十九話 試行錯誤していたので、見守ることにする

「晴翔、これはどうだと思う?」


 赤いベアトップにショートパンツという出で立ちで試着室から現れた陽太は、満面の笑みで訊いてくる。

 胸を反らして堂々の仁王立ちである。


「……いいんじゃないか?」


 デパートに到着し、最初に向かったのは服屋だった。

 陽太は夏服の下調べがしたいのだという。


「お前、そればっかりだよな」

「本心からなんだが……」


 別に面倒くさいから同じ台詞を繰り返しているわけではない。

 本当に似合っているからそう答えているのだ。


 俺はこの世界の美醜に関して詳しくない。

 しかし、今の陽太が間違いなく周囲の目を引く美少女であることは知っている。

 銀髪に褐色。

 異国から迷い込んだ様な彼女の姿は、どこか幻想的ですらあるのだから。


「じゃあ、次な」

「了解」


 もう一度陽太は試着室へと姿を消す。

 俺はその近くで待機。


 こういうのをファッションショーというのだったか。

 かつて、妹の買い物に付き合わされると大変だと陽太が愚痴っていたのを覚えている。


 だというのに、今は彼女がこちらを付き合わす側だというのは皮肉な話だ。


 とはいえ、俺はこの時間は嫌いではない。

 待てと言われれば何時間でも付き合っていられる。

 何しろ、陽太は輝くような笑みを見せているのだ。


 半年前では一度も見ることのできなかった姿である。


「これは?」


 今度は薄いピンク色のワンピース。

 ダンスでも踊るかのようにふわりと一回転。

 彼女の容貌と相まって妖精を思わせる。


「いいと思うが……」

「またそれか」


 陽太は俺の返答に笑顔を崩す。

 だが、気の利いた言葉など俺には言えないのだから仕方がない。


「陽太ならなんでも似合うぞ」

「……お前の好みってわかんないよな」

「ん?」


 奇妙な言葉をぽつりとつぶやく陽太。

 彼女の服装に、何故俺の好みが関係ある?

 聞き間違いだろうか?


「陽太、今何を?」

「な、なんでもないから!」


 慌てて追及を阻止する陽太。

 ふむ。わからん。


 ――そういえば、目的を忘れかけていた。

 せっかくここまで来たのだからちゃんと果たさねば。


「陽太はどれが欲しいんだ?」

「……そうだなあ」


 ハンガーにずらりとかけられた衣服を前に思い悩む陽太。

 上手く聞きだせそうで安心する。

 が――。


「どれもピンとこないかな」

「……そうか」


 全否定だった。

 そういえば、陽太の好む色は青。

 しかし、今回ばかりはその系統の衣服は少ない。

 むしろ意図的に避けているのかとすら思わせるほどだ。


 イメージチェンジとやらの一環なのだろうか。

 試行錯誤するのは悪くないとは思うが。





 結局、陽太のお眼鏡にかなうものは見つからなかったらしい。

 必然的にプレゼント探しも失敗に終わった。


 直球で本人に訊くという選択肢もあるが――間違いなく陽太は遠慮するだろう。

 数週間前の昼食代を気に病み、弁当を作るほどの義理堅さなのだ。


 ――俺としては、もう少ししたらこの世界の財産など必要なくなるのだからどうでもよいのだが。


 今俺たちはデパート入口付近にあるフードコートで休憩中。

 ソフトクリームを口にしているところだ。


 陽太はバニラのそれをスプーンですくい口に含む。

 対して俺はチョコバナナ味にそのまま噛り付く。味のチョイスは陽太の希望を受けてである。


 彼女は店頭で「王道なバニラもいいけど、新しい味もなあ……」と悩んでいた。

 そこに俺が「なら俺がチョコバナナを頼もう」と助け舟を出したかたちとなる。


「陽太。食べるか?」


 物欲しそうな彼女に、俺は差し出した。


「え、いいのか?」

「ああ。元から、そういうつもりだったんだ。好きなだけ取ってくれ」

「てっきり、味の感想を教えてくれるもんかと……」

「気にするな」


 陽太にコーンごと預ける。

 だというのに、彼女は手にしてから逡巡を始めた。


「どうした? 溶けるぞ?」

「いや、別に……」


 意を決したかのようにスプーンを使い口に含む彼女。

 だが、すぐに俺へと突っ返してくる。


「それだけでいいのか?」

「あんまり取ると悪いし……」


 そんなことを気にしていたらしい。

 申し訳なさゆえか、視線を合わせようとしない。


「いっそ、全て食べてくれても構わないぞ」

「もしかして、チョコバナナ味、口に合わなかったのか?」

「そういうわけじゃない」


 ひんやりとした甘味。

 そんなもの、かつての俺には与えられなかった。

 陽太たちに見舞いに来てもらい、初めて食べた際、衝撃を受けたものだ。


 ……あのとき、丁度金剛や玲於奈たち――ただし、あのときはそんな偽名ではなかった――まで訪れていたため、鉢合わせしないかとひやひやした記憶がある。


「……前も言ってたよな、初めて食べたって。お前って、向こう・・・でどんな暮らししていたんだ?」

「俺か? ……仕事(・・)ばかりだな。だから、陽太や萩野と遊ぶのは新鮮だった」

「そっか……。ごめん、変なこと聞いて」


 しゅんとなる陽太。

 そういえば、この世界の子供はこの年代であれば学生のはずだ。

 すっかりと失念してしまっていた。


 しばしの沈黙。

 結局、陽太が口を開いたのは、ソフトクリームを全て食べ終えてからのこと。


「悪い、付き合わせちゃって……退屈だっただろ?」


 再び、陽太はすまなさそうな顔をする。

 どうやら、燥ぎすぎたと考えているようだ。


「いや、お前の楽しそうな顔を見れて何よりだ」

「……晴翔って、狙ってそういうこと言ってるのか?」


 頬を膨らませながらも赤らめる陽太。

 首を傾げれば、彼女は


「もう、気にしなくていいから。帰ろうぜ」


 と俺の手を引っ張った。

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