第7話 聖都イニスカルラ

 翌朝、俺たちは東のイニスカルラに向かって出発した。

 森を抜けると、あとは平坦な街道を行くだけの楽な道のりだ。クリスが言うには夕方までには着くらしい。

 途中で何度か弱い魔物に襲われたりもしたが、特に問題にはならない。


 しかしダンジョンでなくてもそうした魔物はそれなりに発生するようで、そうなると戦えない人々は街と街を移動するだけでも護衛を雇う必要が出てくる。


「――冒険者というのは、そうした護衛や魔物の討伐依頼などで生計を立てておる者のことじゃ」

「……そして依頼などを取りまとめている団体がギルドということか」

「そのとおりじゃ。まあギルドも色々種類があるので、その場合は冒険者ギルドの管轄じゃが」


 クリスは俺と初めて会ったときに、「ギルド所属の冒険者ではないのか」と尋ねてきたが、それは一人で街の外を出歩く人間自体が珍しいからそう思ったらしい。


 といっても冒険者でさえパーティーを組んで活動することが普通らしいので、一人という時点で相当怪しかったみたいだが。


「ほれ、そうこう言っているうちに見えてきたのう」


 そう言われてクリスの指差した先を見る。

 まだ遠いが、それでもはっきりとその存在を確認することが出来た。


 ――聖都イニスカルラ。


 街の外周を城壁のような石壁がぐるりと円形に囲い、その内側に様々な建物が段々畑のように層を成している。

 そして街の中央である段の頂上には、まるで城のような大きな建物。


「あれは世界中に存在するユーニス教会の総本山じゃな」

「……凄いな」


 それしか言葉が出なかった。

 凄い。まさしくファンタジーだ。

 いやまあ、色々な魔物と戦ったり魔法を使ったりしている時点で充分ファンタジーなのだけど。


 それからさらに歩いて、ようやく街の入り口に辿りつく。

 大きな門はあったがそれは常に開いており、見張りの騎士みたいな人もいたが入国審査みたいなものは無かった。


「……案外あっさりと入れるんだな」

「戦時中でもなければどこもそんなものじゃ。それにイニスカルラはどこの国にも属しておらん少々特殊な街でもあるのでな」


 おそらくは誰にでも開かれた聖地ということなのだろう。

 街に入った俺たちは、まず商店街のような通りを歩くことになった。石造りの建物の間に、お祭りのような露店が規則正しく並んでいる。

 商品は食料品が多いようで、見たこともない色とりどりの野菜や果実が目に入ってきた。テレビで見た東南アジアの市場のような雰囲気。


 この通りは人通りも多く、かなりの賑わいを見せていた。

 そうしたところは元の世界とよく似ているように思う。


「ん、何か気になる物でもあるのか? 言えば買ってくるぞ?」

「いや、いいよ」

「そう遠慮するでない。魔石はまだ換金しておらんが、儂もそれなりに金は持っておるのじゃから」


 何だろう、クリスが孫を甘やかすおばあちゃんみたいだ。


「む? 今おぬし何か失礼なことを考えたじゃろ」

「なんで分かる」

「雰囲気じゃな。特におぬしは意外と素直な正直者じゃから段々と分かるようになってきた」


 ……そんなこと初めて言われたんだけど。

 どちらかといえば意地っ張りで強がってばかりの幼少期を過ごして、そのまま大きくなってしまったような実感がある。


 ……いや、何か自分で言っていて恥ずかしくなってきた。この話はやめよう。


「……俺が周りを見ていたのは、似ていると思ったからだよ」

「似ている……というのは、おぬしの世界とか?」

「ああ」


 日本とは違うけど、外国にはこんな雰囲気の街並みもきっとあっただろう。

 とはいっても異世界なんて、案外そんなものなのかも知れない。

 人間が生きている以上、その生活にそう大差があるわけでもないはずだ。


 だから似ていることは何も不思議なことじゃない。

 それに、似ているということは確実にどこかが違うということでもある。


 例えば今すれ違った革鎧を身に付けた冒険者風の男性とか、あそこでよく分からない粉を物色している杖を持った魔法使い風の女性なんかは、おそらくこの世界だけの光景だ。


 あとは頭の上に、動物の耳をつけた女性。

 あれがクリスの言っていた亜人種なのだろう。

 と思っていたら今度は角の生えた男性が目に入る。

 あれは亜人種? それとも魔族か?

 ――やはり異世界にはまだまだ分からないことがたくさんある。


「……そういえば今って、どこに向かって歩いてるんだ?」

「まずは魔石の換金のために、魔法ギルドを目指しておるところじゃ」


 そう言って通りをある程度行ったところで、クリスは脇道に入った。

 どうやらこの街は教会を中心として放射状に何本も大きな道が伸びており、その道同士をこうした脇道が結んだ構造になっているらしい。


 そうした脇道をいくつか通っていくと、比較的大きな建物の立ち並ぶ区画に着く。


「ここのあたりは多くのギルドが集まっておる場所じゃな。ほれ、こっちじゃ」


 そういってクリスは俺の手を引っ張っていく。

 別に引っ張らなくてもはぐれたりしないんだけど、と思いながらも、俺はされるがままに引っ張られていく。


 クリスの手は暖かくて柔らかい。子供の体温は高いというから、まさしくこんな感じなんだろう。

 そんなことを考えていると、またクリスに見抜かれて睨まれてしまいそうだが。


 ――そういえばクリスが俺に触れるのは二度目か。


 一度目は、俺の命を救ってくれたときのあれだ。確か『女神のくちづけ』だったか。

 そういえばあの時は死にかけの体を治す反動のせいで考える余裕は無かったが、ロマンチックな言い方をすれば俺はクリスのキスで命を救われたことになるのか。


 ……まあ本人は人工呼吸程度にしか思っていないのだろうけど。


「ここが魔法ギルドじゃ」


 魔法ギルド、と言われても中がどうなっているのか全く想像がつかない。さすがに怪しい窯でよく分からないものを煮込んでいたりはしないだろうが。


 どんな光景が広がっているのか、若干わくわくしながら俺は中に入る。

 中に広がっていたのは、元の世界で言う図書館のような、普通の公共施設といった感じの光景だった。


「あらぁ、クリスじゃないのぉ! やだぁもぅ、何年ぶりよぉ! あまりにも顔を出さないものだから、てっきり死んだのかと思ってたわ」


 そんな風に考えていた俺を出迎えたのは、ハスキーな声をした大柄な人物だった。あの人がどうやら受付らしい。


 前言撤回。全くもって普通の公共施設なんかじゃなかった。


 ……というか異世界にもオカマっているんだな。そりゃそうだよな、人間だもの。



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