第12話
グレン・ウェンライトは、警備部に対しすべての罪を認めた。裁判はまだであるが、死罪は免れないだろうとのことだ。
グレン逮捕の翌朝、第八分隊隊長ダリル・カーターは、桜連想まで出向いてアイに対し謝罪した。
「このたびの誤認逮捕、すべて私の責任。深くお詫び申し上げる」
と、実に真摯に謝罪したものだから、マーシャもアイも困惑するしかない。
その日の午後、マイカとフォーサイス公爵が桜蓮荘を訪れた。
事情をすっかり聞いた二人は、沈痛な面持ちで深く嘆息した。
「ケヴィンの甥が犯人だったとは、残念なことじゃ。誰か道を示すべき人間がおったなら、こうはならなかったじゃろう」
「うむ。しかしアイよ、此度のはたらき、まことに見事だった。ケヴィンの奴も、あの世で喜んでいることだろう」
「ときにマーシャよ、アイの戦いぶりはどうじゃったかの」
「堂々たる戦いでした。しかし、あの『雷電の歩』には心底驚かされました。できれば、私と戦ったときにもあれをやって欲しかった」
オネガ流の妙技を、自分も味わいたい。いまのマーシャは、ある意味で現役時代より貪欲だった。
「申し訳ござらぬ。けっして手を抜いたというわけではないのでござるが――あれは最後のとっておき、ほかの技がことごとく通じなかったならば、先生に対しても使うつもりにござった」
ある程度の凹凸がなければ、「雷電の歩」は成立しない。バーグマン道場の床が石敷きでなかったなら、アイは苦戦していたかもしれない。
「あの歩法には、わしらも手を焼いたものよ。なるほど、『雷電の歩』をも身につけているというのなら――マイカよ」
目配せするフォーサイス公爵に、マイカは頷き返した。
「アイよ。今一度尋ねたいのじゃが――そなたは今後どういう人生を送って行きたいと思う」
マイカの問いに、アイはしばらく黙考してから口を開いた。
「此度の事件、すべてはグレン・ウェンライトを教え導く者がいなかったという不幸が招いたもの。オネガ流の正しき思想、正しき姿を世に広める者があったならば、このような悲劇は起きなかったはずにござる」
三人は、黙ってアイの話を聞く。
「ゆえに、某がその役目を担いたい――いや、担わねばならないと思うのでござる。某の技はまだまだ未熟ゆえ、先の話になりましょうが」
アイの言葉に、マイカと公爵は満足げに深く頷いた。
「実はの、れいのケヴィンの遺書――あれには続きがあったんじゃ。読んでみるがいい」
『――もし、アイが自らの意志でオネガ流継承者たらんとするならば――どうか、わが一族の名、ウェンライトを継いでもらいたい。
私はアイに対し、おおよそ人の親らしいことはせず、修練を強いるだけの男であった。このようなことを言うのはおこがましい、というのは自覚している。生前アイに直接このことを伝えなかったのは、アイに拒否されるのが恐ろしかったからだ。
しかし、ひとつだけ言わせて欲しい。私は、アイのことを実の娘だと思っている。そのことだけは、神に誓って嘘ではない。
武術の道は険しい。アイが武術家とは別の道を選択するとしても、私は責めたりしない。親愛なる友よ、そのときはどうかアイが身を立てられるよう手助けしてやって欲しい。身勝手な願いだが、頼れるのは二人だけだ。
アイの道行きが明るいものであるよう、心より願う。 ケヴィン・ウェンライト』
読み終えたアイの眼には、みるみる大粒の涙が浮かんだ。
「そんな……某こそ、どれだけお師匠様を父と呼びたかったか。某はお師匠様と出会う前、卑しい盗っ人であったゆえ……あの誇り高きお方を父などと呼ぶ資格はござらぬと……せめて、生きているうちに一度だけでも、父と……父と呼びたかった」
アイニッキ・イコーネン――否、アイニッキ・ウェンライトは、そう言葉を搾り出すと、激しくむせび泣く。
三人は、ただアイを見守るのみである。
拳士アイニッキの真情・了
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