10痛目 馬鹿がいちゃもんつけてくるって話だな!本当にこの世界はめんどくせぇ!

くそっ。身体が重いしだるい。

俺は昼間のランチタイムを忙しく回していた。

トリネコと奥さんのクロさんは厨房でもの凄い勢いで料理を作り、ミケは店内を駆け回っている。バイトであるトリネコの親戚のモヴィはミケを手伝いながらニコニコと十歳児らしい屈託のない顔を振りまいていた。

うん、モヴィねモヴィ。モブって奴だな。この世界の名前からして。普通の子供だ。

俺は重い身体を引きずりながらバーカウンターで酒を入れていたりする。

酒はエールだ。ビールの原酒?よく分からないが白濁していたり、なんか沈殿物があるような酒が使い古された樽に入ってその上澄みを汲む。客の注文でスパイスやら蜂蜜やらをぶち込んだりして味を付けしている。俺が飲んでも味なんて分からないからどうでもいいけど。

とりあえず、俺は真っ青な顔を笑顔にしながら客と話しつつ、注文の品を作っていく係だ。

最初は顔色悪いねなんて言われたが、一週間もこの顔をしていたら常連客は何も言わなくなった。むしろ、これが普通だと思われて、顔色いいとか言ってきやがる。心中で舌打ちをしまくってやる。

この世界で低血圧なんですよと言っても全く通じない。体調不良の理由すら通じないってなんだよ・・・たく。


アーリアは昼時に数曲歌うと部屋に引っ込む。

ずっと歌われると客が居座って鬱陶しいのでトリネコと相談して、時間を決めてもらうことにした。トリネコは最初、「お客さんがよろこぶので・・・」とか温いことを言っていたが時間を区切るとそれを目当てに入れ替わるので回転率が向上。まあ、一時間以上居座るようなら歌の追加料金もらっているからいいんだけどな。

昼のランチタイムだけは回転率を上げるためにお捻りをもらわずに無料サービスってやつだ。


トリネコ・・・。飯も美味いらしいし、店は清潔だけど経営がなっちゃいないんだよな。

美味いもの作ってれば儲かるなんて話は嘘だぞ?ありゃ。

ちゃんと経営まで考えないと美味いもの作る奴でも店を潰す。

トリネコの商売繁盛は俺の商売繁盛につながるのでガッツリと言ってやった。

説教だ。説教。


そんなこんなでトリネコのムギムギ亭はそこらの店の客をがっつり奪って、大繁盛。

いやぁ、妬みひがみが凄いなしかし。トリネコの野郎、材料の仕入れ行くと何時もの倍ぐらいの値段を売りつけられるとかほざいていたので俺が代わりに行くことになったじゃねぇか・・・。なんで俺が仕入れまでしないといけないんだよ?朝めちゃくちゃ早いじゃねぇかよ・・・。

吸血鬼に早寝早起きは万文の損だ!

日給を奮発してくれているが、辛いったらねぇぞ。


そんな黒い感情を俺は営業スマイルに丸め込みながら酒を注ぐ。笑顔で酒を注ぐマシーンだ。

捌きながら俺はマシーンのごとくランチタイムを切り抜けた。



そんなとき、アイツが来やがったんだよ。

最悪の奴で胸くそ悪いクソ野郎がな。


それは昼時を過ぎて、客もいなくなったムギムギ亭で店員全員が食事をとる休憩タイム。

この休憩タイムは店を閉める。といっても三十分ぐらいなので客が外で待ってたりするんだがな。髭と世紀末系が。

うざい。うざすぎる髭と世紀末系。

また相手しなきゃいけねぇだろうが。

あの髭と悲壮したマッチョの顔を見るのはうんざりだ。ミケと一緒に洗い物してる方が数倍いい。


俺がため息を付きながら味のしないパンをモサモサと口に入れていると突然扉が開いた。

扉が開くと数人の警備兵達がぞろぞろと中に入ってきて、中の安全を確保すると壁際に沿って武器を構える。

俺やトリネコ達は驚いてそちらの方を見ていた。

アーリアだけは一瞥もくれずにつまらなそうにパンをモサモサと食べていたがな。


兵士達に遅れて、針金みたいに細くて狐顔の男が入ってきて喚き出す。

「控えろ!控えおろう!ホーデンの街の領主、デーブ・リン卿のお通りだぁ!」


もういいよ。分かった見なくても分かったからさ。帰ってよ・・・。

デーブ・リンっておま・・・もういい。ツッコむの疲れた。


その狐顔の後ろに続いて、やはりデブが出てきた。

三段腹を隠すように、ゴテゴテした金と何だかよく分からない七色の羽を振り付けたジャケットに半ズボン、豚足のような太い足を白いタイツで覆ったデブだ。

顔は豚とアンコウの合いの子のような顔をしている。人体の不思議である。要するに鼻が平べったくて上を向いているので鼻の穴がダイレクトに覗き、魚類のように目と目の距離が致命的な距離で、口髭がアンコウの髭のようなんだよ。

圧巻の一言だ。新種の生物として売ればいい買い手がつくんじゃねぇか?


その新種デブは凄まじい量の汗をかきながらやたら広い口をイヤラシくゆがめて笑う。

うわぁ・・・笑うってのをここまで気持ち悪く表現するのはハリウッドの役者でも無理だぞ。


「ぐふう、ぐふう、ぐうふ。か、かわ、いいな・・・ボクの・・・お嫁・・さんに・・・したい・・・」

奇声にも近い笑い声を上げ、どもり新種デブはアーリアを見てそう言った。

その言葉に狐顔は揉み手をしながら笑顔を向ける。

「それはようございました!ちょうどこの家には前々からお話ししていた性奴隷の亜人間がいます。ついでに持って帰るのいかがですかな?」

「ぐふぅ、ぐふぅ・・。そ、そうだな・・・ついでに・・・もって・・・かえる・・・」

アーリアに向けていた視線をミケに向けて新種デブは笑う。

ミケは強ばったように身体を小さくしながら泣きそうな顔でそれを聞いていた。

トリネコと奥さんが前に出てきてミケをかばうように新種デブに立ち向かう。

「デーブ・リン様!ミケはまだお嫁に出す気はございません。それにアーリアさんは私達のお客様です。指一本触れていただかないで欲しい!」

トリネコは真剣な顔をして啖呵を切る。


やるじゃねぇかトリネコ。

娘と客を守るために領主にたてつくのは見上げた商売人だよ。


そのトリネコの言葉で狐顔は顔を真っ赤にする。

「何を!貴様!デーブ・リン卿に向かってそのような口を叩くとは!平民の分際がぁ!」

狐顔は拳を上げて、トリネコに殴りかかろうとする。


「ちょっと、落ち着いて貰えませんかね」

俺はすかさずその間に入って狐顔の腕を握った。

「ぎゃああああ」

俺が腕を握ると狐顔は悲鳴を上げて身をよじる。その顔は痛みに染まっている。

兵士達が俄に殺気づいて武器を構えた。

雰囲気が凍っている。


あれ?

そんなに力入れた覚えはないんだけど?

軽く握り込んだだけで・・・。そうか・・・。吸血鬼になって肉体が向上してるとかなんとか言っていたな。

それか。しまった・・・。力加減がよく分からん。


「貴様まぁ!何者だ!?」

狐顔が初めて俺の顔を見ながら腕をさすりつつ憎々しげに俺を睨む。

新種デブは恐れおののいたのか、狐顔の後ろにちゃっかり隠れてやがるよ。


「あー。えっとアーリアの兄です。旅芸人してます」

「貴様がその娘の兄か!ふん、生意気な。貴様なんぞに用はない。妹を置いていけ。そうすれば金をはずもう」

狐顔はそんなことを言いながら手で俺を雑魚のように振り払う仕草をする。


いやさ、置いていけるなら喜んで置いていくよ。

それで皆がハッピーになれるならね?でもきっとそれはお前らにとっては地獄になるんだぜ?

それに俺は多分アーリアを置いていけねぇよ。そう縛られてるんだよ。


俺は営業スマイルをしながら答える。

「それは無理ですね。私は妹をまだ嫁に出すなんて考えてもいません。お引き取りを。商売の邪魔ですので」

「なんたる無礼!なんたる無知!この方をどなたと心得る!?この街の領主デーブ・リン卿にあらせられるぞ!」


いや知ってるよ、狐顔。さっき言ったじゃん自分で。

それにその領主さっきからお前の後ろで若干震えてるじゃねぇか。威厳もくそもねぇよ。


「困りましたね。私達は旅芸人。領主様とは言え、縛られる必要はないんですけど」

俺は困った振りをしながら頬を掻く。


俺達は身分を旅芸人としている。

旅芸人は非市民だ。非市民は関税やら通行税の負担、住居の購入できないなどの縛りがあるが、領主の言うことを聞く必要ない。

まあ、街からの追放は領主に権限があるけどね。

暇な夜に強姦魔の記憶からサルベージした知識だけど、もの凄い深い階層にあって苦労した。こういった常識的なことはほっっんとうに興味なかったんだよな強姦魔の野郎。


俺の言葉で狐顔は嫌な顔をする。

こいつは多分法律関係のことを熟知しているかもしれん。領主の前で狐のように威張っているだけあってそう言った小狡いことをしてそうだし。


「貴様・・・そこの小娘だけ奪って、お前を追放することも出来るんだぞ?」

狐顔はこちらを警戒しながら脅すように声を低くして言う。

まあ、それもそうだなぁ。それは折角の金の稼ぎ場所がなくなるのでご遠慮したい。

俺は考えを巡らしながらしばし沈黙をする。

それを怯んでいると勘違いした狐顔は意気揚々と顔をにやつかせて笑う。

「ほれ、どうする?貴様なんぞ卑しい身分の者はだまって従っていればいいのだ」

「そうですか・・・なら卑しい身分でなければいいのですね?」

「何?どういうことだ?」

狐顔は顔を顰めて聞き返す。


ま、ここは虚実交えた口八丁で行くか。得意だし。


俺は微笑みで相手を威圧しながら話しを切り出した。

「正直言いましょう。私の妹というのは嘘です。こちらにおられます御方は、遠き東の国、栄えあるメガリストフ千年帝国の王女アーリア・スフェルト・メガリストフ姫でございます。このルーゼルク王国との友好国になった折りに視察の旅として姫様自らがこの地を巡っておられるのです」

俺が大まじめに言うと狐顔はキョトンとしてが、その内馬鹿にしたように大笑いしだした。それにつられて兵士達も笑う。その上に新種デブも強気に出たのか、少し狐顔の前に出て変な奇声をあげているし。

「グアハハハアア!これはこれは追いつめられてそのような戯れ言を・・・ハハハ・・なんだその嘘は?」

「いえ、嘘ではありませんよ」

俺がしれっと答えると今度は顔を赤らめる。嘘じゃねぇからなぁ全部は。

「舐めるのもいい加減にしろ!そのような話を信じる馬鹿がどこにいる!?例えそれが本当であっても従者一人の旅など信じられぬわ!」

「まあ、姫様は強いですからね。護衛なんて入りません。国王陛下に確認してみてください」

「ふん!大概せよ、貴様!そのような事を申して時間稼ぎをするつもりであろう!」

「うーん。困りましたね。もし姫様が乱暴でもされたら国の外交上の大問題になってそこの領主様共々首をはねられますよ」

その言葉で新種デブだけが顔を青ざめさせる。


意外とこの新種デブ、ちょろいな。

まぁ豚とアンコウ程度の知能しかないのだろう。


「ふん!貴様・・・いつまでもそのような戯れ言をほざくのであれば首をはねるぞ!証拠はどこにある!?」

狐顔はなおも怯まずに怒声を上げる。


確かに、それはちょっと予想していたが証拠などない。

まぁ一番の証拠というよりも一番最短の解決方法に頼むのもありだが、あまりそれを選択したくはない。

だって、その解決方法はアーリアを暴走させることだからだ。

アーリア、再起動。まさか?暴走?勝ったってなるなこれは。

冬の月みたいに一言で終わるんだが・・・血の海に・・・あ、俺の食事もできるから一石二鳥かな?


俺がどうでもいいことを考えていると黙々と食事をとっていたアーリアが、立ち上がって狐顔を睨み付ける。

「証拠があればいいのじゃな?」

「そ・・そうだ」

美少女に睨み付けられてたじろぐ狐顔。

アーリア怖いもんなぁ。分かるぜ。それな、殴られた後だと十倍増しに怖いぜ?

その怖い顔が突然俺の方を向いた。こえぇよ。

「ユウヤ、私の着ていた服をもってこい」

「服?何だっけ?」

俺は突然予想していなかった話をふられて、素のリアクションで返してしまった。

「木偶の坊!私が初めに着ていた服だ!」

「あ、あれか・・・分かったちょっと待ってろ」


俺は慌てて、部屋に戻って大事なヌノーからアーリアが着ていたミロのヴィーナスのような服を引っ張り出して、持って行く。

俺がアーリアにその服を渡すと彼女は不機嫌そうな顔でその服を狐顔に渡した。

「これが証拠じゃ」

「服・・・?このようなも・・・なに!!?まさか・・・これは」

狐顔は驚愕の顔をしてその服をじろじろと見る。


ブルセラショップじゃねぇんだからさ・・・。おっさんがじろじろと美少女の服を吟味する姿なんて見たくねぇよ。

それよりもなんだろ?何がまさかなのかよく分からねぇな。


驚きの顔で狐顔はその服を見てから、アーリアの方を見た。

「これは・・・『君主の聖衣ロードオブローブ』!このローブから感じられる凄まじいまでの魔力・・・幻想種の素材から糸を作り、高位精霊の祝福と織りによって作られた最高のローブではないか!このような一品、国王陛下ですら持たぬ至高の品!」

うぁー。なんだかグルメ漫画のように解説してくれたよこの人・・・。ありがたいけどさ。

あんな服がそんなに凄いものか?ちょっと薄汚れてない?・・・てかよく考えたら二万年も石棺の中に入っていてあれだけしか汚れてないのが凄いのか。

俺がしみじみと観察していると、狐顔の横にいた新種デブが恐る恐るそれを見ながら狐顔に声をかける。

「じゃ・・・ほ、ほん・・・とうなの・・かな?こ、殺される・・・?」

新種デブが不安そうに狐顔に尋ねた。

「デーブ様・・・まだこれが証拠とは決まっておりません。ただ、王国に確認する必要があります」

「じゃ、じゃあ・・・お嫁さん・・は?」

「しばし御我慢を」

「そ、そんなぁ!?い、いやだぁ!お、およめさん!」

いきなり喚き出す新種デブ。ちょっと場の空気を読めよ。

その新種デブの顔を心配そうに見た狐顔は、その顔をキッと歪ませて俺達を睨み付ける。

「貴様らぁ!これで納得したと思うなよ!調べてから判断する!それまではこの街から出ることを禁ずる!」

そう怒鳴った後で狐顔は憎らしそうに俺を一瞥すると、新種デブを宥めて兵士達とともに店から出て行った。


新種デブと狐顔が出て行った店内に沈黙が下りた。

トリネコ達は俺達を信じられないという顔をして見ていたのだ。

俺は手を上げて、適当に誤魔化す。

「気にするな。大したことはない」

「いえ!王女様だったのですか!これは・・・ついしらずに無礼なことを・・・」

深刻そうにトリネコが謝ってくる。

まとめるのが面倒くさいな。

「気にするなって。いいんだよ。アーリアもその方が気が楽そうだしな」

俺が急に話をふったのでアーリアつまらなさそうに不機嫌な顔をしたアーリアが俺を睨んできた。

「ふん、もう良いいのじゃな?直しておけ、木偶の坊」

アーリアは俺にそのなんとかって言う凄いローブを投げつけてるとそう言って、食事に戻った。

一応、出された食事は全部食べるんだよなアーリアはよ。行儀もいいし、それだけ見たらいいお姫様になりそうなんだが。

俺は苦笑しながらアーリアに声をかける。

「ありがとよ。助かった」

「ふん。騒がしいのが好まんだけじゃ」


てかさ、これ売れば金なんていくらでも入ってくるんじゃね?

まあ、それをしなかった辺り、アーリアがこれを売りそうにもないけどさ。希望は絶望だ。諦めることにする。


「ま、てことで。飯食っちまおうぜ」

俺はのんびりと何でもないようにトリネコ達にそう言った。


彼らはちょっと挙動不審になりながらも食事を再開し始める。


しっかし、適当に時間稼ぎをしたがもう滅んだんだよなぁ。アーリアの国はさ。

どうすっかな?

俺は呑気にそう思いながら味のしない料理を皆で食べた。

疲れた休憩だぜ・・・本当にさ。

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