6痛目 ご主人様の意外な才能って話だな!よし、次は見せてやるぜ俺の営業魂ってのをよ!

バシッ!!

痛ぇよ・・・またかよ。最悪だよ。

でも今日は店じまいだよ。おととい来やがれってんだ。俺は起きないぞ。すげー体調が悪いんだからな・・・。

風邪で熱出して、至る所の関節が痛くて身体がすげー重いんだよ。

風邪だよ風邪。

有給まだあるだろ?いやないか・・・。

だって俺無職だしな。吸血鬼だしな。


バシッ!バシッ!バシッ!!

「痛ぇ!ってんだろ!」

俺は何度も叩かれて怒鳴り声を上げた。

痛ぇって!スナップ効かせんなよ!俺はエンドウ豆じゃねぇよ!


俺が目を開けるとアーリアが俺の胸ぐらを掴み、手を大きく振りかぶっていた。

俺は慌てて声を上げる。

「起きるって―――」


バシッ!

痛ってぇえええ!もうやだよ!言ったじゃん!起きるって言ったじゃんかよ!

ほっぺた腫れてるじゃん!真っ赤じゃん!

いや鏡ないから分からんが、絶対なってる。


「街に行くぞ。木偶の坊」

俺が熱くなってよく熟れてそうなホッペちゃんを撫でているとアーリアがそう一言いって先に部屋から出て行った。

ノータイムなわけだ。俺の準備なんか知らんと?

俺は凄まじく気だるいというか病気の身体を起こして、藁束からヌノーを引っ張り出してその後を追いかけた。

昨日のまんまだしな。準備なんて最愛のヌノーちゃんを抱くぐらいだ。



外に出ると夕方だった。

宿にいたのはこれまた不幸そうなガリガリに痩せた中年女で、皺が酷いことになってた。肌も不健康そうに青白くて、ホラー映画に出てくる怨霊みたいな奴だ。

なんだここ?不幸な人間しかいないのか?まあ、掃きだめ亭だもんな。流石のブランド力だぜ。

日がまだあるのにも関わらず薄暗い裏路地を浮浪者を蹴飛ばしながらアーリアと一緒に歩く。

意外にも宿の外でアーリアが待ってたんだが、何か?腹痛か?

いいんだぜトイレ行っても。だが、この身体になってからそういった生理現象のアウトプットは全くない。

あの尿意を我慢して、凄まじいアウトプットをする快感がなくなるのは少々残念だが、風呂も満足にないこの世界では丁度良かった。汚くならずにすみそうだ。


街の大通りに出るとそこそこの人間が行き交っている。

住宅や商店の前の小さな売店では何やら料理を売ったり、ゴザを広げて作物を売ったり、よく分からない占い婆がいたり、スケベそうなおっさんが賭け事をして時間を潰していたりしている。


おーこういうのはいいな。やっと安心できるぜ。

商売!これこそ人類文明の正しい活動の一つだしな!大いに商ってくれたまえ!


俺が人の営みに感謝を捧げているというのにアーリアは無言でグイグイと歩いて行く。

てか目的地ぐらい教えてくれてもいいんだぜ?街の一言はアバウトすぎんだよ。俺だって知識あるから教えてくれたら楽なのにさ。

そういう人間・・・吸血鬼関係を円滑にする気がないんだよね、アイツは。

俺は諦めて、アーリアの背中を早足で追いかける。

それにしても痛みが引くのが若干早くなったな。いいことだ。


重い身体を引きずりながらアーリアについていくと、ある商店の前に辿りついた。

いわゆる武器・防具屋だ。

RPGでお馴染みのプレイヤーが真っ先に訪ねる場所だな。ほうほうここで武器か防具を買うのか。

なんで?

え?なんか倒すの?ダンジョン?マジで?

ってかその前にここに入っても無駄なような気が・・・。


「アーリア、ちょ――」

バン!

俺が何故かを聞こうとする前にアーリアはもの凄い勢いで扉を開け放ち、中に入っていった。

蝶番がギシギシと悲鳴を開ける扉だけが俺の前に残っている。


ちょっとさ!聞いてよ!俺の話を聞けよ!

俺の、俺の、話を、聞け!

クレイジーなバンドをバックにして歌うぞコラ!


俺が憤然とした思いをしながら諦めてとりあえず中に入った。


「剣と鎧」

中ではアーリアがひげもじゃの男にそう声をかけていた。

いやその単語だけじゃ分からんぞ、普通。ほしいぐらい言えよ。


中はもうこれでもかっていうぐらいテンプレの武器・防具屋だった。壁に掲げられた刀剣の数々、部屋の四隅に鎮座する輝くプレートアーマー、中央には槍が立てかけられた木の台、木の棚には固そうな革の鎧、藁で編んだ籠には上着類やら留め具、小道具。その隅にカウンターがあって、商談スペースとなっている。

アーリアがいるのはその商談スペースだ。椅子もあるのだが座らずに仁王立ちでいた。

ひげもじゃの背の低くて太いおっさんは髭で口が見えないが、髭の塊をもごもごさせる。

顔は困った顔だ。そりゃそうだ。俺も困ってるつーの。


「お嬢ちゃん。剣と鎧はあるが、何に使うんだ?」

至極ごもっともだ。もう普通の反応過ぎて涙が出ちまう。

常識に飢えていたんだよな俺・・・。昨日は異世界召喚なんて非常識極まりない大事件があったのにも関わらず、墜落させられすぎて全部忘れてしまいそうだったし。

「冒険するのじゃ!」

えっ?マジで?冒険すんの?本当にクエスト?

マジかー。そりゃ頑張ってくれ。俺はいいや、この辺で暮らしてるからさ。

アーリアが眉間に皺を寄せて、さらにのたまう。

「いいから寄こすがよい!二人分!」


え?二人分?え?なに?透明人間がいるの?

俺は辺りをきょろきょろ見た。

うん、いないよね。知ってたよ。知ってたけどね。希望ぐらい持ってもいいじゃんかよ。


髭が助けを求めるように俺を見る。

え?何?俺になんとかしろとでも言うの?

無理ですよ無理、無理無理無理。

知ってる?俺が止めると多分、血をまき散らすよ?

ビシャー、ドバーって。そりゃーもう歯だっておまけで付けちゃうよ?


髭はなおも俺をみて口を開く。

もう髭でいいだろ。髭な髭。名前は髭だ。

「お前さん。このお嬢ちゃんの連れだろ?どうにかしてくれ」

「あー。いや俺も・・・」

「いいからよこすのじゃ!木偶の坊!金だ!」

おー、アーリア。本当にお前は子供だな。どんな育てられ方したんだよ?

しつけたいが無理だ。俺が死ぬ。


俺は無駄だと思いつつもそういった肩身の狭い立場なのでヌノーから財布を取り出して、髭に渡した。

髭はそれを受け取ると、中を開けて確認する。

そして、俺に責めるようなため息をつくと呆れた声を上げる。

「お前さん。これで武器と鎧を買おうってのか?こっちも商売だ。金があれば売るけどよ。こんな小銭じゃ無理だよ」


ですよねー。分かってますよ。

強姦魔達から巻き上げた金は大銀貨二枚、小銀貨四枚、純鉄貨十枚。

ちなみに硬貨は千切れる。千切ると重さによって値段が決まるって訳だ。まあでも千切った硬貨は計量しないといけないから嫌われるがな。

幸いにも強姦魔達の硬貨は千切っておらず、大銀貨は一万五千円ぐらいだ。

占めて四万五千円。宿代を払ったので残りは四万二千円。

それで鉄製の剣や鉄の鎧が買えるはずもない。剣は中古の最低グレードでも大体金貨二枚、およそ二十四万円。鉄の鎧は中古であろうがなかろうが、どんなに安くても金貨四枚にはなる。

しばらくの滞在費ぐらいにはなるが、武器や防具を買えるだけの金額にはどんなけ逆さまにしても及ばない。

だから無駄だと言おうとしたんだぜ、アーリア。

聞けよ人の話をよ。


アーリアが俺をもの凄い形相で睨み付ける。

怖いって・・・怖いけど無理なんだって。

待てよ。アーリアそれだけはダメだからな?俺だって多少の倫理観はある。それをしようとしたら、ここは殺人現場になるが止めるぞ?

多少の事があっても俺は再生するから自棄だ。覚悟を決めよう。

アーリアは俺を睨み付けた後、そして髭に怒りの声で尋ねる。

「足りぬのか!?」

ちょっとたじろぐ髭。そうだな。髭どう見ても人が良さそうな顔してるもんな。

小娘に怒鳴られてたじろぐのも分かるぜ。俺がアーリアに怒鳴られたら逃げ出すよ。

「お、おう。そうだ足りない」

髭はどもりながらも答えた。


アーリアはそれを聞くとぷぃと身体を返して、怒りをまき散らしながら、俺が丁寧に痛みを和らげるように閉めた扉をまたバンっとブチ開ける。

髭と俺はその行動を唖然としつつも眺めて、顔を合わせる。

「すまんな、ひ――。じゃなくて主人」

「いやいやいいって事よ。お前さんも大変だな」

なんだかその優しさが染みるよ。いいやつだな髭。

俺はもう一度礼を言ってからアーリアを追いかけた。

てかさ、アーリアよ。出て行くときぐらい一言ないのかよ。

なんだか俺は躾のなっていない超絶我が儘娘の親のような気分がしてきた。

マジでなんとかしてくれ。



アーリアはまた外で待って、俺が来るとドンドン歩き出す。

そして、ドンドンと街の井戸の場所、門と市場を繋ぐ大通りの一番賑やかな場所に向かった。

俺はその後ろ姿を風邪の熱で気分悪いのを我慢して早足で追いかけながら声をかけた。

「おい!アーリア!」

「・・・」

無視か。いい度胸じゃねぇか。

もういい!好きにしろよ!っとは思っても行く当てもないのでとりあえず付いていく。

情けないって?そりゃー情けないけどよ。

そうする以外に何がある?こんな異世界でぼっち。ぼっちには慣れてるけど異世界ぼっちは初体験だよ!


アーリアは数十人の人間がうろうろしている石造りの井戸の上に立つとその美しい顔で見下した。

すげー、なんか女王様が愚民どもを見下している感じだな。様になってら。

そして、その清楚で赤くふっくらした花のような唇を開ける。


鳥肌が立った。

何を言っているかはさっぱり分からないが、その口から流れる天使の歌声にその場にいた誰もが放心したようになる。

俺が今まで聞いてきたどんな歌よりも素晴らしい。

まさに天使だ。SMクラブの女王ではなく、天使がいる。

俺たちはその歌声を熱病に浮かされたように聞き入って歌が終わると誰もが感嘆のため息を付く。

一瞬の静寂の後でパラパラと拍手が起こり、それが地鳴りのような大喝采となった。


嘘・・・。マジで?

なんだよその歌声?聞いてないぞ?

いや、出会ったのが昨日だから知らないのも当たり前だがよ。怒鳴り声ぐらいしか聞いてなかったもんな。


俺が感心していると何人かがアーリアの足下に硬貨を置く。

純鉄硬貨数枚だ。

だが、アーリアはそれを見るとまた歌い出す。

また熱病に浮かされる俺たち。

あ、家畜が逃げていく。

え?お母さん子供今、落としたよね?布にくるまっている生まれたばかりの赤ん坊だぞ、すげー泣いてるぞ!?いやいや、口開けて聞いてる場合じゃなくてさ!もうしょうがねぇなコラ!

俺はその赤ん坊の所に行って母親に赤ん坊を無理矢理抱かせた。

・・・また落としそうだったのでしばらく俺は子供をあやすことになったよ。マジか・・・。


街の人達は自分の仕事を止めて、ただただアーリアの歌を聞く。

それがまた終わると今度は直ぐに大喝采が起きて、お捻りが飛ぶ。バラバラと硬貨の嵐が起きて、さらにアーリアが歌い出す。


辺りはすっかり夜だ。

二時間ぐらい?アルバム二枚ぐらいの歌を聴き終わる頃にはその小銭硬貨の山が出来ていた。

アーリアが俺を凄い形相で睨む。


え?なに?どうしろと?

あ、その金を拾えということ?その鉄の山を持てと?

マジか・・・。いいけどよ。

俺この赤ん坊あやしてるほうが楽しいんだけどな・・・。

しゃーない集めるか。


俺は赤ん坊をあやしながら座って見ていた重い腰を上げて、母親に返し、アーリアの集めた金を財布に・・・は入りきらなかったので強姦魔雑魚の服で包み麻のベルトで縛った。

俺は井戸の上に立つアーリアに蹴られないかと怖々しているとアーリアが声をかけてくる。

「これで金をあつめるのじゃ」

おー言ってくれたか。えらいえらい。そうそう、そーいうのがあればさ、俺も動けるんだよ。

俺は少し嬉しくなって答える。

「わかった。だがよ、これだけじゃ足りないから回るか。こーいうときは飲み屋だ」

俺はそう声をかけるとアーリアは少し不思議そうな顔で俺を見る。

俺はその顔に少し笑う。

お前ずっと不機嫌そうな顔だからなぁ、そういう顔すると嬉しいんだよ。

そう心中で呟きながら俺はアーリアにサムズアップする。

「とりあえず俺に任せとけ」

「・・・」


ま、無言か。それもいいけどよ。

よし、ここはいっちょひと肌脱いであげましょうか!日本の営業を舐めんなよ!

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