15痛目 殴り合いの武者修行って話だな!意外とボクシングも楽しいじゃねぇか!
ひたすら俺は毎日ステゴロで殴り合う。
日中はよく寝て、夕方ぐらいに起きて夜に『荒くれ酒場』で待っている挑戦相手と試合を行う。
謎の旅芸人、美しい歌声の妹を守り旅する無名の拳闘士。
それが俺の渾名にすらなってきた。
『荒くれ酒場』は毎日売り上げの最大値を更新し続ける。店が終われば、ヒーデブーンから少し稽古をつけて貰い戦い最中によくある反則技やその対処法を学ぶ。
どうやら俺のファイティングスタイルは受けたようだ。
序盤に防御に徹して、やられているかのように思っていたところからの逆転劇。
それに俺は簡単に勝つようなことはなかった。
しっかりと受けるべき拳は受けて、大打撃は防御する。
俺は毎日、戦いの読み合いを学んでいく。
身体能力、スピードや一撃の重さ、そういったボクシングに必要なものは十分にある。
その上、俺の一番の切り札は体力と回復力だ。
どんなに長丁場になっても切れないスタミナ、翌日には全快する快復力。
ただ一心に俺は戦いを学ぶ。
間合い、駆け引きの起点、敵の癖、繰り出される拳の法則性、相手との呼吸を合わせるリズム感。
できる限り試合を長引かせて俺はそれらをスポンジのように吸収した。
素質はあるかどうか知らないが、俺にはたっぷりと観察する動体視力も体力もある。
クロスさせた拳の間からじっと攻撃に耐えて、相手の顔色をうかがい、隙を抉るようにジャブを放つ。
相手の肺が息を吐き出し切る瞬間、人がもっとも弱くなるタイミング、繰り出した拳の位置で到達可能な相手の局部。
金的も反則にはならないので遠慮なくフックで柔らかいものを潰す。
相手が痛みと衝撃に怯んだ隙に猛攻を喰らわせて、リングの端に追い詰める。
興奮なんぞ、もはやない。
ただ自分がなすべき事をする。相手の弱い場所、相手の隙間、俺の拳が必中する場所に抉り込む。
躱されることもある、見切られることもある。
だが俺は攻撃の際には必ず相手が息を飲むほどに迫って、驚愕した顔を睨みながら冷静に拳を放ち続ける。
カウンターを喰らっても、俺の一撃が躱されても俺は動じずに相手を飲み込む勢いでコーナーへと追い詰める。
読み合いとはフェイントだけの話ではない。
要するに気迫だ。
営業と一緒だ。気迫と確信があれば相手はこちらの言葉を飲み込む。相手よりも全てを理解し、相手の分野でもこちらが上手だと思い込ませる。
それが駆け引きの重要な点。
攻め際では一切の躊躇はしない。ただ睨み、相手を飲み込むほどの気迫で迫る。
だが、それも六回戦を過ぎたあたりで確実に通用しなくなってくる。
今度は気迫だけではなく、熟練の経験値が物を言う世界。
六回戦の相手のフェイントが複雑になった。ただ一つのフェイントではなく二つ、三つとフェイントをはさみ俺を誘導する。
隙を見つけてガードを解き、相手に拳を捻り込もうとしたら、罠にかかり弾かれて、肩を突きだして俺を追い込みボディーに拳を食い込ませる。
時には、ボディーブローと見せかけてアッパーで意識が飛びそうになる。
俺は初心に戻って、防御を固くする。
ひたすら打ち込まれて、相手の攻撃がこちらに入って来ないように、相手が不意に作る隙をうかがう。
でもそれも油断ならない。
相手は表情と目線すらもフェィントにしてくるのだ。
このとき俺は初めて試合をした。
互いの手札を隠し、読み合い、
俺の動体視力が作り出す思考の時間。それができる限り相手を観察して、相手の手札を予測し動く。
冷静に対処し始めた俺を舌打ちして相手は俺を睨む。
試合の主導権は握らせない。
俺はある限りの漫画の知識を使って、距離をとってアウトボクサースタイルに切り替える。
ヒット&アウェイをしながら、拳を突き出した後は即座に場所を移動し、相手が動き始める前に違う位置から拳を放つ。
相手もやはりそれに慣れているのか即座に防御を構築しながら俺のリズムを測ろうと静かに耐える。
この瞬間が最も緊張する。
拳を顎のあたりで構えて防壁のように構える相手を見ていると、その内側でどんな力を溜めているかわかったもんじゃねぇ。
初戦の相手も俺にこんな感じで見ていたのがよく分かった。
俺は防壁を突き崩さずに、軽い威力のラッシュで相手の出方を観察する。
相手と睨み合いが長時間続き、そして、俺の隙を見つけて一撃必殺の右ストレートが唸りを上げて俺の顔面に食い込もうとする。
だが、それは俺が作ったフェィント。相手のフェィントを見よう見まねで真似して、俺は右拳が突き出されるのと同時に身体が前へ迫る勢いをカウンターする。
相手の右拳が俺の頬をかすめて、俺の右拳が相手の頬に突き刺さる。
絡まるように交差する腕。
勢いが付いた相手は自らの速度と体重で衝撃を何倍にも喰らい、その場に倒れる。
息を飲んだ観客が、その挑戦相手がリングに沈んだのを見て絶叫しながら熱狂する。
あのトレーナーも言っていたな。
プロの条件とは、与えられた仕事をこなすこと、客の要求に応えること、そして勝負に徹するってな。
俺は今ここで金をもらって殴り合っている。
理由はどうでもいい。
ただ勝ち進み、客を喜ばせて、常に勝負をし続ける。
俺のチートなんざ忘れた。俺は勝負をして、学ばなければこんな殺伐と世界では吸血鬼と言えども滅びる。
なら俺は全力でぶつかって勝負を知る。
生き残るために殴り合いを理解する。
「ぺっっ」
俺は血の混じったツバをリングの上で吐き出した。
あの野郎、金属の板なんか布に仕込みやがって。
肋骨が完全に折れて、内臓が傷ついてるだろうがよ。
クソ痛ぇ。
まあいい。反則も全部飲み込んでやる。
俺はその日も勝ち進み、無数の殴打と反則技の洗礼を受けつつ、血と反吐を吐き出しながらも順調に4試合消化して、準決勝の相手まで突き進んだ。
一ヶ月が経ち、準決勝の相手との対戦を控えた二日前に俺は目標金額金貨5枚を余裕で達成することとなった。
ま、やればなんとかなるもんだな。
試合の度にあちらこちら骨折したりして超痛ぇけどよ。
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