12痛目 飛んだ迷惑な弟だって話だな!だけど見直したぜ、ヒーデブーン!
「ムギムギ定食二つ!」
客が人のざわめきを押し返すように声を上げて注文する。
その注文をミケが笑顔で聞き取り、厨房に入っていく。
俺は酒を髭にだしながら満足してそれを見ていた。
食材は十分にある。
どんなもんだクソ領主め。
俺は、今朝相談したことを即座に実行した。
簡単に言えば、髭と世紀末系に食材を買いに走らせたんだ。
髭には酒代と俺が武器を買うことを、世紀末系には俺達が旅立つ前最後の日に歌を歌うと言ったら意外にもすんなりと了承してくれた。
結構言い奴らだからな。面倒くさいけど。
基本的に酒を飲んで時間を潰しているから食材を買いに走らせることも躊躇わなかった。
髭はどうやら仕事は余りないらしい。武器や防具は領主の兵士達が購入するが、それは領主が一括するので来年の春ぐらいに点検と製作に忙しく、普段は旅で武器を持ってくる冒険者や傭兵の相手をするが、この辺はあまり来ないので仕事がない。
暇なんだなこいつは基本的に。
なので店に息子を置いていれば、酒を飲んでもカウンターでくだを巻いてようが問題ないらしい。
世紀末系は言わずもがなである。
店から買いに走らせたのではなくて、彼らがお土産としてもってきていると口裏を合わせている。
それに、もし彼らが何かされたら今度は客全員を使う。
食材は持ち込みで価格は少し安く。自分たちの好きな食べ物を作ってもらうって寸法だ。
彼らはアーリアの歌に心底惚れているので多少の無茶をしてくれる。
買いに行けなければ、買ってきてもらう作戦。
相手の最終手段を考えると、店の営業停止だが、理由がない。
理由がなくて営業停止なんかしていたら領主への不満がたまり、反乱も起きてしまう。
それを無視しそうで怖いが、少しぐらいは躊躇うだろう。
まあ、嫌がらせを選択してくるあたりで相手の度量がよく分かる。裏からコソコソしているのは何か理由があるのだ。
普段からのさばっているからこういった正道を貫くとこちらが有利になる。
それに俺も朝の買い出しをしなくてもいいので昼前に起きればいいので一石二鳥。
まさに知略よ!
ぬはははっはは!参ったか!
それに好きな食材の持ち込みは受けるかも知れない。
安く食える上に、自分の好きな物を食べられるしな。
それじゃあ、料理人の負担が大きくなって、利益が薄い気もするが食材を購入できない店の方が致命的だ。
このシステムをトリネコに説明したときのあの驚きの顔が笑えるぜ!
ついでにちょっと高級なヴァイキング形式のパーティのやり方や、演奏者を雇って客が自由に歌えるカラオケのやり方などを色々教えてやる。
俺がいなくなってもこのやり方をすれば店は繁盛だ。
パーティや宴会ができる店は強い。結婚式やら祝い事で予約をドカドカとれば、売り上げは倍増!
予約の重要性をきっちり説明しておいたのでトリネコならちゃんとできそうだ。
利益の薄くて大変なランチなんてやらずに予約で繁盛する店を目指す!
日本の居酒屋舐めんなよ!俺はこれで大学までいったんだからな!
昼時の忙しい店を全員できっちり回して、俺はのんびり昼過ぎの雑用に精を出す。
なんだか気分がいいので少し身体も軽いぜ。
ゴシゴシと鼻歌を歌いながらミケと並んで洗い物をしていた。
ミケは宿のシーツやらを洗い、俺が横で食器を洗う。
「ユウヤお兄ちゃん」
シーツを洗っているミケが手を止めて俺に声をかけてくる。
俺は鼻歌を止めて笑顔で彼女を見た。
「どうした?ミケ」
「ユウヤお兄ちゃんって凄いですね。意地悪されているのにこんな方法を思いつくなんて」
ミケはピンと伸ばした猫耳をこちらに向けて、尊敬の眼差しを送り、尻尾をパタパタさせる。
くぅ!なんて可愛いんだ!
苦しゅうない!苦しゅうないぞ!もっとリスペクトプリーズ!
少女の純粋な尊敬の眼差しこそ、我が明日への糧!
俺は鼻をピクピクさせてその尊敬の眼差しに答える。
「そんなことないぞ。これもミケ達がお店をしっかりやっていたから協力してくれたんだ」
THE 謙遜。
日本人の美徳!誇ってはならない。実れば実るほど頭を垂れる稲穂かな!
俺は崩れそうになる顔を押さえつつ、年上の貫禄を見せつける。
「そ、そんなことないですよっ。ユウヤお兄ちゃんがいてくれたからです!本当にありがとうございます」
ミケはパタパタと手と尻尾を振りながら俺の数千倍の謙遜ぷりで感謝を言葉にした。
うぉぉ・・・俺のこの邪な謙遜と輝きに数千倍の違いがある。
心の底から純粋に思っているんだなぁ・・・。
その心をいつまでも持っていて欲しいもんだ。
ミケは俺の顔をじっと見ながら少し躊躇いがちに話す。
「ユウヤお兄ちゃんがいつまでもいてくれたら・・・」
悲しそうにそう言ってミケはシュンと猫耳と尻尾をしな垂れさせた。
いてやりたいのは山々だが、俺の一存ではなぁ。
俺はアーリアの従者だから彼女の方針に口出しは・・・まあ出来るけど聞いて貰えない可能性が一京%だ。
俺にはどうしようもねぇ・・・。
ごめんよ、こんな社畜のような俺でさ・・・。
俺が悲しそうな顔をしているとミケが気づいたように声を上げる。
「き、気にしないで下さい。ユウヤお兄ちゃんは旅の人だし、私もお見送りするのは慣れてます」
自分自身を元気づけるようにミケは笑顔を俺に向ける。
「そうだな。でも折角だ。しばらく、いるから一緒にがんばろう」
俺はそんなありきたりの言葉を口にしか出来なかった。
「はい!最近お仕事が楽しいです!」
胸のあたりで握り拳を作ってミケが笑ってそう言った。
可愛いなぁミケ。
でもごめんな。ミケの問題は俺にはどうしようもできない。
何か方法があればいいんだけどさ・・・。
どうしたもんかね。
俺はそんな後味の悪い思いをしつつ笑ってやることしか出来なかった。
―――数日後。
「なんだよこの店はよ!こんな拙い飯をだしやがって!」
怒鳴り声が店に木霊する。
あいつだ。
俺を殴りやがった奴だ。
嫌がらせが効かないからといって今度は店に乗り込んできたな。
あの野郎はトリネコを呼び出して、料理がのった皿を床にぶちまけてトリネコの胸ぐらを掴みながら口汚く罵り始めた。
忙しかった店は静まりかえり、数人の客がソワソワして代金を払って店から出て行く。
くそ!営業妨害で訴えられれば、即座につまみ出せるんだがよ!
歌を歌っていたアーリアがイライラしだしてその男を凄まじい形相で睨みだした。
男はそれに気づいたようで今度はアーリアにいちゃもん付け始めた。
「おい。なんだよその目はよ。ちょっと綺麗だからって調子に乗りやがって他所者のくせに」
男はトリネコを突き飛ばすと、力の差を弁えずにアーリアに近づこうとする。
「ザーコン!てめぇ何してんだよ!」
俺はその怒声に驚いて店の入り口へと振りかえった。
そこにはデカくて、スキンヘッドの男がザーコンと呼ばれたクソ野郎を睨み付けている。
世紀末系・・・。
その男は世紀末系だった。名前は・・・えっとヒーデブーンだったはず。
ヒーデブーンは肩を怒らせながらザーコンに近付いていった。
ザーコン、つまり雑魚は、それに驚いたような顔をする。
「あ、兄貴・・・」
ザーコンはそう言って少し後ずさった。
兄弟だったのかよ!
ヒーデブーン、てめぇ俺の怪我の慰謝料払えや!
「この店に嫌がらせしてる奴と聞いて、まさかとは思ったがよ。お前だったのか、情けない」
「あ、兄貴こそこんなところで油売ってんじゃねぇよ!店早く直せよ!」
「そのために頑張ってんじゃねぇかよ!それよりもてめぇ、あれほど足洗えといったのがまだ聞けないのか!」
「うるせぇ!怪我して拳闘士辞めた兄貴にいわれたかねぇよ!」
何やら兄弟で口げんかをし始めた。
ヒーデブーンの過去なんてどうでもいいから、そういうのは外でやってくれ。
店の皆が引いちまっている。
それにヒーデブーンよ、頑張る方向性間違ってるぞ。
ヒーデブーンは怒りの形相でトリネコに身体を向けて声を上げる。
「すみません、弟が迷惑かけちまった。コイツにはきっちり言いつけますんでここは許しちゃくれねぇか」
ヒーデブーンがそう言うとトリネコは迫力に圧倒されて、壊れたオモチャのように何度も頷くだけだった。
それを見たヒーデブーンは弟の胸ぐらを掴んで店の出口へと引き摺っていく。
「って離せよ、兄貴!」
「てめぇは教育する」
ズルズルと弟を引き摺って、店から二人が消える。
「てめぇ、ごら!」
ドガ!
「ぐあああ」
「情けねぇ!てめぇは面汚しだ!」
ドス!
「ぐぅ・・・」
ゴリッ
「あぐぅ・・・」
あ、なんか折れたな。
聞き慣れた音だ。
店の外から言い合う声と拳で肉を打ち付ける鈍い音と何かが折れるような音が聞こえて、誰かの嗚咽だけが後に残った。
店に沈黙が下りる。
パンパン。
俺はそれを見て、手を打って音を出し、店の客に声をかける。
「お騒がせしてすみません!ここは一曲、美しい歌でも聴いて忘れましょう。アーリア、宜しく頼む」
俺は客の注目浴びながらそう言って、アーリアに目線を送る。
アーリアはなんだか店の外を嬉しそうな顔をして見ていたが、俺の視線を感じると不機嫌になって睨み付けてくる。
だが、俺の必死に頼み込む視線を見て、黙って歌い出した。
美しい天使の歌声が店内に響き渡って、ゆっくりと客達が気持ちを入れ替えていく。
その歌声にうっとりし始めて―――よし、これで場は元に戻ったな。
俺は安心のため息を吐いて、仕事を再開する。
ヒーデブーン、二日ぐらいはお前の店でアーリアに歌ってもらおう。
あと、後できっちり努力の方向性を修正してやろう。
何でもかんでも見世物に頼るお前の店を俺がきっちりプロデュースしてやるぞ。
ちょっと見直したぜ、ヒーデブーン。
ろくな兄弟じゃねぇけどよ。
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