二十四話 親友の魔法少女が闇堕ちしていたので、元に戻すことにする

 それは赤石を自宅へと送り届けた直後のことだった。

 ぞくりとしたものが背筋に走り、俺は頭上を仰ぎ見る。


 怖気の走るようなどす黒い魔力。

 それが突如反転空間に現れたのだから、全身が臨戦態勢を取れと命じてくるのは当たり前というもの。


「――これは?」


 まず覚えたのは既視感。


 魔力とは、感情エネルギーの塊である。

 つまり、使い手の強い感情と似通ったものになるのだ。


 今回、観測したものは、妬み、憎しみ、恨み――最終決戦の折り、サヴァロスが発していたものに酷似していた。


 ……やつが、復活したのだろうか。

 いや、あの戦いの中で間違いなく息の根を止めたはず。

 サヴァロスの肉体は、ルーナへと『暗黒の種子』を放った直後、灰になって消滅したのだから。


 だとすれば、この類似から導き出される結論は一つ。

 

 胸騒ぎを抑えながら、俺はアムルタートへと姿を変え、その場に急行する。





 晴翔を取り戻すためには力が必要だ。

 そう考えた途端、オレの姿は『第三形態(トリニティフォーム)』へと様変わりしていた。

 以前と違うのはオレの肌が日に焼けた色をしているってことぐらいか。


 罅割れたガラスに目をやると、恍惚とした笑みを浮かべる少女が映っていた。


 だけど、それだけじゃ終わらない。


 念じると同時に、全身を瘴気が蛇のように巻き付いていき、黒々とした光を放つ。

 這い回るような嫌悪。だというのに、オレにはぞくぞくとした快感としか思えない。


 かつて、世界を――南を救うため、手に入れた奇跡の力。

 それが悪意により汚辱され、反転し、変貌を遂げようとしていた。


 ふんわりとしていたドレスは、随分と布地の部分が小さくなり、まるでレオタードのようになってしまっていた。

 艶めかしく露出された太ももが自分でも煽情的に感じられて、熱を持ったため息が漏れる。


 純白だった翼も、今では完全に漆黒。

 鈍い輝きに染め上げられ、堕天使を連想させる。


 杖からは黒塗りの刃が出現している。

 そう、死神の鎌だ。


 ずしりとした重量感がやけに頼もしく感じられ、軽々と振り回す。

 全身に力が溢れていた。


 全力を出せば驚くほどあっさりと首を撥ねてしまえるだろう。

 だけど、それじゃあつまらない。


 出来る限り長引かせて――苦悶の表情を見物してやる。


 これから起きることを想像するだけで、甘美な愉悦が体中を駆け巡っていた。

 あいつの悲鳴は、ずっと感じていたオレの溜飲を下げてくれるはずだ。


 ――今までのオレは弱かった。だから全部奪い取られたんだ。


 なら、その全てを取り返してやる。


 きっと晴翔はそんなオレのことを


「頑張ったな」


 って頭を撫でて褒めてくれるに違いない。


 次はアムルタート。

 どこにいるのかはわからないけど、必ず見つけ出して復讐してやる。


 ……全部思い出した・・・・・・・

 こいつが、オレのことを盾にした・・・・


 だから、オレはこんなに苦しい目に遭ったんだ。

 怒りと憎しみが綯交ぜとなってオレを突き動かそうとする。


 でも、それを必死で自制した。

 だって、優先順位は二番目だ。そんなことより先に、晴翔を魔手から救い出すのが大事。


 楽しみで楽しみで堪らなかった。

 夢の中にいるような、ふわふわとした気持ち。


 自然と笑いが込み上げていく。

 そんな瞬間だった。


「……ルーナなのか?」


 なんて無粋な声が聞こえてきたのは。





「……ルーナなのか?」


 反転世界に辿り着いた俺が見たものは、天窓から差し込む月光に照らしだされる一人の少女。

 恐らく・・・ルーナだ。

 そう、恐らくである。


 何故なら、彼女の性質は、大きく捻じ曲がってしまっていたからだ。

 一目見ただけで同一人物だと気づくことは難しいだろう。


 ――姿かたちは同じなのだ。

 だが、明確に纏っている雰囲気が異なっている。


 清廉だったその姿は貶められ、あたかも魔女のよう。

 正ではなく、こちら側・・・・の魔力を放っているのが原因か。


「アムルタート……ちょうど、お前のことを考えていたんだ」


 ルーナは俺のことを視認すると、目を細めけらけらと声を上げる。


 普段であれば心地よく耳朶を擽るはずの高く澄んだ声。

 だが、今の彼女の声色は刺すような響きを含んでいる。

 明確な悪意が、彼女を濁らせているのだ。


「どうやって痛めつけてやろうか、恨みを晴らしてやろうかって……。でも、その前にやらなきゃならないことがある。オレはまず、大事なものを取り戻しに行かないと――」

「……何があった?」


 ルーナの眼は焦点があっていない。

 強い意思を秘めていたはずの瞳。

 それが空虚にこちらを睨み付ける。


 俺にはそれが、夢心地のまま、どこかここではない場所を見つめているように思えてならなかった。


「何も。でも、ようやく気づいたんだ。欲しいものは奪えばいいんだって。邪魔をする者は殺してしまって構わないんだって。――だから」


 立ち上るのは、暗黒の魔力――瘴気。

 それが靄となり、辺りに立ち込める。

 まとわりつくような感覚に俺は顔を顰めた。


「赤石南――やつを、殺す」

「本気で、言っているのか?」


 陽太が、彼女を?


 愕然とする俺を前に、ルーナは凄惨な笑みを湛えていた。

 普段の彼女ならばありえない、見るものすべてをぞっとさせるような表情。


「あいつは、敵なんだ。オレの全てを奪おうとする――悪魔」


 熱に浮かされたように覚束ない足取り。

 よろよろと歩くその姿は操り人形を思わせる。


 しかし、その様子は次の言葉と共に一変した。


「でも、順番が待てないって言うなら、先にお前から潰してあげる」


 言い終わるより早く、ルーナは鎌を振るう。

 どこにそんな膂力があるのか疑問に感じるほど身軽にだ。

 悪意の乗った斬撃が放たれると、漆黒の衝撃波が幾重にも俺目がけて突き進む。


「悪いが、お前を止めるのが俺の仕事だ」


 軽く身を反らして回避。

 直線的な挙動であれば見切るのは造作もない。

 悪意の刃は工場の外壁を貫通し、風通しを良くするだけに終わったようだ。


 そのまま距離を取る。

 そして、こちらも魔力をたぎらせ臨戦態勢へと移行した。


 ――陽太に何があったのかわからない。


 だが、これだけは言える。

 今の彼女は歪だと。


 俺の命は軽い。

 惜しいとも思わないし、元はといえば彼女に救われたものなのだから、本当に望むのであれば捧げてもいいぐらいだ。


 しかし、今の陽太は明らかに正気ではない。

 もし、このまま彼女が衝動のまま突き動かされれば、惨事を引き起こすだろう。


 そうなれば、正気に戻った際、罪に苛まれ思い悩むに違いない。

 いや、それどころか狂気に呑まれたまま帰ってこない可能性すらある。


 ならば、俺は断固阻止する。


 被害の防げる反転世界にいてくれたのは不幸中の幸い。

 人通りのまずない廃工場とはいえ、何が起きるかわからないためである。


「いいよ、前哨戦だ。暗闇の魔法少女ダーク・ウィッチルーナ! 闇の力でお前を殺す!」


 名乗りを上げ、にやりと残忍な笑みを浮かべると、ルーナは第二陣を放った。

 くるりと回転すると、背中の羽が何本か抜け落ち、散らばった。

 その一枚一枚が漆黒の弾丸となり、俺へと襲いかかる。


「覚えてるか? ここはオレとお前が初めて会った場所だ」

「――ああ」


 答えながら、雷撃により全て撃ち落とす。

 

 ルーナの言葉には、若干の誤りが含まれている。

 それは、ルーナとアムルタートにとって。

 俺と陽太ではない。


 しかし、否定することは出来なかった。

 俺の正体は秘匿しなければならないのだから。


 さて、弾丸の数は無数だったが、然したる問題ではない。

 点の攻撃を、面の雷撃で薙ぎ払う。


 圧倒的な制圧力。俺が――不本意ながら――雷帝と呼ばれる所以。

 思ったような効果を上げられなかったからか、ルーナは忌々しげにこちらを睨み付けていた。


「オレはお前に一度も勝てなかった。悔しさに枕を濡らした日もあったよ。でも、この力があれば問題ない……今までの雪辱を、晴らすっ!」


 吠えながら弾丸を再展開。

 続けて彼女自身も突撃してきた。

 急加速と共に大鎌を振りかぶり、俺の首元を掻っ切ろうと一直線。


「甘いッ!」


 稲妻で剣を形作ると、大鎌を片手で受け止める。

 刃と刃が交錯し、金属音と火花が鋭くあたりに響き渡った。


 迫りくる黒翼はもう片方の手で電撃を放ち処理。

 そこまで読んでか、ルーナは俺の腹向けて蹴りを入れてくる。

 身を捻り寸でのところで回避すると、返す刀で俺はルーナ本体に牽制の雷撃。


「ちぇっ!」


 稲妻を障壁で防ぐと、悪態をつきつつルーナは一度離れた。





 体勢を立て直すと、オレは改めてアムルタートへと視線をやる。


 やはり、強い。

 こちらの強化された攻撃を、あっさりと潜り抜けていく。


 ――いや、魔力が莫大すぎるんだ。

 制御に手間取ることもあり、上手く連携に繋げられない。


 あれほど身軽に感じられた身体が、今では重くて仕方がない。


 その隙に奴は距離を詰めてくる。

 こちらの得物が長物ということもあって、そうなれば不利となり距離を取らざるを得ない。

 次第に後手へと回されていく。


 オレが味わいたいのは、肉を裂き、骨を断つ爽快感。

 でも、やつはおちょくるかのように軽く対処してしまう。


 やつの血液という勝利の美酒は、まだまだ遠い。


 必殺魔法さえ当ててしまえば逆転は容易だけど……。


 オレの想いを知ってか知らずか、アムルタートは冷徹な表情でこちらを眺めてくる。

 エメラルド色の、どこか彼によく似た瞳。


 それに加え、さも上位者と言わんばかりの態度。

 今も考えが見透かされているようで、不愉快で堪らなかった。





 インターバルの間に俺は思考する。

 彼女の武器は大ぶりな鎌。

 一撃一撃は重いが、必然的に隙も大きい。


 勿論、勢いを乗せての攻撃は脅威である。

 しかし、防いでしまえばその長大さが立ち回りを困難にする。

 つまり、懐に潜り込めさえすれば容易に無力化できてしまうのだ。


 恐らく彼女は変化したばかりで、力の使い方に慣れていない。


 暗闇の魔法少女ダーク・ウィッチの力とは、白銀の魔法少女シルバー・ウィッチとは性質の異なるもののようだ。

 以前のルーナが連撃で制すスタイルだとすれば、目の前の彼女は一撃に重きを置いたスタイル。


 彼女を暗闇の魔法少女ダーク・ウィッチ足らしめているのは、『暗黒の種子』から供給される莫大な魔力。

 だが、決して彼女にアドバンテージを与えているわけではない。むしろ、制御するのが精いっぱいといった様子ですらある。 


 ならば速攻に限る。


 ――目くらましも兼ねてだ。

 派手にやらせてもらおう。


「捕縛(バインド)!」


 ルーナの足元から鎖が伸び、彼女は慌てて更に後退する。

 捕縛(バインド)は相手を拘束する魔術。ルーナとの初戦で行動を封じたものだ。

 その記憶があるのだろう。必死で逃げ回るルーナへと捕縛(バインド)を乱打。


 執拗に連発し、工場の隅へと誘導していく。


「しつこいっ!」


 苛立ちによる舌打ちを無視して、俺は電流を何度か放つ。

 追い詰められた彼女は飛び上がって回避。


 雷撃の流れ弾がルーナの背後にある廃棄された機械を襲う。バチバチとショートの音が静寂を破り、爆散する。

 空中にいた彼女は、爆風に巻き上げられ想定外の急加速。


 翻弄される彼女。

 だがまだまだ逃さない。

 俺は続けざまに宙へと向けて雷撃と捕縛(バインド)で彼女を追いつめていく。


 ルーナは飛行能力を有しているものの、小回りは地上と比べて劣る。

 人間には元々羽が生えていない。


 そのため、イメージによる補正を行っているのだが、必然的に余計な手間がかかり、自分の足に比べればどうしても伝達速度が劣ってしまうのだ。


 その上、爆風により乱気流が生成されている。

 一時のスピードは上がったものの、むしろ制御は困難になっているはず。


 ならば先読みするのは非常に容易い。


 そこを突いた戦術。


 すかさず俺は再び雷剣を作り出し追撃。

 飛びあがり、肉薄すると鎌の柄を切り付け地面へと叩き付ける。


「く、くそっ」

「喰らえ、――雷神(トールハンマー)!」


 高密度の魔力による、俺の必殺魔法である。

 極限まで圧縮し高めた雷を、地べたに這いつくばり悪態をつくルーナ目がけて叩き込む。


「舐めるなよ! こっちだって、魔力は上がっているんだ!」


 ルーナは舌打ちと共に体勢を整え、魔方陣を展開していく。

 以前の白銀の物とは異なり、漆黒の力場が鎌の先へと描かれた。


「『アポリア・ダークマター』!」


 光さえ呑み込む重力の渦が展開され、こちらの雷撃を迎え撃つ。

 恐らく、こちらよりも出力は上なのだろう。良くて相殺。下手をすれば一方的に打ち消される。


 だが、だとしても問題ない。


 暗黒物質とぶつかる直前、轟音が響き、辺り一面が白く染まった。


 雷神(トールハンマー)の威力は、術者の俺でさえ対策を講じねば視覚と聴覚が一時的に麻痺するほどなのだ。

 無防備な一般人であれば、骨すら残らず焼き切れてしまう。


 それを本来より早いタイミングで起爆させた。

 結果的に彼女の必殺技はすかされた形となる。


 衝撃の余波が双方を襲う。

 すでに破壊されつくしていた工場など、建っているのが不思議なぐらいだ。


 びりびりと空間全体が震えるのだが、それを見越して同時発動していた耐ショックの呪文が俺を守る。


「……くぅぅ!」


 ルーナがうめき声と共に、地面を転がった。


 ――そう、今の魔法はフェイクである。


 絶大な魔力を使用する必殺魔法による――目くらまし。

 恐らく彼女は不意を突かれ、衝撃波の前にバランスを崩したのだろう。 


「うぉぉぉっ!」


 乾坤一擲。

 俺はその隙を狙い、一気に詰め寄った。

 そして、意識を奪おうと当身を喰らわせる。


 ……直撃。

 鈍い手ごたえを感じつつ、俺はルーナから離れようとして――


「ぐぅっ……」


 腹部の焼けるような痛みと共に、血反吐で地面を染めることとなった。

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