5痛目 初めてのお泊まりって話だな!「昨夜はお楽しみでしたね」ってうるせえぇよ!

いや、しかし顎が破壊されているってのに俺は頑丈だな。よく考えたら。

てかもうそろそろ治りかけてるし。

見ない方がいいぜ?だってすげー気持ち悪い再生の仕方するもんな。なんか顎の辺りが痒いなと感じていると筋肉がうねったり突っ張ったりして骨が動くんだよ。粉々になった骨が。それがまた痛いのなんのって・・・なんど悲鳴を上げたか・・・。そうしていると今度は顔の肌ががうねるんだよ。うねうね動くのさ。そうしたら肉腫ってやつが出来るわけだ。このときに熱いったらありゃしねぇな。ほら見たんだけどさ。巨人が湯気立てて回復してる漫画あるじゃん。それと同じ。

でそれも我慢していると次に固くなって馬鹿でっかいかさぶたが出来る。数分したらべろりとまたすげー痛みを生じさせながら剥がれるのさ。

いや、なに?もっと吸血鬼って簡単に再生するもんじゃないの?普通はさ・・・。もしかして俺だけ?あのよく分からない固有ギフトか何だか知らない罰ゲームのせいじゃない?

まあね。治るのは嬉しいのよ。治るのは。

ただ俺が言いたいのはもっと簡単に治ってくれってことだ。こうガガ!って言いながら瞬間回復して皆が唖然とする漫画よくあるじゃん。それそれがいいのよ。

何この気持ち悪い再生。スプラッタだよ。これ。

絶対に女の子から気持ち悪がられるよ。

想像してみ?一緒に料理していて包丁で手を切った彼氏がさ、肉腫を膨らませて傷を癒やしているところ。そしたらそいつが笑顔で言うのさ。ほら大丈夫だよって。

ほらじゃねぇよ、ホラーだよホラー。俺が女なら悲鳴を上げるね。即座に逃げて音信不通、ジエンドだ。

最悪だ。もうこの身体怖すぎるし、アーリアも怖すぎるよ。


俺がぐだぐだネガっていると、ちらりと火の光が見えてきた。

おー、もしかしてあれホーデンの街じゃね?俺が血を飲んだ強姦魔の記憶からあの場所が人の住む街だと教えてくれる。

てかこの記憶の奴、ろくな知識ないな・・・。酒の話だとか娼婦の話だとかしかねぇよ!くっそ気分悪い。

とりあえず分かることはこの辺境の森の周囲で一番栄えている所らしい。宿屋もあるな。というか最安値の宿屋しか知識ない時点で終わってるな。つかあの強姦魔の野郎はその宿をそういった行為でしかしようしなかったらしい。

あああ!止めろ!記憶を深く探ると気分が悪いわ!


時間の感覚なんて全くないから分からんが、すでに飛び始めて数時間。もう深夜ぐらいだろう。

今一番感謝しているのは筋力が上がったかどうか知らないが、数時間片手でぶら下がっていてもそこまで疲れないことだ。すげーよこれ。その内身長伸びるんじゃね?ぶら下がり健康器みたいなもんだしさ。

それはどうでもいいや。

肝心の街は確か、一応街の警備兵とかがいるらしくて、門は閉まっているはずだけど・・・あ、このまま入ればいいのか。

お行儀の素晴らしい日本人の感覚からすると全く斬新すぎて頭にすらなかった。

アーリアは加速しながら一路ホーデンの街の上空へ進み、どっかの広場の真ん中へと降り立った。

いや、アーリアだけ降り立ったんだ。


ドサン!

ふぅ辛いぜ。五メートルぐらいならもう俺は何も感じないぞ?ホントだぞ?

尻が痛ぇぐらいだな!ああ尻が痛ぇよ!尾てい骨打ったよ!割れたんじゃないか!?

俺は尻をさすりながら立ち上がってアーリアの所まで行く。

「で、どうすんだ?」

俺が尋ねるとアーリアは仁王立ちに・・・。ってか仁王立ちになる必要あるのか?いらんだろそれ。

まあこれがアーリアの基本姿勢ね。威圧するって言う。

了解でございます。

アーリアはぴくりと眉を動かして俺を見上げる。

「ふん。次は宿!朝日なんて浴びたくないのじゃ!」

「おーそりゃあなんとも不健全・・・てかそれが普通なのか吸血鬼だし。てか俺死ぬんじゃね?朝日浴びたら」

「うーん」

なんだかそんなことを唸りながらアーリアはコクンと首を傾げる。

それがいいよそれ。そのポーズなら君は全国だっていや世界だって狙えるはずだ!

「ま、大丈夫じゃ!どうやら上手く契約はできたみたいじゃからの」

おーそうかそうか。それは良かった。ん?良いのか?本当に・・・俺よ。

まあいいかと思い俺は宿のある通りへ先に向かおうとする。


バシッ!!

とんでもない衝撃が後頭部を襲い俺は前につんのめって転けた。

痛い!痛いって!不意打ち!?止めろよな!

おー痛て・・・おでこ擦りむいたじゃねぇか。

うっわ、ちょっと血が出てるし。

俺は立ち上がり振り返ってアーリアをにら・・・むのはできないので不満そうな顔をする。

「何すんだよ」

「従者のくせに私の前を歩くな!」

六歳児の我が儘娘かと思わせるような事を言ってでアーリアが怒っている。

「え!?そんだけで俺は叩かれたの?マジで?」


ほんっっとうによくわからん奴だなぁ。哀愁漂わせたり、怪力もって殴ってきたり、ハチャメチャだったり、妖艶だったり、その癖によくわからん貞操観念もってたり子供みたいだったりとジェットコースターみたいに忙しい奴だ。付き合う俺に身にもなってくれ。三十路前のおっさんにはついて行けねぇよ。


アーリアはふんと鼻を膨らませて俺の先を歩いた。

とりあえず俺はその後を追っかける。

まあ従者だしそれが普通なのか。というか、俺洗脳されてるんじゃね?なんでこんなすんなり付き従うんだろ?

さっさとアーリアから逃げ出してしまえばいいのだが、そんな気が微塵にも出てこない辺りが怖い。『吸血姫の従者』って奴が効いてるのかもな・・・。

しかし、まあアーリアの目を盗んで逃げ出しても即行で捕まる自信がある。だって絶対俺よりも目もいいだろうし、不思議な力を使ってきそうだ。


俺は諦めてブラブラと辺りを見渡した。

手に入れた知識だけと実際に街を歩くのでは全く違う。

手に入れた知識はどっちかというと昔見た映画みたいなもんだ。何となく見たことがある程度にしか感じられない。

ホーデンの街は俺からすると正直言って小さい。人口は・・・よくわからんが10万とか100万ってもんじゃない。1万あるかないかぐらいだ。俺の田舎よりも小せえ。

まあ、1万だが、街全体を城壁で囲み狭いので人口密度はそれなりに多い。城壁は高く、幅は広い。そこに夜警をする警備兵が20人交代でグルグルと回っているわけだ。

なんでそんなことを知っているかって?そりゃーあの強姦魔が警備に見つからないような事をしていたからだよ。警察のことは犯罪者ヤクザに聞けっていうじゃない?言わないか。言わないよな。でもそんなもんだ。

街は領主ってのがいてそいつが統治している。名前は知らない。興味なかったらしいぜ。あの強姦魔。


深夜の街は静かに眠っている。木造の家が隙間なく並び、その窓枠にはガラスではなく木の扉みたいなのが閉じてあった。時折開いている窓からは火の明かりが漏れているが何をしているのかは・・・黙っておこう。耳を澄ませばよく聞こえるので耳も澄まさない。

俺たちは昼間は様々な店が開いている大通りをしばらく歩いて、物乞いが時折すり寄ってくるのを無視しつつ、狭っ苦しい裏通りに入った。

饐えた匂い、まあ飲み過ぎたんだろ。男が泥酔して寝ているのを跨ぎ、物乞いをアーリアが蹴っ飛ばして悲鳴が上がり、ネズミがうろつく裏通りの奥へと進んだ。


行き先?そりゃ決まってるだろ。

あの最悪の宿だよ!この道は!

俺は気分を最悪というローギアに落としているとアーリアがその宿の前に止まった。

ギギギとか言いながら外れかかった看板が風に時折靡く。


こう書いてあるんだよ、その看板には。文字は読めないけど知識はあるからな!

『掃きだめ亭』

ほら凄いだろ?すげー名前だぜ?もうクール過ぎて極まっちまうぜ!ヒャッハー!

こう名前だけで営業方針が見えるって訳だ。ある意味、一途な経営方針で俺は感心しちまう。


掃きだめしか集めませんってな!

ためすぎだよ!捨てろよ!いいから早く捨ててくれ!


そんな俺の心の雄叫びを無視してアーリアは掃きだめ亭の扉をすげー音を立てながらノックする。

ドガン!ドガン!ドガン!

それノックじゃないぜ?アーリア。それは嫌がらせってんだ。

もう木の扉が割れるんじゃないかってぐらいの勢いでアーリアはノックし続ける。ノックじゃなくて殴り続ける。

すると、扉の向こうから音がして、アーリアはノックを止めた。

あ、やっぱりノックだったのね。一応。止めたし。


ギギギという音をさせながら立て付けの悪い扉を誰かが開けて、中から僅かに火の光が見えた。

きっと今、立て付けが悪くなったんだと思う。あれだけ殴れば普通の扉だって壊れる手前ぐらいにはなるだろう。


しっかし、出てきた男も凄いな。

なんていうか、酒浸りで身体を悪くして、薬でも身体を悪くしてガリガリに痩せた背の低い爺だ。目も隈がくっりきのこり、皺だらけの顔と禿げた頭。その辺に転がっている浮浪者みたいな奴と変わらない奴がアーリアと俺をじとりとその白濁した目で見て、黄ばみと歯石の詰まった歯抜けの口を開く。

「なんだ?」

口臭がぶわっと俺たちの顔にかかった。

うわくっせ!臭いぞ!一言言っただけでこの臭さはたまったもんじゃねぇ!

「一泊泊まる」

アーリアはその凄まじい口臭を無視して言葉短くそう言った。

「金はあるのか?」

男はじとりと見たまま俺たちの身体を上から下まで見た。

値踏みだな。てかこの時間帯に来るような客を泊まらせる宿だけあって前金だ。

アーリアは俺の方を睨み付けた。


あ、はいはい。金ね。金。

俺はヌノーから荷物を取り出して、革の財布から小銀貨を一枚、彼に見せた。

小銀貨一枚で三千円ぐらいだ。たぶん。

ここの宿代は純鉄貨五枚。純鉄貨一枚で三百円ぐらい。

二人合わせて純鉄貨十枚つまり小銀貨一枚ってことだ。

男は俺の手から小銀貨をひったくるように奪うと扉をギシギシ唸らせて開けた。


「今日は空きが一室だ。二階の角の部屋だ」

男はそう言って手に持っていた油に浸した火の明かりを俺に渡すと店の奥へと消えた。

ロビー?ロビーって言うほどのもんじゃねぇな。まったく掃除のされていない十畳ぐらいの空間にテーブルと椅子、もう灰まみれの暖炉があってその奥に階段がある。

階段はまっすぐ行くと確かこの宿の家で、階段を上ると三階まであって客室になっている。


俺たちは指示された部屋に入った。鍵はない。すげーセキュリティだよなこれ。

部屋は六畳だな。窓なんてねぇよ。これはこれで吸血鬼ライフにはちょうどいいのか。

ん?待てよ。六畳のシングルベッドに二人で寝るの?マジで?

ま、ベッドじゃねぇけどな。藁だよ藁!藁に毛糸のシーツのような染みだらけの布を敷いてあるだけだぞ!しかも前の奴が出て行ったそのままの感じで乱れてるし!

掃除してねぇのかよ!すげぇよ異世界クオリティー!

しかもよ・・・。


『あーー!』

すげぇ隣から女性の嬌声が聞こえてくるんですけど!何かを打ち付けるようにドンドンいってるし!マジかよ!

いや知ってたけどさ!知識であったけど目の当たりにするとすげーよ!アメイジングアナザーワールドだよ!


アーリアは部屋に入るとすかさずその藁の上で横になった。

もうちょっとこうコミュニケーションしません?おやすみの挨拶ぐらいはさ。こう人間・・・いや吸血鬼関係の向上にもつながると思うんだよ俺。

俺はとりあえずため息をつく。もう疲れたよママァン。

今日は色々とありすぎて俺の脳みそは煮立つ寸前だ。泥のように眠りたい。


俺はヌノーにくるまった荷物をアーリアの眠りを妨げないように注意して、藁の中に隠した。

寝るか。

いやその前に。

「『この部屋から出て行け』」


ザワザワ、ザザザザ。

「ぎゃあああああ」

ぎゃーーーー!すげぇ量の黒い塵が藁から飛び出してきて、部屋の床を這いながら扉の隙間から外に出ていた。

きも!気持ち悪るすぎる!どんなけいるんだよ!ちょっとは遠慮しろよ!


「うるさい!」

アーリアが怒鳴る。藁の上から俺を睨みながら。

「ごめん!いや気持ち悪すぎるのが悪いわ!」

「お前!我らの眷属を気持ち悪いじゃと!?ふざけるな!」

「いやふざけてるのはアーリアだろ!こんな中で寝れるわけないだろうが!」

「うるさい!」


え?アーリアさんなんで拳を―――。

ゴガ!!!!


立ち上がり様の素晴らしいアッパーがいい感じに俺の顎に突き刺さり、俺の意識は天国の彼方に吹っ飛んだ。

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