【完】楽園を創造した神様は大量殺人鬼

真杉圭

prologue

 待ち合わせに使ったカフェはほどほどに混んできて、私は少し焦った。少し抜けている待ち合わせ相手がこちらに気付かないのではないか、という心配だ。

 しかし、その心配を解消をするための行動を私はしなかったし、するつもりもなかった。厄介な性格だとは自分でも思うが、それを改善する気はない。

 落ち着きを取り戻そうと、コーヒーの入ったカップを上げた時、待ち人が目に入った。

 彼は小走りでカフェの扉に辿り着き、速度を切り替え、ゆっくりと店内に入った。心配事は的中して、頭を振って私を探しだした。

 あの人と会うときにいつも着ていた制服を今日は纏っていなかったので、このまま私のことに気付かないのではと思ったが、すぐこちらに笑みを向け近づいてきた。


「待たせちゃったね」


「待ち合わせの時間より早く着いてるのに文句は言いませんよ。待っていたのは私の勝手ですから」


「そっか」


「そうです」


 私と待ち人は互いに笑いあった。久しぶりに会って、距離を測りかねているのはどちらも変わりないらしい。


「約束、守ってくれるんですよね」


「もちろん。そのために来たけれど、今日は忙しいからまたの機会にして欲しい。先にどうしても知ってもらいたいことがあって」


 私はそれを聞いて怒るようなことはなかった。もちろん、と言ったからには彼が必ず守るとわかっていたから。

 そんな思考が顔に出ていたのか、待ち人は申し訳なさそうに、よいしょ、と掛け声を出して椅子に座った。彼は人の好意を黙って受け取れない質なのである。

 その様子をはにかみながら見ていた店長さんが彼に注文を聞き、どうぞごゆっくり、と言って去って行った。


「君との約束を果たす前に僕の始まりを、もう一度、知ってほしいんだ。忙しいのもあるけど、それはほとんど言い訳で、僕をある程度理解してからでないと約束を十全に守れないと思ったから。誤解されるのが怖いんだ。それでもいいかな。もし、今すぐにというならそうするけど」


 私がすぐ頷き、聞きますと言うと、待ち人は恥ずかしそうに後頭部を掻いた。


「口頭じゃ長いし、紙にしたためてきた」


「もしかして」


「うん。君のリクエスト通り、小説形式だよ。初めての試みだから、本職の君から見ればそれっぽいものになるんだろうけど」


「どうしたんですか、改まって」


 私は一度彼の始まりを聞いたことがある。そのことを忘れているということはないはずだ。

 その証拠に待ち人は恥ずかしそうな顔に、困った色を混ぜた。頬は緩んでいるのに、額には皺を寄せているキュートな表情だ。


「君は僕のことを良いように見てしまうからね。前に話した時は僕も全てさらけ出したわけじゃなかったし、流れだけだったから誤解したんだと思う。話すにしては内容も長かったしね。だから口頭よりも文の方が伝わりやすいかなって」


「確かに誤解したままだと、約束を守るのは難しいでしょうね。あなたは自分のことを卑下しているけど、私は違いますし。前に聞いた話を参考にして作った作品に、時艱を克服した神様、ってタイトルをつけたぐらいですから」


 私が笑って言うと、待ち人はさらに困った顔をした。恥ずかしさはほとんど消えている。神様は褒められるのに抵抗があるのだ。

 そして、私の勘違いが何より辛いらしい。だが、彼はそのことを怒らない。誤解の原因を自分のせいにする。そのことをわかっている私は、愛おしいし、辛いから、こう言いたかった。

 誤解なんかじゃないと。何度聞いたって、良く思ってしまうと。そう誓えるほど――。


「時間と時艱を掛けているのが巧いよね。楽園を作った神様の創作だったからパッシングはすごかったんじゃない?」


「そうですね。神様が時間を巻き戻す能力を使って、トライ&エラーによりこの世界を、楽園を作ったっていう部分が気に食わなかったみたいで、宗教家の方からかなり」


「あの方々は人間味があると嫌がるもんね。神様は神聖だって主張がほとんどだったでしょ」


「正解です」


「英雄は召使いにはただの人、ってのが真実なんだけどね」


「神様が言うと説得力がありますね。国家も飢餓も貧困も戦争もなくすシステムを創り楽園を築いた神様が」


 止めてくれよ、と待ち人は微笑んで、話を戻そうと言った。


「僕の昔話は前にも一度話したけど、やっぱり口から出すだけでは整理がつかないから」


「ずいぶんわかりやすい話でしたけどね。だから、今回も私が勝っちゃいますよ。良く思っちゃいます」


 神様なんだから頭の回転は並ではない。前もきちんと、話せていた。


「そうだとしても、僕は正しく知ってほしいんだ。綺麗な話じゃない。矮小な人間がやった愚行を。恐らく、史上最大の人殺しの物語を」


 私の目を見て、ゆっくりと彼は言い、こちらにずっしりと重い紙の束を渡した。


「これはまだ国家も飢餓も貧困も戦争もあった時代。世界に不治の病が二つあったころの話。僕の醜行、恋の話だ」 


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