二十一話 上書きされていたので、必死に思い出すことにする

 休日になった。

 俺は、待ち合わせ場所である駅へと向かう。


 本日の目的は陽太へのプレゼントの確保。

 しかし、俺はどこで買えばいいのかすらわからない。

 一応、赤石には心当たりがあるようだ。


 金に糸目はつけないつもりだったのだが、定期報告をした金剛から


「あんまやりすぎると引かれるから止めろ」


 との忠告を受け、予算額を設定することにした。

 大体五千円から一万円より少し上ぐらいの範囲。そのあたりが無難らしい。

 まあ、良さそうなものがあれば躊躇いなく購入する予定。


 さて。

 同行するのは赤石一人。

 萩野はあの後


「流石にこの流れで地雷原に突っ込むやつの面倒は見切れねえ」


 と呆れ交じりの一言。

 二人で行けと言うことらしい。


「いつか刺されるぞ」


 との警告すら受けてしまった。

 彼も一応陽太の親友だったので、出来ることなら参加してほしかったのだが……。


 まあ、嘆いても仕方がない。





 会って早々、俺は赤石に目的を説明した。


 普段世話になっている人にプレゼントを贈りたいこと。

 萩野のアドバイスで、アクセサリーがいいと決まったこと。

 しかし、知識のない俺にはどのようなものがいいかわからないこと。


 大まかに言えばこの三点。


「わかった。私の知ってるお店に案内するね」


 赤石の案内を受けて辿り着いたのは、商店街の一角にある雑貨屋だった。

 三階建てのビルの一階であり、決して大きくはない。

 入店してみれば、無骨な鉄筋コンクリートの壁が俺を出迎える。かざりっけがなさ過ぎて雑貨屋に不向きではないかと思ったが、調度品のおかげでむしろシックな雰囲気を醸し出していた。


 恐らく、店長の趣味が良いのだ。

 俺のような人間でもわかるのだから相当だろう。


「えっと……黒崎君は誰に送るの? お母さんとか?」


 店長と軽く挨拶を交わした後、赤石が聞く。

 道中聞いたところ、この店は赤石の母親の知り合いが経営しているのだとか。


「いや、違う。俺に母親はいないからな」

「ご、ごめんなさい……!」


 慌てふためいて頭を下げる赤石。

 俺としては特に問題もないので、謝られても正直困る。


 ――何故か、陽太に送ることは赤石にも伏せなければならない。


 萩野に厳命されたからだ。

 お前は女心がわからないだの、ぶつぶつと叱責されたのだが……まあ、教えを乞う身なので俺は素直に実践する。


「それって、私が知ってる人?」

「ああ」

「……女の子?」

「……わからん」

「え、わからないのっ!?」


 赤石は心底意外そうな顔をしていた。

 今の陽太は女だ。だが、これを身に着けるころには元の姿に戻っているはず。

 ……そう願いたい。


「赤ちゃんとかじゃ……ないんだよね?」

「いや、特に生む予定もないが……そもそも、それだと赤石の知り合いじゃないだろう」

「そ、そういえば」


 彼女の顔に浮かぶのは困惑の色。

 ……漠然としすぎていて、助言のしようがないのだから当然である。

 さて、どうしたものだろう。

 ぼかしたままヒントを出そうかと考えていると


「……そうだね、黒崎君が送りたい人を心に思い浮かべてみて」


 赤石が胸元のネックレスを握りながら言う。

 青いガラス細工のついたものである。


「心に?」


 問い返すと、彼女はこくりと頷くことで答えた。


「贈り物をするときは、似合ってるかどうかより、その人のことをずっと考えるんだって。そうしてそのままアクセサリーを見れば、自然とぴったりなものが見つかるって」

「なるほど……。ありがとう。参考になる」


 素直に感心してしまった。

 やはり、俺にはこういう知識が足りなさすぎる。

 良く言われる真心というものなのだろう。


 思わず一礼してしまうほどだ。


「ここの店長さんの受け売りなんだけどね」


 すると、赤石は照れ笑いを浮かべていた。





「少し、回ってみる」


 俺は赤石に断って、店内をうろついた。

 ふむ。

 陽太のことを考えろ、か。


 俺は彼(・)の姿を思い出そうとして――。


 ……おかしい。

 何故か、頭に浮かんだのは銀髪の少女だった。

 それも褐色の。

 記憶の中で、彼女は俺に向けて笑いかけていた。


 ――愕然とする。


 決して、かつての陽太を忘れてしまったわけではない。

 記憶を辿れば、思い出すことは出来る。

 ――いや、そこまでしないと頭の中に出てこないのだ。


 どうやら、俺にとってルナとなった陽太の方が日常になりつつあるらしい。

 ……たった半年のことだというのに。


 思い返せば、陽太と出会った当初、俺はあくまで彼を観察対象としか見ていなかった。

 サヴァロスの命を受け、力の根源を探るためだ。


 ――だというのに、次第に彼のひたむきな精神に好感を抱くようになっていた。

 圧倒的な力の前にも、陽太は決して諦めない。

 それどころか、家族を、友人を、そして愛する少女を守りたいと命を燃やすのだ。


 ……高潔なる精神。

 ただ命令のまま動く俺が持ち合わせていないもので、だからこそ眩しく見えたのかもしれない。


 それでも、俺にとって陽太――ルーナは、故郷を取り戻すため何時か打破しなければならない好敵手だった。

 戦いから手を引かせられないかとさりげなく誘導したこともある。


 しかし、陽太が彼女(・・)になってから、俺は初めて自分の意思で陽太と一緒にいる。

 勿論、彼女をかつての姿に戻すという目的のため。

 だが、紛れもなく自分で考えた末の行動だ。


 裏切者でしかない俺を庇い、姿を変えられてしまった陽太――。

 そんな彼女への償いになると信じて。


 とはいえ、彼女と共に過ごす時間がとても心地よかったのも事実。

 花束を前に泣きそうな顔で笑う陽太。

 あれが転機だったのかもしれない。


 猫のように伸びをし、顔をしかめていたと思えば、赤面しはにかむ。

 ころころと表情を変える銀髪の彼女。

 それが日常と化していた。


 絆を育んだといえば聞こえはいいが、これはあまりよろしくない兆候である。

 俺は身の程をわきまえねばならない。

 親友と呼んでもらうのすら烏滸がましいのだから。


 懺悔の思いを胸に、改めてかつての陽太の姿を思い出そうとする――しかし、いくら念じても褐色の少女がそれを阻害する。

 どうしても今の陽太の姿が頭から離れない。


「……仕方ない。これにするか」


 結局幾ら待ってもらちが明かず、俺は天使の羽を象ったシルバーのペンダントを一つ手に取った。

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