第2話 改変 ―メモリーリストア―
爽太は強烈なパンチでKOされたかのように、自分の部屋のベッドでうつ伏せになって倒れこんでいた。
苦々しい疲労感が全身を包み、もうこのまま眠ってしまいたかった。
球技大会で久しぶりに動き回ったからではなく、鼻血を出すほどに先見の明をした……のが少し理由になるだろうが、疲労の大半の理由は――
「へー、なかなか小奇麗にしているわね」
魔女は爽太の部屋を見渡し、感想を述べた。魔女は爽太の後をこっそり付いてきて、そのまま侵入してきたのであった。
「てか、なんで魔女さんが家に付いてきて、ここに居るんですか?」
「え? そりゃ、今晩泊まる所が無かったからよ。なに? それともこんな、か弱い女性を寒空の下で野宿しろと言うの?」
魔女と名乗るものがか弱いとは何の冗談か。いや、その前に疑問があった。
「……泊まるって?」
ガバッと上半身を起こし、魔女を見る。
魔女はわざわざ椅子ではなく爽太の机の上を腰を落として、爽太の問いに答える。
「爽太の家に、暫く、ご厄介になるということ。そう決めたから、決定したから、確定したから」
「ご厄介になるって……。ええええ? 仰っている意味が解らないんですけど……」
戸惑い慌てる爽太。女子が自分の部屋に入ってきたのは小学生以来にも関わらず、見ず知らずの相手ましてや美人を泊まらせるほど、自分の親の心が広い訳ではない。いや、常識的に考えて――無いだろう。ダメだろう。
「泊まろうにも、ウチの親が許すとは思えないんですけど……」
「ああ、その辺は大丈夫よ」
「大丈夫?」
訝しげに訊き返すと、コンコンとドアを叩く音と共に「爽太、洗濯ものが有るなら出しておきなさい」と、爽太の母親が入ってきたのである。
「あっ、ちょ!」
爽太の静止も間に合わず、母親は真っ先に魔女の姿に気付くと、思わず目が点になった。
「ど、ど、ど、ど、どちらさまで?」
息子の部屋に女子が。しかもとびっきりの異国の美人が座しているのに、動揺を隠せない。一方魔女の方は慌てずに、冷静のまま。
「ひどーい、おばさま。どちらさまですかだなんて、親戚の私の顔を忘れたんですか?」
ウインクをして見せると、爽太の母親の瞳がとろーんとして、視点が定まらなくなった。
「……ああ。久しぶりね、どうしたの?」
「久しぶりに日本に来たんですけど、泊まる所が無くて。それで、おばさまの所で泊ってもよろしいですか?」
「あら、そうなの。ええ、別に構わないわ。こんなちっぽけでオンボロの家で良ければ、何日でも泊って良いからね」
「本当! ありがとう、おばさま!」
魔女は感謝の気持ちを込めて、母親を抱きしめた。その光景に、ただ茫然と眺める爽太。
「それじゃ、何も無いところだけど、ゆっくりしていってね。あ、お菓子を持ってくるから、ちょっと待っててね」
「はーい!」
母がフラフラと部屋から退出すると、
「いやいやいや!」
爽太は叫んだ。
先ほどの見ず知らずの相手への不審な態度とは打って変わって、母の歓迎ムード満載の豹変ぶりに疑問しかない。あからさまに様子もおかしかった。
「魔女さん、何をしたの?」
と、言いつつも何をしたのかは、ある程度予想できている。催眠術系の魔法かなにかで操ったのではないかと。
「もちろん、魔法で爽太のお母さんの精神をコントロールしただけよ」
「やっぱりか! というか、そんなことをしても、母さんは大丈夫なのか?」
「ご安心を。私のマインドコントロールの魔法は、携帯電話の電波が及ぼす人体影響よりも安全だから」
「いやいや、そう聞いても安心できない……えっ! 携帯電話の電波って身体に悪いの?」
「そうよ。だから、爽太も使用を控えなさい……とっいても、今の世の中、電波があっちこっちに飛んでいるから無理な話しではあるけれど」
「はあ……。いや、そういうことじゃなくて」
携帯電波が身体に悪いという情報を気になりつつも、それよりも、なぜ、自分の家に宿泊する真意を訪ねたかったが、
「はーい、お待たせ!」
母親が再び入ってきた。今度はお菓子を持って。ところが、歩みを止めて思わず考えこむ。
「……あれ? ウチの親戚に外国人が居たかしら……」
正しい疑問である。爽太の親族は生粋の日本人ばかり。外国人と国際結婚した親戚はいない。無理やり記憶を植え付けてしまったので、記憶違いに混乱を招いてしまっていた。
「ん~。この方法だと多少の食い違いが発生するのよね。次からは、もっと根本的な方法が良いかしらね……」
小さな声で悪巧みをするかのような思案が漏らして、魔女は再び魔法で爽太の母親を精神操作(マインドコントロール)を行った。
母に向けた手のひらから光が発する。今度は強力な精神操作だ。
「うん、些細なことよね。人類は皆兄弟って言うしね。それじゃ、ごゆっくりね」
自分に言い聞かせるように母は呟くと、腑に落ちたらしく退出していったのであった。
「……魔女さん! 人の親になんてことを!」
爽太が怒鳴りあげるも、
「大丈夫、大丈夫。精神障害とか絶対に発症しないから。仮に何かの病気になったら、私が全責任をもって完治させるからさ」
魔女はあっけらかんとした態度で返した。
大丈夫という言葉を信じて……いや、信じ込むしかない。爽太は魔女の圧倒的な奇異感に飲まれてしまっていた。
魔女が自分の家に宿泊するのは、決して覆させられない確定事項なのだ。これまでの魔女との関わりで、存分に思い至っていたのである。
「それで、あの子……尾林さんだっけ?」
話しながらお菓子を一つまみ、頬張る魔女。
「女子の頼みを無下に断るなんてね。せっかく、先見の明という能力を持っているのだから、有効的に使ってあげたら良いじゃない。冗談半分での頼みじゃなかったっぽいし」
球技大会が終わった後、尾林稀衣という女子からの頼みごと。
『私が、いつ死ぬか、教えてくれませんか?』
爽太が感じている疲労の大半の理由であった。
「……その能力で、イヤな思いをしたんだ」
「それは、あの子が言っていた、爽太の昔話しに関係あることなのかな?」
「……」
爽太は何も答えず、沈黙で返した。
「やれやれ……」
無視を決め込む爽太から訊くのは難しいと判断した魔女は、近くの本棚を探り始める。
「ちょっと! 何してるんですか!」
「エロい本……じゃなくて、昔のアルバムをね探しているの。出来れば卒業アルバムをね」
「や、やめてください!」
まだ浅い関係の相手に、過去のアルバムを見られるのはとても恥ずかしいものである。
「それじゃ、教えてくれてもいいんじゃない。あの子が言っていた、爽太の昔話しを」
「それは……」
爽太は視線を逸らすと、ふと稀衣との会話がよぎった。
■■■
「私がいつ死ぬか教えてくれませんか?」
「……はい?」
見ず知らずの相手(稀衣)からの突拍子もない発言内容に困惑するしかなかったが、一方稀衣は真剣な表情を浮かべて話しを続ける。
「あ、あの! 私の友達から聞いた話なんだけど、藤井くんは人の未来……いつ死ぬとかが解るみたいですよね。昔、言い当てたとか」
その言葉に、爽太の鼓動が激しく打ち、心に強烈な痛みが奔った。
「その……。それで、私がいつ死ぬかを教えて欲しくて……」
稀衣の顔を見ないように爽太は痛みで歪んでしまった見せないように顔を斜め下に向けてから、口を開いた。
「……悪いけど、自分は人の未来とかが解るとか出来ないから」
「そんな! だって、本当に言い当てたって……っ!」
爽太は生気を失った瞳を稀衣に向けた。
「子供の時の冗談を真に受けとらないで欲しいな……。それじゃ」
冷たく言い放つと稀衣を無視して歩き始めた。素っ気なく去りゆく爽太に、オロオロと戸惑う稀衣。
その二人を近くで黙って眺めていた第三者の魔女は、短い時間での意味深な会話内容に、不敵な笑みを浮かべていたのだった。
■■■
魔女は本棚から小学校の卒業アルバムを見つけると、手に取りページをめくり始めた。そこには五年前の爽太が写っていた。この時から既に、目の下にクマが出来ており、笑顔の無い生気を失った顔だった。
「それで、昔、何が有ったの?」
と訊いてはいるが、爽太の能力、稀衣の会話内容から、ある程度は推測していた。けれど、直接本人から真意を聞きたいが為に、あえて訊ねた。
爽太にとっては思い出したくもない過去の出来事。言いたくもない。だが、魔女は訊きだすまで、ここから離れようとしないだろう。爽太は瞳を閉じ、観念したかのように渋々と語りだす。
「未来が解る……先見の明の能力で、色んな未来が解りました。テストの範囲が解ったり、あるマンガの先のストーリーが解ったり、友達の未来が解ったり……。占いや予想屋の類でしたけど、それで小学生の時は人気者だったんですよ。あの頃の自分は特別の存在だった自負していました。だけど、あるクラスメートの未来……溺れて死んでしまう未来を予見してしまった。もちろん、その子に警告しました。溺死してしまうから、海とかに近寄らない方が良いと。だけど……」
「その子が本当に亡くなったしまったのね……」
魔女は卒業アルバムに目を通しつつ答えた。そして、亡くなったクラスメートのことが書かれている一文を見つける。
『久美ちゃんが海の事故で亡くなったのが、今でもショックです。久美ちゃんと一緒に卒業して、一緒の中学校に行きたかったです。久美ちゃんがいなくなってしまって……』
少女の名前は児玉久美。夏休みの旅行で行った先の海水浴で溺死したようだった。
「児玉さんの死を言い当てたしまった為に、自分が呪い殺したんだと言われの無い中傷をされるようになったんです。それから変に気味悪がれたりしたり、前みたいに予見したテスト範囲を教えたとしても、誰かが先生に密告して、テスト範囲を変えられてしまって、予測が外れてしまって信用を失ったりして、いつのまにかクラスから疎遠になってしまいました」
「なるほどね……」
魔女は写真の爽太の様子を察した。
(この生気の無い顔は、そういう理由か。それに、バスケの試合の結果を変えた時に、不快感を催したのは勝手に変えたからね)
爽太は両手で顔を覆い隠した。涙がこみ上げてきたからだ。
「……今だから言えるけど、自分は児玉さんのことが好きだったんです。でも、亡くなってしまって……凄いショックを受けて、そこから人間不信になってしまって、極力人に関わらないようになったんです」
「確かに不幸なことだけど、そこまで抱えこまなくも良かったんじゃないの? 関わらないにしても、言わなければ良いだけじゃない?」
「ある程度、その人の個人情報を知ってしまうと、意識しなくても未来を予見してしまうことがあるんです。もし不幸な未来が見えてしまったら……その事を忠告したとしても、また聞き入られなかったら……」
「トラウマになった訳だ」
他人の不幸は蜜の味、というタイプがいるかもしれない。爽太はその手のタイプとは違うようだ。根は純粋なのだと、性格判断をした。
陰湿で陰気な重い空気が室内を覆ってしまう。そこで魔女は颯爽と立ち上がると、
「そうか……。よし、解った!」
満面の笑顔を浮かべて明るい声で言い放ちながら、爽太に右手を差し伸した。
「ならば、その運命を変えてみない?」
突然の口上に「え?」と戸惑う爽太だが、魔女は話しを続ける。
「運命には、二つの運命があるの。“変えられる運命”と“変えられない運命”。人間にとって……。いえ、生きている物々にとって、変えられない運命って、何だと思う?」
「変えられない運命……?」
急に哲学的な事を問われても、すぐに答えられるものではない。なので、すぐさま魔女が答えを述べる。
「それは“死”。死ぬの“死ね”。生あるものは必ず死んでしまう。それは絶対の運命。でも、死は遅いか速いかだけに過ぎないだけのこと。これは理解は出来るわね?」
確かにこの世に死なない生物などはいないし、百年近く長生きする人がいれば、病気などで若くして亡くなる人もいる。
「死は変えられない運命。だけど、“いつ死ぬか”は変えられない運命ではない。さっきも言った通り、死は遅いか速いかだけに過ぎない。つまり、何歳で死ぬかは変えられる運命だという訳よ。例えば……極端な例だけど、自殺は変えられる運命と言えるわね。他にも癌とかの病気に掛かったとして、手術をしないよりも、した方が延命することも出来るわね」
魔女が言いたいことを、なんとなく理解できたので爽太は黙って頷いた。
「ということは、爽太がその子を必死になって、海水浴に行くのを止められていたら……死を変えられた」
実際、久美が溺死で亡くなった後、もしもっと積極的に止めていたらと自分自身を大いに責めた。あの時、感じた不快でどうしようも無い気持ちが心を覆い尽くしていく。
「だったら、そんな風に運命を変えてみない?」
爽太は点になった目で魔女を見た。「ふふっ」と謎めいた含み笑いをした後、魔女は得意げな表情を浮かべている。
「……変えてみないって、どうやって?」
「私を誰だと思っている、正真正銘の魔女なのよ!」
暗い気持ちで重くなっている頭で爽太は、魔女の言葉の真意を巡る。
「なんですか。魔法とかで時間を戻して過去に行くとかですか?」
自分で言いながらも幼稚すぎると実感したが、魔女はサラッと――
「簡単に言えば、そんな感じかしらね」
肯定をした。
「で、出来るの!?」
「でも正確には、時間を戻すという訳じゃないわ。そもそも時間という概念は人間が勝手に決めたものだからね。この世界の過去、現在、未来を構成しているのは“万物の精神”の“記憶”なのよ。つまり、記憶を遡ることで貴方たち人間がよく言うところの、タイムスリップが出来る訳。タイムスリップではなく、記憶改変―メモリーリストア―と言った方が正しいかな」
爽太は呆然と……よく理解をしていない表情になっていた。
魔女が話した内容は、世界の真理の一つである。
この世界には“時間”というものは存在しない。“記憶”というものが存在している。その“記憶”の断片や流れを、人間は“時間”と置き換えているだけに過ぎない。
先見の明の能力を持っていたとしても、基本は普通の人間である爽太が理解できないのは当然であろう。魔女ですらこの世界の理を知って、今の自分になった時に知ったからなのだから。
「まあ、小難しい話は横に置いときましょう。結局は、過去に戻って歴史を変えるのと同義ってことだし。それで、どうする? 児玉久美という女子と爽太の運命を変えてみる気はある?」
まるで悪魔と契約するかのような、甘言な誘い文句だ。
何度も苦悩した出来事を無かったことに出来るならと、爽太は深く考えず静かに頷いてしまった。
心の隅っこで、冗談だと思い信じていなかったからもある。
しかし魔女は、爽太の心の中を見透かすかのように微笑みを浮かべた。
「解ったわ」
魔女は手を差し出して、爽太の両瞳を覆い隠した。当然、視界を遮られて暗闇の世界が広がる。
「綴られた記憶を思い返し……(スタフセットミニーフッサフーリターン……)」
不思議な呪文を唱える魔女の声が響き、意識が次第に遠のいていった。
■■■
真っ暗な空間。暫しの静寂。やがて、声が……子供たちの騒ぐ声が聴こえ始めた。
その声に呼び覚まされて、爽太はゆっくりと目蓋を開けると、
「なあ、夏休みどうするんだ?」
「この後さ、おまえん家に行っても良いか?」
「え、外国旅行に行くの。いいな~。お土産、よろしくね!」
「通信簿、貰いたくないな……」
大勢の子供たちが教室で談笑していたのである。
寝起きのような状態で意識がハッキリとせず、現状を掴みきれていないまま辺りの様子を伺うと、まず目についたのが教室の黒板の日付……七月二十日と書かれている。
周りの子供たちには見覚えがあった。小学生の時の同級生たちだ。徐々に意識が鮮明になっていくと共に、違和感がした。
爽太は高校生である。だが、周りの子供たちと同様に、小学生になっている自分がそこに居た。
「なんで自分はここに? いや、そもそも、なぜ小学生に?」
小学生の時の記憶と高校生の時の記憶が混在しており、状況を理解できないでいた。
『落ち着きなさい、爽太』
そっと自分の肩に手を置かれ、囁いてきた。
いつの間にか隣には、一目で自分よりも年上である女性が立っていたのである。
どこかで見覚えがある人物だったが、何者なのか思い出せない。しかも、他の生徒たちは女性に気付いていない。
不思議そうに女性を見つめる爽太。
『ありゃ? やっぱり記憶が混乱しているわね……。まあ、今の記憶と過去の記憶がバッティングし合っている状態だから、しょうが無いわね』
すると女性は中指を内側に丸めて親指で抑えると、爽太の額に向けて、デコピンを食らわせた。
直接脳みそに電流を感じ、気絶するような痛みが奔る。クラクラと眩暈がした後、目の前の人物が何者か明瞭となった。
「魔じょっ!?」
すかさず魔女は人差し指を爽太の前にかざし、静止させる。
『どう、思い出した?』
これまでの経緯や今回の本題を強制的に伝授したのである。
自分が何者か、これから何をすべきかを思い出した爽太は静かに頷くと、改めて落ち着いて辺りを見渡した。
ここは八年前……小学四年生の光景が広がっている。
爽太の額には先ほどのデコピンの痛みがある。古来より痛みを感じられたのなら、夢では無い証明ではあるが。
(魔女さん、ここって……)
声に出さなくとも心に思ったことが魔女に伝わる。
『そう。ここは、児玉久美が生きていた頃。いわゆる私たちは過去にやってきたのよ。さあ、未来を変えてみなさい』
魔女は静かに爽太の背後に移動すると、
「爽太くん、どうしたの?」
隣の席に座っている女子が話かけてきた。艶のある黒く長い髪の少女―児玉久美だ。
久美の生きている姿に、生の声に、爽太の心は大きく弾み、そのまま天高く飛んでいきそうになった。
「さっきから、ぼーとして……もしかして具合が悪いの?」
「……あ、いや、別に何でも……」
気持ちを落ち着かせる。夢のようで夢ではない現状を、後ろに堂々と立つ魔女の存在によって受け入れることができた。
「ところで爽太くんは、夏休みはどっかに行ったりするの?」
記憶が蘇る。今日は一学期の最終業式の日。全校集会が終わり、通信簿を持った先生が来るのを待つ休み時間。
そして、この時の会話が、彼女と交わした最後の会話だった。
「えっ……。ああ、まだどこかに行く予定とかは無いよ」
「あ、そうなの」
「児玉さんは、どこかに行ったりするの?」
「うん。親戚の家に行く予定で、そこで海水浴に行くの」
「へー。そういえば、児玉さんは泳ぎが得意だったよね。この間のプールでも二百メートルも泳げていたし」
「そうなの。だから、今度こそ双子岩まで泳ごうと決めているの」
「双子岩?」
「私が行く海水浴場の海岸から、ちょっと離れた場所に大きな二つの岩があってね。去年、従兄弟のお兄ちゃんたちはたどり着けて、そこまで泳げられなかった私はバカにされたの」
「へー、そうなん…ッ!」
突如、爽太の網膜に映像――海で溺れもがく久美の姿が見えた。
八年前に見た時と同じ映像だった。
「こ、児玉さん……」
言葉に詰まる。
あの時は、まだ自分の先見の明に不確かで、大げさに言わない方が良いと思い、
『児玉さん……海に行くのなら気をつけた方が良いよ。なんか悪いことが起きる気がする』
あたりさわりのない注意勧告をしただけだった。
だが、見えた悲劇の映像は、必ず起きる未来の出来事。何度も悪夢で苦しみ、やり直したいと願った場面。だけど、どうやって説明すれば良いのか解らなかった。
正直に伝えたところで、信じてくれるとは限らないが――
「児玉さん、その海水浴は行かない方が良いよ」
素直に話したが、当然のごとく「えっ?」と驚きと共に怪訝な表情を浮かべる久美。
「ど、どうして、そんなことを言うの?」
「その……。児玉さんが溺れるから」
必ず訪れる未来の出来事を断言したが、
「あー、もう爽太くん、ヒドイこと言うのね。心配しなくても大丈夫……」
内容からして悪い冗談だと思われてしまい、久美は微笑み返す。
真実を告げたからといって、誰もが信じてくれる訳ではない。嘘でも冗談でもなく本当であると、説得と納得させなければならない。
「……児玉さん、僕がよくテストの内容とか当てているでしょう」
「う、うん……」
「それは僕が、なんとなく未来が解るからなんだ」
突然の打ち明け話に久美は付いていけず黙してしまうも、爽太は話を続ける。
「それで児玉さんが溺れて死んでしまう未来を見たんだ。しかも、その未来は絶対なんだ。児玉さんが溺れて死んでしまうのは!」
突然のタイムスリップで考えがまとまっていないので、直結過ぎる内容だった。久美はたじろい、「えっ…と……」と戸惑うしかなかった。
「だから絶対に海に行かない……」
まだ納得していないのを察して、必死に説得を続けようとしたが、
「はーい、みんな席に着いてー! お待ちかねの通信簿のお時間よ!」
担任の先生が教室に入ってきた。久美はいつもと様子が違う爽太を気にしていたが、先生が教壇に立つと前を向いた。
クラスメートたちも自分の席に戻り、ホームルームが始まる。命に関わることだが話しを出来る雰囲気ではない。
『ありゃーダメだよ、爽太』
魔女の声が頭の中に響く。
(わかってるよ……)
これまでの経験上で、未来について注意を促したところで真に受けてくれる輩はいなかった。だから自分の心や性格が屈折してしまったのだ。しかし、今は反省する時ではない。何のために、過去に戻ってきたのか。それは久美の命を救う為。
ひとまず爽太は、説得案を練りつつ時間が早く過ぎるのを待ったのだった。
■■■
放課後――終業式の日は午前中に学校は終わるも、クラスメートたちは先ほど渡された通信簿を見せ合ったり、夏休みの用事について盛り上がったりして、教室に残る者が多かった。当然、久美も友達と会話を楽しんでおり、爽太はじっとその光景を伺っていたのであった。
『どうしたの、話しかけないの?』
(さっきみたいに説明しても、たぶん児玉さんは信じて貰えないと思って)
魔女は解りきった様子で平然と頷く。
何もせずに手を拱いているだけでは、久美の未来は変わらない。
(魔女さん、どうすれば良いと思う?)
『言ってダメなら、何かしら行動を起こさないといけないでしょう』
(行動を?)
『要は、当日にあの娘を海に行かせない。海に行ったとしても、泳がさなければいい訳よね』
(だけど、何度忠告しても……)
『爽太だって、子供の時に実証が無い不確かな言葉なんて信じないでしょう』
(そ、それは……)
魔女が言うとはもっともだ。自分の発言は朝の占いみたいなもの。天気予報だったなら、幾分かは信じて貰えるだろうか。
「あっ、そうか!」
思わず声が漏れた。
『何か閃いたようね?』
爽太は慌てて口を手で隠して、魔女に話しかける。
(天気予報だって占いみたいなものだけど、実績を積んで人々から信用されるようになったんだ。だから、ことあるごとに児玉さんの未来を予見して教えてあげれば、いつかは……)
『そうね……でも、“この時”の爽太は自由に予見を出来る力は備わっていたの?』
確かにこの時は、先見の明……意識的に予見することができなかった。
さっきの久美の予見も突然見えたものだ。まだ能力が覚醒してはなかった。もし予見したから言って、的中率は低いだろう。
再び爽太は考え込むものの、良い案が思いつかなかった。だからこそ、藁をつかむかのように魔女の方を見た。
(魔女さん……何とかしてくれませんか? あの、バスケ部の赤城を体調不良にしたみたいに、自分の予見を変えてはくれませんか?)
その言葉を待っていたかのように、魔女は笑みを浮かべる。
『まあ、それがベストの方法でしょう。その為に私もメモリーリストアした訳だけどね』
魔女は「後は任せて私におきなさいな」と言わんばかりに、爽太の頭をポンポンと軽くたたいた。
魔女が何をするのか様子を伺おうとしたところ、
「おい、爽太。なにボーとしているんだよ。帰らないのか?」
気軽に声をかけてきたのは、当時、とても仲が良かった友達の“竜也”だった。
「う、うん。ちょっと考えごとをしていて……」
「考えごと? お前のことだから通信簿の成績が悪いとかじゃないよな。何もなかったら一緒に帰ろうぜ」
「あ、でも……」
ちらりと魔女の方を見る。
『ここで無理に改変しない方が良いみたいだし、爽太もメモリーリストアについて解ってくれたし、少しメモリーを飛ばすわね』
そう言うとおもむろに人差し指を立てて『メモリア・アンテエ……(記憶の先にある……)』と呪文を唱(とな)えだすと、指先から強烈な光が発せられて、爽太を包んだ。
■■■
気が付くと、爽太の眼前に海が広がっていた。
熱い日差しに照らされて熱された砂浜には、大勢の人が海水浴を楽しんでいる。
「えっ? あっ?」
教室から突然の海に激しく動揺していると、
「なに、ぼけっとしているのよ爽太」
背後から声をかけられて振り向くと、水着姿の魔女が立っていた。ビキニのワイヤーホルターからこぼれそうな豊満の胸は、草食系男子を肉食系に変貌させてしまうほどの魅力を醸し出している。
「ま、魔女さん! なんで? ここは?」
「田ノ浦ビーチってところよ。せっかく海に来たのだから、水着じゃないと不自然でしょう」
「いや、そういうことじゃなくて」
「はいはい、わかってます。わかってます」
魔女は人差し指を爽太の額にあてると、記憶が流れ込んでくる。
終業式の日から、久美がいつ海に行くのか調査していたが、当時小学校の規則でSNSのアカウントを持つのは禁止されており、久美は規則を順守する真面目な子だった。
ネットなどからは簡単に情報を収集できない状況だった。爽太は、この時の自分が先見の明を上手く扱えなかった理由が解った気がした。
ならばと当時の遊び場だった公園や学校のプールなどに赴いては、久美から話しを聞いて、お盆の期間に親戚の家へ行くのを知ったのであった。
バスケ部の赤木のように当日、久美を体調不良にして親戚の家に行くのを中止にさせようとしたが、
「せっかく命を救うのなら、ドラマティックにしましょうか」
と、魔女の気まぐれによって、久美が溺れるところを助けるという方針が決まってしまった。
今はお盆の真っ只中。その時、爽太は母方の親戚の家に連れていかれたのだが、魔女の魔法によって、この海水浴場へ瞬間移動してきたのである。
魔女はどこからともなくビーチチェアやパラソルを出現させては、優雅にくつろいでいた。
「ちょっと魔女さん!」
目的を忘れているようなスタイルに爽太が声を荒らげた。
しかし、あられもない魅惑のボディーに、普通なら世の男性を虜にして釘づけになるものだが、不思議なことに誰一人こちら見ようとせず素通り……むしろ避けているようだった。
「ああ、大丈夫大丈夫。結界を張っておいたから、他の人たちには私たちの姿を認識できないわよ。だから、心置きなくあの娘をストーキングでもしてなさい」
「ストーキングって言わないでください」
渦中の久美は、海の家で家族と親戚一同と昼ご飯を食べていた。五人の子供たちの中に唯一の女子である久美が居た。
年長の従兄はさっさと焼きそばを食べ終え、泳ぎに行こうと久美たちを急かしていた。
やっとこさ久美も食べ終えて誘われるがまま海の家を出ると、子供たちは海浜へと走り出す。
「よーし。それじゃ、あの岩まで泳ごうか」
従兄が指さした先には、沖合に二つの岩が海面に坐していた。地元では双子岩と呼ばれる岩海で、浜から程よく離れた場所に在るため、よく海水客が遊び場として泳いでいく場所でもあった。
男子たちは手首足首をクネクネさせて準備体操を始めると、久美も輪に入ってくる。
「おっ、なんだ久美も来るのか?」
「止めとけ、止めとけ。まだ久美には無理だろう。一緒に来るにてしても浮気をしてこいよ」
「大丈夫だよ。プールの授業で二百メートルも泳げるようになったんだから。今年は私も、あそこに辿り着けるもんね!」
親戚は男子ばかりで、いつも仲間外れにされている疎外感から、つい対抗心を燃やしてしまう久美だった。
海に入った時、『溺れるから気を付けた方が良い』と、爽太の忠告が頭によぎったが、注意して泳げば大丈夫だよねと楽観視で、従兄たちの後を追った。
プールで泳げるからといって、海でも泳げれるとは限らない。むしろ、プールと海は別物である。一番の違いは、海には波があり潮流や海浜流という流れがあることだ。特に海浜流の一種である離岸流は著名であろう。離岸流の発生のメカニズムは基本的には引き潮によるものだが、波や潮流などの海象によっても引き起こされ、いつ発生するかは不明である。
久美は双子岩まで、あと半分のところに居た。従兄たちは既に双子岩に辿り着いており、久美の到着を待っていた。
平泳ぎで着実に距離を縮めており、体力も余裕があった。昨年のリベンジを果たせると思ったのだが、前に進んでいたはずなのに徐々に双子岩から遠ざかっているのに気付いた。
「あれ?」
双子岩に向かって泳いでいるものの、一向に近づけず、むしろ沖合へと流されていた。離岸流に巻き込まれていたのたが、久美や親戚の従兄たちは気づいていなかった。
「おい、久美。何やっているんだよ。まっすぐ来いよ!」
従兄の檄に意地を張り、久美は平泳ぎからクロールに泳法を切り替えたが、小学生の筋力……というより大人ですらも離岸流に逆らえるものではない。
躍起になり、力を入れて泳ぐが状況は変わらず。やがて無理な力で泳いだの影響で、
「あっ、痛っ!」
突然、久美の右足に痛みが奔り、痙攣した。足をつってしまったのだ。
痛みで静止できずもがいてしまい浮力を失い、自ずと沈んでしまう。助けを呼ぼうとしたが、海水が目や鼻、口に入って上手く声が出せない。それがよりパニック状態を引き起こしてしまい、身体をバタつかせるだけの動作となった。
久美の異変に気付いた従兄たちは救助に向かおうと、双子岩から飛び込んだ。
年長の従兄と言えど、まだ小学六年生だった。子供が子供を助けるのはリスキーであり、二次被害の可能性が高い。だが、緊急状態であり、冷静判断が出来なかったのだ。また従兄たちも離岸流の餌食になっているとも知らない。
久美は海中に引き込まれてしまうように沈んでいき、海水が鼻や口に遠慮なく入ってくる。苦しさに意識が朦朧していき、やがて途切れた。
「児玉さん!」
爽太が久美の腕をつかんだが、応答はなかった。
隣を向くと魔女が黙ったまま頷き、久美の背後に周り、手を広げると何処からともなく浮き輪が出現したのである。
久美は浮き輪の浮力の押されて、そのまま海面へと出たのである。
「まあ、こんなものね。後は……(流れゆくは向きは我が思うままに……)」
海の中にも関わらず魔女の声がはっきりと聞こえ響き、爽太は海が動いているような感触を感じた。
「おい、久美。大丈夫か!」
海上では、従兄たちが浮き輪によって浮かび上がってきた久美を疑問に思うも、容態安否を優先していた。
「早く、久美のおばちゃんに……あれ?」
潮の流れが海岸へと向かっており、久美や従兄たちは浮き輪にしがみ付いたままでいれば、自然と着く計らいとなっていた。
先ほどの魔女の魔法の効果である。
「あれで良かったのかな?」
爽太と魔女も海面に上がり、久美たちが無事砂浜に着くのを見守っていた。
「多分ね。あの子が特別な運命の子でない限り、生存しているでしょう。こういう事故に遭った後に、海に泳がさせる親なんていないだろうし」
だが爽太は釈然となかった。本当に命を救えたのか確証を得られていないから。もう少し様子を見ようとしたが、
「いつまでも海に浸かっていないで、さっさと結果を見に戻りましょうか。私と爽太が出逢った時へ」
そう魔女が言い放った瞬間――辺りの景色が歪みだし、まるで早送りしたように世界が勢いよく回り出したのであった。
夏休みが過ぎて小学校が始まり、瞬く間に秋、冬、春、夏が次々と訪れて、いつのまにか小学校を卒業して中学生へ。その中学生もまばたきを三回したら終わっていた。
そして――高校二年生、魔女と再び出逢ったのだった。
■■■
「……はっ!」
爽太は正気を取り戻したが、グワングワンと頭が揺れて響いている。眩暈がして、まともに立っていられなかった。
暫しまぶたを閉じて落ち着いて所で、ゆっくりとまぶたを開く。今居る場所が自分の部屋だと認識した途端、これまでの出来事……魔女と出逢い、久美を救うために記憶改変したのを思い出した。
「やっと返ってきたわね」
声がした方を振り向くと、自分の机の上に腰を落として、「チャオ!」と言いたげそうに手を振っている絶世の美人がいた。
「ま、魔女さん……あっ! ちょっとそれを貸してください」
爽太は魔女が持っていた卒業アルバムを奪い取ると、破ってしまうのではないかと思うぐらいに勢い良くページをめくった。
集合写真の中に児玉久美が立っている姿を見つけると、爽太は全身の力が抜けて膝を地面に着いた。
他の写真にも久美が写っていた。文集ページでは『久美ちゃんとは中学校に行っても、高校に行っても、いつまでも仲良くして行きたいです!』と書き換わっていた。
より久美の生存確証を得るために、爽太は自分のスマートフォンを取り出すと、久美のSNSを見つけては、日記などを確認した。久美は鶴見ヶ丘高校に通っているようだ。
ようやく久美が生きている実感をして、安堵の息を吐いた。
「どうかしら、実際に歴史……過去を変えてみて?」
妙な感覚があった。スッキリとしない違和感。久美を救うために歴史を改変した為のシコリのようなものだろうか。久美の命を救ったというのに、自分自身に、先見の明に対する忌が拭いきれなかった。
ふと、転がっていた卒業アルバム……卒業文集のページで『この六年間で一番ショックだったのは、竜也くんが亡くなってしまったことです』の一文が目に入った。
「竜也くん、が亡くなった……っ!」
竜也は、とても仲の良い友達――で、小学五年生の時に階段から滑り落ちて亡くなった。その死も直前に先見の明で見えて忠告したが、竜也は冗談だと思って鵜呑みにせず最悪の結果が起きた。そして竜也の死を宣告したのが切っ掛けで、クラスメートから避けられてしまい、孤独となった――記憶が次々と彷彿されていく。
爽太は困惑した瞳を魔女に向けた。
「なるほどね。そういう風に修正されましたか」
「それは、どういう意味……?」
「そういう運命だったということよ」
雑過ぎる一言だった。無論、解る訳が無い。詳細を求めようとした時―魔女は微笑んだ。
「詳しく話す代わりに、君は、この世界の秘密を知る覚悟はあるかしら?」
重々しく冷淡な声だった。記憶改変という、まさしく歴史を変えた大所業を誘った時の軽い雰囲気は何処へやら。
「世界の秘密?」
知るしかない状況だった。これまで異常で不可思議で奇奇怪怪な出来事ばかり体験している。久美を救えたのに、他の…竜也が死んでいた理由を純粋に知りたかった。
「この世界や生物は、万物の精神によって成り立っているの」
「万物の……精神?」
「万物の精神には、この世の全ての事象が記録……運命づけられている。私たちの世界は、その万物の精神をなぞっている訳だけど、必ずしも運命通りに進行する訳ではない。ちなみに爽太は、スケジュール通りに完璧に進行出来る? 何時に起きて、何時に学校に行くとかね。だけど、想定外のイレギュラーな出来事は起きてしまうもの。例えば、時計が止まって目覚まし音が鳴らなくてしまったりね」
魔女は一呼吸を置いて、爽太に微笑んだ。
「さて、爽太くん。ここでクイズです。時計が止まってしまい、家を出る時間が大きく遅れてしまいました。普段なら歩けば間に合うのですが、このままでは学校に遅刻してしまいます。遅刻しないようにはどうすれば良いでしょうか」
先ほどの話しを理解しているのかを確かめる為だったが、まだ混乱しているのに突然の問いに解凍できるはずもなく「えっ…と……」とまごまごしていたのが、魔女はじれったさに耐えきれず、答えを述べる。
「そういう場合は、走って間に合わせようとするでしょう? またはバスやタクシーとかに乗って移動するのも考えられるわね。つまり、何かで都合や辻褄を合わせようとする。それが、万物の精神でも発生したりするのよ」
「……ということは、児玉さんの死ぬ運命を竜也が死ぬことで辻褄を合わせた?」
魔女は頷く。
「でも、なんで? そんなことでが……」
「この世界や人間の運命は、予めおおまかに決まっている。この“おおまかに”が、厄介なのよね。憶測だけど、あのクラスの生徒の誰かが死ぬ運命が決まっていた。運命としては児玉久美でも竜也でも、もしかしたら爽太でも良かったかも知れないわね」
前に魔女が言っていた台詞を思い出す。
運命には、変えられる運命と変えられない運命がある。変えられる運命は、死の期限。変えられない運命が死そのもの。
人の生死が、自分の判断や行動で左右してしまう責任の重さを今更大きく実感してしまい、身体が重く感じた。
「まあ、こういう風に修正されるのは、よくあることから、そんなに深く考えないことね」
爽太の鬱積を払いのけるように軽い口調で励ますように述べたが、落ち込んだまま。
「だったら、また記憶改変(メモリーリストア)する? でも、私の経験上、改変してこういう結果になった場合は、竜也を救っても、また他の誰かが死ぬかも知れないけどね」
慰めと諦念させるかのように魔女は言った。
爽太は全てを悟っている魔女の言葉に疑念を抱く。最初から不思議で、不審な人物。自身を魔女と呼び、正真正銘の本物。
久美の生死の運命を変える超常現象を起こして見せた。確かに現実の出来事。
その力を持っている魔女は――
「……あなたは、一体何者なんです?」
「私のことについて話すと、長くなるわよ」
それでも構わないと心構えたが、
「爽太、マーちゃん。ご飯が出来たわよー!」
母からの呼び声が響いた。
ご飯を食べている場合では無い。先ほど世界の秘密を教えてくれたのなら、魔女自身を一刻でも早く教えて欲しかった、知りたかった。だが、
「はーい! はあー、お腹空いちゃった。ほら、爽太も早く行きましょう!」
代わりにと魔女が返事をして、颯爽と部屋を出ていったのであった。
「あ、ちょっ……」
独り部屋に残された爽太。魔女を止めようとした右手が虚しく空を掴む。
床に転がっている卒業アルバムに視線を向けて、久美の顔写真を見る。
久美のあどけない少女の表情。
小学六年生の時に撮った写真……おぼろげながら記憶がある。それと伴ない、ほのかな想いが燻った。
竜也の死の運命を変えるべきかと考えたが、魔女の言う通り、もし変えても他の誰かが代わりになるだけとしたら。もしくはまた久美が犠牲になったら……。非情なのかも知れないが留保した。今は魔女から話を訊くのが先決だった。
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