二十八話 彼女が訪ねてきたので、新たな関係を築くことにする
翌日、オレは起きてすぐに外出用の支度を始めた。
勿論、晴翔のお見舞いのため。
レオーニャ――玲緒奈さんは、晴翔は大丈夫だって言ってくれた。
それでも心配で仕方ない。
意識を取り戻しているのなら誠心誠意謝りたいし、もし眠っていたら看病をしてあげたい。
オレの、せめてでもの償い。
多分、あいつは何があっても昨晩みたいに笑って許してくれるんだと思う。
自分の命が惜しくないなんていう、とても献身的で――でもどうしようもなく悲しい言葉。
そんなことに甘えてちゃいけない。
だからオレは精一杯の準備をして、晴翔の家へと旅立った――つもりだったんだけど。
「ルナお姉ちゃん、お客さんが来てるよ?」
早々に星子の呼びかけに出鼻を挫かれてしまった。
「誰だよ? こんな朝早くに」
一体誰なのかと聞いたんだけど、星子は首を振るだけで頑なに名前は言わない。
反応からして、知らない相手じゃないようだ。
知っていて、口止めされているか、自分の意思で黙っている。
そのまま自分の部屋に戻ってしまった。
星子がちょっとした悪戯心含みでこういうことをするのは珍しくない。
――三割ぐらい、オレのためを思ってやっているのが質が悪いんだけど……。
慣れっこのオレとしては、一々腹を立てることもないので、渋々とオレは玄関へと向かう。
幸い、着替えも済んでいたことだし。
すると
「……ルナちゃん。ごめんね、失礼かとは思ったんだけど」
「南……」
そこにいたのは、申し訳なさそうな顔をする小柄な女の子だった。
◆
予定に大きく狂いが生じてしまった。
しょぼくれた顔をする南に対応に困った俺は、彼女を自分の部屋にあげることにしたからだ。
「ごめんね、もしかして出かけるところだったの?」
「うん、まあ……」
夢の中で陽太(・・)が言っていたことは真実だったようで、オレの中から彼女への異常な敵意は消えていた。
以前は目にするだけで昏い衝動が湧き出てきたのに対し、至ってプレーンな状態だ。
今では昔のように落ち着いて話が出来る――なんてわけがない。
そんなにあっさりと水に流せれば苦労はしないのだ。
一方的に害意を抱いていたのだという、なんとも言えない申し訳なさが胸の中に渦巻いている。
例え、それが植え付けられ増幅されたものだとしても、自分の感情だったことは間違いない。
罪悪感による気まずさは残り続けているし、このまま放置しても増していくだけで時間が癒すことはないだろう。
「……変わってないね」
なんて考えているオレを余所に、南は腰を下ろすと部屋を見渡してそう呟いた。
ピンクの壁紙に、小さなウサギのぬいぐるみ。
彼女の中には、ルナと共に過ごした記憶があるのだから当然のこと。
怒る気にはなれないが、空虚なものを感じてしまう。
ルナであることの嫌悪感が薄れたとしても、やはり過去になじみがないのも事実。
「
柔らかいクッションを背もたれにして、オレはそんな彼女を見つめていた。
「でも、凄く変わった」
「……え?」
いきなり前言撤回する南に、怪訝な顔をしてしまう。
この部屋は長年、模様替えなんてされていない。
オレが陽太だった頃のことを反映してかもしれない。淡いブルーで統一された部屋は小さなころからのお気に入りだったから。
「壁にかけられてた動物のジグソーパズルもなくなっちゃったんだね……」
だから、南がこんなことを言うのは明らかにおかしい。
そもそも、
「あなたの好きな色はピンクじゃなくて青。友達で集まって勉強会をしたとき、そう教えてくれたよね?」
言葉に詰まる。
彼女の口ぶりは、まるで――。
「今まで思い出せなくて本当にごめんね……ルナちゃん――ううん、陽太君」
陽太。
それは、
今、確かに南ははっきりとそう言った。
◆
「切欠は、黒崎君だったの」
「……そういうことか」
呆然としていたオレに対し、南は全てを説明してくれた。
ここ数週間のうち、今までも何処か漠然とした疑問を感じることがあったこと。
だけど、その正体を掴みかねていたこと。
そして、晴翔に対し、過去を再現してみることで全てを思い出したのだという。
俄かには信じがたい。
でも、目の前の彼女はオレと過ごした記憶をはっきりと語るのだから、真実と認めるしかないんだろう。
晴翔に言われて口裏を合わせているようにも見えないし。
……ということは、オレのあの暴走は完全に勘違いだったっていうことなんだろうか。
『赤石南――やつを、殺す』
悍ましく、浅ましい宣言がリフレインする。
それだけじゃない。
本人を前にしてではないにしろ、何度も酷いことを考えていた。
「ごめん、南……」
口をついていたのは謝罪の言葉。
……そんな言葉で許されるわけがないのはわかっているけど、言わずにはいられなかった。
すると、南はキョトンとした顔。
「……どうして陽太君が謝るの?」
「それは……」
流石に、言葉にするのは憚られた。
聞かされる方もいい気はしないだろう。悪意や敵意を通り越した害意なのだから。
「謝るのは私の方。ごめんね、陽太君……あんなに助けを求めてくれていたのに……わかってあげられなかった」
……でも、目の前で懺悔する彼女を見ていると、自分の罪を告白しないのは不誠実としか思えない。
軽蔑されてもいい。
ある種の覚悟を決め、オレは告げる。
「オレも、心の中で酷いことを考えてたんだ。……南に言えないようなこと。だから、謝らなくてもいいんだよ」
「ごめんなさい……親友なのにどうして言ってくれないんだろうってずっと考えてて、ごめんなさい……」
ぽろぽろと涙を流す南を、オレは抱きしめる。
彼女は胸を埋めるかのような形で、しとしとと鳴き続けた。
オレもちょっと泣きそうだったけど、必死に堪える。
晴翔との誓いもあるけれど――多分、最後の男の子としての意地なんだと思う。
◆
「陽太君。受け取ってもらいたいものがあるんだけど……いいかな」
南が泣き腫らした顔で言う。
彼女が取り出したのは、ラッピングされた小さなケース。
「これは……?」
「半年前のクリスマスにね。陽太君にプレゼントしようって考えてたの。結局渡せなかったんだけど……」
記憶を辿り、思い至る。
あの時のプレゼント交換。
『旅団(レギオン)』の気配を前に中断してしまい、そしてオレは帰ってこられなかった。
「……開けてもいいかな」
「うん……」
南の言葉を受け、オレはリボンを解く。
すると、そこにあったのは小さなネックレス。
青いガラス細工が特徴的で――自惚れかもしれないけど、陽太(・・)のために選んでくれたんだってすぐにわかった。
「これ……」
「ずっと、陽太君につけてもらいたかった。もう遅いかもしれないけど……」
南はオレの目をずっと見つめながら、そう告げた。
どこか、愛の告白じみた雰囲気。
いや、多分そうなんだ。直感的に理解する。
彼女なりの、前に進むための踏ん切り。
だけど、オレは首を横にする。
「……受け取れないよ」
悲しそうな、彼女の表情。
オレの言葉は、一種の拒絶だったから。
でも、そういう意味じゃない。
オレは、首元に手をやると、彼女にそれを見せた。
「……そっか。やっぱり、もう遅かったんだね」
「うん。……オレがつけるべきなのは、こっちなんだと思う。だから、受け取れない」
それは、晴翔から貰った白銀のペンダント。
翼を象った、オレの希望の象徴。
「それに、オレは受け取る資格はないんだ。多分、陽太(・・)じゃなくなるから」
「それって……?」
何かを察したような彼女に、オレは無言で首肯を示す。
「もし、もしよかったらだけど、こんなオレ相手でも友達としてやり直してほしい」
オレの申し出に対し、彼女は嬉しそうにこくりと頷き――。
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