冬休みSiNGULARiTY~シンギュラリティ~
和本明子
第1話 魔女 ―フォーサイト―
とある市立高校の教室。
張り詰めた空気が漂う中、生徒たちは誰一人口を開かず、ひたすらに頭脳をフル回転させ、手にしたシャープペンシルを動かして、書き込み音を教室内に響かせている。
黒板には『後期中間考査 英語Ⅱ』と大きな字で書かれていた。
時は十二月初旬。そう、生徒たちは年内で一番の壁―期末テスト―に立ち向かっているのだった。
ペンが進まない者、机に伏せて既に諦めた者、そして努力の成果を披露している者。奮闘する生徒の中で特に快調にペンを走らせる“男子生徒”がいた。
その男子生徒は、柔めの天然パーマであるため、一見、寝癖のようなボサボサヘアーで不格好な髪型。瞳は生気を失い淀んでいて、目の下に黒ずんだクマができてはいるが、昨晩、テスト勉強の徹夜をしたからではない。中学生の頃からの付き合いだ。
男子生徒のペンは止まらずに、解答欄を埋めていくが、他の生徒たちとは様子が違っていた。さらっと問題文に目を通すだけで特に悩むこともなく考える間もなく、答えをただ書いているだけだった。
別にカンニングなどの不正行為をしている訳ではない。
彼の“特殊な能力”によって、もたらされた動作である。
男子生徒は全ての解答欄を埋めると、最後に『二年三組 藤井爽太』と自分の学年と名前を書いた。
爽太は一息を吐き、もう一度解答用紙を見直して、間違いや記入ミスがないかの確認を行う。
――爽太には不思議な力があった。“未来が解る”という特殊な能力が――
未来が解る為には、ある程度の情報を揃える必要がある。予想と言った方が良いかもしれない。だが、爽太の予想の的中率は尋常ではなく、ほぼ必中させてしまうのだ。
現に今回のテストも、ほとんど予想していたものが出題されていた。その問題の答えを脳に焼き付けるように暗記していたから、悩まずに答えを書けたのだ。
ただの勘が良過ぎるだけと思われるかもしれないが、曖昧な山勘とは大きく違う所がある。なんとなく見えてくるのだ。未来が解る情報が揃うと、未来の映像(ビジョン)が、網膜に映しだされるのだ。
それにテストで出題される箇所の予想は容易いこともあり、爽太にとっては朝飯前であった。
九割ほど正解している手応えを感じて、黙ったまま浅く頷いた。ケアレミスが無いと確信し、一安心した所で現在の時刻を確認する。終了まで三十分も残っていた。
一夜漬けの所為で多少なりとも眠気があったものの、ここで眠ってしまったら折角暗記した次のテストの内容や答えが泡のように消えてしまう気がして、我慢をすることにした。
しかし、何もしないでいるとすぐに睡魔が襲ってくるので、暇潰しにと外の景色を眺める。
冬に相応しく、校庭の隅に植えられている桜の木は寒々しい姿をしており、冷たい風で枝が揺れているだけ。寂しい景色に感化されたのか、
(ツマラナイな……)
爽太の心にも同様の寒風が吹き抜けた気がした。
未来も、このテストの答えのように、ある程度決まっている。それが解るというのは、どんなにツマラナイことか。
爽太は未来に希望を持ってはいない。今、この時を、無難に過ごせれば良い。そう思っているのだった。
(勉強なんかしても意味が無いけど、まだ未成年の身だしな。四十歳まで楽に生きられば、それで良い……)
それからも残りのテストを受けていき、本日のテストが全て終了を報せるチャイムが鳴り響くと、生徒たちは安堵のため息と共に言葉を漏らす。
「ああ、もうっ! 完璧にヤマが外れたわ~」
「問四の選択肢ってさ、答えはBだよね? え、違う? うそ!」
「明日のテストは、なんだっけ? 明日のテストで取り返さないとな」
悲喜が混ざった感想を語り合う中、爽太は黙って帰りの支度をしていた。誰も爽太に話しかけたりせず、また爽太からも話しかけたりはしない。
その後、テスト期間中なので自分の机周りの簡単な掃除だけ行い、HR(ホームルーム)で担任の先生が、
「では、明日もテストがあるから、早く学校が終わったからといっても寄り道はせずに、まっすぐ家に帰って、テスト勉強をするように。以上!」
生徒たちに気遣ってか短い忠告を述べるだけで、早々にHRを切り上げてくれた。爽太は担任の言葉に従うかのように、独り速やかに教室を後にした。
他のクラスでもHRが終わっており、廊下には生徒が溢れかえっている。道すがら、井戸端会議をしている生徒グループの話し声が聞こえてくる。
「ジョイフルにでも寄って、テスト勉強しようぜ」
「先生が寄り道をするなと言っていたでしょう」
「テスト勉強をしているんだから、大丈夫だよ。見逃してくれるよ。他の連中もしてるしさ」
生徒たちが話す中、爽太は誰に呼び止められもせずに、そのまま一人で学校を立ち去った。
他の生徒たちは明日のテストに頭を悩ませてはいたが、爽太は微塵も悩む必要が無かった。
未来が解る力によって、既にどこが出題されるかを予想しており、答えも洗い出している。後は三時間ほど答えを暗記するだけで良いのだ。他の生徒と比べて、勉強に追われることが無いので、時間を持て余していた。
ゲームやマンガなどで暇を潰せば良いのだが、常人の楽しみは爽太にとっては無用のものと化してしまっていた。
未来が解る力は、テストの出題内容以外にも解るものがある。その為に、爽太は独りだった。
ふと寒空を見上げて、爽太は今の現状に、自分自身を、あざ笑った。
寂しくは無い――未来が解ることは、人には理解されないのだから――
真っ直ぐ帰って、家でゴロゴロするか……そう決めて、足早に家路へと向った。
■■■
横断歩道で信号待ち。
冷たい旋風が吹き抜けていき、爽太は身を震わせては、少しでも風を受ける面積を減らそうと身体を縮こませた。このまま何もせずにジッとしていれば、血液が凍ってしまうのではないかと思わせるほど、今日は冷え込んでいた。
「うーさむっ……えっ!」
ふと道路の反対側の方に目を向けると、とびっきりの美女が立っていた。
美女の長い髪が冷たい風でなびく。
爽太は、その美貌に驚いたのではなく、白いワンピース……冬に似つかわしくなく、夏の暑い日だったら、とても合っている服を身にまとっているのだ。
(こんな寒いのに、そんな薄着で……)
内心で呟きながらも、思わず見惚れてしまう爽太。
格好もそうだが、まるで美を象徴した彫刻に命が宿ったと彷彿させるほどの容姿端麗さに、瞳どころか心をも奪われてしまいそうだった。
「っ!」
その時だった――突如、爽太の網膜に映像(ビジョン)が映しだされる。
建物が、大地が、全てが崩壊していた。
空は灰色の曇天に覆われて、黒い雨が降り、辺りは瓦礫の山……瓦礫は、人間だったものでも成しており、かつ地面にも埋め尽くされていた。赤い河が見える。それは血の色だった。
世界の滅亡を思わせる、悲惨な光景。
その中心で道路の反対側にいる美女が、ずぶ濡れになって憐れにも泣き叫び立ちすくんでいるのが見えた。
これまでの経験則から、今見えた映像は“未来の映像”だと判断した。
しかし、
(な、なんだったんだ、あの映像は……。それに……)
色んな未来を見てきたが、身体どころか心の芯まで怯えるほどの恐怖と畏怖を感じさせ、直接脳裏に焼き付けられたみたいに、これほど強くハッキリと鮮明に見えたのも、特に情報が無いのに人物を見ただけで映像が見えたのも、初めてのことだった。
ショッキングな内容だったために、冬の寒さとは別の寒さを感じ、身体が震える。気分も悪くなり、動悸が激しくなった。
「……あっ!」
美女の凛とした瞳と爽太の淀んだ瞳の視線が合った。
思わず、視線を振り払うために大きな素振りで首を横に振る爽太。
やがて、青信号になり人々が渡り始めるが、爽太だけが震える足を動かせなかった。
「君、どうしたのかな?」
突然の呼びかけに我を取り戻すと、眼前に美女の顔が広がっていた。
「えっ……うわっ!」
大きく一驚した爽太は、飛び跳ねて後ずさりをしてしまった。
突飛の行動に、美女はクスクスと微笑する。
「もう、そんなに驚かないでもいいのに。失礼するわね、君」
美女からしたら、見られていたのに急にオーバーリアクションで視線を逸らされて、あまつさえ信号が変わっても、その場に立ち尽くしている爽太が気になったのであろう。美女が近寄ってきて、爽太の顔を覗きこんでいたのだ。
「あ、いや……その、すみません……」
美女の背丈が爽太とほぼ同じなので自然と視線が合う。
間近でよく観ると、大人びた雰囲気に美女の方が若干年上だと思わせるものの、一見外国人のような整った顔立ちだが、幼さを感じさせる爛漫さを醸し出し、綺羅やかな長い髪が、より彼女が持つ美しさを際立たせる。そしてなにより、薄着のワンピースが身体のラインを艶やかに引き出していた。
手を伸ばせば触れられる距離であるためか、先ほどと違った種類の動悸……胸が高鳴ってしまう。
「それで、私に何かご用があるのかしら? 用があるから、じっと私を見ていたんでしょう」
思いがけない問いに、またしても驚いてしまう爽太。
美女は不敵な笑みを浮かべ、先ほどの凛とした瞳から打って変わって、全てを見透かせるみたいな妖艶な瞳で見つめてくる。今度は視線を逸らせない。
普通だったら、先ほど見えた未来の映像について言うわけが無い。言った所で馬鹿にされるのが関の山だ。
しかし、彼女の瞳に誘われるがまま、自然と口が開く。
「えっと、その……未来が見えたんです。貴女を見ていたら、まるで世界が滅亡している未来が……」
そう話した所で、爽太は我を取り戻す。同時に気恥ずかしさで頬に熱を帯び、冷や汗が浮かび上がった。
(な、何を言ってるんだっ! しかも、見ず知らずの人に、未来のことを……)
言った本人ですら、おかしな発言だと自覚はしている。それが真実だとしても。ましてや、未来のことを他者に伝えるのは、禁忌にしていたはずなのに。
呆れただろう。いや、訝しげに気味が悪いと思っただろうと、爽太は恐る恐る美女の顔を覗うと、子供が新しいおもちゃを見るみたいな興味津々な表情を浮かべていた。
「へー、君。面白いことを言うわね。もうちょっと詳しく教えてくれないかしら?」
爽太は「ええっ!」と大いに戸惑う。関心を持たれるのは、まったくの想定外だった。突き放してくれた方が、どれだけ安堵(あんど)なのか。
次に自分が何を話せば良いのか解らずに、「えっ、あ、その……」と、しどろみどろに混乱していた。
爽太の心情と状態を察してか、助け舟を出すように口が開く。
「ああ、私は“魔女”だから、多少なりとも変なことを言われても大丈夫よ!」
ピュ~と、キンキンに冷えた風が吹き抜けた。
意味深で、意味不明で、自分の発言内容よりも突き抜けた言葉に、何を意味していたのか理解出来ずに、爽太は「へっ?」と呆気に取られてしまう。
寒風で頭と心を落ち着かせ、美女の発言を思い返す。
(……ま、魔女? どういうことだ? もしかして、誂われているのか?)
惚けていた感情は霧散し、嫌悪感が湧き上がってくる。だが、自分も変なことを言ってしまった手前、馬鹿にされても仕方なかった。吹き抜ける風の如く、颯とこの場から立ち去ろうとしたが、突然身体が金縛りになり、足が棒がなったようで一歩も動かせなくなった。
「そんなに慌てなくても良いじゃない。ゆっくりお茶でもしながら、お話でもしましょう。お茶ぐらい奢ってあげるわよ」
美女――自称、魔女が妖しげな微笑みを浮かべると、凍てつく冷たい風が吹き抜けた。寒さをまったく感じなかったが、震えた。身体ではなく心が。
爽太は、知らないうちに彼女の不思議な魅力に抱擁されていたのだった。
■■■
寒空の下で話し合うのも如何なものかと、爽太は自分を“魔女”と名乗った女性に先導されて、ジョイフルという名のファミリーレストランに入っていた。
普段なら心地よく温かい室温に安らぎを感じる所だが、今日は違う。なぜなら、対面にはとびっきりの美女が座っており、しかも女子と二人きりでファミレスに来るのは初めての経験なので、妙な緊張をしていた。
一方女性は早速とメニュー表を手にしてを眺めては、
「こういったファミレスのデザートって、結構凝っているのよね。あら、このチーズケーキ、美味しそう。あ、この季節限定のパフェも捨てがたいわね。両方いっちゃおうかな? おっ! 極太ホットケーキ……ごくり、すごく太そう……。これも良いわね」
意気揚々と選んでいた。
「で、君はどうする? 私がお誘いしたから、約束通り奢ってあげるわよ?」
「あ、いや、別に……」
爽太はメニューを持たず、椅子に浅く座っていた。美女と二人きりでのファミレスと彼女のノリに未だ馴染めずに、静かに座していた。むしろ用事をさっさと済ませて、迅速に帰りたかった。
「あら、そう?」
恐縮する爽太に気に留めず、女性はメニュー選びに戻る。
「……よしっ! これに決めた!」
メニューが決まると、慣れた手つきで呼び出しボタンを押したが、人手不足なのかすぐに店員は来ずに、暫し待ちぼうけ。
この隙に話しをしようにも、女性はメニュー表から目を離さずに眺めていた為に、機を掴めずにいた。
「お待たせいたしました。ご注文をお伺いいたします」
店員がやって来ると、魔女はメニュー表をテーブルに置いて、指差していく。
「えっとね。このホワイトチーズケーキに、季節限定のイチゴスペシャルパフェ。と、極太ホットケーキ、三段……いや、五段で。飲み物はロイヤルハーブティーでお願いします」
悩む必要が有ったのかと思うぐらい気になっていたものを全部頼み、店員は慣れた手つきで機械的にタブレットに入力していく。爽太にも注文を伺ってきたが特に食べたいものが無く断ったのだが、女性は気を使ってドリンクバーを頼んでくれた。
注文した品が届くまでの時間潰し……もとい、本来の目的を為そうと、爽太が話しかけようとしたが、
「そう言えば、自己紹介的なものはまだだったわね。君の名前はなんていうの?」
先に女性の口が開く。
名前も知らない相手とファミレスに来たことに、今更ながら異様な出来事だと思い知りながら、爽太は自分自身に呆れてしまう。
「……名前は藤井爽太。碧海高校の二年生です」
少しだけ自分の名前を名乗るのに躊躇ったが、先ほど未来の話しを明かした手前、些細なことだった。それに、彼女の瞳に見つめられると、自然と自供してしまう気持ちになってしまう。
「ふじい、そうた……ふーん。素朴で良い名前ね」
爽太的には『太』と言う名前が古臭くダサいと感じており、あまり好きではなかったが、他人から褒められるのは悪い気はしない。
「そういう、お姉さんは?」
「あら? さっき言ったじゃない。魔女だって」
魔女――少なくとも名詞で有って、名前では無い。
出逢った時にも、そう名乗ったのを思い出す。ギャグのつもりで言ったのだろうかと考えたが、自分は本名を名乗ったのだから、彼女の方にもそれを求める。
「あ、いや、そうじゃなくて……本当の名前の方なんだけど」
「名前ね……。初対面の人に名前を教えるのはイヤなのよね。だから、君……爽太の好きなように呼んでくれても良いわよ。思いつかなかったら、魔女で良いわよ」
不躾なことを、ニッコリと笑って答えた。当然、爽太は納得は行かなかったが、彼女の微笑みを見ると、義務的に従わざるえなかった。
爽太は冷静に考える。自分を魔女という彼女を推察した。
これまでの言動や真冬でも薄着のワンピースといった姿に、彼女は間違いなく不思議ちゃん。だと確信した。
「さて、爽太。それで、どんな話しをしてくれるのかな?」
無邪気な笑顔から一変、怪しげで妖艶な微笑みを浮かべる魔女に、不意にドキッと心臓が高鳴ってしまった。
催促されたのと、ここにやってきた本題を早く片付けて立ち去りたいのもあり、自分の特殊な能力―未来が解る―を踏まえて、どうせ話したところで信じられる訳がないと少し諦念になりつつ話すことにした。
「……いきなり、こんなことを言って変だと思いますが、貴女を見ていたら、まるで世界が滅んでしまったようなシーンを見てしまったんです」
「そうみたいね。それで、重要なのは、何故それが見えてしまったの?」
「自分は、時々、未来が解る……いえ、見える。といった方が正しいかな。色んな情報が揃うと、未来が見えてしまんです」
「へ~~、面白いことを言うわね」
魔女はまるで子供が新しい玩具を目にしたように瞳を輝かせた。
「普通は、その人の趣味や状況といった個人情報が、ある程度揃ったら、映像が見えてくるんです。未来の映像が。でも、貴女の場合は全然違った。一目見た瞬間、映像が浮かんだ。いや、焼き付いてきたんです。あの、世界が滅んだような映像が……」
「それで思わず、私に話しかけてきたのかしら?」
「ええ、そうです……」
今でも本当に不思議で堪らなかった。何の情報も無いのに、未来の映像が見えてしまった――それだけで、目の前に居る女性が普通ではないと予感めいていた。だが、こうして二人きりで話していて、彼女がより普通ではないと充分実感している。
「そうか、見えてしまいましたか。私の未来が……ふふ」
魔女は何故か苦笑した。グラスを手に取ると、水を一口飲んで改めて話しかける。
「なるほどね。爽太の特殊な能力(それ)は、“先見の明”というヤツね」
「……先見の明?」
「そう。予想や予測と、人なら誰しもが兼ね添えている能力だけど、それのスゴイバージョンみたいなものね。爽太の能力は」
爽太はキョトンとして、魔女の方を見た。
自分の話しを真面目に聞いてくれて、かつ理解を示してくれたのには、驚きと共に嬉しさが込み上げてくる。
これまで自分の能力を仲が良かった友人に話したことは有ったが信じて貰えず、はては、それが原因で“独り”になってしまった。
先ほどの魔女の言葉で、特に引っかかった部分を訊ねる。
「その先見の明って、誰もが兼ね添えている……って、どういう?」
「そもそも人は、予定(スケジュール)を立てて行動する生き物よ。つまり、誰かのスケジュールを把握すれば、その人が何をするかはある程度予測できるでしょう。爽太の話しを聞く限りでは、情報を組み立てることによって未来を予測しているだけのことよね」
その通りだ、と爽太は簡潔に説明する魔女の言葉に大いに頷いた。
しかし、自分の場合は、その予測が映像で見えてくるのだ。そのだけでも自分自身が奇異の存在だと実感している。
「でも、映像が見えるというのはスゴイことよね。予想、予測……いえ。爽太のそれは“予見”と言った方が正しいのかな。場面(シーン)を想像しているみたいな?」
「無意識にしているかも知れません。情報が詳細に揃えば、見える映像も鮮明に見えてきます。でも……」
途中で言葉が詰まるも、魔女は察した。
「普段なら情報が揃わないと見えない未来の映像が見えてしまった。それが爽太がもっとも気になっている点かしら?」
爽太は黙って頷く。
「確かに不思議がるのは納得だわね。でも、私にはその理由が解るわ」
「ほ、本当ですか?」
「なぜなら私は“魔女”だからね」
暫しの沈黙――その間、『自分も未来が見えるとおかしなことを言っているけど、彼女も大概だよな』と爽太は心の中でぼやいた。
「……そんなことをさっきから言ってますけど、本当なんですか?」
「そうよ~。だって、本当に本当のことだもん」
お茶目な口調で答えたので、爽太の猜疑心が増す。
それが表情にも出ていたのか、
「あー、その顔は信じてないな~。もう、私は爽太の言っていることを信じているのに。まあ、私のことを信じようが信じまいかは個人の自由だけど……。私が爽太のことを信じているのは、その未来に思い当たりがあるからよ」
「思い当たりが、ある? それって……」
その言葉の意味は、彼女も自分と同じ能力(先見の明)を持っていると案に示しているということだが。
「といっても、私の場合は“じかに”見てきたからね。未来を」
サラリと吐露した内容に、爽太の心に強く引っかかった。
「じかに見てきた?」
「そう。私は魔女だからね。過去に行ったりする……所謂、タイムスリップ的なことが出来るのよね。爽太、自信を持ちなさい。今の所、未来は遅かれ早かれ、君が見た通りになってしまうわよ」
先ほどの軽い口調とは打って変わって、魔女は真剣な眼差しを向けながらハッキリと答えた。嘘も冗談も微塵も感じられない確かな言葉に、冗談では無く真実だと実感させられた。
爽太は「はは……」と乾いた笑い声を出して、力無く背もたれに寄りかかった。
自分が見た未来――世界が崩壊……滅亡したようなシーン。あれが現実に訪れると魔女からお墨付きを貰ったようなものだ。
しかし、落胆しているが、絶望に打ち拉(ひし)がれている訳ではなかった。
『やっぱり、そうなのか』と達観していてた。
さほど落ち込んでいない爽太の様子に、魔女は察する。
「やっぱり爽太も、あの破滅的な未来に思い当たるがあるのね?」
先見の明―未来が解る能力―を持っているのなら、未来を知ろうと思うのは自明の理だ。
「小学生の夏休みの時に未来の世界を知ろうとして、予見を試みたことがあります。それで……」
予見した未来は、世界は崩壊し、人々が苦しんでいる、先の無い未来。どんな情報を集めても、行き着く結末は同じような悲劇的なものだった。爽太が先の無い未来に希望が持てず、人生に辟易している理由でもあった。
「なるほどね。それが生気が無い瞳の理由かしら」
爽太の淀んだ瞳を見つめる魔女。
(いや、それ以外にも……)
絶望を知った深い哀しみを宿していることに気付くも、魔女は胸中に秘めた。
(先見の明で何かしらのトラウマを抱えてしまったのね。それを今、訊くのは野暮かしらね)
魔女は優しく微笑んだ。爽太が抱える悲しみと諦観を少しでも和らげるようにと。
「まあ、なにはともあれ。未来を知ることが出来る者同士が、同じような未来を見た訳だし、世界が滅亡がするまでに有意義に過ごすことね」
「……そうですね」
辛辣な魔女の言葉を爽太は素直に受け止めた。日頃、自分が呟いているからだ。
『四十歳まで生きられば良い。それ以降の世界は、生きるのが苦しいだけの世界になるから』
爽太自身は破滅的な未来をどうにかしたいとも思わないし、一個人の力ではどうにか出来る訳が無い。それに、かつて未来を変えようとしたが、その試みも失敗した経験があった。
そうこうしていると店員が注文した料理を持ってきた。
「おまたせしました。ロイヤルハーブティーにホワイトチーズケーキ、季節限定のイチゴスペシャルパフェ、極太ホットケーキ五段重ねです」
「わっふ~~! きたきた!」
まるで誕生日ケーキを前にした少女のように瞳を輝かせては、ケーキを頬張る魔女のあどけなさに、先ほどの重たい空気は何処へやら。爽太はつい薄っすらと笑みを浮かべてしまった。
「ん~~、おいひい~~!」
未来の世界が滅んでしまうのなら、今この時を限りなく楽しむべきだ。そう示すように、魔女は目の前に並んだ料理を美味しく味わう。
魔女の美味しく食べる姿を眺めながら、爽太は妙にスッキリしていた。
長年、自分の能力(先見の明)を誰かに話せず内に秘めていたのだが、謎めいた不思議な人であれ、理解を示してくれたことに、そして世界が破滅する未来という秘密を分かち合えたことで、普段重く感じていた心が幾分軽くなった気がしていた。
「こうして誰かと対面で話したのは久しぶりで緊張しましたけど、なんか楽しかったですよ」
「そう? まあ、私も久しぶりに人と話せて良かったわ。さてと、おかわりでもしようかな」
あれ程有った料理が、いつのまにか全て平らげており、魔女は再びメニュー表を手に取った。
「え? まだ、食べるのですか?」
「ふふ。デザートは別腹って言うでしょう!」
「え……さっきの料理もデザート……」
その言葉に魔女の無邪気な笑みで返してきて、爽太は苦笑するしかなかった。
■■■
爽太と魔女が居るテーブルから離れた場所で、高校生の男女グループ(男子三人、女子三人)が広めのテーブルに、教科書やノートを広げて勉強をしていた。明日の期末テストに備えての勉強会が催していたのだ。
そこへ男子学生が席に戻ってくると、開口一番。
「おいおい、向こうの席でスッゲー美人が居たぜ」
「マジで?」
席に残っていた二人の男子が大きく反応する。
「しかも同席している相手が、ウチの高校のヤツなんだよ」
「え、どれどれ」
席を立ったり、背を伸ばしては、美女が居る方向を伺う。
周りに居る女子が「ちょっと、みんな」と静止を呼びかけるものの、自分も視線を奥の席へと移していた。
「おー本当だ。えらく美人だな……あれ? あれは、同じクラスの藤井じゃないか。なんで、アイツがあんなスッゲー美人と一緒に居るんだ?」
「彼女とか?」
隣に座っていた女子が一般的な回答を述べるも、
「彼女? いや~、それは無いだろう。アイツ、人付き合いとか苦手そうだし。あんな、美人とお付き合いできる訳が無いよ」
「それは、偏見だろう。ああいうタイプがこっそりと付き合っている率が高いんじゃないのか? そうだ。同じクラスなら、ちょっと声をかけてこいよ」
「う、う~ん、それはちょっとな……」
それほど仲が良い訳ではなく、ただのクラスメートとして知っているだけなので、気楽に呼びかけることが出来ずに及び腰になっていた。
気付けばグループ全員が爽太の方……正しくは向かい席に座っている魔女の方を見ていた。
「しかし、なんであんな美人が、藤井なんかと一緒にいるんだ?」
「美人局(つつもたせ)か?」
「高校生を騙しても何も意味は無いだろう。彼女の方が現実的ではあるけど、仮に彼女だとしたら、まだ期末テストも終わってないのに堂々とデートなんかしやがって! 許せね~!」
日本人離れした顔立ちで、どこかの女性雑誌でフッションモデルをしていそうなタイプ。そんな美人が、クラスで特に目立たない根暗な爽太と一緒にいるのかと疑問に思っていた。
ふと男子の一人が呟く。
「そういえば、アイツと中学が一緒だったヤツから聞いた話しだけど、アイツとは極力関わらない方がいいぜ」
「なんでだ?」
「アイツと関わると“死んでしまう”だとさ」
「なんだそれ?」
「アイツが小学生の時に、クラスメートの誰かが死ぬって言ったらしくてさ、そのクラスメートが本当に死んだらしいぜ」
「え、嘘! マジで?」
周りのメンバーは信じられないと眉をしかめたり、渋い表情を浮かべたりする中、
「それって本当っ!」
一人の女子だけは興味津々と身を乗り出して、強い反応を示した。
「そう言えば稀衣(まれい)って、その手のオカルト話しが好きだったわね」
隣に居た女子が呆れたように呟き、稀衣と呼ばれた女子は少し照れ笑いを浮かべた。
「えへへ。好きというかね……少し興味があるだけだよ」
そして稀衣は、遠く爽太の方を凝視したのだった。
(藤井くん……か)
■■■
魔女がお代わりしたスイーツを食べ終えた後は、訊きたかったことを訊き出せたからなのか特に語らずに、自然と解散の流れとなった。
魔女との奇妙なお茶会を終えた爽太は、真っ直ぐと家に帰り、自分の部屋のベッドに制服のままで寝っ転がっていた。
「一体……あの人は何だったんだ? 自分で魔女って言うし……」
今日を振り替えつつ、独り言を漏らしていた。
自ら“魔女”と名乗る不思議な女性。
しかし、冗談や嘘という類を全く感じなかった。むしろ、只者ではないと感じ取っていた。
本当の魔女だったかも知れない。
そうだとしたら、特異な人物に自分の能力(先見の明)を告白し、理解を示してくれた。例え、彼女が変人だとしても、誰にも言えなかった秘密を明かせたので、普段よりも肩が若干軽くなった感じがしていた。
爽太は目蓋を閉じて、今度は自分の能力(先見の明)について、改めて思い返す。
自分が……この能力(先見の明)に目覚めたのは、小学四年生の時だった。
読書感想文で本を読んでいた途中で、なぜか先の展開や結末がなんとなく解った。それから、色んな本やアニメや映画でも同様なことが起きた。
突然の目覚めだった。
普通の人でも先の展開を予測したりするだろう。だけど自分の場合は、ほとんど的中させてしまったのだ。
ある程度が情報が揃えられば、先見の明が発動させられると気付いてからは、当然のように有効活用した。テストの出題範囲の予見は、その一例だ。
しかし、先が解る……未来が解るのが、全て良い訳では無い。
この先見の明の所為で、マンガやアニメなどの物語(ストーリー)を純粋に楽しめなくなってしまった。
今では大まかな粗筋や登場人物が解れば、結末が解ってしまう。ページをめくる楽しみが無くなり、いつしかマンガなどに興味が失せてしまった。だが、そんなのは些細だった。
自分が生まれ暮らす、この世界の未来は――決して平和とは言えない時代がやってきて、やがて……。
世界が滅んでしまう要因はいくらでもある。
あるアジアの国が隣国に攻め込んだのが端を発して、世界経済が混乱し、貨幣の価値が紙切れ同然になってしまう。勿論、それだけはない。他の様々な理由、色んな事象が絡み合い、混沌と滅亡が訪れる。未来に先は無いのだ。
夢であって欲しいと思った。ただの妄想で済んで欲しいと思った。
だけど、これまでの実績によって予見した未来が、本当に訪れるものだと確証していた。そして今日の魔女との出来事。魔女を介して見た予見。彼女も世界が滅びる未来を知っていた。
世界は滅亡する――とは言え、すぐに世界が滅びを迎える訳ではない。今日、明日で世界が崩壊するのなら自暴自棄になっても良いだろう。だが、いつ世界が滅びるのかの詳細な日は解らない。
真面目に学校へ行っているのは、まだ親の保護の元で暮らさないといけないからだ。良い成績を取っていれば、親に余計な心配をかけずに喜んでくれる。親孝行のようなものだ。それに成績が良ければ、とやかく言われはしない。先見の明のお陰で、テストの問題を予見して、前もって勉強をしていれば高得点を取るのは簡単だ。
奨学金で大学にでも行って、仕事も簡単なものに就ければ良い。でも出来るだけ楽して過ごしたい。どうせ世界は近い将来に滅んでしまうのだ。働くのは馬鹿くさい。四十歳ぐらいで膵臓癌でもなって、臨終になればと思っている。
結婚とかは考えてはいない。先の無い未来……子供を残しては、その子供が苦しんでしまう。子孫を残そうとは考えられない。今この時を、荒波を立てずに過ごしていければ良い。孤独なこと以外、何も問題は無い。むしろ、一人の方が楽で幸せだ。
ベッドに寝っ転がっていた爽太に眠気が襲ってきた。
これまで秘事にしていた自分の特殊な能力―先見の明―を赤裸々に吐き出せたので、心が軽く感じていた。これほど穏やかな気持ちになれたのは、いつ以来か。
当初の予定では、テスト勉強(といっても、予測している答えを丸暗記するだけの一夜漬け)をするつもりだったが、このまま静かに眠りにつきたかった。
実は、爽太は不眠症にかかっていた。
小学生の頃、ある“出来事”がキッカケでなってしまった。爽太の目の下にある黒ずんだクマが、不眠症に悩まされている証拠だ。
(テスト勉強は……まあ、良いか。明日、ちょっと早く起きてすれば良いや……)
自然と目蓋を閉じる。
完全に眠りに落ちる前に、ふと魔女の姿が浮かび上がり、別れ間際に彼女が言い放った―『それじゃ、また会いましょう!』―という言葉が頭の中で響いた。
「また、会えるのかな……」
そう呟いた後、まどろみに誘われて静かに寝息をたてたのだった。
■■■
チャイムが鳴り響いた。
「ふー」と爽太は一息をついた。
本日最後の物理のテストが終わり、中間考査は難なく終了したのである。
今朝、爽太は携帯電話にセットしていた目覚ましアラーム音が鳴る一時間前に起床した。久方ぶりにぐっすりとよく眠れたからなのか、頭の中が非常にスッキリしていた。目の下のクマも若干薄くなっているような気がした。
それ故に、一夜漬けではなく朝漬でテスト勉強をしたものの、かなりの数を暗記が出来てしまい、普段よりもスムーズに思い出せてペンを動かせた。
爽太は高得点を取れたと確信しながら、鞄を手に持って教室を出て行った。
中学校までならテストが終了したのなら、それで放課後に突入するものだが、ここは高校。テストが終わった後でも、授業があるのだ。
今はお昼休み――他の生徒たちがテストの苦楽を語ったり、業者が配達してきたパンや弁当が売られている購買へと向かっている賑やかな廊下を、爽太は自分の存在を消すかのように静かに進んでいく。
友達が居ないので教室で独り弁当を食べるのは寂しい……という訳ではないが、教室よりも良い場所が有るので、そこへ向かっているだけだ。
爽太は本校舎の三階にあるコンピューター(情報処理)室の扉の前で足を止めた。
爽太はコンピューター部に所属しており、ここは部室として扱われているのだ。かつては人気部活の一つで、部員や他の生徒たちがネットサーフィンやオンラインゲームをプレイしたりと盛んだったらしいが、スマートフォンといったモバイル機器の普及と、家庭どころか一人一台パソコンを所持する世の中になってからは、コンピューター部は閑古鳥が鳴いてしまっていた。
爽太が人気の無い部活に入った理由として、スポーツとかの運動競技が苦手であるため、自然と文系的な部活動を選んだ。帰宅部でも良かったが、暇を持て余してしまう。そして、マンガやアニメといった趣味を失くした爽太にとって、唯一興味を持っていたのがコンピューター……正しく言えば、インターネットだった。
こういった特別教室には鍵がかかっているものだが――爽太は何気無く扉の取っ手に手をかけて引くと、抵抗無く開いた。
室内に進み入ると、二世代前の薄型パソコンが並ぶ教室の奥で、眼鏡をかけた一人の男子生徒がパソコンを操作している姿があった。
「勢川(せがわ)部長」
爽太の呼びかけに男子は反応して、こちらへ顔を向けた。
「よう、藤井。テストは、どうだった?」
「いつも通りに普通ですよ」
「普通か。まあ、藤井はそつなく普通に良い点を取るからな。一度いいから見てみたい、お前が悪い点を取る所」
「なんですか、それは?」
爽太は愛想笑いで返しながら、勢川の隣の席に座った。
勢川春人は三年生でコンピュータ部の部長。友達では無いが、爽太が唯一普通に話せる相手だ。
部員数は一応七人が在籍していることになっているが、ほとんどが幽霊部員(部の存続のための名義貸しと、遊び半分での入部)なのである。積極的に部活動をしているのは爽太と、この勢川だけだった。
部活内容は、各自勝手にプログラミングをしたり、学校のサイト(HTML)を作成・更新作業がメイン。他にはインターネットパトロール……学校のサイトや生徒たちのソーシャルネットサービスを監視している。それが爽太がこの部に入部した理由でもあった。
先見の明を発動させる為には、様々な情報を集めなければならない。現代においてインターネットは、情報収集ツールとして非常に優れている。自ずとネットで情報を集め、知ることが爽太の唯一の趣味としてあるのだ。
爽太はパソコンの電源を入れつつ、勢川に話しかける。
「居るとは思っていましたけど、引退はしなくて良いんですか? 今の時期、どこの三年生は引退しているものでしょう」
「文化系の部活はこんなもんだよ。運動部は大会とかが引退の節目になるけど文化系にはそういったものがないからな。引き際が決め難いんだよ。それにオレが辞めたら、お前が寂しがると思ってな」
「別にそんなことは……」
会話している間でも勢川は顔をモニターに向けたまま、キーボードに打ち込む手を止めなかった
「ところで何をしているんですか? また、サイトの更新を頼まれたんですか?」
「そうよ~。タダッチ(コンピューター部顧問の先生の愛称)から来年のスケジュール表の更新と明日のクラスマッチの組み合わせ表を掲載してくれと頼まれたんだよ」
クラスマッチ――要は球技大会である。中間考査明けに催される恒例の学校行事だ。モニターには、男子はバスケット、女子はバレーと球技内容も表示されていた。
「あ、そうですか……」
前述の通り、爽太は運度は苦手である。ましてや団体で行うものは気疎かった。テスト勉強疲れをリフレッシュさせるため、スポーツで気分転換を図って欲しいという学校の気遣いも爽太にとって煩わしいものでしかなかった。
爽太は鞄から弁当を取り出すと、ようやく電源入れたパソコンが完全起動した。旧式のパソコンなので起動まで時間がかかる。家のパソコンはすぐに起動されるので、学校のパソコンに不満を感じてしまう。それにCPUも貧弱なので動作も遅い。しかし、学校備品にケチを付けてもキリが無い。
「まあ、オレが引退したら、この手の仕事は全部、藤井がしなくちゃならないからな。後は頼んだぞ」
「ええ、わかってますよ」
気のない返事で答えた。サイトの更新程度の作業なら、大した労力では無い。すでにフォーマットが用意されているものばかり。それに勢川たち先輩がマニュアルを作成しているので、例え一人になったとしても不安は無い。
「よし、OKっと。後はタダッチにメールを出してと……」
そうこうしている内に、勢川は作業を終えて作業完了報告をメールで送信した。
「あ、藤井。さっきの引退の云々の話しだけど、俺は冬休みが終わったら引退するからな。来年三学期からオマエが正式の部長だ。そのつもりで構えておけよ」
部員は七人いるが、先ほどの通り、勢川と爽太しか活動をしていない。有無を言わずに次期部長は爽太に任命されるのは自明の理だ。
そして今は十二月初旬。ということは――
「え、一か月後ですか?」
「といっても、部室の鍵は今渡しておくよ」
勢川は胸ポケットから鍵を取り出し、爽太の前に差し出す。
「え? なんで、です?」
「少しずつ責任移譲をして、慣らして行こうと思ってな。鍵を渡したからには、俺より早く部室に来ないと行けない責任が発生する訳だ」
「は、はあ……」と覇気のない返事をすると、爽太の手のひらに鍵が落ちてくると共に、部長の責任の重圧を少し感じた。
「でも、部長が部室へ自由に入れなくなりますね」
「ああ大丈夫。合鍵を作っているから……あ、これオフレコな」
「い、良いですか?」
「もちろん悪いことだけど、バレなきゃ大丈夫。卒業したらちゃんと処分しとくよ」
「本当ですか? 大事にならないようにしてくださいね」
「さてと……ああ。それと部長になったからには、なんかアプリとかでも作って、何かしらのコンテストにでも出せよ。部として相続させるためには何かしらの実績を残さないといけないからな」
勢川はプログラミングを趣味としており、独学でアプリケーションソフトを作成できるほどの腕前だ。ついでながら、文化祭で勢川が作成したオリジナルゲームを展示したりもした。
爽太は参考書片手ならば、プログラミングは出来る……素人に毛が生えた程度のスキルしか無い。
「……そうですね、考えておきます」
サイト更新だけならどうにか出来るが、自分で組み立てるプログラミングとなると難しい話しになる。こればかり先見の明で答えを予見できないのだから。だが、いざとなればサンプルプログラムを元にして作成すれば大丈夫だろう。
「あれ? 冬休みが終わってからということは、勢川先輩は冬休みの間に受験勉強とかはしなくて良いんですか? というか、進学とかはするんですか?」
年の暮れ――そもそも三年生が、この時期にこんな風にパソコンを弄ってうつつを抜かしている暇などあるはずが無い。
「とりあえず当初の予定通り、プログラムとかネットワーク関係が学べる専門学校に通うよ。既に入学届けは出しているし、あとはお金を振り込むだけだ。だから受験勉強なんかしなくて良いんだよ」
専門学校は願書を出して入学金を支払えば、よほどのことが無い限り入学は出来る。だが、爽太は納得できなかった。
「大学には行かないんですか?」
勢川は学年でも上位に入るほどの成績優秀者。普通なら大学進学……むしろ、プログラム関係が学べる大学に進学すれば良い。
「大学は将来何をするかを決めていないヤツと学歴コンプを求めるヤツが行く所だ。オレは将来、何をすべきかを決めてあるから、最短の道の進むだけだよ」
二年ほどの付き合いだが、合理的な勢川らしい考えだと爽太は思った。
「だけど、親とか担任とかは何か言ってきたでしょう?」
「まあな。でも、昔からコンピュータ関係のプログラマー職に就きたいと思っていたし、大学に進学しても結局はその手の職に就くつもりだから、遠回りと時間の無駄になるだけだ」
「そうですか……。そうだ、勢川先輩。一つ訊いても良いですか?」
「なんだ?」
「どうして、プログラマーになりたいんですか?」
何気ない質問だった。コンピューターが社会に普及しきった現在で、プログラミングのスキルを有していれば、仕事に困ることないだろう。だが、溢れる熱意を持てるほどの職業だと思えなかった。
初めて勢川の手が止まり、深く考え込むように腕組みをした。
「そうだな……。今の世で、プログラミングが一番創造性があるからかな」
「創造性?」
「言ってしまえば、何でもできるということだ。一昔、セカンドライフとかいうデジタルの世界に、本物の世界を創ろうとしたサービスとかが有ったりしてな、まあそれは失敗したけど。なにはともあれ、まだ可能性が秘められている世界だと思ってな。それに考えてみろよ、自分が全世界中の人たちに利用して貰えるようなサービスやソフトを造ることができたらって、ワクワクしてこないか?」
「神にでもなろうとしているんですか?」
「神、いいね! よーし、プログラミングの神になっちゃうぞ!」
爽太は思わず一笑してしまった。しかし、将来に希望を抱いている勢川が眩しく見え、そして儚くも感じた。だけど、一生懸命の人間を否定するほど、愚かではない。先の無い未来が訪れたとしても、勢川の夢が叶うことを黙って願ってあげたのだった。
「ところで、藤井。そういうお前の進路はどうするんだ?」
「……まだ、決めてはいませんよ」
「そうか……。まあ、お前もコンピュータ関係の職に就きたかったら、今の内にプログラムの勉強は当然として、資格を取っていた方が良いぞ」
「そうですね……考えておきますよ」
と言うもの、爽太にとって必要な無いと論結している。勢川と違って、希望など無いからだ。
勢川のパソコンから「ピコーン」とメールの受信音が鳴った。タダッチから、更新されたサイトを確認したというメールだった。
「よし、作業終了と。そうだ、藤井。暇だったら、ちょっと手伝ってくれないか?」
「いいですよ。何をすれば良いんです?」
「ちょっくらデータテーブルにデータを入力してくれないか。ファイルは共有にあるから、そこから持ってきてくれ」
爽太は弁当を食べながらマウスを操作して、共有フォルダから『勢川』フォルダにマウスカーソルを合わせてダブルクリックをした。
「これは何ですか?」
「ちょっと面白いアイディアを思いついたんだよ。新しい検索システム……未来のことが解る検索システムをな」
「未来のことが……解る?」
「そう、名付けて未来検索。未来の出来事を調べる……いや、導きだせる検索システムだ。どうだ、面白いアイディアだと思わないか? 先のことが解れば、何をすれば良いのか判断し易くなるだろう。まだ、スケジュール表のタイムライン的なイメージだけど、それを膨らませていければなと思っている」
勢川の自信有りげな笑みを浮かべている表情とは対照的に、爽太は冷めた表情を浮かべていた。
先見の明――未来が解る能力を持つ爽太にとって、勢川のアイディアがひどく滑稽に思え、
『……未来が解った所で、どうにもならないですよ』
そう心の中で呟いた。
爽太は、ふと窓から外の景色を伺う。今日もどんよりとした灰色の雲が空を覆っていた。明日、雪や雨でも降ってくれれば球技大会が中止なるのにと、思いを馳せるが、すでに明日の天気が何であるかは爽太は解っていたのだった。
■■■
翌日――寒空と言って相応しい、今にでも雪や雨が降りそうな曇天模様。冷たい風が吹き荒ぶ中で、予定通りに球技大会(クラスマッチ)が開催された。
女子は体育館でバスケットボール、男子は校庭でサッカーを行っており、生徒たちは先日のテスト勉強などの鬱憤を晴らすように、寒さを吹き飛ばすように球を追い掛け回してはハッスルしていた。
その輪に入らない人物が一人……爽太である。
日頃、日陰者として目立たないように過ごしている爽太にとっては、球技に参加しても邪魔にならないように球を追いかけたり、取ろうともしなかった。言うならば動かないでいた。なので、爽太が身体にも心にも感じている寒さは数倍にも増していた。
「うう……寒い……」
二試合目が終わり、爽太のチームは休憩時間。尿意を催した爽太は誰に告げずに、校舎のトイレへと向かった。
このまま居なくなっても誰も気づかないだろうと思いつつ、両手をジャージのポケットに入れては、身体を震わせる。
実は右のポケットには、携帯端末機(スマートフォン)を入れておいた。
爽太は携帯端末機を取り出して、ホッカイロアプリという携帯端末機のCPUを高速処理させて熱を発するアプリケーションを起動させようとしたところ、
「そんなもの使わなくても、必死になって動き回れば良いじゃない。すぐに暖かくなるわよ」
「運動は苦手なんですよ……えっ!」
突然の会話に思わず返答したところで、肩を並べて歩いている人物に気付いた。
「あ、貴女は……」
二日前に出会った女性……魔女だ。
「はーい。おひさ~」
「え、あ、そ、その……なんで、こんな所に?」
「うん? ちょっと、爽太のことが気になってね!」
「えっ!」
不意に胸が高鳴ってしまい、それと共に疑問も思い浮かぶ。魔女が碧海高校の女子制服を着ていたのであった。
「魔女さん、その制服は……? えっと、碧海高校(ここ)の生徒だったの?」
しかし、目立つ外見の魔女。ましてや外国人の制服姿。綺麗な長い髪に、スカートから伸びている、すらっとしなやかなおみ足が、彼女の魅力を際立たせている。魅惑度の破壊力は抜群だ。そんな魔女が生徒だったのなら、噂の一つや二つは耳にするはずだが、聞いたことは無い。
「もちろん違うわよ。ほら、こういった場所って、不審者が入っちゃダメでしょう。だから、こうして変装してきたのよ。どう似合う?」
魔女はスカートの裾を両手で軽くつまみ上げて、右足を斜め後ろの内側に引くと左足の膝を軽く曲げる、カーテシーポーズをしてみせた。
しかし、制服を着て碧海(あおみ)高校の生徒に扮した所で、モデル級の美貌を持つ魔女なので強い異彩を放っている。
「似合うというより、なんか変なコスプレをしている感じです」
「あら? コスプレとは失礼ね」と、魔女はワザらしく頬を膨らませる。
「それに、そんな変装しても、すぐに部外者だと解っちゃうと思うけど……」
「まあ、そうよね。でも大丈夫。ちゃんと魔法で私を認識しないようにしておいたから」
「認識をしないように?」
その言葉を証明するように、他の生徒が爽太たちを横切っても、制服を着た美人の女子生徒(魔女)に気付きはしなかった。
「ねっ!」
魔女は得意げな表情を浮かべる。だったら、なぜ制服を着ているのかと、爽太は眉をひそめる。
「気分を味わたかったの。日本の高校生の気分をね」
陳腐な理由に思わず半眼に閉じた目になってしまい、その爽太の表情から心情を読まれてしまい、魔女にツッコミを入れられた。
「……そ、それで、なぜここに居るんですか? 高校生の気分だけを味わいたが為ではないですよね」
爽太は心を落ち着かせ、改めて訊ねた。
「もう、言ったでしょう。また会いましょうって。だから、こうしてわざわざ忍び込んで爽太に会いに来たのよ」
「は、はあ……。別に高校じゃなくても、外とかでも待ってくれれば……」
「一秒でも早く、会いたかったのよ!」
「……それで、自分に会いたかった理由はなんですか?」
「あら、もう少しノッてくれても良いのに。本題は、爽太の特殊な能力……先見の明を実際に見たくてね」
「自分の先見の明を?」
「そう。もちろん、爽太のことは信じているけど、やっぱり実際に確かめたくなっちゃってね。そしたら都合良く球技大会みたいなものが開催されているから、どこのチームが優勝するかなんかを、爽太の先見の明で予見できない?」
ランランとした眼差しを送り、ハキハキと語る魔女に気後れしてしまう爽太。興味本位な理由だが、気にかけてくれていることが嬉しかった。
爽太は一息吐き。
「ええ、それぐらいなら……」
「本当!」
「優勝するチームだけで良いですか? どこのチームに勝ったとか負けたとかも当てるとなると、結構大変なんで」
「ええ、それで良いわよ」
優勝するチームを当てる。
昨今の少子化に伴い、二年生は全部で五クラス。今回の球技大会では一クラス、A・Bの二チームで編成されている。
つまり、全十チーム。単純に確率で言えば、十分の一。適当で言い当てられる数では無い。
ちなみに、今回は総当り戦の勝利数で競い合う。総試合数は、四十五。一チームで九試合行われる。
爽太は取り出していた携帯端末機を操作し始める。
「サーバー……生徒名簿…バスケ部……」
爽太はコンピュータ部の部員として、学校のサーバの管理者権限を把握しており、サーバに保存されている生徒の個人情報を自由に閲覧できた。もちろん違反行為であるので、ばれないように偽装を実施している。
「あんまりよろしくないことをやっているわね」
「コンピューター部の特権を利用しているだけですよ」
バレなければ罪に問われない。某勢川部長から教わったことだ。
さて――球技大会の種目は、バスケットボール。どのスポーツ(競技)も素人より、経験者(バスケ部員)の方が上手いのは必然だ。
個人情報の他には、各クラスの運動部の所属している生徒数の比率や、バスケ部員のSNSなどを確認していた。
「大山忠志は三組Bチーム……室見一也は二組Aチーム……。今日のツイートは……」
爽太は様々な情報を組み合わせては、脳内で試合をシミュレートしているのだ。やがて、一つの結果を予見した。
「見えた……。優勝するチームは、二年四組のBチームですね」
答える中、ポタリっと、爽太の鼻から赤い滴が零れ落ちた。
鼻血だ。
「うわ、大丈夫?」
魔女の心配をよそに、爽太は落ち着き払い右手で鼻を押さえて、すする。
「久しぶりに出たな。ちょっと負担の大きい予見をすると、鼻血がで出ちゃうんですよ。しかも今回は、短時間での予見だったから」
「あらま。なるほど、シミュレートで体や脳みそに負荷処理がかかったのね」
魔女はスカートのポケットから、黒いハンカチを取り出し、爽太に手渡す。
「ほら、これを使いなさい」
「汚れるから別にいいですよ」
「なに言ってるの。ハンカチは汚れるためにあるんだから。はい」
爽太は遠慮がちにハンカチを受け取り、優しく鼻を押さえる。甘く良い匂いがした。
「ところで、どうしてそう思う……いえ、そうなると見えたの?」
「競技内容はバスケだから、その専門の人間……バスケ部員が多い方が有利です。で、チームにバスケ部員がいた方が勝つ確率は上がります」
「そうね。まあ単純に考えてバスケ部員が多い方が有利な訳か。その四組のBチームのバスケ部員は何人いるの?」
「現役は一名です」
「……私的に少ないと思うけど、どうなの?」
「ええ、バスケ部員がもっとも多いのは、二年五組のAチームで四人もいます」
「あら? そうなると、五組のAチームが強いんじゃない?」
「現役部員数は五組のAチームが多いですけど、四組のBチームには元バスケ部が三人います」
「元バスケ部?」
「中学とかバスケ部だったけど、高校に入って別の部活をしたり、辞めたりしている生徒です」
「……なるほど。確かに経験者な訳か」
「はい。他一名は野球部ですけど、その人は運動神経が抜群で、そつなくなんでもこなせるタイプです。そして、四組のBチームの唯一のバスケ部員……赤城くんは、バスケ部のキャプテンを務めています。彼が他メンバーを上手くまとめてリードできると思うので、五組のAチームにも負けないチーム力になっていると思います」
「なるほど、なるほど。でも、ただバスケ部員がいるだけじゃ、優勝する理由としては弱くない?」
「もちろん。だから、SNSなどで各生徒のやる気や体調などをチェックしました」
「SNSで?」
「自分の近況を報告するのが義務みたいな感じで、大体の人がSNSなど呟いているんです。それで、五組のAチームのバスケ部員はどうもやる気とかが無かったり、一人が体調を崩していました。逆に、元バスケ部の方は物凄くやる気でした。そういった情報を加味したりしたら、四組のBチームの優勝が見えたんです」
魔女は自分の顎に手をあて、深く頷いた。
「ふむ、一定レベルの戦略家は戦う前に勝敗が解るというのは、そういったシミュレーションやデータ分析が綿密なのよね。今の話しを聞く限りでは、その部類のタイプだけど……。実際に見えたのよね」
予見……爽太が特異である点だ。結果が映像(シーン)として見える。
「ええ、そうです」
「……よし、解った。それじゃ、さっそく確かめに行きましょうか」
軽くパンっと手を叩き、魔女は歩き出した。
「どこへ?」
「爽太の先見の明が当たるかどうか、ゆっくりと試合を観戦してあげるわ」
スタスタと先行く魔女の後を追いかけようと、爽太は本来の目的を思い出す。
「あ、その前にトイレに行ってきて良いですか?」
■■■
競技大会の展開は、爽太の予見した通りとなった。
二年四組のBチームは全勝し、同じく全勝している二年五組のAチームとの決勝戦が行われようとしていた。
体育館二階の壁端にある細い通路―キャットウォーク(またの名はギャラリーエリア)―にて、魔女は柵に身体を寄りかけながら試合の様子を覗っていた。
もちろん、爽太を除いて誰も魔女の姿に気付いてはいない。
「……簡単だったかしらね」
魔女は小声で呟いた。
実は魔女も、自分の方法で試合結果を知っていた。爽太が予見したのと同じで、二年四組のBチームの優勝を。
「今回の場合は、チーム数は少ないし、必要な情報も限られているから予見することは容易ではあるけれど……。まあ、本題はここからね」
二年四組のBチームが強いのは、爽太の言う通りに元バスケ部員だった生徒たちの奮闘であったが、それを活かしている現役バスケ部キャプテン・赤城の活躍が際立っていた。上手くパスを廻して繋げてはチームを牽引している、まさしくチームの要だ。
「だからこそ、欠如したらどうなるか。恨みは無いけど、未来の為に犠牲になってね」
魔女は人差し指を立てると、空中にくるっと丸を描いた。
すると、次の試合へと赤城がコートに向かう途中、両手で腹を押さえて地面に伏して、悶絶し始めたのだ。赤城の異常を察した生徒たちが赤城の周りに集まってくる。
「お、おい、どうした。大丈夫か?」
「ああ……なんか、急に……は、腹が……痛く…ほわっ!」
赤城は急な腹痛に苦しみ、生徒たちに抱えられて保健室へと連れられていった。
さっきまで何ともなく元気に走り回っていたのにと、誰もが不思議と思う中、爽太は魔女が居る場所―キャットウォーク―を見上げた。
魔女は爽太からの視線を外し、空口笛を吹く。
如何にもな訝しげの態度に、魔女の仕業だと察するが――
「だけど、なんで……?」
真意が不明だった。
一方試合は、赤城は試合に戻ってこないと判断されて、赤城の代わりに補欠メンバーが参加して試合が行われた。
突然、チームの要がいなくなったことで、二年四組のBチームのチームワークはバラバラになってしまい、拙攻でろくに得点出来ず、試合に負けて優勝を逃してしまった。
この結果は、爽太が予見したものとは違うものだ。魔女の邪魔が入るとは、まったく予測していなかったからでもある。
爽太は改めて魔女の方に視線を向けると、魔女は微笑みを浮かべて手を振ってきたのであった。
■■■
球技大会が終わり、後片付けの時間。
「お疲れさま!」
生徒の群れから離れている爽太に、魔女は気兼ねなく声をかけてきた。
「別に、それほど大して疲れてはいないよ。鼻血のお陰で、試合に出なかったし」
「それは結構。しかし、見事にハズレたわね。爽太の予見が」
忌み嫌う特殊な能力だが、それでも外れたことに気分を害する。その上、魔女が何かを仕掛けたのかは明白だった。
「そのことだけど、魔女さん。何かした? あのバスケ部のキャプテンが、突然体調を崩すなんて……」
「あら、わかっちゃった?」
茶目っ気たっぷりにペロッと舌を出す魔女。だが、爽太は表情を崩さずに、ジッと見つめた。
「……言ったでしょう。先見の明を実際に見たかったのよ」
「だったら、なぜ……」
「なぜ、予見が違うようにしたか?」
自分が言おうと台詞を魔女に言われてしまい、戸惑う爽太。
「もし爽太が特異な先見の明の持ち主だったなら、私がこういうことをするとか、または二年五組Aチームの優勝を予見出来たはず。だけど、出来なかった。それは爽太の先見の明が、ただの“予測の領域”だからよ」
「予測の領域?」
「前に爽太が言った通り、存在している情報を組み合わせて未来を予測しているって。そして実際に、その通りだった。もし爽太が“予知の領域”の先見の明の持ち主だったのなら、ちょっと相談に乗って貰おうと思ったけどね」
「えっと……その、予測の領域と予知の領域って違うんですか?」
「まあね。といっても私が勝手に決めつけているだけど。予測はさっき話した通り。そして予知の方は、情報が無くても未来を予見できる能力。予知夢とかが、それに該当するかな。ただ予知は、私が知る限りでは自分の好き勝手に使えない力だから、使い勝手が悪いのよ」
「はあ……。それじゃ魔女さんは、自分の先見の明が予測か予知のどちらかの領域であるかを知りたかったということですか?」
「そういうこと。やっぱり爽太のは予測の領域の先見の明だった。でもね、それはそれで、気になることがあるの。それなら私と初めて会った時に、なぜ私の未来が見えてしまったのか」
一瞬で爽太の頭に、あの時見えた破滅的未来の光景がよぎる。また身体の体温が奪われて、妙な寒気がした。
「今回の結果や爽太の話しを踏まえると、もしかしたら予知の領域の素質を持っているのかなと思ったけど……おっと、誰かこっちに近づいてきてるわ」
魔女の視線の先を追いかけるように横を向くと、こちらへ一人の女子が近づいてくる。
女子用の赤色のジャージを着たショートヘアーの女子が爽太の前にやってきた。胸元には『尾林』と刺しゅうされている。
魔女の姿は爽太以外に認識は出来ないので、彼女にとって、ここには爽太と自分しか居ないと思っているだろう。
「あ、あの……。藤井くんですよね。私、尾林稀衣と云います。そ、その……」
稀衣と名乗った女子の躊躇い恥じらうような姿に、魔女は察した。
『これって……もしかして、愛の告白! キャァッッ~~!』
一人テンションが上がる一方で、爽太は冷静に稀衣の方を見る。
これまでの人生経験から告白されるようなことは無いと構えていた。だからこそ、見知らぬ女子が自分になぜ話しかけてきたのかが疑問だった。
もごもごしていた稀衣は意を決したのか、真面目な顔つきとなり、口が開く。
「私が、いつ死ぬか、教えてくれませんか?」
突然で突拍子のない稀衣の発言に、爽太と魔女は
「「……はい?」」
と、呆気に取られてしまったのであった。
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