二十話 感心していたので、呼びかけることにする

 金曜の放課後。

 陽太は早々に帰宅してしまった。修行(・・)があるのだとか。

 一方、俺は担任から雑用を押し付けられ、それをようやく片付け終えたところ。

 陽太ほどならともかく、成績も授業態度も悪い俺に対するお目こぼしのためらしい。


「なあ、萩野」


 彼は意外そうな顔で振り向いた。

 俺から萩野に話しかけるのは珍しいためだ。

 俺たちは、もっぱら一方的に萩野が語りかけるような関係である。


 何故萩野がここにいるのかというと、雑用の手伝いを申し出たから。


「親友のためなら当然だぜ!」


 とかなんとか歯をきらりと輝かせながら語っていたのだが、こいつ、俺以外に友人はいないのだろうか。

 まあ、俺は陽太とこいつ以外いないが。


「お前、飛高が喜びそうなものわかるか?」

「なんだ、急に?」


 プレゼントという指針は決まったものの、何を贈るかはまだ決まっていない。

 どうにも、あいつが喜ぶようなものが思いつかないため。


 記憶が改竄されているとはいえ、一応こいつは陽太の幼馴染である。

 何か、ヒントにならないかと思い駄目元で聞いてみたのだ。


「プレゼントを贈ろうと思ってな」

「はぁ!? マジか?」

「ああ」

「つ、ついにこの鈍感野郎が行動に移すのか?」


 萩野は何故か色めき立つ。

 いつぞやの星子と同じ反応。


 そうか。

 プレゼントには理由が必要なんだったな。


 記念日とか、礼とか。

 残念ながら、陽太の誕生日はとうに過ぎている。

 なので


「日ごろの礼、みたいなものだ。最近、昼食を世話になっているし」

「てめぇ、やっぱそんな羨ましいことになってやがったのか。……ま、予想はしてたけどよ!」


 口ぶりに反し、悔しがるというより妙に嬉しそうな萩野。

 感情の機微に疎い俺だが、特にこいつはさっぱりわからん。


「いやー、とっととくっつけって思ってたしな。最近、ルナさんちょっとだけ柔らかくなったのも、お前が連れ出してるせいだろ?」

「……なんで知っている?」

「星子ちゃん。俺、あの子と仲いーもん」


 無駄に自慢げな萩野。

 意外な情報源だった。

 まあ、陽太と幼馴染だった以上、星子との繋がりがあってもおかしくはないが。


「んで。どんなもん贈りたいんだよ」

「……出来ることなら、思い出に残るようなものだ」


 ――恐らく、これが陽太への最後の贈り物。

 陽太を元の姿に戻せば、迅速に俺はかつての世界へと戻らなければならない。


 せめて、少しでも記憶に留めて貰えればと考えるのは傲慢だろうか?


「思い出になるようなものか……結構な難題を持ってくんなぁ」


 俺の感情が伝わったのか、萩野のおちゃらけっぷりは鳴りを潜めてしまっている。

 額に手を当てて、真剣に思い悩む。


「……にしても、お前って結構ロマンチストだな」

「そうか?」

「普通は素面じゃ言えねえって、そんなの。今生の別れでもないだろうし」

「……そうだな」


 萩野は事情を知らないのだ。

 そう考えるのも無理はない。いや、陽太も夢にも思わないはず。


 萩野たちに正体を告げるわけにはいかない。

 黒崎晴翔という人間は忽然と失踪する運びとなる。

 恐らくは玲於奈や金剛がうまく取り繕ってくれるだろう。


「お前はどんなの思いついたんだよ?」

「……服だな。上手く聞き出せないかと思ったが、失敗してしまった」


 先日のデパートの一件は残念な結果に終わった。

 暗中模索の最中だというのに、下手な贈り物をするわけにもいかない。


「服か……。駄目だな。いいか? 女の子は流行り廃りが激しいからな。一シーズン終われば二度と袖を通さないってのもザラだ」

「そうなのか?」


 言われてみれば、先日の陽太は凄まじい量の衣服を試着していた。

 ……物量に押し流されてしまうかもしれない。


「ああ、そういうもん。思い出っていうなら、やっぱこういうのはアクセサリーだな!」 


 ――そもそも、俺の前提が間違っていたことに気付く。

 陽太は男に戻るのだ。

 女物の服をプレゼントして何になるのか。

 このような初歩的なミスは、我ながら、らしくない。

 だからこそ、アクセサリは妙案に思えてならなかった。


「アクセサリーは服に合わせやすいからな。服はサイズとかあるし、いきなり渡されてもコーディネイトも大変だろ」

「一理ある」


 萩野が普段と打って変わって理路整然と語りだすので、神妙に頷く。

 どうして日常においてこの能力が発揮できないのか不思議でならないが、人には向き不向きというのがあるのだろう。 


「っていっても指輪は駄目だ。指のサイズもわかんねえだろ? そうだな。一番いいのはネックレスやペンダントだな」


 彼は俺の感心を気にも留めず、ある種の情熱をもって語り続けた。


「それによ、贈り物を身に着けてもらってるってのはいいもんだろ? 気持ちが籠ってるって感じがするし」


 ……確かに。

 想像してそのような感情が抱けるのだから、俺も随分変わってしまったらしい。


 それにしても、ここまで萩野の言葉が胸に響いたことがあっただろうか?

 いや、一度たりともなかった。


「萩野。俺は初めてお前が頼もしく見える」

「さりげなく失礼だな、おめーは。……似たような講釈を、昔誰かにもした気がするんだがなあ」


 宙を見て懐かしむ萩野。


 恐らく、陽太のことだろう。

 去年のクリスマス、赤石とプレゼント交換をするのだと張り切っていた記憶がある。

 残念なことに、叶わなかったのだが……。


 なんて相談してると、教室に入ってくる赤石が目に入った。

 どうやら鞄を取りに来たようだ。


 すると、突然彼は声を落とす。

 理由がわからない。赤石に聞かれたからと言ってなんだというのか。


「晴翔、どーせお前、女の子の喜ぶものとかわからないだろ?」


 彼は、赤石に聞こえないよう小さく訊いた。


「ああ」

「なら、俺が一緒について行ってやるよ。ちょうど明日は休みなんだし」


 ――ふむ。ありがたい申し出といえるだろう。


 それならば、赤石にも協力してもらった方がいいのではないだろうか?

 二人よりも三人の方が効率がいいのは自明の理である。


 それに、陽太も赤石からの贈り物の方が嬉しいはずだ。

 そう考え俺は彼女へと声をかけた。


「赤石。明日買い物に付き合ってくれないか?」


 隣の萩野が小声で


「おま、何考えてんだ……!」


 と叱責するのだが……話しかけてしまったのだからもう遅い。





「え……」

「嫌なら無理にとは言わない。すまない、協力してもらえないかと思っただけなんだ」

「い、いやじゃないよ」


 び、吃驚した。

 まさか、黒崎君に声をかけられるなんて。

 普段、私にあんまり話しかけてくる男の子はいないからなおさら。


 確か、一年生の時は仲のいい少しだけ背の低い子がいたんだけど。

 誰だったかな。

 ……思いだせないや。


「悪いな。明日……土曜日は空いているか?」

「……うーん、多分」


 返事に少しだけ時間がかかっちゃったのは、嫌だからじゃない。

 さっきの考え事のせい。

 でも、その日は習い事もないはず。


 女の子の友達はいるけど、常に遊びに行く約束をするほど親しい子はいない。


 昔はよくルナちゃんと遊んでたんだけど、半年前から突然疎遠になってしまった。

 私が話しかけても不機嫌そうに答えるか、無視するだけ。

 目を合わせてももらえない。

 

 ――親友だったはずなのに。


 何が原因で仲たがいしてしまったんだろう。

 私には心当たりがない。だから、謝ることすらできない。


「なら、駅で待ち合わせでいいか?」

「う、うんっ!」


 いけない。

 また別の考え事で頭がいっぱいになっていた。

 黒崎君は怪訝そうに私を見つめる。

 ミステリアスな、緑がかった瞳。


 こ、これってデートだよね……。

 うう。

 緊張する。


 黒崎君は転校してきたときから、明らかに他の男の子とは雰囲気が違ってた。

 角が立たないよう接してるんだけど、どこか冷たい空気を纏ってる感じ。


 だからかな。

 いつの間にか目で追ってた。


 ……クリスマス、ルナちゃんと遊びに出かけたとき、助けてくれたのも黒崎君だったんだよね。

 あのとき、初めて男の子と二人で出かけたから緊張したなあ。


 ……あれ?

 ルナちゃんは女の子だし、黒崎君が来たなら三人だし。

 何かおかしいよ。


 ずきずきと頭が痛い。

 なんだか胸がきゅっと締め付けられるような気がして、ポケットの中のお守り・・・に手を伸ばす。


 ……うん、落ち着いた。


「体調が悪そうだが、大丈夫か?」

「う、ううん。平気。じゃあ、土曜日ね」


 顔を覗き込む黒崎君。

 心配をかけたくなくて、それだけ伝えると私は教室を出た。

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