ヒューマナイガンとのキスについて
日曜の昼なのに僕はスーツを着ていた。最悪だ、休日に仕事を持ち込むなんて。給料が同じなら労働時間は少ない方がいい。小学生でもわかる計算だ。
僕は代書屋の事務所を目指して公園の側を歩いていた。公園に目をやると人間とヒューマナイガン達が楽しそうに遊んでいた。羨ましい……。僕もマルカ達と適当に遊んで仕事のことを忘れたかった。
次の休日に出来そうな遊びを考えながら歩いていると代書屋の事務所にたどり着いた。事務所と言っても見た目は普通の一軒家である。ただ玄関にでかでかと掲げてある「古史代書事務所」の看板がこの家が事務所であることをアピールしていた。
僕は深呼吸して玄関の鐘を鳴らした。ドアの奥から足音が聞こえてきて、緑髪のメイドがドアを開けて僕を出迎えた。言うまでもなく彼女はヒューマナイガンだ。彼女はか細い声で僕を応対する。
「古史代書事務所です……。あっ、あなたは……確か軽間さんでしたっけ?」
「そうだ、仕事の依頼だ。古史さんに会わせてくれ」
「わかりました。どうぞ上がって下さい」
───────(1)───────
僕はメイドに案内されるがままに家の中に入り、ある一室へと案内された。生活臭が全くしない空間で、書類が四方八方に散らばっている。デスクの奥に高そうな椅子に座っている古史さんがいた。メイドが僕らに向かって軽く礼をして、静かに部屋から出て行った。
「やあ、軽間君。日曜に仕事なんか持ち込みやがって、殺してやろうか」
「悪いね、古史さん。でも明日提出しないといけない書類なんだよ。どうしてもあなたの力を借りないといけないんだ」
「だからそういうのは平日に言ってくれよ!」
「金曜の定時までは借りる必要がなかったんだよ。帰る間際になってロボットの致命的なミスが発覚してね。回路の修正が間に合わないから報告書の方で取り繕うことにした」
「ああそうかい……まあ、いいや。ぱぱっと終わらせて仕舞にしようぜ。で、俺は何をすればいいんだ」
「僕が書いた書類を見ながら話を進めようか」
僕はカバンから何枚か書類を取り出して机に広げた。
「労働省から資金を引っ張ってるという話は以前しましたよね?労働者の負担を減らすためにより高性能なロボットを開発せよとの労働省のお達しなんだ。でも僕らのチームの仕事の成果はゼロなんだ」
「ゼロ!?ひどいな!今まで何してたんだよ」
「ちゃんと仕事はしてたよ。金曜に発見されたバグが全て水の泡に返してしまったけどね。でもですね、これはロボットの開発ではよくあることなんですよ。仕方の無いことなんだ」
「仕方ないなら、『仕方ないでした』って書いて提出すりゃいいじゃんか」
「そうはいかない。労働省に見限られたらチームの皆に給料を払えなくなるからね。ここはなんとしても豪華絢爛な報告書で乗り越えないといけない。というわけで一つお願いしますよ、代書屋さん」
「やれやれ……」
古史さんはパラパラと報告書を眺める。そしてため息をついた。
「ひどい文章だな。これじゃあ結果が出ても通らなかっただろうぜ」
「たまには代書屋の力を借りずに報告書を仕上げてみたいなと思って自分で書いていたんだ。でも、簡単そうに見えて意外と難しいな。どう書けば役所好みの文章に仕上がるのか、国語の教科書を読んでもよくわからない」
僕の話を聞いて古史が馬鹿にするように短く笑う。
「ハッ、当然だ。その程度で書けるなら俺達は食っていけねえよ」
「ま、とにかく……。報告書も実物も駄目ってのは最悪だ。だから、実物を見せずに納得してくれるような報告書をお願いしたい」
「いや、それは実物を見られたら終わりだろ……」
「じゃあ、ガラクタロボットを見せても納得してくれるような報告書で!」
古史さんが眉をひそめて短く唸った。
「ふーむ。ガラクタロボットの程度にもよるが、それぐらいなら何とかなるかもな」
「ありがたい。じゃあもう少し詳しく説明しましょう。労働省と約束した開発内容は『時計塔を自動巡回し、緩んだネジを締め付けるロボット』を提供すること。一応、僕達のロボットは自動巡回できるし、ドライバーでネジを締め付けることも出来る」
「問題ないじゃないか。何が問題なんだ?」
「緩んだネジを発見できないから、現時点では時計塔を徘徊するだけのガラクタなんだ」
一瞬だけ、事務所が静まり返るのを僕は感じた。古史さんは笑いもしなかった。
「なんのギャグだそれは」
「時計塔のネジの大きさがバラバラだったことをすっかり忘れていてね。ロボットは馬鹿だからその辺の融通が効かないんだ」
「ふうん……。まあでも見方によっては99%完成していると言い張れるわけだろ?ストーリーを膨らませればいけそうだな」
「ああ。でも嘘だけは絶対に書かないでね。役人はその辺厳しいから」
「わかってるわかってる。俺の相手は基本役人だからな」
背後でドアをノックする音が聞こえた。振り返ると、先ほどのメイドがお茶を持ってきていた。
「お茶です。どうぞ」
「ありがとう」
「どうぞごゆっくり」
メイドは机に湯のみを二つ置いてまた静かに出て行った。僕はメイドの美しい後ろ姿に見とれていた。
「いつ見ても綺麗なヒューマナイガンですね」
「ヒューマナイガンなんてどいつもこいつも綺麗だろ」
「まあ、それもそうなんですけどね……」
古史さんはノートを取り出して鉛筆でガリガリと書き始めた。もう既に頭のなかで報告書のストーリーが出来上がっているようで、傍目には目にも留まらぬスピードで次々と文字が生み出されていた。流石代書屋といったところ。僕の稚拙な報告書は出来上がるのに三日もかかったのだが、彼ならば夕方までには仕上げてくれることだろう。
───────(2)───────
さて、読者の皆様はヒューマナイガンを知らないだろうから、そろそろ説明した方がいいだろう。ヒューマナイガンとは人間とよく似た、人間ならざる生き物である。特徴としては非常に整った顔立ち、カラフルな髪、そしてストレスにめっぽう弱いこと。このストレスに弱いというのが人間との際立った違いであり、そしてヒューマナイガンの致命的な欠点といえる。この欠点のせいでヒューマナイガンは人間と同じ仕事量をこなすことが出来ず、もしこなそうとすればストレスですぐに死んでしまうだろう。ヒューマナイガンに出来ることと言えばせいぜい簡単な家事や雑用といったところか。それぐらいしか出来ないから、ヒューマナイガンのほとんどは執事やメイドとして人間の下で働いている。
社会人としては落第点のヒューマナイガンだが、面白いことに人間とは上手く共生できている。何故か?答えはとっても簡単だ。ヒューマナイガンが美人だからだ。ヒューマナイガンの姿に比べれば、人間の姿はどちらかといえば猿かゴリラのほうがより近い。そう言い切ってしまえるほどに、ヒューマナイガンはどいつもこいつも綺麗な顔立ちをしている。
美人というのは、それだけで価値がある。その点を人間は嫌というほど理解していた。穀潰しでも、美人ならば、家にいてくれるだけで嬉しくなってしまうのだ。ましや自分を好いてくれるのなら、なおさら。
この国は人間とヒューマナイガン、二つの種によって成り立っていた。人間は外で仕事をして、ヒューマナイガンが家で人間を労る。人間はヒューマナイガンのために働き、ヒューマナイガンは人間のために家事をする。この国の社会はかようにしてまわっていた。
そうだ、僕らはヒューマナイガンのために働いているのだ。僕らはヒューマナイガンを養っているのだ……。
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