第2話 背伸び

確かに背伸びをしたい気持ちはわからないでもない。特に中学生から高校生ぐらいの年頃は、大人に近づこうと無理にタバコ吸ったり、酒を飲もうとするやつだっている。それに比べたらまだこれはいいのかもしれない。

「いや、駄目だろ!」

「別にいいじゃないっすか、おっさん!」

我ながらモノローグとともに盛大なノリツッコミをするのはどうかと思うし、それにさらに突っ込みを入れてくる眼前の高一のガキはもっとどうかと思う。

「それより! 焼き鳥を食わせてください!」

「ちょいと待て! まだ営業時間じゃないし、お前は学校行かなきゃいけないだろうがよ!」

「そこをなんとか!」

「なんとかって……」

焼き鳥食いたさに土下座までをもかましてくるこのガキを、正直あまりいい目で見る事は出来なさそうだった。


時は少しだけ遡る。

いつも通り仕込みをしていると、突然ガラリと店の扉が開いた。

俺の店には突然来るやつらが多い。十年来の友だったり、前店長のおやっさんだったり。だから、こういう事は珍しくなかったし、俺も別に構わなかった。

だが、入ってきたのは見知らぬ男。しかも着用してるのは学ラン、そして若々しい生気を漂わせたなり。どこからどう見ても、学生。

そして唐突に、

「おっさん! 焼き鳥一丁!!」

という大きな声。

この時点で俺の脳内は硬直するしかなかった。


それから、先ほどのような押し問答が続いて今に至る。

その問答はこのガキがバカだということを知るには十分だった。店の時間は確認してないわ、大人に見られるのが恥ずかしく誰もいない時間に行くために学校休んで昼に来たわ、呆れ返る内容が多すぎる。しかも、食いに来た理由が大人に近づきたいから。なら、大人と一緒の時間に食べろという話。

先ほどから、何時までも土下座をするこのガキをほっておいて俺は焼き鳥の仕込みを続ける。こういう奴は相手にするとロクでもない事になる。それは昔の経験からよく分かっている。だからといって、このままここに居られるのも迷惑といえば迷惑。

別に焼き鳥を食いに来て貰っているのは嬉しい。ただ、こいつは方法を間違えてしまっただけ。

俺は横目に土下座を続けるこいつを見る。

「あんまりそうされてても困るんだけどな……」

なんて言葉しか口から出ない。おい返せばいいのかもしれない。でも、折角食いに来たというのにこれでは可哀想。

ふと、手元を見る。鶏肉が刺された串を見るに、まだ仕込みは途中だった。ここで、一つ閃いた

「そうだ。お前、俺の仕込み手伝えよ。学校行かないんなら暇だろ?」

「へ?」

驚いてネズミ花火を間近で見た蛇のような顔をしている。

「手伝えよ?」

「ひっ?!」

その時の俺の顔は本当に悪どい犯罪者のようだったというのを後から聞いた。



仕込みが終わったのは四時ごろ。いつもなら五時までかかるが、今日は人手がいたので早く終わった方だろう。

だが、その肝心の人手はというと、

「もう……ダメっす……」

と、ぐったりとしていた。

その光景は、自分が前店長のおやっさんから仕込みを手伝い始めた頃に似ている。そして、今では俺がおやっさんの立場にいるという事がどこか感慨深かった。

仕込みをしたやつの中から何本かを取り出し焼いていく。時間が経つにつれて、脂が震える音と昔を思い出させる匂いが店に立ち篭る。

それに今更気づいたのか、ガキは少し驚いて目をパチクリさせていた。

焼き鳥が焼きあがれば、俺はそれを皿に乗せてガキの前に置く。急な事だったせいか、少し戸惑ってるようだ。

「報酬だよ、食え」

「ほう……しゅう……」

「ああ。おめーは頑張ってたからなぁ」

少しだけカッコつけたように。言ってからなんだか気恥ずかしくなってしょうがない。

そんな俺の心の内を知ってか知らずか、ガキは一本手に取り食べる。少しずつ噛みちぎって、そしてずいぶんと美味そうに。

こういうのも悪くはなかった。

折角焼いた焼き鳥は、10分も経たないうちにガキの腹の中へと収まった。あの威勢のいい声でのご馳走様は、まだ耳に堪えるところがある。それがこいつの個性なのかもしれないが。


「今日は色々ありがとうございました!」

と頭を下げられた。別に何もしちゃいねえと 俺は言うが、それでもとこいつは頭を下げた。正直感謝より謝罪が欲しいところだったが、別に咎めることはしなかった。

その代わりと言ってはなんだが、ひとつだけ約束をした。


「今度は夜に一人で来てみろよ」

「え? 何故っすか?」

「怖がるのはよくねえからだよ、坊主。背伸びしたいんだったらな?」

「え……ええぇ……」


酷くげんなりした顔をしていたが、どこか嬉しそうな雰囲気を感じていた。

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