閑話 ここから全てが始まっていた
あの後、僕は死闘の末、サヴァロスを打ち破った。
満身創痍。立っているのがやっとだったけど、決め手は南ちゃんの叫びだった。
サヴァロスは、あえて一度逃がすことで希望を与え、助けに来た僕を痛めつけることで彼女の心を折るつもりだったらしい。
アムルタートによる救助を黙認したのもわざと。そして、彼を始末する様を見せつけたのも……。
だけど、南ちゃんの心は折れず、それどころか僕を奮い立たせ、新たなる力を目覚めさせる切欠となった。
それ以来、『旅団(レギオン)』は活動していない。
サヴァロスの語っていた、部下全員による離反というのは事実なのだろう。
だから、僕はもう安心していいものだと油断しきっていた。
義弘君や晴翔君――階段から落ちて大怪我をしたとかで、数日間学校を欠席していた――の協力も得て、南ちゃんと一緒に出掛けたクリスマス。
それも夕方に差し掛かり、今僕たちがいるのは商店街だ。
普段は寂れているのだけれど、今日ばかりは行きかう人も多く思える。
ホワイトクリスマス。
ちらほらと降る雪がイルミネーションに照らされ、とても幻想的だった。
入り口にある巨大なクリスマスツリーの下、プレゼント交換と共に最後の大イベントを起こそうか――なんて考えた瞬間。
突如発生した莫大な魔力。
僕は、まだ全てが終わっていなかったことにようやく気付いた――。
◆
「ごめん、ちょっと待ってて!」
「陽太君!?」
僕は南ちゃんにそれだけ言って、人ごみの中を駆けだした。
南ちゃんはすでにプレゼントの小包を取り出していた――だけど、残念ながら受け取っている暇がない。
事情を説明している時間すら惜しいのだ。
だって、明らかに異常だ。
もう戦いは終わったはずなのに。
この一年で感じた中で、最も禍々しい魔力に鳥肌が立つ。
『結界展開』
以心伝心。聖獣が呪文を唱えると、一瞬にして人の存在が消える。
敵(・)を含めて、現実世界によく似た異空間へと転移したのだ。
「変身――!」
僕を光が包み込む。
黒髪が銀に染まり、性別さえも変化する。――もう二度と、変身することはないと思っていた姿。
異空間は、どろどろとした瘴気に溢れていた。
それは、まるで全身に纏わりつく様な悪意。きらびやかな装飾が施された商店街だからこそ、歪な虚ろさが際立つ。
現実世界と違い、雪は積もっていない。
瘴気に触れた途端溶けてしまうのが原因らしい。
あまり余裕はなさそう。
そう考えて
「『第三形態(トリニティフォーム)』!」
銀髪が更に光り輝き、続けて背に天使の羽が生える。
これが僕の最強形態。南ちゃんを助け、アムルタートの仇を討つため手に入れた力。
鋭角的なフォルムだった『第二形態(アクセルモード)』とは対照的に、ふんわりとした青のウェディングドレスを思わせるコスチューム。
聖獣と完全に同調したこの姿であれば、僕は高速戦闘を維持したまま、最高火力の必殺魔法を使うことが出来る。
もちろん警戒は解かない。
いや、解けるはずがない。
ひりつくような威圧感を常に感じているんだから。
「呼び出しを受けてくれて嬉しいよ」
「――お前は、サヴァロス! 倒したはずじゃ……」
僕の前にふらりと現れた禿頭の男はサヴァロス――『旅団(レギオン)』の首領だ。
年老いて皺くちゃの顔を醜く歪ませ、彼は笑う。
「まさか、あれでやられたと? とはいえ、身を隠さねばならなかったのだから、否定はできないな」
「何を企んでいる……?」
「まあ、聞きたまえ」
僕はスティックを鋭利な剣へと変化させる。
いつでも切りかかれる体勢。
そのはずなのに、一歩たりとも足を踏み出すことが出来ない。一度打ち破った相手だというのに、気圧されているのは僕の方だった。
そんな僕を一目見て、サヴァロスは満足げに語りだす。
「復習の時間だ。私が以前望んでいたものを言ってみたまえ」
「――負の、感情?」
でも、彼の策略は僕が打破したはずだ。
あれ以来、南ちゃんには指一本触れられてはいない。油断しきっていたとはいえ、そのぐらいの警戒はしていたのだから。
「君は思い違いをしているね。別に、彼女に拘る必要はないのだよ。極少量とはいえ、塵も積もればなんとやらだ。いや、少しの不幸から連鎖的に負の感情が湧きだすのだから、実践してみればこちらの方が効率がいいのかもしれない」
さも出し抜いたと言わんばかりのサヴァロス。
瞳を細め、侮蔑的な笑みを浮かべていた。
「特に死の寸前の怨嗟は高純度といえるのだが――流石に、そこまで大々的にやってしまっては君や
――『旅団(レギオン)』が感情エネルギーを狙ってるのは知ってる。
だからこそ、彼らは決して死傷者は出さなかった。
例えるなら、一度だけ羊毛を剥ぎ取った羊を殺すなんて効率の悪いことをしないように。
だけど、目の前の老人は反することを言う。
僕に気づかれさえしなければ、一時の収穫のため殺してしまっても構わないと。
不合理で、不条理。
「お前は、何がしたいんだ!?」
「研究――つまり、これの完成だよ。『暗黒の種子』――これさえあれば、次元を超えて世界を支配することすら容易だ。残念なことに、最低限の品だがね」
サヴァロスが掲げて見せたのは、光を吸い込み黒々と昏く輝く結晶。
名状しがたくて、見ているだけで胃から酸っぱいものが込み上げてくる。
多分、今立ち込めている瘴気が固形となったもの。
これで最低限というのだから、完全なものとなればどうなってしまうのだろうか。
僕には、見当もつかない。
「こんなものが本当に欲しかったのか……?」
「今更何を言っているのかね? 私がしているのは君と同じ。感情を力に変える。――ただその方向性が違うだけだ」
愕然とする僕を満足げに見やると、彼は自身の額にめり込ませた。
「やめろっ!」
叫びながら飛びかかる。
感覚でわかった。
あれは、悪意の塊。
あんなものを取り込めば――。
でも、僕の静止は間に合わなかった。
◆
「弱すぎるなあ。こんなのに今まで苦戦してたのかい?」
地にひれ伏した僕を緑がかった瞳で見下し、サヴァロスはニヤリと笑みを浮かべた。
彼の姿は随分と若々しくなっていて、二十歳かそれぐらいに見える。
少しだけ雰囲気が僕の友達に似ているけど――醜悪な表情のせいで別物だ。
サヴァロスの姿が変わったのは種子を取り込んだ直後のこと。彼は一度スライムの様になり、再構成されてこの姿になった。
だけど、額につけられた『暗黒の種子』だけは変わらない。
対して、僕は光の翼の片方を失っていて、輝くような銀髪も色あせてしまっている。
防戦一方だったというのに、これほどのダメージを負っていた。
「つまらないや。――そうだ。君だけでなく、あちらの世界の観客(・・)にも感情エネルギーを提供してもらおうかな」
癪なことに口調まで若返っていた。
瘴気にマントを靡かせながら、片手で巨大な――黒い光弾を作り出す。
「以前言っただろう? 負の感情ってのは、落差が大きければ大きいほど純度は上がる。それに、まだ『暗黒の種子』は最低限、未完成なんだって。今、お祭り騒ぎのこの街に、これを落とせばどうなるだろうねえ」
「……ここは反転空間。異世界のはずだっ」
反転空間がどれだけ破壊されようと、現実世界に大した影響を及ぼすことはない。
今、反転世界のツリーはへし折れてしまっている。
だけど、現実世界では何も起きていない。精々、風が吹いた程度に微細に揺れるだけのはず。
だから、サヴァロスの言っていることは何の意味もない……そのはずだった。
「こんなものが意味をなすと思っているのかい?」
でも、サヴァロスの顔に浮かんだのは嘲笑。
「結界ごと突き破れば何の意味もないよ。はったりとでも思ってる? なら、試してみようか」
彼は更に光弾を膨れ上がらせる。
……まずい。
それでも、まだまだ余裕があるように見える。
「まずは一発目――」
まるでキャッチボールでもするように、サヴァロスは無造作に光弾を放り投げた。
「や、やめろぉっ!」
「あはは! その顔が見たかったんだよ!」
止めなきゃいけない。
感覚でわかるのに、体が動かなかった。悔しさに歯を食いしばる。
僕の叫びは虚しく響き渡り、光弾は――
「させるか」
稲妻により打ち砕かれていた。
◆
「――久しぶりだな、
「アムルタート……生きてたのか」
「……ああ」
僕の言葉に、何故だか彼は複雑な顔をする。
何を今更とでも言いたげだけど、あれから一度も遭遇していないのだからそんな顔をされても困るというもの。
「へぇ……今頃来たのか。裏切り者」
黒色の来訪者に、サヴァロスは残忍な笑みで応えた。
しかし、アムルタートは毅然とした顔を崩さない。
「裏切ったのは、貴様だ。『旅団(レギオン)』の目的はエネルギーの奪取であり、異世界を滅ぼすことではない。それも偽りの目的でしかなかったようだが」
「……お前ひとりが加勢したところで、何か出来るとでも?
サヴァロスは試すように、幾つもの光弾を作り出す。
一つ一つが先ほどと変わらないサイズ。
これが本気なのだろう。
一つでも逃せば――。
南ちゃんだけじゃない。今現実世界の商店街にいる人々は大怪我を負うだろう。
……命が残るかすらもわからない。
だって、サヴァロスは死の寸前の感情エネルギーが欲しいと言っていたんだから。
最悪の想像に唇を噛む。
だけど、アムルタートは余裕のまま告げた。
「耄碌したか? 俺たちを三幹部に命じたのは貴様だろう」
「俺を忘れるんじゃねぇ!」
死角から、屈強な大男――ディアマンテが姿を現す。
「――!」
そして、すかさず叫びだす。
鼓膜が破れてしまうような大音量。もし変身していなければ、一瞬で意識を捥ぎ取られてしまうだろう。
光弾の半数近くがあっという間に破壊しつくされ、サヴァロスに大きな隙が出来た。
ディアマンテの武器は超音波。
パワータイプのような見た目に反し、技巧派の戦士なのだ。
「あたしもね。えらく可愛らしくなったじゃない。首領サマ」
続けて姿を見せたのはボンデージ姿の女性。
レオーニャという、三幹部の紅一点。
鞭を手に大分よろしくない格好だと、こんなナリでも中身は男な僕は思う。
彼女の指示が飛べば、ドラゴンやキマイラなどの魔獣が一斉に襲いかかり、残る光弾を打ち砕いていく。
だけど、サヴァロスは不敵な笑みを崩さない。
「ふん……、どうせ貴様たちも始末するつもりだったんだ。手間が省けたじゃないか」
横柄な態度からの挑発。
でも、アムルタートはそれを無視して僕に手を差し出す。
「陽太。……いや、ルーナ、戦えるか?」
「え、うん」
今、確かにアムルタートは僕の名前を呼んだ。
でも、それを尋ねる時間がないのも確か。彼の手を取り立ち上がると――
「
「――『雷帝』の力を見せてやろう」
そして、僕たちの奇妙な、最初で最後の共闘が始まった。
◆
最初は圧倒的優勢だったサヴァロスも、僕たちの連携の前に少しずつ余裕がなくなってきた。
ディアマンテの回避不能の音激が少しずつサヴァロスの動きを崩し、レオーニャの鞭が姿を捉えた。
魔獣の一撃も微々たるものとはいえ無視できないようで、サヴァロスは対処に追われている。
その隙にアムルタートが雷撃を打ち込み、続けて僕の剣が一閃。
――押している。
このままなら、勝てる。
勿論気を緩めない。
決してこちら側にも余裕があるわけではないのだから。
「アムルタート――! 貴様、創造主に反逆するなど!」
「恩義を感じた記憶はない」
余裕を失い半狂乱で叫ぶサヴァロスを、顔色一つ変えずアムルタートは電撃で貫いた。
……同情している暇はない。
すかさず僕も、必殺技を打ち込んだ。
極光が僕の身体から溢れ、一塊となる。
そして――
「月の輝きよ――放て、『ムーンライト・ノヴァ』!」
奔流があたり一面を包み込む――。
◆
横たわるサヴァロスは、老人の姿に戻っていた。
息も絶え絶え。
彼の上に、白雪が積もっていく。
浄化の一撃を受け、額に埋め込まれていた『暗黒の種子』は半分ほどの欠片しか残っていない。
圧倒的な力の代償か、彼はもう長くないように思えた。
「――」
彼は何かを呟いた。
「……命乞いか?」
だが、アムルタートは一切の同情を見せず、雷で剣を形作ると近づいていく。
多分、とどめを刺すためだ。
それを僕は止めることが出来ない。
彼の瞳に宿っていたのは、憎悪と――憐憫だったから。
「――私が、命乞いだと?」
「……何?」
しかし、サヴァロスの答えは高笑いだった。
「言ったはずだ。死の間際の感情が、最も強いと……!」
そして、凄惨な表情のまま、アムルタートの方を向き――。
「アムルタート、貴様の役割を果たしてもらうぞ!」
黒々とした結晶が、身体から飛び出した。
◆
何故だか、世界がスローモーションに見えていた。
とても、ゆっくりとアムルタートに『暗黒の種子』が進んでいく。
多分、彼が動かないのは虚を突かれたからじゃない。
そのほとんどを失われているものの、『暗黒の種子』はエネルギーの塊なのだ。
避ければ、反転世界を突き破り現実世界に多大な被害を及ぼすだろう。
それを懸念してのこと。
だって、彼は何かを覚悟するように『暗黒の種子』を見つめたままだったから。
その中で、僕だけが自由に動くことが出来た。
――アムルタート。
僕を散々痛めつけた、仇敵。
何度も立ちはだかった強敵。
そして、一度だけ南ちゃんを助けてくれた――。
それ以外、何も知らない。
そのはずなのに、何故だか僕には彼に、この一年の戦いの中で出会った親友の面影を感じていた。
いつの間にか、命ずるまでもなく僕の身体は動いている。
接近する僕に虚を突かれたアムルタートをつき飛ばし――
そこで僕の世界は一度終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます