第16話

「おや、義兄あに上。随分長いお出かけでしたな」

 アンドレアスは、自室で待ち構えていたルークに声をかけられた。勝手に私室に入られたというのに、アンドレアスは何も言わない。

 ルークは覆面をつけていなかった。焼け爛れた跡のある右頬を引きつらせ、皮肉めいた笑みを浮かべている。

「私は体調が悪い。下がれ」

 アンドレアスは平静を装い、椅子に腰掛けた。

「ヴァート・フェイロン」

 ルークの言葉に、アンドレアスは一瞬硬直した。が、顔色ひとつ変えずに答える。

「……初めて聞く名だ。それがどうかしたのか?」

「ご冗談を。最近人を使ってあれこれ調べさせていたのでしょう? 困りますなぁ、シアーズ家当主たる者がつい先ほどまでお会いになっていた人物をお忘れとは。まだまだ物忘れが激しくなるお歳ではありますまい」

 ルークの口元は笑っていた。しかし、その眼には憎悪の色が色濃く滲んでいる。

「貴様……!」

「金髪に翠色の眼。エディーン村のハミルトン道場でオーハラ流を修め、現在はロータス街の貸し部屋に寄宿中。人相書きを拝見しましたが、驚きましたよ。まさにあの男と瓜二つだ」

 ルークが数枚の紙をポケットから取り出し、アンドレアスに見せ付けた。

「貴様、いつから勘付いていた!?」

「マット・ブロウズが屋敷に戻った直後、ですよ。義兄上が使っていた情報屋――多少・・締め上げられたくらいで顧客を裏切るようではいけませんなぁ。情報屋は口の堅さが命。義兄上にしては、この短期間によくお調べになったものだと感心しましたが、詰めが甘かったと言わざるを得ません」

 ルークは、アンドレアスを小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

「当主の補佐こそがわが務めなれば、義兄上の動きは常に把握しております。しかしまさか、あのシーヴァー・ナイトの息子が生きていたとは思いもしませんでしたよ。偶然というのは恐ろしいですなぁ。マット・ブロウズと、あ奴を雇い入れていた義兄上には感謝の言葉もありませぬ」

 アンドレアスは唇を噛んだ。これでは、アンドレアスがルークにヴァートのことを教えたも同然である。そして、ダンカンを通じて情報屋を動かし始めたころには、すでに情報は漏れていたのだ。

「貴様、どうするつもりだ……!」

「どうするつもり、とは?」

「とぼけるな! 四年前のシーヴァーように、また暗殺者を差し向けてジュリアス――ヴァートの命を狙うのか、と聞いている!」

 アンドレアスが激昂した。ルークの眉が驚いたように軽く上がった。

「人聞きの悪い。まるで私がシーヴァー・ナイトを殺したかのような物言いだ」

「とぼけるなと言っている。すべて、お前の仕業だろうが!」

「左様に根拠のないことを仰られても困りますな」

 アンドレアスの怒声もどこ吹く風、といったふうにルークはおどけて肩を竦めた。

「もうよい。わかった」

 アンドレアスは立ち上がり、ドアへ向かった。

「義兄上、どちらへ? 体調が悪いと仰っていたではありませんか」

「城だ。この上は、国王陛下にお前のしてのけたこと、すべて申し上げる」

「ほう? 証拠もなしに、ですかな」

「シーヴァーの件に関してはな。しかし見くびるなよ、ルーク。貴様が血生臭い賭け試合の胴元をしていることくらい、承知しているのだ。こちらに関しては確たる証拠を掴んでいる」

 これは意外だったようで、ルークは大きく舌打ちする。

「……しかし、それではシアーズ家もただでは済みませんよ」

「もちろん覚悟の上だ。こうなったのは私の責任。安心するがいい、私もそなたと同じく罰を受けよう」

 苦しい境遇にありながら健やかに育ったヴァートの姿を見て、決意したことだ。家の体面、妻の実家への配慮――そんなもののために、一つの家族を不幸にしてしまったのだ、ヴァートに比べ、自分はなんと情けないことか。アンドレアスは、すべてを投げ打ってでもルークが行ってきた悪行の始末をつけようというのだ。

「……そこまでの決意をなされたか。それでは私も腹をくくらねばなるまい」

「うむ。すぐに城から王の使いがそなたを捕縛に来よう。家族に伝えたいことがあらば、書き残しておくがいい」

 と、アンドレアスは部屋を出ようとした。しかし、ドアを開けたところでその足が止まる。二人の黒装束の男が立ちはだかっているのだ。

「貴様ら、なにも……!?」

 男たちは、一瞬にしてアンドレアスの四肢の自由を奪った。首筋を押さえられ、アンドレアスは声を上げることもままならない。

「残念です、兄上」

 眉根を寄せ、悲しげな表情を見せるルークだったが、それはいかにも芝居がかっていてわざとらしい。

「ヴァート・フェイロンをおびき出す手はずは、すでに整えてあるというのに。せっかくの苦労を無に帰すような真似をなさるなんて、酷いではありませんか」

「……おびき、だす……?」

「義兄上が詳細に調べられたおかげで、良い手が見つかりました。最高の舞台で、あの男の忘れ形見を始末することができる。感謝しますぞ、義兄上」

 ルークが手を上げて合図すると、男の一人が小瓶を取り出し、中の液体をアンドレアスの口に無理矢理流し込む。アンドレアスは弱々しい呻き声を上げ、やがて動かなくなった。

「ご安心を、兄上。シアーズ家は姉上の二人の息子たちがきっと上手く引き継ぎますよ」

 死体を足蹴にしながら、ルークが呟いた。

「さて、あとはヴァート・フェイロンか。どういう趣向で殺してやろうか。火炙りもいいし、目玉をくりぬいてやるのもいい」

 ルークは、まるで夕飯の献立を考えるかのような気軽さでそう言った。

「ヴァートとやらが義兄上に何を吹き込まれたかわからぬ。戦は先手必勝が基本。早速手を打たねば……お前たちにも働いてもらうぞ」

 二人の謎の男を従え、ルークは部屋を出て行った。


「さて、先生たちにはどう説明したものか……」

 下町の入り組んだ街並みにもだいぶ慣れてきた。考え事をしながらでも、ヴァートはほとんど迷うことがなくなっていた。

 アンドレアスの話でおおよその事情は理解したし、記憶はほぼすべて取り戻した。

 しかし、いまだヴァートの頭は混乱気味だ。ヴァート・フェイロンと、ジュリアス・ナイト。二人の人格が自分の中で並び立っている状態に、まだ慣れていないのだ。時間が経てば解決することだろう――そんな気はしているのだが。

 ただ、今日のところは、この日知り得たことを順序だてて言葉にしてするのは難しいのではないか。

 考える時間が欲しくて、ゆっくりと遠回りしながら歩くうち、日は落ちてあたりはすっかり暗くなっていた。桜蓮荘の近くまで来たところで、ふと違和感に気付く。

「なんだ……? 街の人たちの様子が……」

 どうにも、おかしいのだ。男たちは慌しく走り回り、女たちは顔を寄せ合い心配そうな表情で話をしている。

 ヴァートは、見知った男を見つけた。近所の肉屋の亭主だ。マーシャにお使いを頼まれて買い物をしたこともあるし、「銀の角兜亭」で顔をあわせたこともあった。

「おお、先生のところの若いのか」

 男の肉屋も、いつものこの時間は営業中のはずだ。店を放り出してサボっているようにも見えない。

「実は、大変なことが起こったんだ」

「大変なこと?」

「ファイナちゃんが、行方不明なんだ。兄さん、あんたどこかでファイナちゃん見かけなかったか?」

「行方不明!?」

 それまで思い悩んでいたことなど、どこかへ吹き飛んでしまった。いや、ヴァートの頭は先ほどよりも混乱している。

「――最後に会ったのは、おとといの夕方です。うちの前で立ち話を」

「いなくなったのは、昨日の夜の話だ。診療所を閉めたあと、一人で『銀の角兜亭』に行ったのは間違いないんだが――朝になっても、帰らなかったみたいでな」

 前日は診療所がかなりの盛況で、ホプキンズ医師はいつものようにファイナに金を渡し就寝してしまった。翌朝、つまりこの日の朝に、いつもなら起こしに来るファイナが来なかったため、老医師は珍しく朝寝をしてしまった。開業を待つ患者がドアを叩く音で目を覚ました老医師は、そこでファイナがいないことに気が付いたのだという。

「まさか、『銀の角兜亭』の帰りに何か起こるなんて髯の先生も思わなかったんだろう」

 ファイナはこの界隈の人間に深く愛されており、彼女に手を出そうなどと思う者はいない。もしいたとしても、ファイナが大声のひとつも上げればたちまち近隣住民が駆けつけて、その不届き者は筆舌に尽くせぬ酷い目に遭うであろう。

「先生のところのお嬢さん方も、ファイナちゃんを捜すのに協力してくれている。兄さんも、一旦先生のところに戻ったらどうだ」

 こんなことなら、余計な考え事などせずさっさと帰って来ればよかった。しかし、後悔しても始まらない。ヴァートは一も二もなく走り出した。


 息せき切って桜蓮荘の門を潜ると、中庭ではマーシャ・ミネルヴァ・アイが険しい顔つきで話し合っているところだった。

「先生、ファイナさんが行方不明って……!」

 この日、自分の一生を左右するほどの出来事があったヴァートだったが、それをマーシャに報告するよりもまずはファイナのことだ。

「ああ。報せを受けたのは、今朝お前が出て行った少しあとのことだ」

 マーシャたちも町の人々と協力し、つい先ほどまで走り回っていたのだという。パメラのみが、いまだ戻っていない。

「われわれも手は尽くしたが、ファイナの行方は掴めなかった。手がかりが得られるとしたら、パメラなのだが」

「パメラさんが……?」

 と、桜蓮荘の門から一人の少年が入ってきた。桜蓮荘に家族と共に暮らしている少年で、デューイという。

「ヴァートさん、お届け物ですよ」

 デューイ少年はそう言って、ヴァートに一通の手紙を渡した。上等な紙でできた高級そうな封筒で、表にはヴァートの名前が書かれているが、差出人は書かれていない。

「なんだ、こんな時に……」

 手紙を寄越してくる知り合いといえば、ハミルトン道場の者たちくらいしかいないヴァートである。訝しげに封を切る。

『ファイナ・スマイサー嬢は預かった。返して欲しくば、今宵日付が変わる時刻、新市街西の練兵場跡まで来い。警備部に通報すれば女は殺す。仲間を連れてくるのは勝手だが、何人連れてきても無駄なことだと思え』

 それは、まさに脅迫状であった。

「これは…………」

 ヴァートは絶句した。震える手で、マーシャに手紙を渡した。マーシャの顔つきが、より一層険しいものとなる。

「デューイ、これは?」

 恐ろしい目つきで詰め寄るマーシャに、デューイ少年は困惑する。

「いや、俺もみんなと一緒にファイナさん捜してたんですけど――弟たちの夕飯の世話しなきゃならないから、ここへ戻るところだったんです。そしたらおっさんが声かけてきて――」

 男は少年に桜蓮荘の住人か、と聞き、少年は首肯した。すると、ヴァートに伝えたいことがあるが、自分は緊急な要件がある。代わりに手紙を届けてくれまいか。そう男は頼んできたのだとか。

「どのような男だった」

「どのような、って言われても……暗くて顔は良く見えなかったし、どこにでもいそうな普通のおっさんでしたよ」

「なるほど……ありがとう、デューイ」

 マーシャはデューイに小遣いを握らせ、その場から解放した。入れ替わるように、パメラが戻ってきた。

「ただいま戻りました――」

 より一層剣呑なものとなった雰囲気を察したのだろう。パメラが首を傾げる。マーシャが脅迫状を渡すと、それを読んだパメラは納得したように頷いた。

「やはり、ですか。考えたくはありませんでしたが、これだけ探索しても手がかり一つ掴めませんでしたので」

「そうだ、その手紙を渡したという男を捜せば――」

「ヴァートさん、それは徒労に終わるかと。その道の専門家ならば、既に我々の手の届かぬ場所まで逃れているはず」

 どこにでもいるような男、というのが問題だ。目立たつことなく周辺に溶け込む。これは意外と難しいことだ。男の技量が優れている証拠である。

「でも――どうして、俺に手紙を――そうか、あのルーク・サリンジャーが!?」

「ヴァート、落ち着け」

「先生、どうしたら! 俺のせいだ、俺のせいでファイナさんが――」

「だから落ち着け」

 マーシャの言葉にも、ヴァートの狼狽は収まらない。

「落ち着いてなんていられませんよ! ああ、畜生! なんでこんなことに――」

 その瞬間。ヴァートの頬に、アイの右拳がめり込んだ。アイがそのまま右腕を振りぬくと、ヴァートの身体は空中で綺麗に一回転して地面に落ちた。

「少しは落ち着いたでござるか、ヴァート」

「は……はい……気を失うかと思いましたけど」

 いささか強烈過ぎる刺激ではあったが、ヴァートはいくらか平静を取り戻した。頬をさすりながら立ち上がる。

「これは、ヴァートさんの命を狙う敵の仕業。そう考えて間違いありませんわね」

 ミネルヴァの言葉は、その場にいる全員の考えを代弁するものだった。

「それでヴァート、今日はなにか大きな収穫があったのだろう」

「あ、そうなんです! 実は記憶が――シアーズ伯爵と会って――ええと、父さんは――」

 案の定と言うべきか、ヴァートの話はまるでまとまりがない。

「まだ落ち着いていないようですわね。アイさん、もう一発入れて差し上げたら?」

「ちょ、勘弁してくださいよ――待ってください。少し頭の中を整理します」

 ヴァートはしばし考えてから口を開いた。

 お世辞にも上手いとは言えない説明だったが、マーシャたちはおおよそのところを理解したようだ。

「では、そのルーク・サリンジャーとやらがお前の命を狙った者たちの黒幕だと」

「はい。シアーズ伯爵もそう言っていたし、間違いないと思います。ファイナさんをさらったのも、たぶん――」

 ヴァートは、唇を噛んだ。

 自分の命を狙ってくるなら、どこからでもかかってくるがいい。その覚悟は決めていたヴァートだったが、無関係な人間が巻き添えになることなど考えていなかった。

 もし自分が誰かの命を狙わなければならないとしたら、夜道で奇襲をかける程度のことは考える。しかし、か弱い女性を人質に取ることなど思いつくことすらできないだろう。自分が考え付かないことは、相手も考え付かない。人は、そう思ってしまいがちだ。

 ヴァートは武術家としてあまりに純粋であった。ある意味それは長所ではあるが、まだ青臭いと言い換えることもできる。

「自分を責めるのは後回しにしろ、ヴァート。今はこれからどうすべきか考えるのだ」

 ファイナを巻き込んでしまったことに対するやりきれない思いは消えない。しかし、思考停止してしまっては助けられるものも助けられぬ。ヴァートは、ひとつ深呼吸した。

「……はい、わかりました」

「うむ。まずは、そのルーク・サリンジャーとやらのことだ」

「大陸はラダ国の諺にもある。戦の前にまず敵を知れ、ということでござるな」

 ヴァートは、アンドレアスから聞いたことをできるだけ詳しく語った。

「狡猾で残忍、か。少なくとも、頭が回る男であるのは間違いないようだ」

 敵は短期間にヴァートの交友関係までも調べ上げ、弱いところを突いてきた。

「行動は素早く、迷いがない。なかなかのいくさ上手ですわね。そして、この最後の文――ヴァートさんと秘密を共有する私たちもろとも、おびき出そうということでしょう」

 何人連れてこようと無駄。やけに挑発めいた文面である。ミネルヴァたちが武術家であることを承知の上で、あえて煽るような文章を書いたのだろう。

「それに、足と手が不自由な男――ヴァート、あの夜見たこと、覚えているでござるな」

 ルーク・サリンジャーは、賭け試合を行っていた連中の頭目と思しき男と特徴が一致する。脅迫状で指定されたのも、同じ練兵場跡だ。

「まず間違いあるまい……デューイ、いるか?」

 マーシャが、不意に建物に向かって呼びかけた。先ほどのデューイ少年が自室の窓から顔を出す。

「すまないが、使いを頼まれてくれるか」

「お安いご用です。どこへ?」

「レンダー街に『ブルックス』という雑貨屋がある。そこまで行って来て欲しい」

 マーシャは紙になにごとか書き付けると、心づけとともに少年に手渡した。

「それを店主に渡してくれ。用件はそれでわかるはずだ。悪いが、急いでくれ」

 少年は早速駆けていった。

「先生、こんなときに買物なんて……」

「『ブルックス』はあのスミス殿子飼いの情報屋だ。これで、敵に知られることなく彼に連絡が行くはずだ」

「でも、手紙には通報するなと」

「敵はおそらく警備部の内部にも情報網を持っているだろうが、特務は警備部とはわけが違う。敵に悟られるようなことはない」

 国の機密にも関わる案件をも扱う王立特務調査部にとって、極秘に事を運ぶのは得意中の得意である。

「誘拐の現行犯としてサリンジャーの身柄を押さえてしまえば、どうにでもなるはずだ」

 いわゆる別件での逮捕になるわけだが、叩けば埃が出るような男のはずだ。いくらでも重い罪を科すことができるだろう。

「特務の長の一存で訓練を積んだ戦闘部隊を動かすこともできるから、ファイナを救出することも不可能ではないだろう。問題は、時間だ」

 脅迫状に記された刻限までは、もう猶予がない。特務が今から部隊を編成して練兵場跡に向かっても、間に合わない可能性が高い。

 聞き及んだルーク・サリンジャーの性格からして、もし約束の刻限が過ぎたなら躊躇いもなくファイナを殺してのけるだろう。

「俺が行きます。行って、ファイナさんを助けてきます」

 ヴァートは、一片の迷いもなくきっぱりと言った。

「こうなったのも、俺が原因です。俺が行けばファイナさんが助かるのなら、行くしかない。それに、父さんとルーク・サリンジャーとの因縁――これは、俺の手で決着をつけなきゃいけないことです」

「相手はおそらく準備万端整え、お前を罠にはめようとするだろう。覚悟のうえか?」

「はい。相手が何を狙っていようと、もろとも食い破ってみせる。それが師匠の教えです」

 思い出すのは、自らの命を犠牲にしてヴァートを救った父シーヴァーの最期の姿。ああするより他なかった状況であったことは、ヴァートも十分理解している。それでも、誰かを犠牲にして生き永らえるということは、本人にとっては酷なことだ。同じ思いをファイナに味あわせてはならない。ファイナともども、自分も無事に戻らねばならないのだ。

 ヴァートの眼は、死を覚悟した者のそれではない。ファイナを助け、そして必ず生きて帰ってくる。強い決意が、その翠色の瞳には宿っていた。

「……成長したな、ヴァート。ハミルトン殿にお前を預けたのは、まさにこのときのためだったのかも知れぬ」

 マーシャが満足げに微笑み、ヴァートの肩に手を置いた。

「お前が腹を決めたというのなら、是非もない――『雲霞一断』マーシャ・グレンヴィル、微力ながらヴァート・フェイロン殿にこの剣を捧げよう」

 そう言うと、マーシャは恭しく一礼した。

「先生……!」

「無論、私も手を貸すでござるよ。サリンジャーとやらが行ってきた悪逆非道の数々、見過ごしていてはオネガ流の名折れにござる」

 アイは、胸の前で両の拳を打ち合わせた。

「挑まれた戦いは、正面から受けるのがフォーサイス家の流儀ですわ。始祖イントッシュ・フォーサイスの名にかけて、卑劣漢どもに目に物見せて差し上げましょう」

 胸を張って言うミネルヴァの傍らで、パメラは無言で頷いた。

「みんな……ありがとうございます」

「礼など無用。ファイナは、われわれにとっても大事な友人なのだ」

 一旦言葉を切ると、マーシャは脅迫状を真っ二つに破り投げ捨てた。

「皆、戦の準備だ。我々に喧嘩を売ったこと、後悔させてやろう」

 マーシャは不敵に笑った。

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