プロローグ:トリプルメイド2

───────(4)───────


「「出来た!」」


 マルカとトロツキーネが同時に声を上げた。チャンネルを表す目盛りがF3になっている。ついに映画チャンネルに繋がったのだ。テレビでは紫ネズミがネズミ捕りに引っかかっている映像が流れている。恐らく映画の前のCMだろう。マルカが壁掛けの振り子時計を見てほっとする。


「間に合って良かった」

「今日はいつになく調整に時間がかかったな」

「ガタが来ているんじゃないの?このポンコツテレビ」と、トロツキーネ。

「今日の電波が狂っているだけだと信じたい」


 突然、キッチンから破裂音がポンポンと響いてきた。レニッコがポップコーンを作っている音だ。しばらくしてレニッコが大盛りのポップコーンの皿を持ってきてせんべいの皿と取り替える。我が家では映画鑑賞中の間食はポップコーンと決まっているからだ。最後にレニッコが壁のハンドルを回して照明を暗くする。映画鑑賞の準備が整った。


「レニッコ、見たことないと思うけど一応聞いておこうかな」

「はい?」


 レニッコが首を傾げながら席に座る。


「君は『トリプルメイド』という映画は見たことあるかい」

「ええ、ありますわ」

「あるんだ。この家に来てから?」

「いえ、この家に来る前、私が小さかった頃の話です」


 それを聞いてトロツキーネが横槍を入れる。


「それはびっくりね。今でも十分小さいのに、もっと小さい姿なんて想像できないわ」

「そんな失礼なことを言うトロツキーネちゃんにはポップコーンあげません」

「おおっと、冗談、冗談よ」


 そう言ってトロツキーネは、ポップコーンの皿の位置をずらそうとするレニッコの手を必死に止めた。


「『トリプルメイド』。忘れもしませんよ。私が最初に見た映画がそれだったんです。その時は映画館に潜り込んで隠れてこそこそ見ていました。初めて見る映画って感動が凄いですよね。ものすごく素敵な映画だと私は思っていたんですが、横を振り向くと観客席の人たちは皆眠り込んでいてショックを受けました。あれってつまらないのですかね……」

「……さあね。でも僕も最初に見た時はつまらないと思ったな。昔は恋愛映画が苦手だったからだと思うけど」

「ご主人も見たことがあるんですか」

「うん、子供の頃にね。その時は隣にマルカがいたんだけどね、でもマルカは見たことすら覚えてないらしい」


 僕がそう言うと、マルカがポツリと呟いた。


「ああ、あの時の映画か。確かにつまらなかったかも」


 僕達の会話を聞いてトロツキーネがげんなりした表情を見せた。


「放送前につまらないつまらない連呼しないで欲しいわね。少し期待していた私が馬鹿みたいじゃないの」

「大丈夫ですよ。今なら皆、それなりに楽しんで見れると思います」

「どうしてよ。実は面白い映画なの?」

「いえ、冷静に内容を思い出してみると凄くつまらない映画なんですけども……。でも……」


 そう言ってレニッコが口ごもったので、僕とトロツキーネは首を傾げた。


「登場人物の境遇が私たちと似ているから?」


 マルカがレニッコの心を見透かすように言った。レニッコが少し驚いたような表情を見せる。


「……マルカさんは見たことあるのでしたね」

「内容は覚えてないけどね。でも、確か、そんな感じのお話だったよね」

「はい」

「なになに?私たちと似てるってどういうこと?」

「それまで!」


 トロツキーネが二人の会話に食いついてきた所で僕は手を鳴らして制止した。


「トロツキーネが言ってたように、今から見る映画の内容についてあれこれ語るのは良くないよ。僕も内容はほとんど覚えてないから出来れば新鮮な気持ちで映画を楽しみたいんだ。これ以上の雑談は、映画を見終わってからにしようか」

「……そうですね。そうしますか」


 丁度、振り子時計が時報を鳴らす。テレビの映像が代わり、映画の開始を知らせる白ひげのおじさんが映写機をぐるぐると回していた。僕たちは雑談をやめて、薄暗い部屋の中でテレビを一心に見つめた。


───────(5)───────


 そして始まった『トリプルメイド』。開始五分で結末が予想出来てしまう程度に、ストーリーはごくごく単純な代物であった。金持ちでも貴族でもない、どちらかといえば貧乏な青年が、身寄りの無い三人の無職の少女と出会い、哀れと思った青年が三人をメイドとして雇う。もちろん貧乏な青年には三人を養うほどの収入がないので、今まで以上に一生懸命に働き、メイドたちも青年を支えるように努める。そんな忙しい日々を送っていくうちにいつしか三人に恋心が芽生えて、そして三人一斉に青年に告白し、それを受けた青年は誰を選ぶかで悩み苦しむ。結局のところ、複数のヒロインから本命を決めるという典型的なラブストーリーだ。その結末もまた、ありきたりすぎてどこかで見たような既視感が拭えず、観客全員が寝ていたというレニッコの話も納得の出来だった。


 だけど僕たちは誰一人眠りこけることのなく、それどころか皆、青年がどのメイドを選ぶかが気になって仕方がなかった。そしてこれは恐らく僕だけなのであろうが、ラストの青年が本命のメイドに告白するシーンを見たときは、ありきたりのシーンとわかっていてもとても居た堪れない気持ちになった。


───────(6)───────


 開始から二時間が経ち、画面ではスタッフロールが流れている。ポップコーンが入っていた皿は既に空っぽになっていた。


「なるほどね。確かにこれは、ここに来てから見たほうが面白いでしょうね」


 最初に喋ったのはトロツキーネだった。映画の最中は誰も一言も喋らなかった。よっぽど面白い映画でなければ、大抵トロツキーネが茶々を入れながら映画の実況をするのだけど。


「そうだね」


 そう言ってマルカが立ち上がりテレビのスイッチを切った。


「……予想していましたが、どうしてもヒロイン達と自分を重ね合わせてしまいますね。マルカさん、どうでした?」

「……ん、気に入った。子供の頃に見た時はつまらないと思っていたんだけどね。あのヒロイン、ご主人様と結ばれてよかったね」

「そうですわね。私もあのヒロインが選ばれてよかったと思います。でも、選ばれなかった残り二人のヒロインは、その後どうなったんでしょうね。その辺りを映してくれないのがちょっと不満です」

「そりゃーメイドやめるんじゃないの?だって三人で主人公の取り合いをして負けたのよ。あのままあの館で働き続けても惨めなだけじゃない。毎日イチャイチャしているところを見せつけられるだろうしね」

「……でしょうね。負けた二人のメイドも素敵だったから幸せになって欲しかったのですが」

「でも、そうやって負けた人がいるからこそ面白い映画だったと思うわ」


 そう言ってトロツキーネが大きく背筋を伸ばした後にあくびをした。映画を見た後はそのまま就寝するのが三人の習慣となっていた。


「……」

「旦那様、映画が始まってからずっと無口だったわね。もう映画は終わったわよ?何か感想を言ってよ。非常に興味あるから」

「……つまらない映画だったよ。結末も予想できたし安直だった。所詮はマイナー映画だな」

「やっぱりご主人の目には敵いませんでしたか。レニッコは少し残念です」

「意外な反応ねえ。旦那様って恋愛映画を見たら決まって『感動した!』っていうくせに。いつもみたいに『人間は人間と恋愛するのが一番だ』とか、『この時代に生まれたかった』って言わないの?」

「そんなこと言ってたかな……」


 口ではそう言ったが、確かに僕は恋愛映画を見た後はトロツキーネが言っていたような感想を何度も口にしていた。窮屈で性道徳の乱れた今の時代より、はるか昔の二十世紀あたりの時代のほうが暮らし心地は良いだろうなと僕は思っていた。


「ヒカルさんがこの映画の主人公だったら、誰を選んでました?」


 テレビに寄りかかっていたマルカが敬語で僕に尋ねかける。皆の前では敬語で僕に話しかけるのが、マルカなりのルールだった。


「さあ……?僕は主人公じゃないから、想像もできないな」

「嬉しい答えですね。私も想像したくないです」

「ふうん……レニッコ、敗けるのが怖いの?」


 頬杖をついたトロツキーネが挑発するような目でレニッコを見つめる。


「はい、怖いです。だから舞台にも立ちたくないです」

「舞台ねえ……」


 トロツキーネが立ち上がる。レニッコに無視された挑発的な目が僕の方を向いた。


「よかったわね、旦那様。この時代に生まれることが出来て」

「なんだよ、急に」

「だって旦那様は選ぶ必要が無いんですもの。まあどうせ、選ぶことも出来ないでしょうけど」

「それは僕を馬鹿にしているのか。選ぶことぐらい僕だって……」

「誰を選ぶの?」


 マルカが再度、僕に尋ねる。今度は敬語ではなかった。レニッコも僕の答えを気にしてこちらをじっと見つめたが、僕は口をつぐんで目を背けることしか出来なかった。トロツキーネがくすくすと笑ってドアを開け、自分の部屋に戻っていく。


 トロツキーネの言うとおりだった。選ぶ必要が無いのに、何故わざわざ選ばなければならないのだろう。

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