色々なことをよく聞いてくる。

代わりに正真が話すのは店のこと。客は本当に十人十色だと彼は言う。毎日が勉強だと。順調にゆけばいずれは彼も店を持つ身、確かにこれでは学校に行く暇はない。元々、彼が望んだことだから何も言わないけれど。

商店街を抜ければ広い公園に出る。子供の頃はここで友達とよく遊んだところ。今日は人っ子一人もいない。私が高校の頃はここで不良がたむろしていたのだけれど。

「あんたも、ここでよく喧嘩ばかりしてたっけねぇ」

「今でも時たまやってる」

「あ……あんたねぇ」

「昔っからの癖が抜けねえんだよ、それに出歩いてたらたまに復讐する奴もいるし」

「そんなんじゃ店継ぐ前に警察行きよ」

「大丈夫だ、目立つことまではしてねえから」

その大丈夫が大丈夫に全く聞こえなかったのは内緒だ。

そうこうしているうちに、私の家はもうすぐそこまでせまっていた。楽しい時間は本当に過ぎるのが早い。

「今日は送ってもらってありがとね」

「別に大したことじゃねえよ、丁度暇だったんだし」

「暇つぶしかい」

呆れたようにツッコミを入れると、正真は違いねぇと笑い飛ばす。このおっさんぽさが、だんだん彼の養父であるおやっさんに似てきているかもしれない。

「…それでも、ありがと」

そう私が言うと正真は先程のふざけた態度ではなく、笑みを浮かべておうと返事を返してくれた。

そうして正真は帰っていく。夜道を進む彼の背中姿は、やっぱり男らしい。こんなとこを見ているとやっぱり惚れてるんだなと、つくづく思う。そんな自分を自覚すると、途端に顔が熱くなり、さっさと私は家に入る。

でも、偶にはこんな夜があってもいい気がした。



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