17痛目 またクソ野郎のお出ましって話だな!さあ次はルール無用、全力で殴り合おうじゃねぇか!

「貴様ら!この町の領主デーブ・リン卿を謀ったばかりか国王陛下の名を借りる大犯罪人め!我らが正義の鉄槌を下してやる!」

狐顔の男がツバを飛ばして、顔を赤らめてヒーゲンの店先の通りで怒鳴り散らした。

数人の兵士達の奥で隠れるように狐顔と新種デブがいるので領主の威厳もクソもない。

兵士達は剣や槍で武装し、領主の側では杖をもった緑のローブを着た魔法使いがいる。


魔法使いか・・・。

RPGでもお馴染みだが、この世界では攻撃魔法が行使できるような魔法使いの数は少なくて高級職だ。

彼らは魔法を使えて、一般兵の五人分以上になる。

戦力差は30対2か・・・。アーリアなら100人分ぐらいにはなりそうだが、彼女を向かわせたら血の海になってしまうかもしれない。

ここは一つ嘘でも突き通すしかないか。


俺は興奮している狐顔に声を上げる。

「嘘ではない!我が姫様は正真正銘、メガリストフ―――」

「ええい!それ以上謀るな!」

俺の悪あがきを吹き飛ばすように狐顔が俺の言葉を遮った。


まあしょうがねぇな。

バレた後のことはそこまで考えてなかった。その前に全部俺達の責任にしてとんずらこけばいいと思っていたからな。

と言うか、そこまで俺に求めるな。大体いい案なんぞ思い浮かばないし、全部その場の思いつきだ。


「ユウヤお兄ちゃん!」

狐顔達の合間から悲鳴のようなミケの声が響き渡る。

兵士達の壁をかき分けて、逃れ俺の元に来ようとしていたが、兵士達に取り押さえられて地面に押さえ込まれた。


おい・・・。なんでそこでミケが捕らえられてるんだよ。


「お兄ちゃん達!逃げて!」

押さえ込まれながら手足をばたつかせてミケがなおも俺達に声をかける。

「五月蠅い小娘が!」

「カハッ・・・」

狐顔がミケの小さなお腹を蹴り上げて、ミケが苦しそうに息を吐き出し咳き込む。

「フォックセ・・・ボ、ボクの奴隷を、け、蹴らないで・・・」

狐顔は慇懃に新種デブへ声をかける。

「デーブ様、奴隷は躾が必要でございます」

「そ、そかぁ・・・じゃ、じゃあしょうがない」


俺はその光景に怒りにまかせて声を張り上げる。

「おい!てめぇら!ミケは関係ないだろうが!離せよ!」

「ふん!貴様らのような盗賊を匿う者など同罪だ!この小娘は奴隷にし、母親は兵士の暇つぶしに与えて、父親は吊し首に処す。デーブ・リン卿を謀った罪に震えるが良い!」

人を見下すように狐顔が嗤って俺に言った。


ミケを奴隷?クロさんを暇つぶしの道具?トリネコを吊し首?

・・・てめぇら・・・どれだけ鬼畜なんだよ。


許せるか?

この一ヶ月、俺達に無償で宿を貸してくれて、一緒に店をしてきた優しい人達にそんな仕打ちをする奴らがよ。

一生懸命、客に喜んでもらおうと頑張っていたミケ達を・・・。

俺が賭けボクシングで殴られているのもずっと心配そうに応援して、宿に戻ったら手当をしてくれる優しい人達を・・・。


許せねぇ・・・。お天道様が許そうと俺が許せねぇよ。


俺は瞳が充血するほど奴らを睨み付けていた。

人狩りをして女を狩っていた奴ら・・・。


ブチリと頭の中の何かがはじけ飛ぶ。

脳髄の中にスパークが迸り、俺は拳を硬くして一歩歩き出す。


「いくのか?」

アーリアが横で腕を組み俺を真剣に見ていた。

「アーリアはまだいい。俺にアイツらを心ゆくまで殴らせてくれ」

「わかった。私はここで見ておる。だが、忘れるな。私も腸が煮えくりかえる思いだ」

「ああ」

俺は短く答えて、ナックル・ダスターのかぎ爪を外して腰の袋へしまい込み、通りの中央へと歩み出る。


奴らは通りの道を塞いでいる。

俺の目の前で武器を持って、構えていた。


「ちょっと待て、君はボクが相手するよ」

俺の歩きを遮るように巨漢が歩み出てきた。


俺の次の試合の決勝相手、金髪の箒のような奇妙な髪型に逞しい体つき。装備は俺と似たような肩当て、すね当てと拳のナックル・ダスター。筋肉を見せびらかせるように上半身は肩当てのみ。

まるで格闘ゲームに出てくるソニックウェーブを特技としたような奴だ。


「なんだよ、てめぇ。邪魔だろうが。関係ない奴はすっこんでろ」

「ダメだよ。君はちょうどボクの対戦相手だっただろ?ここで相手をしてあげる。ですよね?デーブ様、フォックセ様」

頭上から俺を見下ろして、その箒頭は狐顔達に振り返って確認をとる。


狐顔はその言葉に頷く。

「ああ、お前には報酬を出そう。こいつらがただの盗賊だと教えてくれたのはお前だからな。その働きに期待しておるぞ、ガルイ」

「分かってますよ。こいつらがザリク達を襲った盗賊だと教えたのはボクですからね。事が片づいたらそれ相応の報酬をお願いしますよ」

小さく笑って箒頭のガルイはこちらを振り返る。

「ってことだ。君たちがただの盗賊だとボクは知ってるんだ」

「ああ?それがどうかしたのかよ?んな事関係ねぇだろうが」

「大ありだ。盗賊の討伐は冒険者の仕事だからね。さあ、リングじゃないけどここで倒してあげよう」

そう言ってガルイは構えをとった。


なんだコイツ?何がしてぇんだ?

冒険者なのは知ってる。ガルイ・マチェットは魔物討伐や盗賊討伐をする冒険者の中でも低ランクの拳闘士だ。

だが、低ランクでも冒険者の数が少ないこの町では上位に位置する。

まあ、金のためか。

なんでもいい、とりあえずあの狐顔をぶっ飛ばすにはコイツを倒すしかない。


「後悔すんなよ」

俺はツバを吐きつつ構えをとる。


「それはどう・・・かなっ!」

その言葉を言っている途中にガルイはステップを踏んで俺に飛びかかる。

突進の勢いで拳を振り上げて温い右ストレートを繰り出す。

俺はそれを右に避けようと左足に体重をかけて膝を曲げて右フックを―――。


鋭い痛みが腹筋を襲った。

ガルイは温い右ストレートで俺が左に避けたのを、左足の膝蹴りで脇腹に抉ってくる。しかも、一歩前に来て俺の左足のつま先を右足で踏みつけてやがる。

俺の重心は既に左足にのっているのでそれを踏みつけられれば、俺は動けない。

ガルイは俺が苦しみで息を詰まらせていると、それの隙にたたみかけるような連打の拳を上から放ってくる。

俺は必死にガードを堅め、その猛攻を耐えるが、骨が軋みの悲鳴を上げる。

俺はその連打を止めるためにガルイに密着するようにクリンチをかける。


その瞬間に意識が飛びそうな衝撃が顎に突き抜ける。

相手と密着したクリンチ状態でガルイは俺に体重をかけて身体の隙間を縫うような膝蹴りを顎に突き放ったのだ。

凶悪な衝撃が俺の脳を揺らして、視界が真っ白に染まる。

俺は吹き飛びそうになる意識を必死でかき集めて、解放された右足を使ってバックステップで距離をとった。


ふらつく身体を叱咤してガルイを睨み付ける。

「てめぇ・・・足なんか使いやがって」

俺の言葉にガルイは澄ました顔で嘯く。

「ここはリングじゃないって言っただろ?さっき。ルールはない。それにしても君は本当に丈夫だね。戦闘系の亜人の血でもひいているのかな?」

構えをとりながら余裕そうに悠長に聞いてくる。

「黙れ」

「そう怒るなよ。優雅じゃないね。そんなだからかな?まあいい。挨拶はここまで。ここからは―――」


俺はその言葉ではじけ飛んだ。


汚れた血だと?アーリアの従者たるこの身体が汚れた血だと?

ミケやクロさんの血が汚れているだと?


頭の血が沸騰するような感覚。

全ての筋肉が雄叫びを上げて俺の身体を突き動かしていた。

左肩の肩当てを前に突きだしガイルが驚愕するほどのタックルが鍛え込まれた胸に突き刺さる。

「カハッ」

ガルイの苦しげな呼気と汚いツバが俺の髪にかかり、その上体が衝撃で後ろに倒れる。

俺はタックルの間に引いていた右拳を腰の回転力と共に相手のボディーに捻り込む。全力の一撃が相手の脇腹に突き刺さって、ガルイはもんどり打って吹き飛んだ。


俺はその吹き飛んで地面に転がったガルイを見下ろしながら声をかける。

「ほら来いよ。ルールねぇんだろ?」

「貴様ぁあああ!」

さっきの余裕をかなぐり捨てて立ち上がったガルイが吠える。


そして闘気を纏った言葉を告げる。

「『筋肉強化マッスル・ブースト』『鋼の身体アイアン・ボディ』『俊足の理フェザーステップ』」

立て続けに三つの闘気スキルを連続使用する。


『闘気スキル』―――それは魔法や武術ではなく拳闘士特有の身体強化方法。

気を込めて身体能力を向上させるこの世界の力の一つだ。

拳闘士が弛まぬ努力と経験を経て、身につけられる力。それが三つ同時に使用できると言うことは冒険者の中でも一人前に飯が食える。


そして、賭けボクシングでは決して使用してはいけない反則行為。

あの『荒くれ酒場』の壁には魔力、闘気、呪力といった力の発生を示す装置がある。

ただ肉体と技術のみで勝負する世界ではその反則行為をした者は追放される。


―――なるほど、と俺は納得した。

ガルイはリングの上で闘気を使用できないから俺に勝つためにこの状況を作り上げたのか。

クソ野郎が。そこまで勝ちたいかよ。


なら俺も遠慮しない。

この吸血鬼の力チートを使わせてもらおう。


ぎしり、と拳の鋼牛アイアン・オーロックスの革が軋む。俺の力で鋼のように硬い革が悲鳴を上げた。

俺はその拳で構えをとり、ガルイを睨んだ。


さあ、全力で殴り合おうじゃねぇか。

てめぇが罵ったその汚れた血がどれだけ気高いものか教えてやる。

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