外伝 修羅場が発生していたので、傍観者になることにする
金曜の六時間目。
この授業が終われば土日という休日へ解放される――。
なぁんて普段なら希望に満ちた時間だっていうのに。
「……」
「……」
「あの……」
俺――萩野義弘の前にいるのは仏頂面二人に、おろおろする女の子一人。
四人で机を寄せ合い、面と向かったこの状況。
うーん、気まずい。
なんでこうなったんだか……。
◆
「この時間はグループワークをしてもらう。好きな奴と四人から五人までの班を作ってくれ。来週の――そうだな。火曜日に発表してもらおうと思う」
恰幅のいい現代社会の教師がそう言いだすと、教室中が熱気に包まれだした。
大体こういうとき、学生ってのは三パターンに分けられる。
仲のいい同性のグループで組むやつ。
ちらちらと気になる異性へと視線を送るやつ。
一切動こうとしない超マイペースなやつ。
まあ、俺は……一番最初だな。
今のところ気になってる女の子はいないし。
なんていうか、半年前からどうにも空虚なんだよ。
長年連れ添った相方が行方不明……どうにもそんな感じ。
晴翔のやつとつるんでいる時だけはその残滓に手が届きそうな気がするんだが……。
それはさておき。
「おーい、晴翔。俺と一緒にやろうぜ」
俺の目の前にいる長身の男は一番最後のタイプだ。
多分、教師に何か言われるまで動きゃしねえ。
「了解」
「ならあと最低でも二人か?」
「いや、あと一人だ」
俺の予想を裏切り、晴翔の隣には白銀の美少女。
――ルナさんだ。
三学期以降、常に厳しい表情をしている彼女だけど、授業に出席するようになってからはごく稀に柔らかい表情を見せるようになった。
クラスの中にはそれに惹かれる男子もいるらしいが――それが向けられてるのはただ一人。
勝ち目ないだろ、どう考えても。
それでいてまだ付き合っていないというのだから目に毒な話だ。
晴翔は悪いやつじゃないが朴念仁すぎるんだよな。
「はいはいごちそうさま」
――なんて二人には聞こえないよう呟きつつ、俺が教室中を確認しようとした瞬間。
「あ、あの……私も入れてもらっていいですか?」
か細いものの、鈴が転がるような声が俺たちを呼び止めた。
視線を落とせばそこにいるのは――赤石南。
なんとなくちゃん付けで呼びたくなる、小柄な割にリスとかハムスターみたいな小動物系の女の子。
別に俺と特に仲がいいってわけじゃない。
晴翔とも同じく。どうにも引っ込み思案な彼女は、ルナさんと比べかなり
でも、多分そのことに気付いていないんだろう。
俺も別の情報源がなければ、中々気付けなかったかもしれない。
だから、二番目のタイプとしてここに来た。
「俺は構わないが」
「俺も」
そんなことは夢にも思っていないらしい晴翔が、間髪入れずに返事をするので俺も続いた。
でも、ただ一人、ルナさんだけが無言のまま、渋るような表情。
そして、晴翔の促すような視線を受け
「……勝手にしろよ」
と苦々しく答えるのだった。
◆
さて、俺たちに与えられたテーマはこれ。
現代日本における人口減少について。
その大意に沿っていればそれだけでいいんだとか。
ついでに情報ソースとして、教師は複数の資料サイトを提示してくれた。
……っていっても、ありふれたテーマ過ぎて、逆に漠然としたイメージしか思い浮かばねえ。
もう少しテーマを絞り込む必要があるんだろうが、話し合いは纏まらない。
っていうか、晴翔とルナさんが協調性がなさすぎる。
逆に南ちゃんはイエスマンって感じだし。
結局、それぞれスマホを活用し、資料サイトを要約してデータを出していこう……って話になってしまった。
「萩野、終わったぞ」
「はっや! 三十分しか経ってないんだけど!」
平然とした顔で数枚のレポート用紙を手渡してくる晴翔にツッコミを入れる。
教師の提示したサイトは結構いいところの大学教授が運営しているものらしく、膨大な情報量だった。
専門的な用語も多くて頭痛がしてくるほどだ。
俺じゃあ下手したら一晩かけても読み込めないかもしれない。
それをあっさりと読破するこいつに末恐ろしいものを感じる。
……晴翔って成績は悪いのに処理能力だけは長けてんだよな。
「それにしても、これだけ人口がいるのなら必要十分だと思うんだが」
「いや、そういう課題じゃねーからな?」
だが、その結論がこれなんだからやっぱ残念なことに変わりない。
「オレも出来た」
義理は果たしたとばかりにルナさん。
彼女の席は晴翔の横。席決めの際、当然のように隣をキープしていたのだ。
「……このままじゃ、終わりそうにないな。陽太、お前は赤石を手伝ってくれ。俺は萩野を手伝う」
晴翔が困り顔で言う。
釈明しておくが、この二人が速すぎるだけであって俺と南ちゃんがどんくさいわけじゃない。
他の班の状況を見渡してみればわかる。
「……オレが?」
「その方が効率的だろう?」
ルナさんは不満を隠そうともしないのだが、晴翔の目くばせを受け、苦虫を噛み潰したような顔で頷く。
――どうせなら逆の方が嬉しいんだけど。
なんて冗談言い出せる状況じゃあない。
◆
「よ、よろしくね。ルナちゃん」
「……ああ」
南ちゃん相手に不機嫌さを隠そうともしないルナさん。
「オレが全体の三分の四――四章のあたりからを纏めるから、南は今やってるところからそこまでやって」
「うん……」
事務的な役割分担を簡潔に伝え、ルナさんはスマホの画面へと目を落とす。
二人は無言のままシャーペンを走らせていく。
いや、南ちゃんは何やら声をかけようとまごまごしてるんだけど、ルナさんの雰囲気に阻まれて出来ていない。
薄氷を踏むような緊張感。それを何故か傍から見ている俺が味わっている。
俺の記憶によれば、この二人は決して仲が悪くなかった……それどころか幼馴染の大親友って感じ――だったはずなんだが。
半年ぐらい前からルナさんが徹底無視の冷戦状態になってしまった。
ルナさんが南ちゃんと仲良くなろうとするのを取り持った俺としては何とも気まずい。
……あれ? おかしいな。幼馴染なのになんで男の俺が間に入る必要があるんだ?
……まあいいや。
最近の仲の悪さは、痴情のもつれってやつなんだろうか。
遠目で見たら面白いのかもしれないけど、身近でやられても困るよな。
晴翔に「なんとかしろよ」って言ってやりたくなるが、まあ、こいつじゃ無理だ。何の解決にもならない。
「あ、あのね、ルナちゃん」
ようやく南ちゃんがそう切り出したのは授業の終わり際。
運悪くちょうどチャイムが鳴り響き――南ちゃんのか細いそれは掻き消されただけに終わった。
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