14痛目 初めての殴り合いって話だな!たく、散々殴りやがって痛ぇもんは痛ぇんだよ!
下の階から血を求める熱狂的な声が鳴り響く。
身体は軽い。夜が俺に微笑んでくている。
僅かに震える手を握って拳の形を作る。
ああ、緊張してんだな。
俺は自分の状況を冷静に見ていた。
まあ、人死にもある初めての真剣の殴り合いだからな。
グローブもなくて、手には血で滑らないように布が巻かれているだけ。
俺は『荒くれ酒場』の二階にある選手待合室で声がかかるのを椅子に座って待っていた。
本当になんだよこの状況はよ。
なんで異世界に来て賭けボクシングに出なきゃいけないんだよ。
でも、後悔はない。
アーリアのためにする稼ぎだとしても、俺にはそれしかすることはない。
それに俺はアイツにちょっとは感謝している。
異世界に来たとしても目的がなければ腐るだけだ。
ただ漫然と過ごすよりもこうして何か目的があって、それに突っ走る方が面白い。
日本でも絶望して腐っていた俺に動く理由を与えてくれたことに少しは感謝してるんだぜ、アーリア。
「出番だぞ、ユウヤ」
扉が開かれてヒーデブーンが俺を呼びに来た。
「おぅ」
俺は短く答えて立ち上がる。
服装は上半身裸に下は動きやすい布の半ズボン、そしてすねまでをグルグル巻きにするような革のサンダル。
まさにボクシングだ。
俺はズボンの紐をキツく結び直して会場へと向かった。
「さぁああああ!今宵の試合は無名の挑戦者、ユウヤだぁ!おまえらぁ!今日の賭けはオーナーから配当金の上乗せがあるぜぇええ!有り金全部つぎ込んでこの店をおけらにしちまえ!」
レフリー兼解説者の小男が声を張り上げて叫んでいた。
店内は野蛮な男達で溢れかえっていた。
賭け札を握りしめて目を血走らせながら俺の登場を囃し立てる。死ねと、殺されろとツバを飛ばして熱望する。
今日の賭けは、ヒーデブーンが有り金全部をぶち込んでレートを上げている。
それは俺に全額賭けて、普段の数倍以上の配当となっていた。
つまり俺が負ければ、そいつらは財布を特大に膨らませて帰られる訳だ。まあ素直に帰るやつなんていない。娼館になだれ込むって訳だ。
すでに店内にはそれを目当てに娼婦達も混じって賭けを楽しんでやがる。
ここの賭けボクシングは体重制限なんて存在しない。
無制限で俺よりも体格がいい奴らばっかだ。
俺も日本じゃ身長が高い方だが、ここの奴らには負ける。どいつもこいつも俺の頭より一つ分はでけぇ。190cmから200cmはありそうな巨体ばっかりだ。
今俺をにやつきながら舐めくさって待っていた試合相手が嬉しそうに待っていた。
挑戦者が進めるのは、最初のランクの奴。
ここは地区予選でのトーナメントによって決められた相撲のような階級が存在する。
初戦でのファイトマネーは、勝った奴が大銀貨一枚、負けた奴は小銀貨一枚。階級が上がるごとに金がつり上がって、最終的には金貨一枚までいく。
それと掛け金全部の5%を貰えるのでそれを合わせるとそこそこの金額になる。
金貨一枚の王者との決戦は前回の最終戦が不戦勝に終わったのでないが、準決勝の相手を倒せば大銀貨八枚。
全部で12回戦を連勝すれば王者まで登ることが出来る。
俺は最短で上り詰めるために一日二回戦を行うことになっている。
「そんな細い身体でよくやるぜ。死んでも恨むなよ」
俺を見た初戦相手が馬鹿にしたように笑いながらそう言った。
俺は黙ってリングに上がった。
リングは5mほどの円状の木製の台に木の板がロープ代わりだ。支柱が四方に立っていて、追い詰められてラッシュされたら衝撃の逃げ場がなくてやばい。
ラウンドの概念もなく、無制限時間で禁止事項は相手をつかむことや組み合うこと、指で目を潰す行為のみ。
相手が死んでも責任はとらなくていいし、試合が長引けば防御をせずに殴り合って試合を終わらせるというスポーツではなく戦闘だ。
肘や足も多少はいい。だが足はやり過ぎると卑怯者としてレッテルが張られて、人気がなくなる。
これも人気商売なので基本的には足は使われない。
まあ、油断はしてないがな。
「ちっ、無視かよ。舐めやがって・・・殺してやる」
挑戦相手は、俺よりもデカい190cmぐらいの大男。分厚い筋肉の塊を貼り付けて、無精髭を生やした彫りの深い男だった。
試合用の拳に巻く布にはくっきりと血のシミがついている。勝ったときに使っていた布は縁起物として彼らは好んで使用する。
なので洗ってもおらず、血のシミが付いた布の拳を俺に見せびらかすように打ち付けると構えをとった。
ヒーデブーンがとった構え。
この世界ので支流の方法だ。防御を薄くして自慢の拳で強力な一撃を放つ。
逆に俺は両拳を顎の近くまで掲げて、両足を僅かに開いてリズムをとる。
この構えはこの世界では腰抜けと呼ばれる。なぜなら防御に重視した構えだからだ。
試合を長引かせて、客をいらつかせる最低の構えとして誰もが野次を飛ばし始めた。
うるせぇよ。
てめぇらはしらねぇだろうがよ。
俺は最高のボクシングを日本で読んでたんだよ。
まあ、全部漫画だがな。
そんな俺がてめぇらを楽しませねぇはずがねぇだろうが。
今この場での俺は、最高のエンターテイナーを目指してんだ。
黙って見てろ。
「ユウヤお兄ちゃん!」
俺がリングでそんなことを毒づいていると、リングの外からミケが心配そうに声を上げた。
「が、がんばってください!」
振り向くとそう声援を上げるミケとその後ろにトリネコ家族が心配そうにこっちを見ていた。
その更に後ろの壁際には不機嫌そうなアーリアが腕を組んで黙ってじっと俺を見ている。
「おぅ。心配すんな」
俺は軽く手を上げて笑うとそうミケに言って、また前をに向き直る。
まあ、これで負けられねぇな。
その様子を見ていたレフリーが声を張り上げて会場を振るわせる。
「でわあああああ!本日の試合をぉおおおお、始めますぅううう。試合―――」
その声が終わらないうちに挑戦相手が猛然と走り込んできた。
「開始!」
完璧に舐めて、右ストレートを繰り出そうと右半身に力を込めて、俺の顔面に爆発させようと嗤いながら肉迫する。
俺の選択は、ガード。
脇を締め両手をクロスさせて、その右ストレートを猛然と身体を前にして迎え撃ってガードする。
重い衝撃が俺の両腕に走った。
しかし、耐えられる。
すかさず俺はジャブを繰り出そうとした挑戦相手のリズムに合わせてガードを動かして、そのジャブも防ぎきる。
挑戦相手の舌打ちが目の前で聞こえる。
舐めていた相手にきっちりガードされたんだ。既に相手は俺を馬鹿にした様子はない。
ただ、殺気を巡らせたラッシュを繰り出す。
猛然とした左右のラッシュが俺のガードに突き刺さる。
顔面、右脇腹、左脇腹。
無数の拳が俺の急所を狙って繰り出され、俺はそれを全て真正面から受けきった。
僅かにガードで拳をそらせながら衝撃を殺して、ダメージが蓄積しないように細心の注意をはらう。
俺の身体は回復力は異常だが、瞬間的な回復は見込めない。
つまり、一定以上のダメージを一瞬か、ダメージを蓄積されたら俺もダウンする可能性が高いのだ。
意識を刈り取るような顎やダメージの蓄積が大きい内臓に拳が届かないように注意をする。
鈍い音がガードの腕から響き渡り、会場が盛り上がる。
客は挑戦相手のラッシュに沸いていた。俺がただ防戦一方の展開で彼らは賭け勝ちを確信し始める。
下から潜り込むように突き上がる左フックをガードを下にずらして守り、レバーを狙った右フックを身体を捻り躱し、猛然ラッシュを繰り広げる挑戦相手の猛攻をじっと耐える。
獅子が力を溜めるように、俺は相手を睨み付けながらただガードに徹した。
相手の顔が焦り出す。
自分が有利な状況にも関わらず俺が全く怯まない。そして、気味の悪いことに全ての攻撃を完全に封じ込めているからだ。
焦り、勝負に早く決着をつけようと拳の威力を高め、肘も使ったラッシュをかけてくる。
ただそれをガードの奥から睨み付けて俺は観察し続ける。
そして訪れた。
夏の暑さと人の熱気が作り出す熱で全身を汗にまみれさせて、男が右ストレートを放とうと腕を引いて、溜の時間を作り出した。
劇的に向上した俺の動体視力はその瞬間を見逃さなかった。
焦り大ぶりが多くなった相手の作り出した隙間。
その時間が引き延ばされて、集中力が限界まで高められた俺の視線が相手の左腕が少しずれて空いた顎を丸裸にする。
しゅっと俺の拳が風を切る鋭い音。
俺のジャブがまるで切り開かれた軌道に吸い込まれるようにそこの場所を貫いた。
力を制御して、相手の顎を潰さない、意識を刈り取るほどの威力がでないその一撃。
ゴッと肉と顎骨を打つ鈍い音が響き渡った。
衝撃で相手の瞳が振動する。騒然となっていた会場に沈黙がおりた。
綺麗に入ったジャブで相手の上体が後ろに下がる。
がら空きだぜ。
俺は細かくリズムをとり、身体を揺らめかせてここぞとばかりに猛襲をたたみかける。
左右の拳、ワンツーで顔面を打ち鳴らし、潜り込んで脇腹を殴り続ける。
速度を落として、客にラッシュの軌道がハッキリと見えるように黙々と打ち続ける。
相手は衝撃できりもみするようになされるがまま。
あ、コイツ完全に気を失ってやがる。
俺がそんな呟きを心中で呟いた瞬間に俺の左フックが相手の顎に突き刺さり、もんどり打ってリングの上に倒れた。
異様に静まりかえった会場。
そこで俺は拳を下ろして、レフリーにチラリと目線を送る。
その視線を感じたレフリーはすかさず挑戦相手の元に駆けよって、何度も手で相手の頬を叩くが意識がなかった。
レフリーは興奮した様子で会場に振り向くと声を張り上げる。
「勝者ああああ!ユウヤぁあぁあああ!!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおお」」」」
絶叫が会場に響き渡る。
「ユウヤお兄ちゃん、凄い凄い!!」
沸き立つ会場でミケが喜びの声を上げて飛び跳ねていた。
トリネコ達も安心したように胸をなで下ろしている。
その奥の壁で寄りかかっていたアーリアがふん、と鼻を鳴らして会場を後にするのが見えた。
「これはあああああ!期待できぜぇええ!てめぇら!今宵はちびるほどの試合が期待できるってもんだぜぇええ!」
レフリーががなり声を上げて興奮した様子で俺の手を上に掲げさせた。
その瞬間に会場はまた騒然となって沸き立った。
よし、とりあえず初戦はどうにかなった。
きっちりかっちり楽しませてやるぞ、お前ら。
俺はその会場の奴らに答えるようにそう胸中で呟いた。
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