第6話 自棄酒一夜


「一体何次会やるつもりなんだよ、てめえは」

五月風で暑さを和らげながら、腕時計を見る。針は午前ニ時過ぎを指している。俗に言う逢魔が刻ってやつか。

「俺はそろそろ帰って寝てえんだけどな」

「そこは問屋がおろさないね」

と、ベンチの上で伸びてる男は指をさして俺に言う。結構セリフが古い気もするし、それ抜きにしてもてめは潰れてるじゃねえかと心の中はツッコミの嵐だ。

「僕はまだ飲み足りないよ、セイマ」

その言葉に反して頭を痛そうに抑えている。

「おめえもヤケ酒する時があるんだな、ヒビト」

「そうさ、君のように強くはないからね」

ヒビトはニッとする。

弱気なこと言っていても、こいつは余裕ぶっていた。いつでも何処でもなんとかして余裕ぶるのはこいつの癖だ。大体は本当に余裕だから余裕ぶるが。

しかし、今日ばかりはその余裕は片鱗もない。本当に無理してる。

「おめー、一体何があったよ」

痺れを切らして俺は問う。

今日一日のこいつの様子は、本当に尋常じゃなかった。


今日、俺は突然ヒビトに飲もうと言われた。丁度明日は店も休みだったから行くと言ったんだが、よくよく考えてみればヒビトから飲もうと言うのは珍しいことだったので不思議に感じた。

時間になって約束の店に行ってみると、ヒビトはすでに飲んでいた。酒に強い方だったから、この時はまだそこまで酔っていなかった。しかし、様子がおかしいのは明らかだった。

だがこの時点ではそこに触れようとはしなかった。様子を故意におかしくしている可能性があったからだ。こいつの場合はそういうことをやってもおかしくない。きっと、何かイタズラでもしようとしているんだろ。そう思った。

ヒビトは俺を相手に他愛もない話をしながら、一人勝手に酒を飲む。俺は下戸だから、そこまで酒を飲めない。それでも、ちょびっとずつ酒を飲みつつ焼き鳥を食い、そしてヒビトの話に相槌を打ち続けた。

一件目はまだ何も起こらなかった。だが、二件目で一瞬彼は涙を見せ、三軒目で哭いた。大哭きだった。何がここまでこいつを哭かせたのか、俺には見当もつかなかった。そもそも、涙を流すとこは見たことあっても、哭くところはあまり見たことがなかった。

そして三軒目から出てきた今、夜の公園でヒビトの酔いを覚ましていた。


「……」

ヒビトは答えるつもりはないらしい。本当に強情な奴。俺も人のことは言えないけれどさ。

返事が返ってきそうも無いので、俺は仕方なしにお茶を飲む。ここに来る途中で自販機で買ったやつだ。

夜風が妙に体に沁みる。そんな風と共に遠くの蛙の声が乗ってやってくる。もう、蛙が鳴く季節なのか。

「煩いね」

「煩いな」

「君も、煩いよね」

「おめーも、今日は煩かったぜ?」

「そういえば、そうだ」

全く夢一つでここまで荒れるなんてね、とヒビトは呟く。

「夢ぇ?」

「そう、夢さ。昔の夢」

それも、君と出会う前の、とヒビトは付け足す。

「昔、か」

「ああ。気分が悪いものさ」

「そうか」

「そうさ」

ヒビトは少しだけ、目を沈める。

俺はヒビトの過去をよくは知らない。

俺たちが繋がったのは中二の夏の日、暑い夜。ゴミが転がっていた路地裏から。今でも鮮明に覚えてる、あの暑さも痛さも。そこから、交われば離れて、離れては交わっての道をお互いに歩んできた。時には憎み合ったりもしたっけか。そんなのもいい思い出だった。

でも、俺たちが繋がる前のことは何一つ知らない。

俺がヒビトを、ヒビトが俺を、互いが互いを知っているのは共に過ごした日々だけ。それ以外は知ろうともしなかったし、知る必要もいらなかった。

今も、知る必要はない。

「おめーの昔は知らねえけど、大哭きするぐらいのもんなんだな」

「さぁね……。でも、」

ヒビトはそこまで言うと、やっとの事で起き上がる。その表情は、いつもの人を食ったような笑顔だった。

「君だって同じじゃないか」

射抜かれた気がした。

「確かに、同じだ」

俺も昔のことに深入ると、泣いちまうタチだ。昔は結構酷かった。

だから、わかる。

「俺も、お前も、似ているよな」

「こういうとこだけね」

「そうらしい」

だからこそ、俺達は友達なんだ。



「これでも飲んで、酔い覚ませよ」

と、先程のお茶を投げ渡す。それを見てヒビトは一言。

「これだと関節キスになってしまうよ」

確かにそうだ。でも、

「俺に一度キスしようとしたやつは誰だよ」

「僕だ」

そう言うと、笑顔で戸惑うことなくそれを飲む。本当にこいつらしい。

「旨えだろ」

「まずまず、かな」

「でも、酔いは覚めたろ」

「君の焼き鳥を食えばもっと覚めそうだね」

「てめえ」

「ジョーダンさ」

「ジョーダンでも食わせるぞおい」

「それも一興さ」

「そうかよっ」




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