13痛目 チート過ぎる吸血鬼の力って話だな!たく、ヒーデブーンと余計な約束しちまったじゃねぇか!

「いいだな?ユウヤ。拳をかまえちゃぁ、俺も男として真剣にならねぇといけねぇ」

真剣な顔でヒーデブーンは、革のグローブをはめて俺と向き合っていた。


「ああ、もうこれぐらいしか稼げねぇからな」

「素人が痛い目して逃げ出すんじゃねぇぞ」

俺の言葉を苦笑交じりに返して、ヒーデブーンはボクシングの構えをとる。

左手を胸の高さに突きだして、強力な一撃を放つ右腕を腹のあたりに置いたこの世界での主流の構え方。


俺もそれに合わせて、日本のボクシングのような左手を少し出しつつ両拳を顔の高さまで構える。


たく、本当に最悪だ。

何でこんなことを俺がしねぇといけねぇんだよ。

俺は胸中でクソ領主とその木っ端に毒づきながら思い返していた。


ヒーデブーンと弟の一件があり、少し嫌がらせも落ち着いたかと思っていたが、次に警備兵士達が店先でたむろし始めた。警備兵にたむろされると客は来にくくなる。

でもまぁ、客はそれよりもアーリアの歌を聞きたい欲求が強くて、兵士達に頭を下げて怖々としながらも客足は激減することはなかった。

だが、それに業を煮やすと今度は、直接兵士達が鎧をガチャガチャと鳴らして、店に数十人となだれ込んできた。

店にいた客を全員帰らせて、隊長のような男がのさばり始める。

髭ずらで酒臭い隊長だ。本当に領兵の質が疑われる。

彼らは雑然と口々に店を罵って、テーブルに足を乗せて酒を零しながら、ミケを小突いたりする。

それでもアーリアが歌い始めると彼らは茫然としてその歌に聴き惚れる。

手拍子をして、嬉しそうに兵士達は歌を楽しんでいた。

歌が終わるとハッと気がついた隊長はまた何やら騒ぎ出すが、アーリアが歌い出すとまた蕩けたような顔をしてそれに聞き惚れる。

なのでずっと歌って貰い、隊長が無銭飲食で店を出ようとしたときに、お金を払わなければ二度と歌を聴かせませんと脅したら憎々しげに数枚の大銀貨を置いていった。

それでも全然足りないのだが・・・。

その後であの屑の隊長は顔を隠しながらもコソコソと店に客としてきていたから笑える。

万能だなアーリアの歌はよ。


それでなんとかしのげたが、とうとうアイツらは最終手段に出てきた。

アーリアの歌を禁止したのだ。

王都の確認が取れない間は、商売を禁止すると。

歌えば、即座に牢屋送り。

そう言われたら俺達のような旅芸人はどうしようもない。

無視してしまえば、まんまと奴らの思い通りになる。


俺達の目標金額まであと一週間すれば、達成という時になってだ。

それでぷっつりと稼ぎが悪くなる。

トリネコ達は俺達を普通の授業員として雇うとか言ってくれたが、この世界の日給は安すぎる。

一人で小銀貨一枚だぞ?二人で6000円。

金貨一枚稼ぐのにどんなけかかるんだよ・・・。

もう俺は、あのクソ領主の嫌がらせにも耐えられないし、王都からの返事が来ても拙い。

俺は手っ取り早く稼げる方法―――つまり、賭けボクシングの選手として名乗り出たのだ。


んで、元拳闘士ヒーデブーンに頼んでボクシングの基礎を教えてもらうって訳だ。

最悪だろ?最悪だぜ。

喧嘩もしたこともない、武道を学んだこともない素人の俺が賭けボクシングだぞ?しかもグローブなしの。


まあ、でも俺の身体は幸いにもとても耐久性がある。

多少痛くても直ぐ回復するし、打たれ強い・・・てか打たれ慣れた。

アーリアのビンタに比べたら殴られるのも大したことがねぇ。

一撃で顔面崩すような奴だ。

殴られるだけなら問題はない。


ってことで回想は終了。

俺は師匠のヒーデブーンを睨む。



「聞け、ユウヤ。とりあえず動きに慣れろ。殴り方とかは追々教える。ただ今は俺の拳の動きを見て、速さを知り、それが再現できるように考えろよ。では行くぞ!」

ヒーデブーンは、師匠らしい言葉を言って、リズムをとった動きで鋭く俺に肉迫する。

電撃のごとき速さで俺の懐に潜り込むように見せかけて、俺の一歩手前で足のステップを細かく刻み―――左ストレートを放った。

グローブに隠された拳が風を鋭き切り裂いて俺の顔を襲う。


だが見える!

その動きが俺には遅い。

あのアーリアのビンタの方が数倍は早い。拳なら数十倍速いのだ。

鋭く差し込まれる左ストレートを俺は、体重を右足に傾け頭を引いて右拳で彼の左ストレートを打ち払う。

潜り込んでいたヒーデブーンの顔は驚きに満ちている。

まさか振り払えるとは思っていなかったとその顔には書いてあった。

俺は迷わずその驚きを突くように、左に身体を傾けて彼の顎を狙い左ジャブを繰り出す。


一瞬の攻守の交代。

ヒーデブーンは、それを右拳でガードすると呻き声を上げて後ろに退く。

その顔はやはり驚きで満ちて―――。


『ザリグ・ボットクランドの血よりスキルを再構築、武闘スキル『拳闘術1』・・・拳における武術基礎レベル習得』


ピロリロリーンと頭の中でそれが閃いた。


え?何これ?

取得しちゃったの?え?マジで―――。


バシッ!

「ぐぁあああああ」

俺は顔面を強打されてもんどり打って吹っ飛んだ。

鈍痛ぇ!

人が呆けている間に殴るなよ!タイムだ!レスリー、今タイムだよ!


「ユウヤ、油断すんじゃねぇ・・・だけどよ、先ほどの動きはなんだ?どうして俺の動きを見切ったんだよ?」

俺は殴られた頬をさすりながら立ち上がって答える。

「説明はめんどうだ。とりあえず試す。もう一度だ。今度は油断しねぇ」

「・・・少し本気で行くか」

ヒーデブーンはじっと見ていたそのこちらを伺うような顔を振り払って、真剣な表情で構え直す。

俺もそれを真似て今度は、この世界のやり方を試す。


「よし!いくぞ!」

ヒーデブーンのかけ声と共に俺達は真剣に殴り合いを始めた。




「・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・なんでそんなに体力あんだよ?ユウヤ」

息を乱れさせて、手で膝に突きうずくまったようにしているヒーデブーンは俺を見上げながらそう言っていた。


かれこれ四時間はぶっ通しで殴り合っていた。

まあ、全力でやれば普通なら体力が保たないが俺はちょっと事情が違う。

身体は、やはり日中なので重いがまだ力は残っていた。

普通の身体なのに四時間も全力で殴り合っているヒーデブーンの方が脅威だわ。

どうなってんだ?その体力はよ。


俺はヒーデブーンに答える。

「まあ、ちょっと訳ありでね。体力だけなら自信がある」

俺の答えにヒーデブーンは舌打ちをする。

「騙されちまったよ。ユウヤ、てめぇは拳闘士だったのかよ。お前ぐらいだったら王都の大会に出て予選一回戦は勝てるぞ」

悔しそうに言ったヒーデブーンはそのまま地面に寝っ転がって、体力を回復しようとする。


後半ぐらいになると俺もヒーデブーンに負けなくなっていた。

というかこの『拳闘術1』ってのがデカすぎる。動きの基礎だとか言ってるが、動体視力が向上している俺はヒーデブーンが何をしようとしているのか全て分かってしまう。

それに俺は怪我の心配も、痛みの恐怖も感じない。つまり、防御を意識せずに攻撃のみができる。有利すぎる。

相手の手札を見ながらばば抜きしているような気分だ。

ちょっとチート過ぎませんかね?この吸血鬼の身体ってさ。

まあ流石に訓練を受けて槍とか持った兵士に囲まれれば勝てる気はしないけど、賭けボクシング程度なら負ける気がしない。


よし、これで不安は全てなくなった。

チート過ぎる気もするが、賭けボクシングでは大いに役に立つ。

ありがたく受け取ろう。


俺は地面に倒れているヒーデブーンに声をかける。

「ヒーデブーン、ありがとよ。安心しろ、きっちり俺が儲けさせてやる」

「それが約束だからなぁ。期待してるぞ、ユウヤ」

その地面の上で力なく手を上げて、ヒーデブーンは笑った。


ああ、約束だからな。

儲けさせてやるよ。そして、店の評判も上げてやる。


俺は闘志を燃やしながら今日の夜が来るのを待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る