二十一話 上書きされていたので、必死に思い出すことにする
休日になった。
俺は、待ち合わせ場所である駅へと向かう。
本日の目的は陽太へのプレゼントの確保。
しかし、俺はどこで買えばいいのかすらわからない。
一応、赤石には心当たりがあるようだ。
金に糸目はつけないつもりだったのだが、定期報告をした金剛から
「あんまやりすぎると引かれるから止めろ」
との忠告を受け、予算額を設定することにした。
大体五千円から一万円より少し上ぐらいの範囲。そのあたりが無難らしい。
まあ、良さそうなものがあれば躊躇いなく購入する予定。
さて。
同行するのは赤石一人。
萩野はあの後
「流石にこの流れで地雷原に突っ込むやつの面倒は見切れねえ」
と呆れ交じりの一言。
二人で行けと言うことらしい。
「いつか刺されるぞ」
との警告すら受けてしまった。
彼も一応陽太の親友だったので、出来ることなら参加してほしかったのだが……。
まあ、嘆いても仕方がない。
◆
会って早々、俺は赤石に目的を説明した。
普段世話になっている人にプレゼントを贈りたいこと。
萩野のアドバイスで、アクセサリーがいいと決まったこと。
しかし、知識のない俺にはどのようなものがいいかわからないこと。
大まかに言えばこの三点。
「わかった。私の知ってるお店に案内するね」
赤石の案内を受けて辿り着いたのは、商店街の一角にある雑貨屋だった。
三階建てのビルの一階であり、決して大きくはない。
入店してみれば、無骨な鉄筋コンクリートの壁が俺を出迎える。かざりっけがなさ過ぎて雑貨屋に不向きではないかと思ったが、調度品のおかげでむしろシックな雰囲気を醸し出していた。
恐らく、店長の趣味が良いのだ。
俺のような人間でもわかるのだから相当だろう。
「えっと……黒崎君は誰に送るの? お母さんとか?」
店長と軽く挨拶を交わした後、赤石が聞く。
道中聞いたところ、この店は赤石の母親の知り合いが経営しているのだとか。
「いや、違う。俺に母親はいないからな」
「ご、ごめんなさい……!」
慌てふためいて頭を下げる赤石。
俺としては特に問題もないので、謝られても正直困る。
――何故か、陽太に送ることは赤石にも伏せなければならない。
萩野に厳命されたからだ。
お前は女心がわからないだの、ぶつぶつと叱責されたのだが……まあ、教えを乞う身なので俺は素直に実践する。
「それって、私が知ってる人?」
「ああ」
「……女の子?」
「……わからん」
「え、わからないのっ!?」
赤石は心底意外そうな顔をしていた。
今の陽太は女だ。だが、これを身に着けるころには元の姿に戻っているはず。
……そう願いたい。
「赤ちゃんとかじゃ……ないんだよね?」
「いや、特に生む予定もないが……そもそも、それだと赤石の知り合いじゃないだろう」
「そ、そういえば」
彼女の顔に浮かぶのは困惑の色。
……漠然としすぎていて、助言のしようがないのだから当然である。
さて、どうしたものだろう。
ぼかしたままヒントを出そうかと考えていると
「……そうだね、黒崎君が送りたい人を心に思い浮かべてみて」
赤石が胸元のネックレスを握りながら言う。
青いガラス細工のついたものである。
「心に?」
問い返すと、彼女はこくりと頷くことで答えた。
「贈り物をするときは、似合ってるかどうかより、その人のことをずっと考えるんだって。そうしてそのままアクセサリーを見れば、自然とぴったりなものが見つかるって」
「なるほど……。ありがとう。参考になる」
素直に感心してしまった。
やはり、俺にはこういう知識が足りなさすぎる。
良く言われる真心というものなのだろう。
思わず一礼してしまうほどだ。
「ここの店長さんの受け売りなんだけどね」
すると、赤石は照れ笑いを浮かべていた。
◆
「少し、回ってみる」
俺は赤石に断って、店内をうろついた。
ふむ。
陽太のことを考えろ、か。
俺は彼(・)の姿を思い出そうとして――。
……おかしい。
何故か、頭に浮かんだのは銀髪の少女だった。
それも褐色の。
記憶の中で、彼女は俺に向けて笑いかけていた。
――愕然とする。
決して、かつての陽太を忘れてしまったわけではない。
記憶を辿れば、思い出すことは出来る。
――いや、そこまでしないと頭の中に出てこないのだ。
どうやら、俺にとってルナとなった陽太の方が日常になりつつあるらしい。
……たった半年のことだというのに。
思い返せば、陽太と出会った当初、俺はあくまで彼を観察対象としか見ていなかった。
サヴァロスの命を受け、力の根源を探るためだ。
――だというのに、次第に彼のひたむきな精神に好感を抱くようになっていた。
圧倒的な力の前にも、陽太は決して諦めない。
それどころか、家族を、友人を、そして愛する少女を守りたいと命を燃やすのだ。
……高潔なる精神。
ただ命令のまま動く俺が持ち合わせていないもので、だからこそ眩しく見えたのかもしれない。
それでも、俺にとって陽太――ルーナは、故郷を取り戻すため何時か打破しなければならない好敵手だった。
戦いから手を引かせられないかとさりげなく誘導したこともある。
しかし、陽太が彼女(・・)になってから、俺は初めて自分の意思で陽太と一緒にいる。
勿論、彼女をかつての姿に戻すという目的のため。
だが、紛れもなく自分で考えた末の行動だ。
裏切者でしかない俺を庇い、姿を変えられてしまった陽太――。
そんな彼女への償いになると信じて。
とはいえ、彼女と共に過ごす時間がとても心地よかったのも事実。
花束を前に泣きそうな顔で笑う陽太。
あれが転機だったのかもしれない。
猫のように伸びをし、顔をしかめていたと思えば、赤面しはにかむ。
ころころと表情を変える銀髪の彼女。
それが日常と化していた。
絆を育んだといえば聞こえはいいが、これはあまりよろしくない兆候である。
俺は身の程をわきまえねばならない。
親友と呼んでもらうのすら烏滸がましいのだから。
懺悔の思いを胸に、改めてかつての陽太の姿を思い出そうとする――しかし、いくら念じても褐色の少女がそれを阻害する。
どうしても今の陽太の姿が頭から離れない。
「……仕方ない。これにするか」
結局幾ら待ってもらちが明かず、俺は天使の羽を象ったシルバーのペンダントを一つ手に取った。
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