第4話

「まずは、昨日の事件の詳細について。リーガン」

「はっ。新市街第一層の十二丁目に位置するクローヴァ侯爵・ハーディング邸に、深夜、複数の曲者が侵入。四人を昏倒せしめ、邸内に保管されていた現金・貴金属類を奪い逃走。手口から、れいの『怪盗』と考えられます」

「被害額――は、まあいい。聞いても仕方のないことだ。目撃者は」

「ひとり。しかし、その目撃者も、怪しい複数の人影を見たというだけで、すぐに昏倒させられています。有用な目撃情報とはいえないでしょう」

「忌々しいが、『いつもどおり』の手口というわけだ……では、各分隊の捜査の進捗状況を報告せよ」

 ここは、王城の一角にある会議室だ。二十数名の男たちが集い、会合が開かれていた。

 男たちのほとんどは、警備部の制服に、分隊長職を示す徽章を縫い付けている。

「はっ……第一分隊、めぼしい手がかりはいまだ得られておりません」

「第二分隊、同じくこれといった手がかりは……」

 順に、報告を上げる隊長たちの表情は、一様に暗い。

 この会議が、れいの怪盗の捜査の進捗を報告するためのものであることは、言うを待たぬ。

 二十人の分隊長の報告は、言葉にこそ若干の違いはあれど、どれも似たようなものだ。すなわち、「有力な手がかりはなし」である。

 長いテーブルの上座に着いた五十過ぎの肥満男――警備部長のジェフ・アークランドは、渋面を隠そうともせず、聞こえよがしに舌打ちする。

「次。暗器遣いについての調査はどうなっておる。担当は、二十分隊だったな」

「はっ。レン市内にある暗器術の道場は二箇所で、そこへの聞き込みは完了しております。しかし、片目の男には心当たりがないと。そのほか、マイカ・ローウェル殿をはじめとした広い交友関係を持つ武術家の方々にも聞き込みを行っておりますが、今のところ有力な情報は得られておりません。今後、捜査の範囲をさらに広げる予定ではありますが……」

「人手が足らん、そう言いたいのだな」

「はぁ、正直に申し上げれば」

 ここしばらく、王都警備部は慢性的な人手不足に悩まされている。この上、王都の外まで調査のための人員を送るのは、厳しいと言わざるを得ない。

 また、国王の直轄地以外へ捜査の手を広げるとなると、その土地の領主への根回しが必要となる。

 先王フェリックスの改革により中央の権限が高まり、さまざまな制度が中央省庁のもと一本化されてきたが、それでも封建の仕組みというものは依然としてシーラントには残されている。貴族の持つ自治権は弱められたとはいえ、その所領内で王都警備部が好き勝手できるというわけではないのだ。

「人員に関しては、近々増員が見込めるかもしれん。ただ、それまでは今の人員のなかでやりくりするほかない。二十分隊は引き続き暗器遣いの捜査を継続せよ。その代わり、各分隊から二人ずつを二十分隊の管轄に回して穴埋めとする。いいな」

「はっ」

 声を揃えて答える分隊長たちだが、内心の不満を顔に出してしまった者も数人いた。

 いまは、どこの分隊も猫の手を借りたいほどの忙しさなのだ。たった二人とはいえ、ほかの隊に派遣するというのはそう簡単なことではない。

「ほかに、報告すべきことはないか」

 アークランドの問いかけに、挙手する者はいない。

「では、引き続き捜査に当たれ。旧貴族街の廃屋、港湾部の倉庫などは特に重点的に洗うように――それから、これより先、この怪盗のことは『影法師シャドウ・シルエット』と呼称することになった。以上だ」

 アークランドはのっそりと立ち上がると、巨体を揺すりつつ会議室を去る。

 ドアが閉まったとたん、分隊長たちからは大きな溜息が漏れた。

「アークランド殿も無茶を仰る。このままでは、隊員たちが倒れてしまったら、怪盗を捕えるどころの騒ぎではない」

「ああ。奪われた金額は確かに大きいが、ほとんど怪我人も出しておらぬのだ。もっと先に捕えるべき凶悪な犯罪者はいるはずだ」

「うむ。上層部の、貴族や富豪たちとつながりの深い連中にせっつかれているのだろうが……そんなものは突っぱねてくださればいいものを」

 つい、不満がこぼれるのも仕方のないことだろう。

「まあまあ、皆さん。アークランド殿の立場もお考えになってくだされ」

 こうしたとき、その場の収集を図ろうとするのは、だいたいがこの第五分隊長、コーネリアスである。

「警備部という存在が、王国軍のなかでどんな立ち位置にあるのか――皆さん、ご存知でないわけではありますまい」

 警備部は、組織の構造上は王国軍の一部門ということになっている。しかし、王都の発展とともにその役割の重要性は増加。その予算と権限はかなり大きく、独立性は、年々強くなっている。

 王国軍内部に、この警備部の存在を快く思わぬ勢力があるのも頷けよう。

 そのため、警備部の失態には敏感に反応し、これを貶めようとする者も、軍上層部には存在するのだ。

 怪盗に鼻を明かされっぱなしの警備部であるから、現在その風当たりは非常に強いと言わざるをえない。

 いつも因業な態度で部下に接するアークランドであるが、彼は彼なりに精一杯王国軍内の反感から部下たちを護ろうとしている。それは、みな知るところであった。

「コーネリアス殿の言うとおり。それに、こんなところで愚痴をこぼす暇があれば、一刻も早く現場に戻るべきだ」

 いち早くコーネリアスに賛同したのは、第八分隊隊長ダリル・カーターだ。『拳士アイニッキの真情』でも述べられているとおり、高圧的なところもあるが、任務にかける情熱は誰にも負けぬ。

 こなっては、他の分隊長たちも反論できない。重い腰を上げると、会議室を出て行くのであった。

「カーター殿、少しいいですかな」

「む? どうされた、コーネリアス殿」

 コーネリアスが、カーターを呼び止めた。会議室には、この二人のみが残されている。

「この怪盗――『影法師』ですか。彼らの狙い、なんだと思われますか」

「盗賊の狙いなど、金以外になにがあると」

「この間のランドルフ邸を除けば、九件ですか。盗んだ金子は、相当な額にのぼるはず。ランドルフ邸のバイロン氏の活躍により、実行犯は十人前後であると判明したわけですが――」

 「影法師」には実行犯のほか、後方支援を行う人員がいる可能性もある。しかし、その人数はそう多くないだろうとコーネリアスは見る。

 「影法師」の実行犯は、優れた手腕を持つ者のみで構成された集団のようだ。こうした場合、下手に組織の図体を大きくするのは下策である。少数精鋭を貫いたほうが、組織として動きやすいのだ。

「まあ、多く見積もって総勢二十の集団としましょう。今までの被害総額、それを二十で山分けしたとしても、一人当たりの分け前は相当な額に上るはずです」

「うむ……まあ、一生遊んで暮らしたとしても、なおあり余るくらいにはなるだろう」

「『影法師』は、ランドルフ邸で一度失敗しています。あれだけ荒稼ぎしたのだから、しばらくは用心してなりを潜めるか、あるいは盗みの道から足を洗うかするのが自然ではないでしょうか」

「ろくに間もおかず、昨日の侯爵邸の事件、か。それが腑に落ちないと?」

 コーネリアスが頷く。

 およそ、人の欲というものは際限がない。盗んだ金品に満足いっていないということも考えられるだろう。

 しかし、「影法師」の首領らしき男は、ランドルフ邸で大きな手がかりを残してしまった。きわめて用心深い手口を見せる「影法師」が、立て続けに犯行を行うというのは、いかにも迂闊であるだろう。

「金を盗み出すこと自体が目的ではない――どうも、そんな気がしてならんのです」

「別の目的がある、そういうことか」

「はい」

「して、その目的とは」

「それが分かれば苦労はしませんよ」

「しかし、なぜ会議中にそう発言されなかった」

「奴らに別の狙いがあるとしても、それがなんなのか判明しなければ、皆に余計な負担をかけることになりかねないと思いましてな」

 コーネリアスの推理は、まだぼんやりとしたものに過ぎない。それをいたずらに分隊長たちに告げたとしても、混乱を招くだけだろう。

 それを、カーターにのみ継げたのは、コーネリアスがこの男を買っているからである。カーターも、あえてその理由を尋ねようとはしない。

「まあ、このことは、一応頭の片隅に置いておいていただければ。では、私も現場に戻るとしますか」

「ああ。コーネリアス殿、腕の負傷もまだまだ回復しておらぬ様子。ご自愛なされよ」

 この程度へっちゃらですよ、と笑い、コーネリアスは去っていくのであった。


 ハーディング邸、襲撃されるの報は、すでに王都中を駆け巡っていた。

 九十万の人口を誇るレンだけに、コーネリアス同様の疑問を抱く人間も当然出てくる。

 マーシャ・グレンヴィルも、そのひとりであった。

(どうやら、ただの物盗りではないらしい……)

 思い出すのは、マルコム・ランドールが起こした麻薬密売事件である。

 あのとき、薬草酒に擬装された麻薬「キラート」が、なにかの偶発的な事故によりレンの酒市場に流出してしまった。ランドールはそれを回収するため、手の者を放って酒場を襲わせたのだ。酒場を狙って金品を強奪する物盗りと見せかけて、実は「キラート」の回収が目的だったというわけだ。

 ギネス・バイロンを前に、まんまと逃げおおせたという事実も気にかかる。

 ただの強盗にしては、腕が立ちすぎている・・・・・・・・・。それだけの腕前があるのなら、逮捕の危険がある強盗などせずとも、いくらでも金は稼げるはずなのだ。

 今回の怪盗騒ぎも、裏になにか陰謀が隠されているのではないか――マーシャはそう推理する。


 この日も、桜蓮荘にはミネルヴァが訪れ、稽古を行っている。

 マルコム・ランドールとの一件のあと、ミネルヴァが稽古に訪れる頻度はどんどん上がっていた。

 最近では、最低でも二日に一度は桜蓮荘を訪れている。

 ミネルヴァは、この日の稽古でアイと五本の立ち合いを行った。結果は全敗であったが、その実力差はじりじりと縮まりつつある。

 アイとて、日々の修練によって成長を続けている。しかし、ミネルヴァの成長速度が、アイのそれを上回っているのだ。

 五本目の立ち合いでは、とうとうミネルヴァの剣の切っ先がアイの胴を掠めるところまできた。

 アイの身体能力は図抜けており、特にその俊敏性は他の追随を許さぬ。そのアイに、扱いにくい両手大剣を当てるのがいかに難しいことであるか、素人でも容易に想像できよう。

 稽古を終えたのち、ミネルヴァは神妙な顔つきでマーシャに歩み寄った。

「む、どうされました、ミネルヴァ様」

「実は、お願いしたいことがございますの。私を――この桜蓮荘に住まわせてくださらないでしょうか」

 これには、マーシャも仰天である。

 なにしろ、この桜蓮荘は築百年を超えるおんぼろだ。建物はいまだしっかりしているが、公爵家の子女が住み暮らすのにふさわしい場所ではない。

 しかしミネルヴァの表情は真剣そのもので、酔狂でこのようなことを言い出したわけではなさそうである。

「ここにお住みになりたいという、理由をお聞かせいただけますか」

「はい。今の私の剣を高めるためには、そうするのが一番よいと考えたのですわ」

 理由としては、きわめて明快なものだ。

 マーシャとアイ、ふたりの実力者と、好きなときに稽古を行えるのだから、武術家にとって恵まれた環境であることは間違いない。

「しかしミネルヴァ様は、剣術のみに専念しようとしても、それが許されるお立場ではありますまい」

 大貴族の子弟であるミネルヴァは、そう暇な身分ではない。剣術以外の習い事に社交界の付き合いなど、こなさねばならないことは多いはずである。

「学ばねばならないことは、ここで学べばよいと存じますわ。必要があるなら、ここから通えば済む話です」

 と、ミネルヴァはちらりとパメラを見やった。

「ともかく、今の私は剣のことを第一に考えたいのです――どうか、お願いいたします」

 ここまでミネルヴァに懇願されては、マーシャも否とはいえぬ。

「わかりました」

「あ、ありがとうございます!」

「しかしミネルヴァ様、お父上――ギルバート様の許可は取らねばなりますまい」

「ええ、もちろん。ただ、父上はこのところ多忙らしく――お許しをいただくのは、少し先のことになりそうですわね」

 国軍大臣の後継者問題が、まだ片付いていないようである。忙しく立ち回るギルバートに、余計な気苦労をかけたくないと思うのは、娘として当然のことだろう。

「一つだけ申し上げておきますが――ここは、お屋敷のように、快適な場所ではありませぬ。雨漏りがすることもあれば、鼠や虫が出ることもある。それから、身の回りのことは、ある程度ご自分でやっていただくことになるかと」

「その程度、問題ありませんわ。それも、いい勉強になるでしょう」

 珍しく心配顔を見せるパメラをよそに、ミネルヴァは実に満足げであった。

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