第7話 cheap men
「ほれ、軟骨だ」
一皿コトンと出すと、悪友は至極満足そうな顔をして喉を鳴らす。
「美味しそうだね」
「御託はいいから食えよ、お前の好物なんだし」
「それもそうだね」
手に一本取ると静かに口に入れる。一口、二口と噛むたびにコリッコリッと鳴る。その仕草が何から何まで憎たらしくなるほど上品だった。この場に女がいれば簡単に惚れちまうだろう。
一通り食い終わると、一息とばかりに日本酒を飲んで酔いにふけてるようだった。
「軟骨といっても軟骨唐揚げとは全然違うよね」
「ん、ああ確かにな。唐揚げに使うのは膝の軟骨で、焼き鳥に使うのは胸骨のやげんってところだしな」
「流石、焼き鳥屋だ」
「何年焼き鳥屋してると思うんだよ」
悪態をつきながら、俺も焼き上げてるやつの中から一本食う。このコリッコリ感がたまらない。こいつが好きなのもわかる気がする。
金曜の夜は、こうして二人で過ごしている。閉店時間が回ってから悪友もといヒビトはいつも現れて、軟骨を何本か食って帰っていく。当然俺のことをからかうのは忘れない。
「そういえば、正真の子供はいつになったらできるんだい」
「……」
とまあ、こんな感じに。
「まあ、まだ二人でいたいんだね。わかるよ、うん」
「勝手にわかってたまるかよ」
こいつは兎に角一人でどんどん話を進めていく。悪いようにも良いようにも。殆ど悪いような気もするが。
だがこんな他愛もない話をしている時が、どうも楽しくてしょうがない。何故だろうか、なんて考えてみるが、結局はこいつといることが楽しいんだろう。約十五年来の腐れ縁とは言うけれど、これはこれで良いのかもしれない。
「十五年……か」
その長さの感慨に浸っていると、そんな言葉が漏れた。
「長いねえ」
酒を飲み進めながら、俺の言っていることがわかっているといった風な口を聞く。軟骨はもう食ってしまったのか手元になく、あとは半分に減った日本酒の瓶があるだけだった。
「おめえとは長い付き合いだよなぁ」
「どこだったっけ、僕らが会ったのは」
「さあ、よく覚えちゃいねえよ。どっかの路地じゃなかったか?」
場所も、いつ頃かもどう記憶を巡らせても曖昧にしか思い出せない。はっきりとしているのは、血みどろになった体と全身に響き渡る痛みだけ。今でも少し体を除けば傷跡が沢山見えた。
中学卒業から二年間ほど、俺は人生というレールの上から外れて喧嘩ばかりの日々を過ごしていた。目の前のこいつの場合はさらに長く。
痛みが生きている証、死ぬかどうかの痛みだけが生きている証。
本気でそう考えていた時期でもあった。
「あの頃は君も僕も安い男だったね」
それは大層出し抜けだった。
「今考えてみればあれほど安かった時はないよ。可笑しくなって笑えてくるよ」
冗談めかして笑う。だがヒビトの言葉は確かに的を得ていた。
「確かにな」
あの頃は、何もかもを安く考えてた。
将来なんかどうとでもなれと高校も行かなかったし、アウトサイダーに生きるんだってどんどん路地の闇に深入りして行った。得るものは何もなく、下手をしたらあるもの全てを失ってしまうのに。
それがわからなかったところ、良くも悪くも俺たち二人は子供だったらしい。
全部を安く考えていたらしい。
「あの頃ほど馬鹿だった時期はねえな」
「全くだ」
二人して苦笑した。
だが、やはりこう思えて仕方ない時もある。
「俺たちって貴重な時間を棒に振ったのかな……」
ため息まじりに呟いた言葉に、ヒビトはつっかかってきた。
「そうでもない。あれはあれで普通は体感できない時間だった、と思うけどね」
「お前はいつもそう言うよな」
「だって、それが僕らの過去じゃないのかい? それがあるから今があるんじゃないのかな」
確かにそうだ。
過去が無ければ、こうして二人で飲み合うこともなかったのかもしれない。
「別に過去が過去全部が悪いわけじゃあ、ない。そうだろう?」
「てめえは正論ばかり言うよな」
「それが僕だから仕方ない」
ニヤッと笑ってヒビトは酒の入るコップを掲げる。
俺も何も言わずに、手に持っていたコップを、チンと当てた。
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