9痛目 俺の素晴らしい仕事ぶりって話だな!それにしても俺も結構慣れたもんだぜ!

「いやぁあんたが旅芸人だったとはなぁ、ガハハハ」

髭の塊が笑っている。もさもさした髭がエールの入った木のコップを持ちながらガハハと豪快に笑っている。

髭が。

恐怖である。


まあ、武器屋の主人なんだがよ。

名前はヒーゲンというらしい。なんだよヒーゲンって!この世界の奴らは皆安直すぎるわ!

ヒーゲンこと、髭は俺とアーリアがムギムギ亭に来て次の日に家族で夕食を食べに来た。最初はあっ!とかいって軽く話す程度だったが、何故だかまっったくわからんが、仕事の合間の休みにムギムギ亭で飲んでいく。夜も一人で飲みに来る。

鬱陶しい髭である。飯も食わずに酒ばっかり飲んでいくのである。

飯食えよ、飯をよ。売り上げにならんだろうが髭。


これまた髭はよく分からんが、全くよく分からんが俺がカウンターでバーテンみたいなことをしていると嬉しそうに寄ってくる。

鬱陶しい髭である。俺がずっと話し相手をしているのである。

面倒くせぇよ。てめーと話してても嬉しくねぇだろうが髭。


てか髭、その話の切り出し方は三十回は聞いたぞ。ここで働き始めて五日だ。

この五日の間に三十回ってのは一日十回は聞いてるだろうが!耳にタコができるわ!


「兄ちゃんさ、俺の店で妹の歌やってくれねぇか?頼むからよぉ」

その横でカウンターの席を二つも占領している世紀末系が疲れた顔をして俺に聞いてくる。

デカくて筋肉ムキムキの男が背中を丸めて、ちびちびとエールを飲んでいる。

薄い服で乳首が浮き出たムキムキが。

恐怖である。


あの荒くれ酒場のオーナーだ。

名前はヒーデブーンというらしい。なんだよ・・・ヒーデブーンってさ!世紀末の雑魚の断末魔かよ!酷いわ!

ヒーデブーンこと世紀末系はこれまた髭と同じように、まっったく理解できないが俺に寄ってくる。

飯も食わずに酒をちびちび飲んではため息を吐く。

まったく鬱陶しい世紀末系である。辛気くさいため息ばかり吐いていくのである。

笑えよ。笑顔でよ。初対面時の自信をだせよ世紀末系。


まあ、決勝が不戦勝で終わってしまって客からの暴動が起こり店が壊れ、信用ががた落ちで閑古鳥が鳴きまくって、世紀末も泣いているらしい。

ちょっとそれに関しては、罪の意識が・・・全くねぇな。あの強姦魔は当然の報いだ。

これに懲りて、普通の酒場をしろよ。

あんなゴミための人間が集まる場所にアーリアを連れて行けるか。

アーリアが心配じゃねぇぞ?そこにいる人間の命を心配してんだ。

優しいだろ俺?優しすぎて自分でも泣けてくるわ。

あんな場所にアーリア連れて行ったら手ぇ出す奴いるだろ?それにどんな反応するかなんて見なくても分かるって訳だ。

諦めろ世紀末系。諦めて帰れ。帰って仕事しろ。

お前もだ、髭。帰ってトンカチでも振ってろ。


「ヒーデブーンさん。すみません、妹をあんな場所で歌わせるのはちょっと・・・」

そんな俺の心の毒を全て隠して、俺は完璧な営業スマイルで世紀末系に声をかけた。

髭は無視だ。その内また言い出す。答えてたら切りがないわ。


どうだ?恐れ入ったか?

俺の人生、実家の居酒屋と営業という修行をしてきた俺にこの思っていることを隠して営業スマイルなんて朝飯前だ。

もう六日も飯くってないけどな。人間の飯は毎日食ってるけどまったく喰った気がしねぇ。注いでいる酒だって水よりも味がしない液体のんでる気分だ。腹が一時的に膨れるだけだし。酔いもしねぇ、腹も満たされねぇ。人生の娯楽の半分は消し飛んでるぞ。

なんて最悪な体質だよ。涙がでてくらぁ。


「そう言わずによぉ・・・二三曲でいいんだよぉ」

世紀末系は鬱陶しくも引き下がらずに悲壮な顔で俺に訴えてくる。

それもだ。手を胸で重ねて、潤んだ瞳で見てきやがる。

乳首が浮いたマッチョにだ。

きもい、きもすぎるわ。

「いや・・・どうかな?」

俺は顔を苦笑させながら言外に拒否をするが、どうやらこの世界では通用しないらしい。

マッチョは手をカウンターの上に置いて、身を乗り出してくる。

ちかっ!ちかいって!顔でけぇ!きもい!息が生温かいじゃねぇか!

「そこをなんとかよ!」

「はぁ・・・絶対に妹に手を出さないって誓えますか?」

流石NOとは言えない日本人!いやサービス大国日本の営業魂のなせる技だな。お客様だもの、断れないもの。

「・・・」

何故か視線を泳がせる世紀末系。


ほらな!無理だろ、てめぇの酒場だとよ!

だからダメなんだよ!


「だったらダメですよ」

「ぐぉおおお!」

何故か世紀末系は泣きながら店を出て行った。バタリと閉められた扉が物悲しい。

いや、俺が悪いのか?悪くねぇよな?条件出しただけだし。それも全然難しくないはずだぞ?


「ヒーデブーンも大変だなぁ、ガハハハ」

髭が非常に小さな面積の顔を赤らめさせて笑った。


しかし、どうなってんだコイツの髭?いや髭が本体か?

ちらっと聞いたらドワーフが爺さんだとか言ってたな。だから小さいのか。髭なのか。

まあ、髭の事なんてどうでもいいわ。


俺は話を変える。

「そうそう剣と鎧のことなんですが」

俺が話を切り出すと髭はちょっと、目?

何故目で疑問符を使わねばならん。まあ目だ。目。点みたいな目を俺に向けてくる。

「なんだ?金は集まったのか?」

「いえまだですけど、この調子だと一ヶ月ぐらいで金貨四枚ぐらいにはなるんですよね」

「おお!順調だなぁ。でもそれだと鉄は無理だな」

「鉄以外で金貨四枚二人分の装備は揃えられますか?」

「うーん。質が悪くてもそれは厳しいなぁ」

「剣とかは持っているので鎧だけで」


そうそう、アーリアがさ強姦魔からせしめた武器はあるので鎧だけに絞ればいいのだ。

というか、何でアーリアは武器を買おうとした?武器あるじゃん。

いやまぁ、ボロボロの錆びた・・・あの錆はきっと良くないものを斬ったに違いないけどね。

とりあえずボロボロで所々錆びた剣と斧はある。


最近は日に大銀貨一枚ぐらいは優に稼げる。一ヶ月もすれば金貨四枚ぐらいにはなるだろう。


髭は髭を撫でながら考える。

髭髭って訳分からなくなるなコラ。

「それなら・・・革の鎧もキツいなぁ・・・革と木で作った鎧なら揃えられそうだ。靴はどうする?」

「あー靴も丈夫なのが欲しいですね」

「そうかぁ・・・なら金貨五枚で手を打とう。大サービスだぁ」

ニカっと笑って髭が答えた。


おお、金貨五枚か・・・。うーん、行けるな。

でももう一声!


「ついでに鞄とかもつけてくださいよ。おまけで。革とはいいませんから」

「ユウヤめ、商売上手いなぁガハハハ。いいぞ!今日の酒代はユウヤのおごりだなぁ!ガハハハ」


ガハハじゃねぇよ。

ちゃっかりしやがって。まあいいか。


「分かりました。それで契約ですね」

「おぅ!羊皮紙でもありゃ、サインしてやるぞ!ガハハハ」


字読めねぇっし書けねぇって。


「あ、ユウヤお兄ちゃん。代わりますよ。休憩してください」

店の奥の方から萌え系猫娘ミケが笑顔でそう言ってくる。


お、丁度いい。話は付いたからこんな髭と話すこともねぇからな。

とっとと逃げて休憩入るか。眠いしな。


「お、そんな時間か。じゃあワシもそろそろ仕事に戻るかぁ。ガハハハ」

そう言って髭がコップに残った酒を飲み干して、そそくさと店から出て行く。


おい。ウチのミケが相手してくれんのに帰るのかよ。まったくこれだから髭は・・・。

つか、なんで俺がいなくなったら帰んだ?もしかして俺への嫌がらせでずっと居座ってたのかよ?

気に入られているなんて思いたくないから俺はそう思うことにした。


「あれ?お代は?」

ミケが不思議そうに首を傾げる。

「いいんだよ。ヒーゲンさんの今日の酒代は俺のおごりだから。店の終わりにまとめて精算するよ」

「そうなんですね。分かりました。じゃあ、ユウヤお兄ちゃんはゆっくり休んでください」

「ああ、ありがとう。お言葉に甘えるよ」

俺は癒やし系孝行猫娘ミケに笑顔を向けて、その猫耳を撫でるように頭を撫でる。

「えへへへ」

ええのう。癒やし系はええのう。

アーリアという暴力女とは天と地ほどの差があるぞ?月とすっぽんどころじゃねぇ。太陽と蚊ぐらいの違いはある。

「じゃ、また後でね」

俺はそう言って自分の部屋へと戻った。



まぁ、部屋に戻っても蚊がいるだけだ。

ベッドに寝ている蚊がな。

巨大で超絶美少女の蚊だ。恐ろしいったらありゃしない。昔見た映画のハエ男みたいなもんだ。

「なんじゃ?その目は?」


おっとやばい。

営業が終わった途端に顔に心の声が出てしまった。


「いや、なんでもございませんよー。そうそう、武器屋の髭と話はつけたぞ。金貨五枚で揃えてくれるってさ。大体一ヶ月だな」

俺の言葉にアーリアは不満そうな顔をベッドのシーツの間から向けていた。


その表情じゃなけりゃ、いいんだがなぁ。


「そうか。一ヶ月か・・・まあよい」

「えらく素直に納得するな」

「ふん、私は二万年も石棺にいたのだぞ?一ヶ月は瞬きと等しいのじゃ」

「なるほどね。まぁ、そんなことはどうでもいいや。今日のミケも可愛いんだぞ!頭撫でるとにへらって笑うんだぞ!」

俺は興奮気味にアーリアに話し出す。


最近、恒例の行事だ。

今日の萌え系猫耳娘ミケ日記をアーリアに聞かせるのがよ。

この俺の魂の叫びを誰かに聞いてもらいたいが、聞てくれる相手はいない。

髭や世紀末系に話してもちっとも楽しくない。

そこで無言、不機嫌、暴力女アーリアに聞かせてちょっとでも啓蒙しようと思っているわけだ。

このミケの可愛さを聞かせてやれば少しでも、ミケの髪の毛の一本ぐらいは可愛くなればと言う俺の親切心だな。

なんて優しいんだ俺。もう、優しすぎて涙がでるよ。

正直言っちゃうと俺の自己満足だけどよ。


まぁこれ言ってるとさ―――。

「うるさい!木偶の坊!」

アーリアがシーツから飛び出して、その手を掲げて―――。


バッッッシ――ン!

すげーいい感じのビンタが顎に入って、意識が飛ぶ。


こうして安眠するって寸法だ。

薬も使わずにコンマで落ちるぜ?体験して見ろよ。

どんな不眠症も一発で吹っ飛ぶぜ?

おかしいよな俺?おかしいと思うさ。

でもよ、こうして慣れていかないと身体と精神が保たないぜ?

それにどうせ殴られるならそれを利用しなきゃな。

殴られるのも大変なんだからな。


じゃ、しばらくお休みって訳だ。

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