閑話 決意を思い返していた

 今か今かと待ちわびた放課後がようやくやってきた。


 勿論、授業をさぼったりなんてしていない。

 ちゃんと真面目に出席している。


 なんでかっていえば、理由は二つ。


 一つ目は晴翔の心配を取り除くため。

 オレが不真面目だから不安になってるのかもしれない。

 それに、出席日数が足りなくて晴翔と同級生じゃなくなるとか嫌すぎる。


 もう一つは、監視だ。

 晴翔にほかの女子が近づかないか、確認のため。

 あいつは見た目だけはいいから、ふらふらと引っかかる女の子がいるかもしれない。


 それを、オレは一人知っているから余計。


 ――なんて考えながら、約束通りオレは晴翔と共に駅へと向かう。

 目的地は一駅離れたところに位置するデパートなのだ。


 浮足立つ気持ちからスキップしようとして――人の目が気になり止めておく。


 怪訝な顔をする晴翔を無視して先行していると


「あー、ルナお姉ちゃんだーっ!」


 すれ違った小さな子供たちが叫んだ。


 ……記憶がある。

 去年ぐらい、オレが僕(・)だったころ、ボランティアで訪問した保育園の園児たちだ。


 彼らは進級してるせいか、一回りぐらい大きく見えた。


「やっぱり晴翔兄ちゃんと一緒だー! カップル? カップル?」


 女の子たちが囃し立てる。

 多分、そういうのに興味がある年頃なんだろうけど


「ち、違うっ!」


 オレは真っ赤になって否定する。

 幼児相手だとしても、恥ずかしいものは恥ずかしいんだ。


「陽太」

「あ、えっと、嫌なわけじゃないから!」


 晴翔が顔を覗き込んでいた。

 名前を呼ばれたオレは、しどろもどろになりながら返事。


「カップルとは一組という意味ではないのか? 何を恥ずかしがる必要がある?」

「……はぁ?」


 そうだった。

 こいつはいつも突拍子のないことを言うやつなんだ。

 変なところで一般常識がない。

 っていうか日本語すら怪しい。


 うん、真面目に考える方が馬鹿に違いない。

 そうに決まってるだろ。





 その日、僕はボランティアで保育園に来ていた。

 理由は本当にひょんなことから。


 本来ならお母さんが参加するはずだったんだけど、区の寄合とブッキングしてしまって、僕に白羽の矢がたったわけ。

 ……それはわかるんだけど、僕だけってのが納得いかない。

 星子は


「えー、友達と遊びに行きたいからやだ」


 の一言で断固拒否してしまった。

 でも、強く反論せず、なあなあで結局代理をやってるあたり、僕は妹に甘いのかもしれない。


「で、何をすればいいんだ?」


 隣にいた晴翔君が尋ねてきた。

 予告通りに彼が転校して二カ月ほど経っている。


 彼は僕の秘密に知っているためか、何かと接点がある。

 今回、僕がボランティアに参加すると話すと


「俺は引っ越ししてきたばかりで土地勘がない。地元の知り合いを作るいい機会かもしれない」


 と協力してくれることになった。

 でも、今までボランティアをした経験がないみたいで、いまいち勝手がわからないみたい。


「そうだね。今日は近所の人たちが劇を披露するんだよ」

「……俺に演劇の経験はないぞ?」

「あ、違う違う。飛び入り参加の僕たちにそんな無茶振りはされないよ」


 普段と打って変わって心細そうな晴翔君に、つい笑いが零れた。


「劇のセットや、ちょっとしたリハーサルの間、子供たちと遊んであげる。それが僕たちの仕事」

「なるほど。時間稼ぎか。殿(しんがり)を務めるのは慣れている」

「うーん、違うような……あってるような……」


 なんか、晴翔君は一々物々しい例えにすることがある。

 そういえば一度も話してもらってないけど、何処から引っ越してきたんだろう……。


「固く考えすぎだぜ、晴翔!」


 今日は義弘君も一緒。

 僕と同じで、お母さんに無理やり参加させられたのだとか。


「俺は子供と遊ぶのに慣れてるからな! ほら、みんな懐いてくれてるだろ!?」


 義弘君は、後ろから男の子たちに蹴飛ばされている。


「よしひろー! とってこーい!」

「ふはは、任せろっ!」


 それどころか、投げられたボールを全力疾走で取りに行ってたり。


「……なんというか、犬だな」

「う、うん」


 失礼だけど、晴翔君の言葉に僕も同意する。

 遊んでるっていうより、遊ばれてるよね。


 でも、義弘君はそこそこ頼りになる。

 人のためを思ってした行動が、凄まじく空回りすることを除けば。


「まあ、男の子は義弘君に任せておけばいいよ」

「同意する。しかし、問題は女子の方だな」

「う、うん」


 こういうとき、南ちゃんがいてくれたらなあ、って考える。


「……赤石がどうしたんだ?」

「うわっ!? 言葉に出てた?」

「ああ」


 晴翔君の顔に疑問が浮かんでいることに気づかず、僕は慌てて洗いざらいぶちまける。


「いや、南ちゃんは子供好きで頼りになるから! 別に、好きだから一緒にいたいってわけじゃ……」

「ほう。そうだったのか」


 ……心底意外そうにうなずかれた。

 うん。今、僕は墓穴を掘った。義弘君のことだから、僕の恋愛事情なんて面白おかしく晴翔君に話しているものかと……。


 でも、本当に今はそういう意味じゃない。


 一応、僕は星子がいる分、この年代の女の子の扱いはわかってるつもり。

 適当におままごとで時間を潰せばいいかな、って考えてたんだけど。


「あたしはしるばーうぃっち、ルーナ!」

「あたしもルーナごっこやる!」


 ……この状況じゃあね。


「つきにかわって、おまえをたおすー!」


 合言葉(コマンドワード)を面と向かって真似されるとすごく恥ずかしい。

 出来る限り僕も言いたくないんだよ、あんな台詞……。


「大層な人気じゃないか」

「ふ、複雑だよ」


 晴翔君は珍しくにやついていた。

 確かに、昔星子が見てたアニメみたいな服装だし、憧れる気持ちもわかるけどさ。


 僕の見てないところでやってほしい……。


「僕だって、好きであんな格好しているわけじゃないんだから」


 釈然としないものを感じながらぼやく。

 すると


「……陽太」

「え?」

「なら、お前は、どうして戦うんだ?」


 晴翔君の顔は、先ほどまでと異なり、真剣なものだった。

 冗談を言える空気じゃない。

 本気の問いかけ。


「どうしてって、それは聖獣に頼まれたから」

「それがどうした? お前一人が命を懸ける必要はないだろう。理不尽だとは思わないのか?」

「でも……」


 言葉に詰まる。

 ちょっと遠くで和やかに小さい子たちが遊んでいるのに、僕たちの間の空気は若干の緊張を含んでいる。


「現に、新しい幹部が出てから、お前はそいつに一度も勝てていない」

「……知ってたんだ」


 事実だった。

 アムルタートという少年に、僕が惨敗を喫して一月以上経過している。

 だというのに、一切の抵抗が出来ていない。


 強襲する彼から逃げるので精一杯なのだ。


「義務感や使命感で戦うのは止めろ。死ぬぞ。勝てない相手に挑む意味はない。赤石が好きなら尚更だ。あいつらは命までは取らないんだ。二人で逃げた方がいい」


 いつか、誰かに言われたのと同じセリフ。

 多分、晴翔君の場合は心配してくれての言葉。


 二人で逃げるなんて学生には到底無理な話――そもそも南ちゃんの返事もわからない――だけど、それぐらい僕のことを想ってくれているんだろう。


 それは、ありがたいと思う。


 だけど――。

 僕が言葉を述べようとしたところ、ルーナごっこで走り回っていた女の子が躓いて転んでしまった。


「ふ、ふぇぇっ……」


 程なくして泣き声が園内に響く。

 多分、まだ三、四歳の女の子。

 僕たちにとっては大したことのない痛みでも、壮絶に感じるのだろう。


「泣くな。その程度の痛み、大したことないだろう?」


 ……晴翔君が声をかけるけど、当然女の子の耳には届いていない。

 涙のまま、顔をくしゃくしゃにして泣き叫ぶ。


「……どうすればいいんだ?」


 困惑する晴翔君を無視して、すぐさま僕は駆けより、抱き起してあげる。


「よしよし、痛くない痛くない。大丈夫だから。そんなぐらいで泣いてちゃ、ルーナに笑われちゃうよ?」


 幸い、傷は出来ていないようだった。

 若干オーバーなリアクションを含めながらあやしていく。

 締めには頭を撫でて


「うん、強い子だね」


 と微笑んであげる。


「ありがとう、お兄ちゃん……」


 少しして女の子の涙が止まった。彼女はぺこりと礼をする。

 ……行儀正しい良い子だ。


 そしてまた彼女は友達と一緒に遊び始めた。


 一段落ついた僕は晴翔君の方へと戻っていく。


「泣いてる子にはああしてあげるのが一番なんだよ。安心するから」

「……俺は知らないことばかりだな」

「あはは。僕は妹がいるから慣れてるだけだよ」


 彼は本当に呆然としていた。

 全く経験がない場合、頭が真っ白になってしまうのは仕方ないのかもしれない。


「多分、僕が戦うのは今みたいなことを見過ごせないからだと思う。苦しんでいる人がいたら助けてあげたいし、その原因をどうにかしたい。肩代わりが無理だとしても、一緒に背負うことは出来るはず。生まれ持った性分だからかな、どんなに心配してくれても無視しちゃうんじゃないかな……」

「そうか……」

「ごめんね、心配してくれたのに」

「いや、お前がそう決意してるなら、俺はもう何も言わない」


 少しして、劇の用意が出来たって連絡が入り、僕たちの役目は終わった。

 僕たち三人もそれを見学してから、報酬の缶ジュースを受け取ってそれぞれの帰路につく。


 ……気まずくなるかなと思ったんだけど、別れ際の晴翔君の顔はどこか嬉しそうだった。

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