第4話 運命 ―シンギュラリティ―

 放課後――

 約束通り、稀衣はコンピュータ室の扉前にやって来ていた。


 ホームルームが終わると、友達に有無を言わさず「今日、用事があるから部活休むね」と言い残して、教室を飛び出した。

 稀衣は茶道部に所属している。といっても、お菓子をつまみながら駄弁(だべ)るだけの緩い部活なので、休んだからといって大きな問題ではない。


 自分の未来……いつ死ぬのか。生死の方が重要だ。という口実があってのこと。


 十分ほど待っていると、爽太がやってきたのであった。その隣に魔女も居るのだが、いつもの通りに魔法で稀衣は見えてなかった。

 爽太は稀衣を見て、内心戸惑ってしまった。自分から誘ったが、既に稀衣が待っていたので、心の準備ができていなかったからだ。


「……は、早いんだな」


「う、うん」


 お互いぎこちない態度。爽太は稀衣と会っている姿を他の生徒に見られたくなかったので、さっさとコンピューター室に入ろうと扉を開けようとしたが、鍵がかかって開かない。


「勢川部長は来てないのか……」と判断して、先日受け渡されたコンピューター室の鍵を取り出して、開けた。


 爽太はいつものの席に向かっていき、稀衣はその後を追いかけていく。爽太が自分の席に座ると、稀衣はその隣の席に座った。一方、魔女(マギナ)は、二人の邪魔……というより、爽太が気にならないように離れた場所の席に座っていた。

 爽太はパソコンの電源を入れたりして準備を整えると、改めて稀衣の方を見た。


「さてと……始めようか。さっそくだけど、尾林さんは、なんで自分がいつ死ぬかを知りたいの?」


「えーと……。藤井くんは予知夢って信じる?」


 特異の能力(先見の明)を持っていて、ましてや魔女(マギナ)の存在を知っている爽太にとっては、この世の理解不能な超常現象は信じて当然のモノになっていたので、「うん」と大きな声で断言しても良かったが、


「まあ、ある程度は……」


 一般的な常識人を装った。


「……その、予知夢かどうか解らないけれど、幼い時……幼稚園生の頃かな。その時に自分が死んでしまう夢を見たことがあってね、その時から自分がいつ死ぬかを具体的に知りたいと思い始めたの」


「自分が死ぬ夢ね……。そんな夢を見るのは珍しいものではないよな?」


「そうみたいだね。ネットとかで調べたけど、夢占いだと自分が死ぬ夢は、新しい自分に生まれ変わるとか苦境とかが解放されるとかの暗示があるらしいね。基本肯定的な吉兆らしいけど……。でも、それを一週間連続で見たの。それ以来、すっごく気になって……」


「なるほどね」


 爽太は話しを聞きながら、起動させていたパソコンを操作しており、ネットブラウザーやメモ帳のアプリケーションを立ち上げて、稀衣か話す内容を記録していた。

 一週間連続……七日間も連続で、自分が死ぬ夢を見たとのなら、不安に思うのは当然だ。ましてや情緒が不確かな幼少の頃に見たとなら、トラウマにもなるのだろう。

 稀衣は話しを続ける。


「自分なりに占いとかで自分の人生を占ったりしたけど、どれもこれも確証が無いんだよね。タロット占いだと四十歳ぐらい生きるとか、手相占いだったら九十歳ぐらい生きるとか。その時々で結果が変わったり、すごく曖昧だったりで……」


「占いを?」


「うん。そんなことがあって、私の趣味は占いだよ。でも当たるも八卦当たらぬも八卦で、素人に毛が生えた程度だけどね。自分なりに、自分がいつ死ぬかを調べていたけど、確証を得られなくて……。それで、友達から藤井くんが……その、クラスメートの死を予言したとか聞いて、だったら、私の死も予言して貰いたいなと思った」


「っ!」


 爽太の心臓の脈が強く打った。


 それを我慢するように、手を強く握り締める。しかし、前に感じていたような嫌悪感や吐き気は催さなかった。


 マギナのお陰で少しだけ耐性が付いているなと、視線をマギナの方に向けた。すると、マギナは爽太の視線に気付き、無邪気に手を振って見せた。


 爽太は、一息吐く。


「自分がした死の予言は偶然だよ。さっき尾林さん自信が言っていた通り、当たるも八卦当たらぬも八卦だ。十人中十人がその通りに当たるとは限らないよ」


「……でも、言い当てたのでしょう?」


「なんと言ったら良いのかな。自分自身、人様を死を見るのはメインじゃないんだ。その人の未来……近い未来または遠い未来などが、ちょっとだけ見える時があるだけなんだ。ある人からは予測の領域とも言われている。尾林さん、僕がが見える未来は必ずしも死が関係するものじゃない。それでも良いなら、見るけど」


「未来……」


 稀衣は顔を下に向けた。

 考えている。自分が望む答えを知ることは出来ないかも知れない。だけど、八方塞がりの今、何かヒントになるのならと……決心した。


「……う、うん。でも……」


 稀衣は顔を上げて、爽太の瞳を見つめる。


「もし死に関する未来が見えたのなら、私に気にせず正直に言ってね!」


 稀衣の真剣な眼差し。

 あの球技大会の日と同じで、真面目な表情。

 先ほどの話しと合わせて、冗談やからかいなどで訊いたり、知りたいとは思っていない証明であった。



 彼女は……稀衣は、本当に知りたいのだ。自分の命日を。



「……解った。それじゃ幾つか質問するけど良い?」


「質問?」


「尾林さんが何者なのか解らないと未来が見えてこないから、ある程度の情報が必要なんだ」


「あ、そうなの。うん良いよ。何でも訊いてきてよ!」


「それじゃ、まずは……」


 稀衣の基本的な個人情報を訊き出した。


 名前は尾林稀衣。誕生日は三月十五日、年齢は十六歳。遅生まれ。趣味は占い。特技も占い。中でもタロット占いが得意で好き。運動は苦手。得意科目は古典・歴史。占いを調べる上で興味を持ったらしい。


 それと合わせて、稀衣が利用しているソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)についても訊ね、日記などの閲読の許可を求めた。


 大方の情報はSNSに登録している世の中である。趣味や交流関係、日頃の行いについても把握するのが重要なのだ。

 球技大会の時のように様々な情報を照らし合わせては組み合わせて、可能性を導き出す。


 予見する時は、自分の所感や思い込みは一切加味してはいけない。

 そして稀衣の未来の映像が見えた。


 爽太は思わず席を立つ。その突然の行動に稀衣はビクッと背中が震えた。


「ど、どうしたの?」


「ああ、ちょっと……。尾林さんの未来が見えたよ」


「本当っ!?」


 稀衣も立ち上がる。


 興味津々とした凛とした瞳で爽太を見つめる。自分の死に理解を持ち、覚悟を持って未来を知ろうとして、ここに居る。また先ほど約束したのもあり、爽太は見えた未来の光景を正直に話すことにした。


「雪が降っていた。それで地面が凍結したからなのか、車がスリップして、それが尾林さんに衝突したのが見えた。その時の尾林さんの見た目は、今のような感じだった……」


 あ然とする稀衣。


「まあ信じられないと思うけど……」


「それ、私が見た夢と同じ、かも」


 爽太は思わず「えっ?」と素っ頓狂な声をあげてしまった。


「昔、自分が死ぬ夢で、そんな夢を見たような気がする。子供の時に見たっきりだから、内容はおぼろげだったけど……うん。そんな夢だったかも」


「そうなんだ……」


「……ど、どうしよう? 藤井くんが私が死ぬ未来を見えたということは……」


 その通りの未来がいつか訪れる。でも――


「大丈夫だよ。確かに人は死んでしまう。それは変えられない運命なのかもしれないけど、“いつ”死ぬかは変えられる。気を付ければ、危険を回避することは出来るよ」


 魔女(マギナ)の受け売りの言葉と共に改変の経験を踏まえて、爽太は力強く言い放った。


「雪が降っていたから……雪の日は注意して車通りが少ない道を歩くか、雪の日は外出しない。そうすれば、スリップ事故から免れて、尾林さんが死ぬのも免れると思う」


「……そんな単純なことで?」


「まあ、自分の言葉を信じてくれればね」


 児玉久美の時も、ただ海水浴に行かなければ溺れることはなかった。海に行って溺れても助けてあげれば、命を救うことが出来た。


 それに今回は、久美の時と状況が違う。


「もちろんだよ。信じるよ!」


 傍から聞けば馬鹿らしい話しだろう。だけど、稀衣がここに居て、この話しをする時点で受け入れてくれる理由は整っている。稀衣が幼い時に見た夢と、予見の内容が合ったのが大きいだろう。


「雪の日か……。ねえ、藤井くん。もっと具体的な日は解る?」


 稀衣は前のめりとなり、息が届くほど爽太の顔の間近にあった。

 人生に不貞腐れている爽太でも思春期真っ最中の男子である。照れ隠しに、そっぽを向くが――その方向には魔女がおり、イタズラっぽい表情を浮かべていた。


 そのお陰で、幾分は冷静になった。


「……見えた映像(シーン)で、尾林さんは今と同じような見た目だったから、もしかしたらこの一~二年内に起きるかもしれないね」


「そうか……」


 稀衣の表情が強張る。

 幼い頃見た自分が死ぬ夢、そして死の予見。まるで余命宣告のようだ。

 近いうちに死にますと言われて、気分が良い人はいないだろう。


 だけど、いつ死ぬかがある程度解り、その死の運命を回避出来るかも知れないことに、稀衣は胸を撫で下ろし、爽太を見た。笑顔を浮かべて。


「うん、解った。雪の日は気をつけるね」


 稀衣の笑顔は、今までの苦しみから解き放たれからなのか、とても良い笑顔だった。

 すると、稀衣の鞄からメロディが鳴り響いた。

 メロディからインスタントメッセージの着信だった。


 とは言え、ついさっきまで死という重い話しをしていたので、突然の音鳴りに爽太は稀衣は驚いてしまった。

 稀衣は動揺しながら携帯電話機(スマートフォン)を取り出した。


「もう、こんな時に誰から……あ、ミアちゃんからだ。えーと……」


 先ほどの聞き取りで人間関係を聞いていたので、ミアが稀衣の友達の一人というのは解っていた。


「……ごめん、藤井くん。友達から呼ばれちゃって……。その、今日はここでお開きになっちゃっても大丈夫?」


「ああ、別に構わないけど。話すべきことも話したし……」


「今日は本当にありがとう。こんなことを真剣に話しを聴いてくれたのは藤井くんが初めてだから、気持ちが楽になったし、すっごく嬉しかったよ!」


 稀衣もまた、爽太と似たような気持ちを抱いていたのだろう。

 秘密を誰かに話して共有するというのは、やはりストレス解消策としては善策の一つだ。


「それじゃーね!」


 稀衣は無邪気に手を振りつつ、コンピューター室を出て行った。

 室内に残っているのは、爽太とマギナ。

 知らぬ間にマギナが爽太の近くにやってきていた。


「あれで良かったのかな?」と稀衣が出ていた扉を見たまま、ぽつり呟いた。


 かつて久美を助けた時にも言った言葉。マギナに対しての質問だけではなくも自分自身に対する問いでもあった。


「彼女は自分の死がいつなのかを知りたいと望み、その先を生きたいと願っていた。それに対して爽太は行動をしたのでしょう。それはそれで一つの正解よ」


「……とは言っても、もし尾林さんの死の運命を変えた影響で他の人に影響を受けたら……」


 児玉久美を助けたが、友達だった竜也は亡くなってしまった。


「確かに、その可能性はあるけれど……ここであーだこーだって悩んでしょうがないわよ。この日本だけでも、一日で亡くなる人は何万人も居るんだから。もし、あの子の運命を変えたことで、他に重大な事件が起きたら、歴史改変をすれば良いんだしね」


 容易にやり直せばが良いという楽観的なマギナのお陰で深く考えるのがバカバカしく思えてしまう。


「そういえば、マギナは時間移動が出来るんだから、さっと未来に行って結果を見ることは出来ないの?」


「おっとと。前に説明したけど時間の概念は人間が勝手に作り出したもの。つまり時間は無い。あるのは万物の精神の記憶。記憶というのは経験した出来事の集まり……過去の出来事によって作られるもの。てっことは、未来の記憶なんて存在していない訳だから、未来に行くことは出来ないのよ」


「ああ、確かそんなことを言っていたような」


「なので、時間移動と言われる出来る範囲では過去に行けないの」


「未来に行き戻りが出来ないとしたら、どうやって未来へ?」


「万物の精神に、未来の記憶は無いけど、記録はあるのよ。それを読み取って未来を知ることが出来る。といっても大雑把な記録だから、誰が何日に何々をするといった詳細な部分は解らない。確かな未来を知るためには、その未来まで生きて見ないといけない訳よ」


「ということは、歴史改変をしても、その改変が滅亡回避に繋がるかは、リアルタイムで未来の……その時にならないと解らないってこと?」


「そういうこと。だから、爽太の歴史改変してから再び爽太に会うまで、約七年の月日を過ごしたんだからね」


「ビデオの早送りや巻き戻しみたいには出来ないのか」


「そう、不便だけどしょうがないわよね。未来の記憶が無いのだからね」


 話しているとコンピュータ室のドアが開き、コンピューター部の部長・勢川が入ってきた。


「おう、藤井。来ていたのか」


「は、はい」


 辺りを見回す勢川。


「どうしたんですか?」


「いや、誰かと話しているような声が聴こえたからな」

 当然、マギナの姿は勢川には見えていない。


「いや……、ちょっと独り言が大きくなったみたいですかね」


「そうなのか、独り言なんて珍しいな。ところで、何か良いことでもあったのか?」


「どうしてです?」


「なんかいつもより明るい顔をしていると思ってな」


 そう言われて爽太は、思わず自分の手で顔を覆い隠した。


「いえ、特に……」


 隣でマギナがニタニタと含み笑いをしていたので、憮然たる心持ちになってしまう。


「そうだ、藤井。共有フォルダの中に入っているものについて教えるから、ちょっと来い」


「あ、はい」


 勢川に呼ばれて爽太は、コンピューター部長としての引き継ぎを始め出した。


 マギナは二人を他所に、暇つぶしにと爽太が閉じ忘れていた稀衣のSNSページを閲覧したのであった。



   ■■■



 それから何事なく日々は過ぎていった。


 あれ以来、稀衣と関わりはなく、二学期の終業式が終わり、冬休みが始まった。


 塾とかに通っておらず友達がいない爽太にとっては何事も無く、暇な時を過ごせ……なかった。


 同居している魔女(マギナ)に連れられて、常人では経験し難い様々な出来事を経験する羽目になってしまった。その件については別のお話。



 魔女(マギナ)との同居生活に慣れ始めていた頃だった。『尾林稀衣が死去』したという情報を知ったのは。



   ■■■



「どういうことだ……?」



 尾林稀衣の死を知ったのは、冬のファンタジーというクリスマスイベントの喧騒が終わった十二月二十六日。暇つぶしにSNSサイトを観覧していた時、クラスメートのSNSページにて稀衣が亡くなったことが書き込まれていたのを見つけた。


 死因は家の階段から足を滑らせて頭を強打してしまい、打ちどころが悪くそのまま絶命したという。


 稀衣の死の原因は予見した未来とは違う結果だった。

 だが、死んだしまった未来は変えられなかった。


 二十五日は雪が降っていた。雪の日は出歩かない方が良いと忠告しており、稀衣は言うとおりに家に居たのだろう。

 もしかして、それが――自分が命を奪ってしまったのではないかと自責の念にかられ、ましてや、かつて友達(竜也)の死を予言をしたのに死んでしまったトラウマが蘇えり、吐き気を催したと思ったら、視界がブラックアウトした。



   ***



『雪が降っていたから……雪の日は注意して車通りが少ない道を歩くか、雪の日は外出しない。そうすれば、スリップ事故から免れて、尾林さんが死ぬのも免れると思う』


『大丈夫だよ。確かに人は死んでしまう。それは変えられない運命なのかもしれないけど、“いつ”死ぬかは変えられる。気を付ければ、危険を回避することは出来るよ』



 稀衣に忠告した言葉がリフレインしてきた。

 周囲は暗闇に包まれて何も見えない。

 突然、自分の隣に血まみれになった稀衣が出現し、



「どうして? どうして、私、死んだの? 藤井くんの言うとおりに、家に居たのに……」



 恨み言を囁いた。

 爽太は稀衣から逃げるように必死に走った。


 だが稀衣を引き離せずに、ずっと隣に付いてきていた。

 稀衣だけではない、命を救ったはずの児玉久美も現れては、爽太の足を掴んできた。



 そして――



   ***



「うあッッッッッーーーーー!」


 叫びと共に目蓋を開くと、眼前にマギナの顔が在った。


「ヤッハロー! 悪い夢でも見ていたようね」


「……夢?」


「落ち着くまで、こうしてあげるから。暫くゆっくりしてなさい」


「……うん?」


 少し落ち着いたところで、後頭部に柔らかい感触が伝わる。

 爽太はマギナの柔らかく気持ちのよい膝枕にして寝ていたのに気付き、先ほどとは違うトーンで「うわわわわ!」と慌てて飛び退いた。


 マギナはそんな爽太の行動で、もう大丈夫だと判断して、机の上に置かれているパソコンのモニターの方に視線を向けた。画面には、さっきまで爽太が見ていたSNS……稀衣の死について記載されていたページが映っていた。


「……あの子(稀衣)が、亡くなったみたいね」


 暫しの沈黙の後、


「どうしてこんなことに……。確かに、尾林さんは車の事故で命を落とす未来を予見したのに……」


 爽太は力無く呟いた。


 尾林稀衣とは友達でもなければ、知り合いという関係ではない。ただ、予見して欲しいと言われて、予見した内容を教えただけに過ぎない。

 だけども、予見しようとしたのは、ちょっとした人助けのつもりだった。それが救えなかったことに、強く責任を感じていた。


 マギナは慰めるように慈愛の眼差しを爽太に向けていた。

 自分の所為で他人の不幸を招いてしまったことに苦しむ――その姿勢は、日本人の多くが持っている思いやり。


(そういう日本人の美徳は好きよ)と、マギナは心の中で呟いた。


「……そんなに落ち込まないの。死亡回避できなかったのは珍しいことだけで、何の為に私という存在が、ここにいると思っているの? 前にも言ったでしょう。失敗したのならやり直せば良いじゃない」


「やり直すって……まさか!?」


「そう。児玉久美の時のように、メモリーリストアで、あの子(稀衣)の運命を変えてあげましょう!」


 久美を助けた経験……気持ちが、爽太の心を奮わす。今はマギナが居る。


「……マギナ、お願い出来る? また過去に戻って、尾林さんにこのことを話せば、回避できるはずだ」


「ええ、良いわよ。それじゃ戻るとしたら、あの子(稀衣)に未来を教えてあげた時で良いかしらね」


「尾林さんが転ぶ直前じゃなくて?」


「私の方でも、ちょっと気になるところが有るから、その確認ついでにね」


 どちらにしろ過去に戻って、命を救えるのであればと、爽太はマギナの提案に頷いた。


「それじゃ、さっそく行きましょうか。綴られた記憶を思い返し……(スタフセットミニーフッサフーリターン……)」


 マギナが呪文を唱えだすと、いつか味わった感覚が爽太を襲い、やがて意識が途切れていったのだった。



   ■■■



 意識を取り戻すと、そこはコンピューター室。

 そして、目の前には生存している稀衣が居た。


 爽太は思わず立ち上がり、その突然の行動に稀衣はビクッと背中が震えた。


「ど、どうしたの?」


 と、稀衣がおそるおそると伺ってくる。


「え? ああ……ちょっと……」


 まさか、いきなり稀衣と話している場面に飛ぶとは思っておらず、過去移動した影響で未だ朦朧(もうろう)しているおり、準備が出来ていなかった。


 視線が泳ぐ中、マギナは背後に立っていて、そっと爽太の背中に手を触れる。


(落ち着いて。前の時と同様に予見したことを伝えなさい。それで転んで死んでしまうことを踏まえてね)


 急に立って、黙っている爽太に、稀衣は首を傾げてしまう。何かを言わないと、爽太は口を開く。


「……あ、あの……尾林さんの家って、一軒家?」


「うん。そうだけど? それが?」


 住居については、前の時に抜けていた情報だった。

 しかし、予め訊いていたとしても、予見は出来ていたかは不明だ。


「住んでいるところの情報も知っておきたくて。一軒家ってことは、二階建て?」


「うん、そうよ。二階建てが、何か問題なの?」


 チラリとマギナの方に視線だけを向けると、「もう言え」というGOサインなのだろうか、ウインクをして見せた。


「……尾林さんの未来が見えたよ」


「本当っ!?」


 稀衣も立ち上がる。


「雪の日……尾林さんが階段で足を滑らせて頭を打ってしまって……」


 実際予見した訳ではなく、前の時代で知った情報を述べただけなので、自分の言葉に自信が持てなかった。


「それ、私が見た夢と同じ、かも」


 想定外の返答に、爽太は「えっ!」と驚きの声をあげてしまった。


「それって、どういう……?」


「さっき話したでしょう。幼い時、自分が死ぬ夢を見たって。その時の夢で、そんな夢を見たと思うの」


「階段から、転んで落ちる夢を?」


「うん」


 その回答に疑問が生じていた。前に聞いた内容は――


「車に衝突される夢じゃなくて?」


「……あー、たしか、そんな夢も見たような気がする。というか、なんで解ったの藤井くん? それも予見で解ったの?」


「あ、ああ……」


 困惑する中、マギナの方に目配りをすると、「他に見た夢についても訊いてみて」という声が爽太だけに聞こえて、言われるがまま訊ねた。


「え? なんだったかな……幼い時に見た夢だし、そこまで内容は詳細に覚えてないかな。事故とかで私が死んじゃう夢ぐらいで」


「それじゃ、覚えているのは階段から落ちる夢と車事故の夢だけ?」


「そうかな。もしかして、その夢の内容も予見する上では重要だったの?」


「た、多少は……」


 これ以上、何を聞けば良いのかと藁にもすがる気持ちでマギナを見た。


(……解ったわ。これ以上話して墓穴を掘るかも知れないから、上手く切り上げて)


 爽太は前の時と同じように「雪の日は出歩かずに、階段の上り下りも手すりを握って注意して」と忠告を述べた。

 後は、稀衣の携帯電話からメロディが鳴って、解散の運びとなった。


 マギナと二人きりになったところで、爽太の口が開く。


「……これで大丈夫なのかな?」


「人、一人の運命ほど簡単に変わってしまうものはないわ。例えば、ある飛行機墜落事故が起きる未来があるとする。そのトラブルから回避するには、一番簡単なのは、その飛行機に乗らなければ良いだけのこと。飛行機を墜落させないとするのなら、様々な点検、パイロットの体調、天気の状態などを念入りにチェックして問題点を洗い出したりと複雑になる訳。だから、たった一人の命を救うのは簡単なはず、なんだけどね」


 だったら、なぜ前の時に稀衣が死んでしまったのか。それは――


「それって、自分の予見が間違っていたから……」


「確かに、それも一理あるわね。前に言ったけど、爽太の予見の能力は予測の範囲でしかない。爽太があの子に未来を教えたから多少なりとも変化はあったと思う。でも、さっきも言ったけど、人、一人の運命ほど簡単に変わってしまうもの。ほぼほぼ大丈夫なはずだけど……」


 いつも楽観的なマギナが思慮めいた表情を浮かべていた。


「とりあえず、前の時はこの助言だけの関わりだったけど、ちょっとあの子の様子を見ましょう」


 爽太は静かに頷いた。

 乗りかかった船だ。ましてや、人命……稀衣の命が関わっている。無碍にできなかった。


 稀衣を救おうとする気概を感じたマギナは「……だけど意外だな」と呟いた。


「何がです?」


「私と出会う前は、未来に希望を持てずに諦観していたのに、ただの同級生を助けようとしている。もし命が助かっても、二十年か三十年しか生きられないのよ?」


「それは……児玉さんの時があるし、死んでしまうと解っていて、しかもこんな風に話してしまったから、後には引けないじゃないですか。それに……マギナは、未来の滅亡を防いでくれるんだろう?」


「ふふ、そういうことにしておくわ」


 マギナは爽太の頭を軽く撫でたのであった。

 その行動に一瞬戸惑っていると、コンピューター室の扉が開き、勢川が入ってきた。


「おう、藤井。来ていたのか」


「は、はい」


 辺りを見回す勢川。


「どうしたんですか?」


「いや、誰かと話しているような声が聴こえたからな」


 爽太はマギナが居る方に視線を移す。言わずもがな勢川にはマギナの姿は見えない。


(とりあえず、爽太は爽太で、いつもの通りに過ごしてなさい。私は私の方で、あの子を見ておくから)


 マギナは堂々と勢川の隣を通り過ぎ、退室していった。


「いや……、ちょっと独り言が大きくなったみたいですかね」


「そうなのか、独り言なんて珍しいな」


 今回、勢川が爽太の表情について何も指摘しなかったのは、いつもと同じように陰りを帯びていたからだ。


「そうだ、藤井。共有フォルダの中に入っているものについて教えるから、ちょっと来い」


「あ、はい」


 稀衣のことはマギナに任せて、爽太は改変に影響を与えないように、前の時と同様の行動をすることにした。



   ■■■



 前の時と同様に日々が過ぎていく。

 マギナが稀衣を監視してくれているが、爽太も稀衣とすれ違った時とかに自然と目で追っていた。

 しかし、何事も起きずに二学期が終わり、冬休みが始まった。


 稀衣との接点は高校で会うしかないので、冬休み中は教えて貰った稀衣のSNS(ソーシャルネットワーキングサイト)を観覧するしかできなかった。


「傍から見ればストーカーだな」


 異常な行動であると自覚しつつも、稀衣が死んでしまう不安が強いので、仕方ないと正当化していた。


「ん? 尾林さん、風邪を引いているのか」


 SNSの日記に、昨日高熱が出て寝込んでいると書き込まれていた。

 前の時に起きていない出来事だったが、病気で寝込んでいるのなら下手に出歩かなくて済むだろうと楽観していた。


 数日が経過した。その間、稀衣のSNSは更新されていなかった。きっと、病気で書き込む余力が無いだろうと思っていたが――突然、暗然とした表情を浮かべたマギナが爽太の前に姿を現した。


「うわっ! マギナ……! まさか!?」


 そのマギナの表情で察した。


「尾林さんに……何かあったの?」


「……ええ。ついさっき、あの子(稀衣)が亡くなったわ」


 驚きの声すらあげられず、爽太はあ然としてしまった。


 マギナは話しを続ける。


「インフルエンザにかかってこじらせてしまい、肺炎でね……」


 淡々と語ったが、爽太は激しい衝撃を受けてしまい爽太は一瞬気が遠のいてしまった。

 そっとマギナが爽太を受け止めて支える。


「それで確信したわ、爽太。あの子は、特異点(シンギュラリティ)よ」


「特異点(シンギュラリティ)?」


「前に、運命には二つの運命があるって話したわよね。“変えられる運命”と“変えられない運命”。その時に、“いつ死ぬか”は変えられる運命だと言ったけど、あの子(稀衣)は、このいつ死ぬかが、変えられない運命……いえ、“変えてはいけない運命”が存在する。そう言う存在を、私は“特異点(シンギュラリティ)”と呼んでいるわ」


「尾林さんが、その特異点(シンギュラリティ)だと、どういう関係が?」


「……爽太が児玉久美を助けた時、その代わりに竜也が死んでしまったわよね。それは辻褄を合わせる修正が働いたって話したけど、その辻褄が合わせられない人物や出来事が極稀に存在する。それが今回、あの子……尾林稀衣だと言う訳よ」


「それじゃ、何をしても尾林さんは……死んでしまってこと?」


 マギナは静かに頷く。


「どうして、そんなことが?」


「こればかりは明確な答えが解らないけど、一種のセーフティー・システムだと思うわ。そうね。パソコンに詳しい爽太に解りやすく言うならば、どんなシステムでも万事正常に機能動作できる訳ではない。何かしらの異常が発生してしまう。その異常を修復する為の機能だと思えば良いわ」


 いわゆるパソコンを何百日も連続稼働させていると、メモリーリークや処理が失敗したりして予期せぬエラーが発生してしまう場合がある。それを解消させる為に、一部のプロセスを再起動などの対応が必要になる。この再起動が、誰かの死ということになる。


 システムチックな理由に、爽太はあ然としてしまう。


「なんですか、万物の精神とか運命って、なんで、そんな……」


 マギナは爽太の頭に手を置き見つめると、その瞳は挑戦めいた強い意思を感じた。


 マギナが稀衣を特異点だと確信したのは、インフルエンザにかかった稀衣の為に特効薬―霊薬(エリクサー)にも等しいほどの薬だったにも関わらず―を与えたのだが、全く効き目がなかったからだ。


 医者の診断ではインフルエンザだったが、ただのインフルエンザではない。稀衣だけに致命的な症状を与える特別なインフルエンザだと考えられる。


「でもね、爽太。私はこの機会を待っていたのよ」


「待っていた?」


「百、何千も改変したけど、滅亡する未来は変わらない。でも、ある時、この特異点に気付いたのよ。今は主にこの特異点を改変しているのだけど、滅多に遭遇できない事象な訳よ」


「特異点を改変を? でも、それって可能なのか? 変えてはいけない運命なんでしょう?」


「可能にしなきゃ、滅亡する未来が待っているだけよ。変えてはいけない運命……つまりそれは、万物の精神の都合。この変えてはいけない運命がある限り、世界が滅亡への未来に繋がっていると思う。ならば、この特異点を取り除ければ、もしかしたら滅亡を防ぐ手掛かりになるかもしれない」


 マギナのいつにない真剣の表情と、真面目の口調に、爽太は信じたくなった。


「それで、どうすれば良いんですか? 特異点をどうして改変していけば?」


「出来ると言えば、尾林稀衣の死の運命を変えるために、私たちが死を回避し続けるしかないわね。その為には、爽太の力……先見の明で、彼女の未来を予見し続けて回避するしかないわね」


「先見の明で予見し続ける?」


「私が出来る未来予知は、万物の精神の記録を見て知ることができるけど、その記録は大まかだから具体的な死因は解らない。ましてや私や何かの影響で細かに運命は変化してしまう。未来予知という能力は爽太の方が私より優秀と言えるわ」


「でも、自分の予見がハズレてしまった……」


「いいえ、それは違うわ。予見した違う結果になったけど、それは影響を与えた由縁よ。予見して回避し続ければ……尾林稀衣を救うことが出来れば、世界を救うことになるかもね」


 爽太は知らず知らずに強く手を握っていた。

 稀衣の未来の予見で、まさか、こんな風になるとは思いもしなかった。


 引き下がれない。それは、マギナもそうだった。

 未来の滅亡を防ぐ切っ掛けが、稀衣の死を回避することに繋がる。

 ただ一人の命を救うだけではない、何十億人の未来が懸かっているのだ。



   ■■■



 再び爽太たちは過去に戻ってきた。

 またコンピューター室で、稀衣が目の前に居た。

 爽太は思わず顔を下に向ける。直視出来なかった。


「ど、どうしたの?」


 特異点(シンギュラリティ)の所為ではあるが、予見が外れてしまい何度も死に目に遭わせてしまい、気がとがめてしまう。


「ごめん……尾林さん」


「え?」


 突然の謝罪に首を傾げる稀衣。


「……残念だけど、未来が見えなかったよ」


「えっ……あ、そうなんだ……」


 稀衣も爽太と同じように気落ちしてしまう。


「……だから悪いけど、もうちょっと尾林さんのことを詳しく知りたいから、暫くは尾林さんの側に居てもいいかな?」


「え? それって、どういうこと?」


「さっきも言ったけど、未来を知るためには様々な情報が必要なんだ。まだ尾林さんのことはよく知らないから。少し尾林さんの行動とか観察すれば、きっと予見できると思う。予見できたら教えるから」


「ん~そうなの? うん、解った。未来を知るには、そのぐらいしないとダメなんだね」


「う、うん……まあ、そうかな。そうだ。さっきの話しで、七日間連続で自分が死ぬ夢を見たって言っていたよね。具体的な内容は思い出せない?」


「ん~~、子供の時に見たっきりだから」


「例えば……っ!」


 これまでの稀衣の死因を話そうとしたが、マギナは自分の顔の前で人差し指を立てて「シ~」と口を噤むように示す。


 爽太とマギナは事前に相談して、稀衣には予見した内容を伝えないように取り決めていた。これまで予見した内容を伝えたから、違う運命が発生してしまったのではないかと考えた。

 爽太が未来を予見して、マギナがギリギリで回避させる為に行動を取るようにしたのである。


「そうか。そうだよね……。もし思い出したら教えてくれないか。きっとそれが、予見を見る為の鍵(きっかけ)になるかも知れない、から」


「そうなの? うん、解った。出来る限り思い出してみるね」


 マギナは稀衣が見た自分が死ぬ夢に懸念を持っていた。不思議なことに、これまで二回とも夢の内容と合致していた。


(もしかしたら、この子が見た夢は本当に予知夢で、万物の精神が定めた運命の道筋なのかもしれないわね)


 爽太は、ふとパソコンの時計を確認した。


「そろそろ、友達から連絡が来るね」


「えっ?」と稀衣が声をあげると、鞄からメロディが鳴り響いた。

 稀衣は驚きながら鞄の中から携帯電話を取り出す。


「あ、ミアちゃんからだ。えー……あっ! 藤井くん、どうして解ったの? 連絡が来るのを?」


「いや……そこは、予見で解っていたから……」


「へー凄ーい!」


 一応、爽太の予見が本物だという証明を示しておきたかった。


「それで友達からは、なんて?」


「えっとね……あ。ごめん、藤井くん。友達から呼ばれちゃって……。その、今日はここでお開きになっちゃっても大丈夫?」


「ああ、別に構わないけど……。そうだ、その……尾林さんのインスト(インスタントメッセージ)のIDを教えてくれないか。その、何か有ったり、夢を思い出したりしたら、すぐに連絡できるようにと……」


「……うん、良いよ。それじゃ、藤井くんのID交換しよう」


「ああ」


 爽太は自身の携帯電話機(スマートフォン)を取り出すと、インスタントメッセージのアプリを起動させた。

 プリインストールアプリされていたが、今まで使用していなかったので扱いが不慣れだったが、無事稀衣との連絡先を登録し合った。


「何か思い出したら、すぐに藤井くんに連絡するね。今日は本当にありがとう。こんなことを真剣に話しを聴いてくれたのは藤井くんが初めてだから、気持ちが楽になったし、すっごく嬉しかったよ! それじゃーね!」


 稀衣は無邪気に手を振りつつ、退出していった。

 残った爽太は、インスタントメッセージのアプリの連絡帳に、ただ一人登録されている稀衣の名前を見た。

 新鮮……というより違和感があった。


「さてさて、爽太。惚けている暇は無いわよ」


 とマギナが不躾に突っ込んでくる。


「ほ、惚けてなんか無いよ!」


「これから、あの子……尾林稀衣を注視して、予見していかなければいけないんだからね。それで、死因を排除したり回避していかないとね」


「上手く行くかな?」


「あの子が生きる未来を作らないと、世界が滅びるかも知れないからね。なんとしてでも、なんとかしないとね」


 マギナは爽太の頭を軽く撫でて、コンピューター室から出て行こうとする。


「前回と同様に私は尾林稀衣を監視するけど、逐一爽太に連絡を入れるわね」


「うん、解った。本当は自分も行った方が良いけど、この後、勢川先輩がやってくるから」


 話していると、コンピュータ室のドアが開き、コンピューター部の部長・勢川が入ってきた。


「おう、藤井。来ていたのか」


「勢川先輩、さっさと引き継ぎをやりましょう」


「お、おう。なんだ、えらくやる気だな?」


「いえ……ちょっと用事が出来たので、早く終わらせたいと思って」


「なんだ、そんなことか。まあいいよ、それじゃ藤井。共有フォルダの中に入っているものについて教えるから、ちょっと来い」


「はい」


 爽太はマギナに視線だけを向けると、マギナは片手を挙げて退出していった。ただ、前回も前々回も直近は何事も起きずに大丈夫だったが――


「いや、そう思い込みが予見をする上ではダメだ。周囲の出来事や情報を精査し続けないとな」


「どうした、爽太?」


「あ、いえ。それで、共有のこの連絡フォルダーが各先生たちのドキュメントなんですよね」


「おお、そうだけど……あれ? これ説明したっけ?」


 既に二回も教えて貰っていたので、早く終わらせたいが為に先走ってしまった。


「ええ、前にチラッと」


「そうか……。まあ、はかどって良いか」


 勢川は特に気にせずに、爽太に引き継ぎ業務を教えていったのであった。



   ■■■



 三度目の十二月。

 マギナと共に稀衣を監査して、関与するようになっていた。

 爽太は暇が有れば、稀衣の様子を伺いに行っては予見の為の情報収集するようにした。

 そのお陰で、尾林稀衣について様々なことを知った。


 好物は、チーズケーキ。

 好きなマンガは、猫魂(ネコマタのネコが主人公を生き返らせるが、なぜかネコの魂と主人公の魂が合体してしまったお話)。

 好きな色は、クリアブルー。だからスマートフォンの色も、その色だ。

 他にも――尾林稀衣を知れば知るほど、予見が出来て、彼女が死んでしまう映像が見えた。


 マギナと協力して回避していったが、一度きりではなかった。回避しても彼女が死ぬ映像が何度も見えるようにしてしまい、その度に回避し続けたが、失敗して、稀衣を死なせてしまった。

 余儀なく過去に戻ってはやり直した。


 過去に戻る度に――

 稀衣を知る度に――

 稀衣が死ぬ度に――

 爽太の心に稀衣への想いが強くなっていた。


 もう失敗を繰り返したくなかった。もう稀衣が死ぬ姿を見たくなかった。

 何度も繰り返している内に、稀衣と関わる距離が短くなっていった。

 マギナがこれまでの出来事を精査して、


「出来る限り尾林稀衣を一人にしない方が良いかもしれないわね。爽太が近くに居た方が予見できる可能性が高いからね」


 と行き着いた。

 マギナにそう言われたからだけでは、自分の意思で稀衣に会いたい気持ちが強くなっていた。世界の未来を救うのではなく、ただ単に稀衣を救いたいと。


 休み時間に会うようになり、放課後には一緒に帰るようになり、二学期が終わり冬休みが始まっても、会うようにした。

 そして――爽太は、


「あ、尾林さん。十二月二十四日の冬のファンタジー、一緒に行かない?」


 稀衣にデートを誘ったのであった。

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