第8話 魔石を換金して商店街へ


「うん? あら、そっちの子は?」

「こやつはシン。今は一緒に旅をする仲間じゃ」

「へぇ…………」


 そう言ってオカマさんが俺の方を値踏みするように見てくる。

 不躾な視線のようにも思えるが、不思議と不快感はない。

 ……オカマの人徳というものだろうか。


「なかなか良い男じゃない。それに、何だか普通じゃない感じがするわぁ……見た目に寄らずワイルドって感じで、ステキね」

「ああ、ありがとう……? ……じゃなくて、クリス、この人は?」

「うむ。魔法ギルドの受付をしておるアウルという者じゃ。……まあ分かるとは思うが、オカマじゃ」

「そういうこと。心は乙女だから、優しくしてねぇ」

「ああ、善処するよ」

「……ふむ。アウルと初対面の人間はドン引きするのが常じゃったが、やはりおぬしは動じんのう」


 まあ、元の世界にも少なからずいたしな。実物を見るのは多分初めてだけど。

 というかそんな人間を受付に置くのはどうなんだろうか。


「それで、クリス。今日はどうしたのかしらぁ?」

「ああ、シンと一緒に魔物を少し狩ったので、魔石の換金を頼もうと思っての」

「あら! 私たち、ずっと待っていたのよぉ? アナタの持ちこむ魔石は、質が良いって研究員の間で評判なんだからぁ」

「それは知っておる。それでレートを知りたいのじゃが」

「今はこんな感じねぇ」


 そう言ってアウルは一枚の紙をクリスに見せる。

 少し覗いてみると、文字や数字は読めたが、魔石や通貨に関する単位が良く分からなかった。


「ふむ。税率も換金レートも普通、って感じじゃな。よし、これで構わんので全部換金してくれるかの?」


 クリスはローブの中から魔石を入れた袋を取り出し、そのまま受付台の上に置く。

 すると、それを見たアウルは初めて驚いたような表情を見せた。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! これは、一体何なのよ?」

「ああ、それはドラゴンの魔石じゃな。滅多に手に入るものではないじゃろうし、魔法ギルドとしても喉から手が出るほど欲しいじゃろう?」

「それはそうだけど、他のはともかく、さすがにこれは私の一存では換金出来ないわよ。上に話を通して人を集めて会議を開くことになるから、一週間……いえ、四日だけ時間を頂戴」

「四日か……シン、どうする?」

「ん、任せるよ」

「そうか。ならアウルよ、それで頼む」

「ええ、分かったわ。……はいこれ、他の魔石の換金票。間違いがないか確認した上で向こうの窓口へどうぞ……全く、一気に仕事が増えちゃったじゃない」

「良いではないか、どうせ暇じゃったんじゃろ?」

「まあそうなんだけどねぇ……ドラゴンの話、また今度にでも聞かせてもらうわよ?」

「気が向いたらの」


 そう言ってクリスは受付から離れ、別の窓口へと向かっていく。

 俺はそれについていきながら、思ったことをそのまま口に出した。


「クリスって知り合いいたんだな」

「……おぬし、儂を何じゃと思っておったのじゃ?」


 振り返ったクリスがジト目でこちらを睨んでくるので、とりあえず笑って誤魔化した。


 それにしても、あれだけの数の魔石の入った袋を、クリスは一体どこにしまっていたのだろう。

 クリスはローブの中から袋を取りだしたが、そんなスペースがローブの中にあるようにも思えない。


「なあクリス、そのローブの中ってどうなってるんだ?」

「…………シンのエッチ」

「いや、そういう意味じゃなくて」


 というかニヤニヤしながら言うな。


「まあ冗談は置いておくとして、実は空間魔法で持ち運びしておる」

「凄いな魔法、何でもアリじゃねぇか」

「じゃが、空間魔法は人間にはまだ扱えないとされておるのじゃ」

「ん? それはどうしてだ?」

「単純に空間魔法は術式が複雑で、マナの扱いに長けた種族でなければ自由に扱えないというだけじゃ」


 詳しく聞いてみると、例えば空間転移をしようと思ったら、一般的な人間の術者の場合だと巨大な魔法陣を用意した上で、十人規模の術者を揃えてようやく人間一人を転移させられる、といった具合らしい。

 つまりごく一部の特別な才能を持った人間でない場合、複数人で協力して大規模な儀式を行わなければならないということだ。


 クリスの使っているのは空間転移よりも簡単な術式という話だが、それでも普通の人間だと何人かで儀式を行うレベルのものだと言う。


「術式の効率化の研究も進められてはおるようじゃが、人間が一人で使えるようになるにはまだ時間はかかりそうじゃのう」

「……なるほどな」


 その点、魔族との混血であるクリスであれば空間系の魔法も一人で扱えるということなのだろう。


「とはいえ、儂でも空間魔法で持ち運べるのは大きなリュックサック一個分くらいじゃから、あまり当てにはならん」

「……充分便利だと思うけど」

「もちろん、それは否定せぬ」


 そんな話を終えるとちょうど目的の窓口に着いたようで、クリスはそこに換金票を差し出した。


 するとすぐに大量の貨幣がこちらに渡される。

 大きさの異なるそれぞれ二種類ずつの銀貨、銅貨、あとあれは錫貨だろうか。

 とりあえず計6種類の硬貨があることが分かった。


「ほれ、おぬしの分じゃ」


 どうやら窓口の人がきっちり二等分したらしい。

 貨幣の詰まった袋の片方をクリスが渡してくれた。


「これだけあれば、向こう二か月は困らんじゃろう」

「……悪いんだが、貨幣の価値について教えてくれないか?」

「ふむ。とりあえず一番価値の低い硬貨がこの錫貨じゃ。あとは十倍ずつ繰り上がって、大錫貨、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨という具合になっていって、今ここにはないがこの上に金貨、大金貨と続く。これはこのマルカリア大陸全土で共通の通貨なので、大陸西部の魔族や亜人種の住む地域でも通用するのじゃ」


 つまり錫貨を一とした場合、大金貨は一千万になるわけか。

 一千万なんて日本円の感覚だと普通に生活する分にはまず見かけない単位だ。


「ついでに物価についても知りたいんだが」

「おぬしのことじゃからそう来るとは思っておったが、うーむ……口で説明するのは少々面倒じゃの。この後は商店街に行くつもりじゃし宿も取らねばならんから、実際におぬしの目で見て感覚を掴んでもらったほうが早いじゃろうな」


 確かにこの世界の金銭感覚を身につけるなら、自分で買い物をした方が早いのかも知れない。

 クリスの言葉に同意した俺は、クリスと共に商店街を目指すことにした。


 そうして辿りついた商店街は、さっき見た街の入り口にあったものよりも大きい場所だった。

 さっきと違い、ここはちゃんと店舗を構えている商店がほとんどに見える。


「さっきの所じゃ何かまずかったのか?」

「あっちは値段も品質も時々でバラバラじゃからな。本来の物価を知るなら、まずはこっちを見た方が良いと思っただけじゃ」


 聞けばあっちの露店は行商人が場所代を払って店を出しているらしく、この地域では手に入らない珍しい物も取り扱っているが、その時々の仕入れによって値段などが安定しない傾向にある。

 その点こちらはイニスカルラに店舗を持つ商人の店が集まっているので、品揃えや値段が安定しているという話だった。


 その中でまず俺は食料品を扱う店を覗いてみる。

 するとリンゴのような赤い果物が目につく。三つで銅貨一枚という値段。

 日本だと品種にもよるけど、スーパーなんかで見ると大体一つで百円くらいだったような気がする。


 他の食料品も見てみたが、銅貨四枚もあれば一人の一日分くらいの食事は作れそうな雰囲気だ。

 食料品だけを見る限りは、銅貨一枚が三百円くらいの価値になりそうだと思う。


 その後は生活雑貨を扱う店や、武器防具を扱う店を覗いていった。

 俺の使っているロングソードと同じような物が銀貨三枚で売られている。

 食料品の値段から考えれば九万円くらいする計算だ。


 これが高いのか安いのか、俺には分からない。

 日本には売っていなかったものだからだ。


「武器って結構な値段がするんだな」

「そうじゃのう。結局どれも鍛冶ギルドの職人が手作りしておるものじゃから、どうしても値段は高くなってしまうようじゃ。じゃがほれ、こっちの剣ならもう少し安いぞ」


 クリスが指差した方には、同じような剣が銀貨二枚で並んでいた。

 ん、何が違うんだこれ。


「武器や防具にはそれぞれ職人の銘が入っておっての。腕の良い職人の銘が入った武器は、それだけ高くなるというわけじゃな」


 どうやら同じ規格の武器でも、職人によって切れ味や丈夫さが異なってくるらしい。

 確かに同じ刃渡りの剣でもそれぞれ値段が異なっているが、入っている銘で値段が決まっているようだ。


「そういえば俺の使っている剣の銘は……セレン? ……この店には卸してない職人なのか」


 見たところ、セレンという銘の入った武器はこの店には置いていなかった。


「ああ、そやつはもっと東の街の職人じゃな」


 何年か前に、駆けだしの職人で武器が売れなくて困っていたところを見かねたクリスが一本買ってあげたということらしい。


「儂は剣のことはよく分からぬが、おぬしがあれだけ使っても折れないということは、あの娘はなかなかに腕の良い職人じゃったのじゃろうな」


 娘、ということは女性の職人か。この世界ではそういうのも珍しくないのかも知れない。


 ――しかし、何というか。クリスって本当にお人好しだよなぁ。


 そんなことを思いながらクリスのことを見ていると、きょとんとした顔をして言う。


「ん、何じゃ?」

「……いや、別に」


 まあクリスのそのお人好しで救われた俺が、何かを言えるようなことでもない。

 それに、その時買った剣が今は役に立っているのだから、結果的にはむしろ良い判断だったということになる。


 そうして商店をいくつか回っていくつか買い物をしていくと、日が落ちて段々と周囲も暗くなってきた。

 とりあえずの用事は済んだらしいクリスが、俺に振りかえって口を開く。


「そろそろ、宿を探すとするかの」

「ああ、そうしようか」


 この世界の宿がどういったシステムなのかも知らない俺は、クリスにおまかせとばかりにただ黙って後ろについていくことにした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界に渡ってきたけれど 鈴森一 @macsat

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ