7痛目 ずっと俺のターンって話だな!ちょんぼしたが俺の営業魂を感じただろ、ざまあみろご主人様!

時は来た。

天下はかの第六天魔王の現し身とも呼ばれるアーリア大名による暴政が蔓延っていた。その大名の下で非情な仕打ちを受けていた俺こと武将雄夜は、民の嘆き激痛悪辣なる仕打ちビンタに耐えかね、『本能寺の変営業』による下克上を決心した。

今まさ勇壮なる姿でその出陣にでたのであった。


なんてな。

んなご大層な事じゃねぇけど。こればっかりは俺の得意分野だ。サービス大国日本で年間数百件の飛び込み営業をしてきた俺にこの世界で勝てる奴はいねぇよ。

つまり、あれだ。

ずっと俺のターンだ!


とりあえず、下らねぇことは置いておいて俺は井戸の場所から飲み屋街の方へと歩いた。

なんだか渋渋ではあるが、アーリアも黙って俺の後を付いてくる。


気持ちいい!なんだこの優越感!

ふははあはははははは!天下は俺のもんだぜ!。


よし、とりあえずあそこにしよう。

なんだか結構賑わっている飲み屋があるぞ。


俺は、市場の辺りに面した十数件の飲み屋や宿屋のある場所へと歩みを進める。

俺がテキトーに決めたのは、その中でも一際明るくて、騒がしい飲み屋だった。室内から漏れる火の光はたくさんの人の影を作り出し、地面には劇のように影が動いている。

他の建物よりも大きめで、ほとんど閉められた窓から中の様子は見えない。

扉の上で掲げてある看板はやっぱり読めなかった。


まあいいやと思いながらも俺がその方へと足を進ませていると店の裏口から何やらゴミを出している店員らしき人物を発見する。

おっ、ラッキー。中にはいってしまうと人混みで話しづらそうだしな。

外で落ち着いて話せるのは、プラスだ。

俺は躊躇なくその人物に声をかけた。


その男はでっかい。

もうでっかいったらありゃしない。世紀末の荒廃した世界で鋲の付いた鎧を着て鉄パイプ舐めてそうなスキンヘッドの男。服はまぁ俺たちとあんまり変わらんが、腰に掛けるエプロンをしている。ベットベトに汚れてるがな。ありゃ一応エプロンのはずだ。


「すみません」

俺は笑顔を作りながらその世紀末の男に声をかけた。

「あん?なんだ?ここらじゃ見かけねぇ顔だなぁ」

あんの「ん」が鼻に抜けるような発音。まさに世紀末系だ。

大丈夫か?俺選択間違ってないか?

既に逃げ出したくなる気もするが俺は慌てず騒がずゆっくりと笑顔で話しかける。

「はい、昨日来たばかりです。ところで、責任者のかたですか?」

「なんだよ。固っ苦しいあんちゃんだな。そうだ。俺がここのオーナーだよ」

「お、それは丁度いいですね!実はですね。私達は旅の芸人でして、できれば妹の歌をお店で歌いたいのですが・・・」

男は俺の話を疑り深げに聞き、目を細めながら俺たちを品定めする。

「妹?えらく似てない妹がいるもんだなぁ」

「ええ、私達は東の方の孤児院の出でして。孤児院を出たときに妹と一緒に旅をしているんですよ」

東はテキトーだ。どうやらこの辺ではあまり行かない地方らしく。誰もが疎い。

「そいつは大変だな・・・でもな生憎と俺の店は今、十分に盛り上がってってからなぁ。歌なんてお上品なことしたら店が壊されちまうよ」


え?なに凶悪なその理由?

そんな拒否の理由あるか?普通。ここは忙しいとか間に合ってるとかが普通じゃね?

皆これで納得するもんなの?俺がおかしいの?え?


俺は奇想天外すぎる理由に次の言葉が出てこなかった。

世紀末系はその俺を頭上から見下ろして笑う。

「まぁ、見て見ろよ。最高潮に盛り上がってっから。それでも歌えるってんなら歌っていきな。気に入ったら飯食いながら観てけよ」

世紀末系は親指を突き立てて、自分の店の扉を示す。


ん?何?一応成功なのか?

歌えるもんなら歌えってことはOKってことだよな。

ちょっとよく分からないが、とりあえずステージを見ていこう。

プロデューサーたるもの、自分が育てるアイドルのステージは大事だからな。

よし、きた!営業成功だ!テンション上げて見てやるぜ!


「わかりました!見せていただきますね!」

俺は満面の笑みでそう答えて、世紀末系の案内のもとでアーリアと一緒に賑やかな飲み屋を覗く。



「うぉらああああ!」

怒声のかけ声と共に肉を叩く鈍い音が広がり、

「グッフ」

誰かが呻き声を上げ、

「おしゃああああああ!やれ!!!殺しちまぇ!!」

「勝てよ!有り金全部掛けたんだから負けんじゃねぇ!このデブが!」

「殺せ!殺せ!」

「何してんだ!今だろ!もっと殴れよ!殺せよ!」

無数の怒号が響き渡る。



・・・・・・。

え?何これ?なんで店のど真ん中のリングでグローブなしのステゴロで戦ってんの?

俺がおかしいのか?飲み屋って裏武闘会みたいなところだっけ?

あちゃーそれは俺が間違ってるわ。

飲み屋で賭けボクシングって当たり前だよね。

うんうん。そうそう。

ってなんでやねん!おかしいだろうが!酒を飲めよ!飯を食えよ!

あ、店の何人かの客は遠目で飯も食ってるし、酒も飲んでるからいいか。

ってなわけあるか!飲み屋はもっとこう食事を楽しみながら歓談して、日々の活力を得るオアシスだろうが!

殴り合いを観ながら食事ってどんな世紀末だよ!


「な。盛り上がってるだろ?今日は地区予選の準決勝だからな。奴らも気合いが入るってもんだよ」

和やかに世紀末系の男がそう言いながら笑う。

俺はカルチャーショックに打ちひしがれながらもなんとか口を開く。

「そう・・ですね。これだけ盛り上がっていれば私達の出番はなさそうですよね・・・」

「おぅ。わりぃな。ま、いつでも観に来てくれや。明日は決勝だからよ!さいっっこうの殴り合いが観れるぜ」

キラリと歯を光らせながら凄く爽やかに世紀末系はサムズアップする。

「機会があれば是非・・・」

俺は礼をいってそそくさとその場から立ち去った。



「・・・」

無言でアーリアが俺の後を付いてきつつも何かを訴えている。

痛いなぁ。こいつは精神的に痛いなぁ・・・。

でもな、よくよく強姦魔の知識を引き出してみればあの飲み屋の事もあったんだよね。

テへペロ☆

自信ありすぎて下調べしてなかった!テへペロ☆


ちなみにあの店の名前は『荒くれ酒場』というらしい。

もう日本だったら一発屋の飲み屋レベルのネーミングセンスだ。仰天過ぎる。

しかも強姦魔は常連というか決勝戦の選手だったらしいのだよね。

ぜんっぜん強そうには見えなかったのはアーリアが強すぎたのが悪いよね。農民の中ではあの強姦魔強いらしい。

明日の試合荒れるなぁ。だって決勝戦が不戦勝だもんなぁ。世紀末系には悪いけど。


「・・・」

なおも無言のアーリアが怖い。

何考えてんだろ?そろそろ拳飛んでくるか?ここでやれば大惨事になってヤバいのに。

とりあえずコミュニケーションと次の標的を伝えよう。うん、次があることを上司に報告すればちょんぼも隠せるはずだ!

俺はアーリアに振り向いた。

「アーリア。大丈夫だ。次は上手くいく。ちゃんと調べてあるからさ!」

「・・・ふん。まあよい。結果を出せばな」

アーリアは鼻を膨らませつつ仁王立ちになってそう言った。怒ってはいなそうだった。


くぅ!前職の営業会議を思い出して泣けてくるぜ。その言葉どれだけのプレッシャーになったかしらねぇだろお前!

俺はひとつため息を付きながら次の標的を思い浮かべる。

調べるっていっても強姦魔の記憶を引っ張り出すだけだがな。

なんか、記憶を引っ張るのがちょっと難しくなってる。より注意深く思い出さないと引っ張れないのだ。

これはあれか?短期記憶から長期記憶って奴になったのか?よくはわからねぇが、一々強姦魔の記憶を思い出して気分が悪くなることはなくなるので良しとした。


次は『ムギムギ亭』だ。

ネーミングが酷すぎる。ムギムギ亭ってなにさ・・・。あれか?コーンにコーヒー的な味が付いた昔の駄菓子が店に出てくるのかよ?

あれ美味かったんだよなぁ。思い出したら食べたくなってきた。もう食えないけど。

いかん、話が脱線する。

とりあえずムギムギ亭はここらの平民の飲み屋で一番品がいい。

あの強姦魔は品が良くていけ好かねぇ上に高ぇとかいう心証だ。店内のレイアウト、店主の顔、その全てが霞がかかったように不鮮明。どんなけ興味がなかったのかよくわかる。それに一番印象強いのが『ただ食いしやすい』っていう最低な印象だよ。店主を脅してたらしいぞ。あの強姦魔。最悪だな。


まあ、あの強姦魔の心証が悪いってのが何よりの安心感に繋がるな。

期待大だ。

そそくさと行こう。そそくさと


ムギムギ亭は飲み屋の区画の端にある。

こぢんまりとした木造のレストランの外観に看板が掛かっていて、店の上は宿になっていた。店は窓を大きく開いているので中で落ち着いて談笑している客も見える。何組かの客が入っていて、落ち着いたというか椅子とテーブルのみの質素な内装だ。


うん、良かった。良かったよ。

この世界の飲み屋が全部賭けボクシングのステージかと疑ってしまってたよ。ごめん異世界。ちゃんとしてるところもあるよね。疑って悪かった。

今度は都合良く店主が現れなかったので俺はムギムギ亭の扉を開けて、中に入った。

まぁ普通だ。普通。テーブルクロスらしきがかかったテーブルに明かりが灯してあって、天井にもちゃんと蝋燭台が置かれている。客は30人ほど入るほどの大さもあった。どうやら奥行きがあるタイプの店だ。数席のカウンターの奥には料理人らしき者が酒を注いだりしていた。


「いらっしゃいませー」

ヒョコヒョコと出てきたのは猫耳メイドだった。


猫耳だ。猫耳。知ってるか?いや知ってるよな?だったら俺の感動は伝わるか?伝わらねぇよな。

うぉー!すげぇ!モノホンだ!モノホンだぜ!

エル、オー、ヴィ、イー!ラブ異世界!俺はお前に会えて最高だぜ!


ふぅ、心の中でこの感動の雄叫びを上げたのですっきりした。

不思議なんだが、猫耳は猫耳で姿は人間だ。特に目が猫目だったり、全体的にしなやかで小柄。紺色の地味なメイドぽい姿ではあるが、可愛らしい少女だな。歳はたぶん14歳ぐらい。中学生ぐらいだ。

まあ、俺は獣属性も幼女属性もないので性的興奮はないが、とりあえずこの歴史的発見を素直に喜ぼう。


「ん?どうしたんですか?お客さん」

俺がじろじろ見ていたので猫娘は首を傾げながら聞いてきた。


おっといかん。俺の仕事をすっかり忘れていたぜ。

まあ彼女達は亜人間族でこの辺では珍しいが、人間と生活をしている。

まあ、かなり扱いが酷いらしいので俺が保護するか?いや、それは誘拐だな。するときは保護者の同意を得なければ。

いいから仕事しろよ俺。


「あ、すみません。お客ってわけじゃないんですが、店長さんはいらっしゃいますか?」

「お父さん?はい。いますけど?」

「お仕事忙しくなければ呼んできて貰えますか?」

「え・・・そんな・・・もしかしてまたですか・・・?」

恐怖の顔を張り付かせた彼女が泣きそうになりながら両手を胸に抱いて尋ねてくる。


あ、そうか。この店、恐喝されてたんだっけ。

やばいやばい。営業先を怖がらせてどうする。


「いやいや。そういうのではないですよ。私達は旅の芸人でしてね。一曲歌えないかと思いまして」

「あ、そーいうことだったんですね。ごめんなさい。分かりました。呼んできますのでちょっと待っててくださいね」

「お願いします」

パタパタと店の方に猫娘は戻っていく。


あ、尻尾だ。

やばい。フサフサしてる。もふもふしたい。あの子を抱えてこたつで寝たい。

ゴロゴロして、一緒にミカン食べたい。

どうしようこの恋しさと切なさと愛くるしさを・・・どうしたらいいんですか!?


バシッ!!

衝撃で俺は前につんのめった。

痛ぇ!何時もより軽いけど痛ぇよ!頭はたくなよ!


俺は振り返ってアーリアに不満の顔を向けた。

「・・・」

アーリアは仁王立ちになって俺を睨み付けていた。

なんだ?ちゃんと仕事しろってのか?

お前はなんだよ!?俺の上司かよ!


俺たちが無言の睨み合いをしていると中からおっさんが現れた。

ちょっと小太りだけど人の良さそうな、悪く言えば小心者ぽい顔だ。威厳を付けるために髭なんか生やしているが全然似合っていない。

まあわかるぜその気持ち。営業で若いから舐められないために髭はやすなんて良くあるからな。でもおっさんはそんな歳でもねぇよな?俺よりか年上だよな?


「娘のミケから聞きました。芸人さんなんですね?」

ニコニコとした笑顔をしながらエプロンのおっさんはそう言った。

俺は営業スマイル全開でそれに答える。

「はい!妹と一緒に旅をしているのですが、一曲歌わせて貰えないでしょうか?」

「んー。どうしよかな?ってそういえばもしかして井戸で歌っていた方ですかな?」

「はい!着いたばかりでご紹介もかねて歌ってましたね」

「おお!それはありがたい!お客さんもその話でもちきりだったんですよ。是非ウチで歌っていってください」


おお、すんなりとOKをいただいたぞ。

難航したときのための奥義『賄賂』も準備していたが、余計な出費がなくて助かる。


俺は深々と頭を下げて

「是非お願いします!」



店内に入ると、今日の歌を聴いていたお客さんがたくさんいて、俺たちは歓迎された。

早速、店の隅にあるテーブルをかたづけて、ステージを作りアーリアが無言でそこに立つ。

うん、ステージ作ったら俺の出番はないよね。役立たずだよね。

いいんだよ。プロデューサーは聞いてるだけでよ。セーターを肩に掛けて、ふんぞり返っていたらいいんだよ。


アーリアは無表情にというか憮然というか、そういう顔をして歌い出す。

感動の歌声が店内に響き渡り、客も店長達家族も食事や仕事を忘れて聞き惚れた。

俺はアーリアの横ではなくカウンターの端に座ってその様子を眺めた。


うんうん。上手くいってる。

これでアーリアが笑顔で踊れば完璧だ。日本のアイドルも裸足で逃げ出すようなステージになるだろう。

まあ、不可能だとは思うがな。不可能ではなく皆無だ。絶望的だ。

でもまあこの歌声さえあれば問題ない。


俺たちはいつまでも聴いていたいアーリアの歌声を存分に楽しんだ。

大成功だ。歌が終わればお捻りが飛び、俺はそれを回収するために店内を周り、またカウンターに座る。

それを繰り返していると結構な額になった。まあ、大銀貨一枚ぐらいだがな。数組で大銀貨一枚は大成功だろう?

ここの客は羽振りがいいらしく、結構金持ちそうな人が多い。

荒くれ酒場のような見窄らしい感じではなく、ちゃんと服も清潔だし家族だし、何よりも落ち着いた感じがする。

知的って感じだ。商人が多いのかな?よくはわからねぇが。


歌をずっと歌っていると食事ができないので間隔を開けて調整しながらステージはトラブルもなく終わった。

客は部屋に戻ったり、帰って行ったりして俺たちは終業した店内でまかないを頂く。

店の大テーブルを使って、ムギムギ亭の人達との食事だった。

ちなみに人間の食べ物を食べてももはや味がしない。もう味のしない固形物を口に入れている感覚だ。これがまた辛い。美味しそうなスープとパンという質素だが、美味そうなのに全然美味しそうにも感じられず、口に入れてもゴリゴリと大きな味のしない野菜を噛むだけだし。

見た目は美味そうなんだがなぁ。もうどうしようもないのかな?食事の楽しみがなくなるってのは人生の半分ぐらいを無駄にしている気がするよ。全く。

アーリアも無言でそれを口に入れている。

てか、大人しいな。こんなもん食えぬのじゃ!とかいって暴れるのを覚悟していたのだが・・・。まあいいか。ラッキー!


「芸人さん。そう言えばお名前を聞いてなかったですね。私はトリネコ、でこちらが家内のクロで、娘のミケです」

スープを食べながら店長はニコニコと名乗った。紹介されたクロさんとミケも口々に自己紹介をする。


なんていう安直な名前だよ。トリネコって・・・。猫人族を嫁にしたからってつけたんじゃねぇか?その自分の名前をよ。

しかも、なんだがあの伝説的有名なゲームの竜探求に出てくる武器屋みたいな顔だしな。ビビるわ。

それに嫁さんはクロ猫みたいに髪が黒くて、猫耳も黒いし、線の細い上品な結構な美人だ。クロさんは穏やかに笑っている。

別にいいか。しょうがないよな。名前にケチなんてつけられないし、取引先だし。

とりあえず俺は名前をいうことにした。

「私はユウヤ、彼女は血の繋がっていない妹のアーリアです」

「・・・」

アーリアは無言でスープを飲んでいる。俺はその様子をちょっと横目で見てから、肩を落とすような演技をしてトリネコに声をかける。

「すみません。妹は極度の人見知りでしてね。歌うことだけが取り柄みたいな奴で」

「いいんですよ。色々と苦労されているようですから」

トリネコは少し真面目な顔をして俺たちを気遣ってくれる。


ほんっっとうにいい奴だな!トリネコ!


「ありがとうございます。それで明日もここで歌っていいんですか?」

俺は話を変えながらトリネコに尋ねた。

トリネコは明るい顔をして頷く。

「ええ、もちろんですよ。お客さんが喜んでくれるのが私達の喜びですからね。それにあの井戸で歌を歌って稼いでいると警備の人が・・・あまり・・・」

言葉を濁しながらトリネコはため息を付く。


ああ、そういうことね。

いちゃもん付けられて、賄賂取られるのね。

ごめん。そこまで考えてなかったわ。日本の感覚がまだ残ってるからさ、そーいうのはあまり思いつかないんだよ。


「なるほど。ありがとうございます。心配していただいて。では、今日からこちらで歌わせていただきますね」

トリネコは俺の言葉に嬉しそうな顔をした。

「ええ。あと、宿はどこですか?」

「昨日は裏通りの掃きだめ亭に泊まってましたよ」

「掃きだめ亭ですか・・・。それはちょっと良くないですね。わかりました。今日からウチで泊まってください」

「いえ、流石に私達にはここで泊まるようなお金が・・・」

俺はトルネコのありがたい言葉を心苦しくも断った。正直あの宿には泊まりたくない。絶対に泊まりたくないが、ここの料金は結構高いんだよなぁ。小銀貨二枚。食事付きだから高くないけど、毎日となるとかなりの負担だ。

冒険の装備集めに出費は避けたいのだ。最悪、どっか適当に野宿しても俺たちなら問題ない。

あ、問題あるか。夜はいいけど日中に太陽がガンガンに差すような場所は避けたいよな俺たちの体質からいって。めんどくさいなー、この身体。

俺がそう考えているとトリネコは笑って軽くいう。

「お代は結構ですよ。ユウヤさん達がいればその分は稼げますしね。まあ、掃除とかは流石にしませんけどね」


マジで?人良すぎない?

見知らぬ怪しい旅の芸人に歌を許可した上に、タダで泊まらせるの?

いや、嬉しいけどさ・・・それだから恐喝されるんだよ?トリネコ。

ちょっと俺は心配になってくるわ。


俺が違う意味で心配な顔をしているとトリネコは俺が遠慮しているのだと勘違いしたのか、

「いいんですよ。私達も歌が聴きたいですしね。ユウヤさん達を独占するための賄賂みたいなもんですよ。さあ、ミケ。ユウヤさん達の部屋を準備してきてくれ」

トリネコはそう言いながら食べ終わっていたミケに声をかける。

ミケはぴょんと椅子から立ち上がるとトリネコに嬉しそうに頷いた。

「うん、わかったお父さん。ユウヤさん達も今日からお願いしますね!」

嬉しそうな顔を俺たちに向けて、頭をさげるミケ。


ええ子や・・・。ミケええ子やで。

それに比べてウチのアーリアなんかさ・・・不機嫌な顔出し、ビンタするし、暴力的だし、訳分からん我が儘娘に育っちまったもんだぜ・・・。

これも俺の教育が・・・。

いや、昨日会ったばっかりだから教育もクソもねぇんだがな。


ミケはピョコピョコと店にある宿の客室へとつながった階段の方へと小走りに走って行く。

俺とアーリアは、というか俺だけなんだがそれに礼を言う。


そんな感じで、営業先と宿をいっぺんにゲットした俺はホクホクの気分だ。

どうだ!?アーリア!俺の営業魂を感じたか?ぐぅの音もでねぇだろう!

俺がそんな笑顔でアーリアの方を見て、見下してやる。


ガッツ!

「うっぐううう」

痛ぇえ!!なんで足を踏むんだよ!アーリア!

痛ぇよ!多分小指折れたぞ!なんで小指のピンポイント狙うんだよ!めちゃくちゃいてぇえええええ!


「どうかしましたか?」

トリネコは突然の俺の呻き声に心配そうな顔をして尋ねてくる。

「いえ・・・ちょっと野菜を喉に詰まらせただけですよ・・・」

「これはいけない。水を飲んでください」

そう言いながらトリネコは慌てて、水差しから木のコップに水を注いでくれる。


くっそ痛ぇよ!なんで俺がこんな痛みに我慢しないといけねぇんだよ!

アーリアのクソアマが!

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