18痛目 なんだか知らないねぇけど凄い力って話だな!ガルイの野郎、散々嬲りやがって!

金属がひしゃげるような音が木霊する。

不意打ちを食らい激怒したガルイがタックルで突撃してきたのだ。

俺はそれに合わせて闘牛のように肩を突きだし、タックルをかけて鉄の肩当てがひしゃげた。

衝撃で蹈鞴を踏みそうになるが、俺は前へと身体を傾けてインファイトに持ち込む。

ガルイの右膝が唸りを上げて俺の脇腹に放たれる。


それは耐えろ!


俺は歯を食いしばり腹に力を込めて筋肉を引き絞り衝撃と痛みに耐える。

衝撃が俺の脇腹に食い込む。ヒーゲンが用意してくれた革ベルトの木の防具がたたき割れて、木の木っ端が舞う。

俺の身体が浮かび上がるような衝撃が腹に突き抜けて、呼吸が苦しくなる。

その痛みを耐えきり、俺はただ相手の目を睨み付ける。


動きは見えている。

俺の動体視力は『俊足の理フェザーステップ』の敵の動きをとられていた。

捕らえられない動きではない。ただ、賭けボクシングのときのような思考する時間がほとんどなかった。

だからこそ、俺は相手の目を見る。

限られた時間の中で相手の思考を読み取る努力をする。


ガルイは膝蹴りをフェイクに使っている。

ガルイの狙いは俺の顎。異常なタフネスを誇る俺を警戒して、一撃で決着がつけられる顎を狙っているのだ。

膝蹴りを囮にして、手でガードすればガードがなくなった顎を狙い右ストレートが飛んでくる。

ガルイが膝蹴りを放ち終わった重心が甘くなった一瞬を逃さず、俺は左ガードを上げていた腕を折りたたむようにして肘を相手のガードの隙間に突き刺す。

ガルイは体勢が整わない状況で脇を締めてシャッターのようにガードを固める。


ちげぇよ。


俺はガードで弾かれた肘を突き刺したまま、ガードを閉じて無防備になった脇腹に右フックを全力で放った。

肉を打つ鈍い音が弾ける。


固ぇ!これが本当に人間の身体かよ!

だが衝撃は通った。相手の鋼のような筋肉を拳の形で押し潰す感覚。

肉をぶっ叩いた感触。


しかし、相手も歯を食いしばり、爛々とした瞳で俺の開いた身体を見ていた。

衝撃が俺の右胸に食い込んだ。

鎖骨が折れて、凄まじい痛みが俺の脳髄を痺れさせる。

ガルイの左拳が上より振り下ろされて俺の右胸に突き刺さった。


鎖骨が折れたからってそれがどうした。


俺はガルイの右脇腹に食い込ませていた右拳をその脇下から滑らせて、相手の顎に突き上げる。

そのアッパーをガルイは左でガードし防ぐ。

俺はそのずれたガードを回り込むようにして、左フックを相手の顔面に叩き込む。

腹よりも柔らかい感覚。頬骨が拳に食い込み、革の向こうでゴリっと折れる音。


その左フックを繰り出した俺の腕をガルイは腕で絡め取り、俺の身体をこじ開ける。

頬骨が折れて歪み鼻血があふれ出る顔でガルイは嗤う。


猛打が俺を襲う。

俺のガードが開いた顔面をガルイは上から一つの拳でジャブの雨を降らせた。

引き戻した右腕でガードするまでに三発を喰らい。俺は激痛に耐えながら後退する。

そこからガルイの猛反撃が始まる。

顔面の痛みに耐えてガードを上げて顎と顔を両腕で隠すが、ボディーに強烈なミドルキック。

内臓が潰れるような衝撃で呼吸困難になっていると、すかさず腕が悲鳴をあげるような打撃の嵐。


ぐ・・・。

ダメだ動きに思考が追いつかない。

捕らえられる速度なのに俺は顔面に喰らった激しい痛みでリズムが狂った。

俺は体勢を整えようと後退するが、ガルイは食らいつき、俺に拳と蹴りの連打を叩き込む。


連打に追いつけなくなったガードの下から潜り込むように俺の鳩尾にガルイの膝蹴りが貫く。

「がはっ!」

息が詰まる。

凄まじい衝撃が背中まで突き抜けて身体が浮き上がる。

鳩尾を貫かれて、呼吸が全く出来ない。


俺は3mほど吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。


「盗賊のくせにボクの顔を潰しやがって・・・。殺してやる」

俺がなんとか上体を起こした時、その声が頭上からかかった。

ガルイは俺の身体の上に乗って、マウントポジションから拳を力の限り振り下ろした。

俺は顔だけをガードして縮こまった芋虫のようにその攻撃を耐えるしかなかった。


振り下ろされる拳、それはまさに鉄球のような衝撃で俺の身体を、肉を潰しにかかる。

無数の連打が俺の両腕、胸、腹、鳩尾を襲う。

ゴリと肋骨が数本まとめて折れる。

ぐしゃりと肺が、内臓が衝撃で縮み上がる。

折れた肋骨の欠片がガルイの拳でシェイクされて俺の内臓を傷つけ始める。

血が口に溢れて、鼻と口から零れる。

血が気管に逆流して呼吸が更に困難になる。


衝撃と激痛、身体が潰されていく違和感、ガルイの堅い拳の感触。

だがそれよりも俺の心は悔しさで悲鳴を上げていた。


俺は弱い。

この手に入れた吸血鬼の力でも勝てない。

俺は何がしたかった?

トリネコやクロさん、ミケを守りたかったんじゃないのか?

ならアーリアに頼めばよかったんじゃねぇかよ。

こんな痛い思い、悔しい思いをしてまでなんで殴り合う必要があるんだよ。

俺はアーリアの後ろに隠れて、アイツらを見下しながら何時ものようにほざいてればいいんだよ。

分かった振りをして、女の子の背中に隠れて。


んな訳があるか!

コソコソ隠れる?んな恥ずかしい思いをしてずっと生きていくのか?

アーリアなしじゃ生きられません、誰かの後ろでしか喋れませんってか?

クソが!


俺は少なくともアーリアに感謝してんだ。

無理矢理吸血鬼にされた恨みはある。

けど、アイツはトリネコの店で喜ばれるように夜客に教えてもらった歌の練習してんだ。俺が『荒くれ酒場』で試合してると必ず見に来てくれるんだ。

暴力的で、我が儘で、人の話を一個も聞かねぇ奴だけど、ちゃんと俺の心配をして、憎まれ口を叩きながらもずっと横にいてくれるんだ!

そんなハチャメチャで優しい俺のご主人様に情けねぇところなんて見せられねぇだろうが!


『苦痛の充填確認・・・固有ギフト『苦痛は神の栄光なりグローリー・オブ・ザ・ペイン1』の起動・・・リンク固有ギフトの接続エラー・・・蓄積分の苦痛から限定強化スキル『我ここに乗り越える力オーバー・ブを示さんースト』、苦痛解放時間二分・・・限定発動します』


その言葉のような閃きが脳内に響いた瞬間に全ての痛みと苦痛がかき消えた。

ガンッッ!

「ぐああああ」

堅い何かを叩く音と共にガルイが苦悶の声を上げながら自分の拳を握っていた。

その拳のナックル・ダスターからは血が滲んでいる。


俺はその隙に上体を起こして、ガルイを突き飛ばした。

ガルイは吹き飛ばされて、拳を握りしめながら俺に鬼気迫る形相で怒鳴る。

「貴様ぁあ!何をした!?」

俺は立ち上がりガルイを見下ろしながら答える。

「知らねぇよ。俺も知らねぇけど、ただ一つ。死ぬなよ」

「舐めるな!『猛獣の心得ビースト・スタンス』」

ミシリとガルイの筋肉が膨張して脈動する。筋肉を覆う血管が浮き出て、人ではなく凶悪な獣のようにしなり、地面を抉って突進してくる。

弾丸のように肩を突きだして高速で俺に襲いかかろうとする猛獣。


遅い。

遅すぎる。

止まったような時間の中で俺は一歩踏み込む。

猛獣を迎え撃つ拳を握りしめた。


緩慢な動きで動くガルイの左肩を右手でいなして、その鍛え込まれた強靱な胸の中心。

ただそこに俺の左拳を構え、突き刺す。

胸骨が折れる音。

猛獣のような突進の威力が全て俺の拳一点に集中したのだ。その威力が全てガルイに跳ね返り、胸を穿つ。

俺は右足をもう一歩前に出して、右拳をガルイの脇腹から抉り込むようにフックを叩きつける。

肋骨が何本も折れる音。

腰の遠心力と拳の硬さが振り回されるクレーン車の鉄球のような衝撃で更に追い打ちをかけた。


「かはっ」

ガルイが血をバシャリとはき出した。


その二撃。

その二撃だけでガルイは口から俺の顔に大量の血をはき出して崩れ落ちた。


ああ、美味い。

鍛え込まれたガルイの血はまるで焼きたての牛串。ジューシーな油が滴り落ちそうな高級和牛の味。

ああ、もっと飲みたい。


俺は口を拭う振りをして顔にかかったガルイ血を舐めとる。


そうだ・・・。

もっと違った味が楽しめるじゃないか。


恍惚とした俺はガルイの身体を振り払い、その先にいる人間達を見る。

美味そうな・・・その身体の内側に豊潤な血を巡らせている獲物を見る。

俺の顔をみた獲物が凍り付く。

俺をまるで悪魔のように恐れて、武器を持つ手を震えさせる。


その震えるような獲物の恐怖で俺は愉快になる。

これを嬲って、血を啜り、心ゆくまでその魂を味わい―――。


「『やめよ』、ユウヤ!それ以上は堕ちるな!」

アーリアが力を乗せた声を張り上げる。

その言葉で俺の身体は縛られたように身動きが取れなくなった。

俺が動かないのを確認したアーリアは俺に近づき俺を見上げる。

「戦いで昂ぶったか。ふん、あれぐらいの戦いで自分を見失うなど情けない」

俺を睨み付けるように見るアーリアは少し不機嫌そうに言った。

「ア、アーリア?」

「もう良い。十分にユウヤは戦った。ここからは私がやろう」

アーリアはそう言うと俺の前に歩み出て、俺に振り返る。

「従者にばかり働かせていれば鈍る。それにユウヤ、お前は自分の身体も分からぬのか?」

「え?」

俺はガルイと自分の血で汚れた身体を見た。

「何故だか知らぬが魔力が一瞬爆発したように上昇したのだ。その分が身体から抜けて、あと一歩で魔力切れ。そうすればお前の身体は崩壊する」

「マジかよ・・・」


魔力切れって言われてもその魔力の感覚なんて全然ないからわからん。


俺は気が抜けてため息をついた瞬間、全身に凄まじい疲労が襲う。

その場でうずくまって一歩も動けなくなってしまった。

今まで一つも出なかった汗が滝のように流れて、身体が石のように重く、全身の痛みを思い出す。

「ぐっ・・・」


「そら見たことか・・・。よい。見事じゃったぞ、ユウヤ。戦いを知らなかったお主にしてはよくやった」

「そ、そうか・・・な、なら後は任せてもいいか?」

俺は苦しい息をつきながら、前に立っているアーリアを見上げながら言った。

「任せておれ。悉くを私の前でひれ伏させよう」

「いや、殺すなよ?殺したら本当の犯罪者になってしまう」

「ふん、温いがしかたない。だが、悪人を成敗するには殺さないものだしな」

そう言ってアーリアは前に向き直る。


「さあ、次は私の番じゃ。我が従者を可愛がってくれた礼は・・・お主らの悲鳴で返そう」

美しい声で凶悪な歌を歌った。

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